しくじり先生にホリエモンこと、堀江貴文氏が登場した。
彼が色々なことでしくじったことは、おそらく世間の誰もが知っている(その時、物心さえついていれば)。
彼はあの時代の何かを象徴する存在だったようにすら感じる。
彼の授業の内容はこうだ。
当初、IT企業の創業に成功し、一躍、時代の寵児となったホリエモン。
ところが、彼は社会を甘く見てしまう。服装、挨拶、あらゆる形式・儀式を否定し、ビジネスで結果を出しさえすればいいと考え、そういう「形だけのもの」は不要なのだと考えた。
しかし、それが全ての失敗の根本的原因だったと述懐する。
具体的にはこれから少しずつ書いていく。
正直言って、この記事を書くべきかどうか少しだけ逡巡した。
このホリエモンの授業は内容が非常に素晴らしかった反面、ホリエモンが関わった事案の一面的な説明しかしていない。
ホリエモンが語る「失敗」の背後にある、錯雑した関係者の力学はテレビでは語りえないし、ホリエモンにすら語りえないだろう(彼がすべてを理解しているとは思えない)。
だから、ホリエモンの「説明」は話半分で聞く必要がある。
その一方、「彼がそこから何を見つけたのか」については、真摯に耳を傾ける価値がある。
彼がやったしくじりと言えば、球団買収、ニッポン放送買収、衆議院議員立候補、そして証券取引法違反である。
そのすべてで失敗した。
球団買収の際、ホリエモンは球団を買い取るだけの資金を持っていた。
ところが、彼は買収できなかった。
今までの企業と何ら変わることなく買収できると彼は思っていたのにである。
彼はこう説明する。
「(球団関係の)大ボスの人たちは自分たちを特別だと思いたいのである。だから事前に知らせる必要があった。」
しかし、彼はそうしなかった。しかも、その後の球団設立の試みも、根回しに失敗し、楽天に取られてしまった。
彼は言う。ちゃんとスーツにネクタイで挨拶しなかったのが原因だったと。もっと言えば、彼は既得権益を持った人々のネットワークに入ろうとせず、敵としてだけ認識されてしまった。
彼は彼のことを「異質な他者」として認識していた関係者の心をまったく感知できず、感知していても重要なことではないと軽んじ、そして、協力を得られなかったのである。
テレビ局の買収では、いよいよメディアにネガティブキャンペーンを張られて世の中から反感を買ったホリエモン。
ここでも彼は社会が彼に持つイメージをめぐって、敗走する。
彼は自分の社会イメージを十分に認識できず、そして、それをフジテレビ側をはじめ、既存のメディアにいいように操作され、敗北した。
ホリエモンのベンチャー的経営哲学がそもそも公共的なものの経営に適合するのかどうか、人々は大いに疑問を持っていたのであり、ホリエモンはそれを覆すことが全くできなかった。
その必要にすら彼は気づいていなかった。
その後、選挙に出て亀井氏と戦い敗れた。彼と自民党との関係は、政治家と政治に対する我々の不信を一層強めた。
そして、彼の無茶な経営の結果、証券取引法違反で捕まった。
授業ではこれについては上手に逃している。
彼の罪状やその経緯については全く触れない。それが正しい。
もう裁判で決まったことだ。関係者が亡くなったこともあった。だが、それについても全く触れない。それしかない。それは別の人が著書でやってくれればよいことだ。
だが、一つだけ言えるのは、ホリエモンの経営哲学の「怪しさ」をこの事件が結果として「裏付けた」ということなのである。
事実はともかく、この時、社会は、市場のなかでもベンチャーという独特の領域の原理が公共領域に侵入してはいけないのだと、戒めたと私は捉えている。
そして、彼は刑務所に入った。そこで彼のいかにも苦手そうな単純作業を延々とするはめになる。それが刑務所の仕組みだ。
興味深いのは、刑務所の単純作業やコミュニケーションの徹底した制限が、実際に人の意識を変える機能を現実に果たしているということだ。
ホリエモンに限らず、それを多くの受刑者が口にするわけだが、ホリエモンは言う。
「嫌な仕事、与えられた仕事でも工夫して、自ら面白い仕事に変えることが大事。」
ただただ、紙を折るという作業でも、どのように工夫すれば早くできるようになるのか。ノルマを超えられるようになるのか。
彼はそこに小さなクリエイティビティを発見する。そこで今までの仕事観をおそらく修正したであろうホリエモン。
さらに、彼は一連の経験からオバマ的な「We Me Now理論」を提唱する。
これは要するに、「自分の話をして距離を縮める。共通点を相手と見つけ連帯感を醸成。自分のやりたいことを伝える。」というもの。
相手が全く自分の本当の姿と真逆の像を抱いてしまい、反感を買ってしまうという問題を克服するための理論である。
まさに、彼がした一連の失敗の根幹に関わることだ。
球団買収も放送局の買収も、あれは市場の領域の問題ではなかったのかもしれない。
あれは政治そのものだった。
政治はお金だけでなく、権威も必要だ。血筋や理念、儀式、様々なものが権威をつくる元になる。
ホリエモンは政治を知らなかった。まったく知らなかった。
ただ純粋に市場的な領域にいれば良かったのである。それなら、政治など限定的でよかった。
だが、彼はそうしなかった。
市場が経済合理性によって適者生存が決まる領域であるとするなら、社会は人間の認識や規範の操作によって優位が決まる領域と言えるかもしれない。
ホリエモンのおかげで、われわれは改めて社会というものの仕組みの一部を知ったのである。
だが、彼はこれだけの失敗を経てもなお挑戦し続ける意志を持つ。
「しくじってもマイナスにはならない。ゼロになるだけだ。」
そう淡々と語る。
そして「過去にとらわれず、未来におびえず、今を生きる。」というスローガンを打ち出す。
過去の失敗から再発防止策を練るのは良いが、その後は忘れるべき。未来を不安に思うのではなく、明るいと思うべき。そして今、一生懸命に自分の仕事をすべき。最大のパフォーマンスをせよ。
いわゆる自己啓発的だが、私はこの彼の言葉がとても好きだ。
これは私に必要な考え方だと思った。
これほどの失敗を繰り返してもなお、「なるほど、よし、それならもう一度!」と叫ぶのである。
それはまさにニーチェを思わせるような、生の哲学だ。
もちろん、これは「社会」というものに対する理解が奇妙にも欠如していたからこそ出てくる強さでもある。
だが、社会の拘束性は我々の想像力のなかにあるのだ。
ホリエモンは、それを超える想像力を提案しているのである。
彼が色々なことでしくじったことは、おそらく世間の誰もが知っている(その時、物心さえついていれば)。
彼はあの時代の何かを象徴する存在だったようにすら感じる。
彼の授業の内容はこうだ。
当初、IT企業の創業に成功し、一躍、時代の寵児となったホリエモン。
ところが、彼は社会を甘く見てしまう。服装、挨拶、あらゆる形式・儀式を否定し、ビジネスで結果を出しさえすればいいと考え、そういう「形だけのもの」は不要なのだと考えた。
しかし、それが全ての失敗の根本的原因だったと述懐する。
具体的にはこれから少しずつ書いていく。
正直言って、この記事を書くべきかどうか少しだけ逡巡した。
このホリエモンの授業は内容が非常に素晴らしかった反面、ホリエモンが関わった事案の一面的な説明しかしていない。
ホリエモンが語る「失敗」の背後にある、錯雑した関係者の力学はテレビでは語りえないし、ホリエモンにすら語りえないだろう(彼がすべてを理解しているとは思えない)。
だから、ホリエモンの「説明」は話半分で聞く必要がある。
その一方、「彼がそこから何を見つけたのか」については、真摯に耳を傾ける価値がある。
彼がやったしくじりと言えば、球団買収、ニッポン放送買収、衆議院議員立候補、そして証券取引法違反である。
そのすべてで失敗した。
球団買収の際、ホリエモンは球団を買い取るだけの資金を持っていた。
ところが、彼は買収できなかった。
今までの企業と何ら変わることなく買収できると彼は思っていたのにである。
彼はこう説明する。
「(球団関係の)大ボスの人たちは自分たちを特別だと思いたいのである。だから事前に知らせる必要があった。」
しかし、彼はそうしなかった。しかも、その後の球団設立の試みも、根回しに失敗し、楽天に取られてしまった。
彼は言う。ちゃんとスーツにネクタイで挨拶しなかったのが原因だったと。もっと言えば、彼は既得権益を持った人々のネットワークに入ろうとせず、敵としてだけ認識されてしまった。
彼は彼のことを「異質な他者」として認識していた関係者の心をまったく感知できず、感知していても重要なことではないと軽んじ、そして、協力を得られなかったのである。
テレビ局の買収では、いよいよメディアにネガティブキャンペーンを張られて世の中から反感を買ったホリエモン。
ここでも彼は社会が彼に持つイメージをめぐって、敗走する。
彼は自分の社会イメージを十分に認識できず、そして、それをフジテレビ側をはじめ、既存のメディアにいいように操作され、敗北した。
ホリエモンのベンチャー的経営哲学がそもそも公共的なものの経営に適合するのかどうか、人々は大いに疑問を持っていたのであり、ホリエモンはそれを覆すことが全くできなかった。
その必要にすら彼は気づいていなかった。
その後、選挙に出て亀井氏と戦い敗れた。彼と自民党との関係は、政治家と政治に対する我々の不信を一層強めた。
そして、彼の無茶な経営の結果、証券取引法違反で捕まった。
授業ではこれについては上手に逃している。
彼の罪状やその経緯については全く触れない。それが正しい。
もう裁判で決まったことだ。関係者が亡くなったこともあった。だが、それについても全く触れない。それしかない。それは別の人が著書でやってくれればよいことだ。
だが、一つだけ言えるのは、ホリエモンの経営哲学の「怪しさ」をこの事件が結果として「裏付けた」ということなのである。
事実はともかく、この時、社会は、市場のなかでもベンチャーという独特の領域の原理が公共領域に侵入してはいけないのだと、戒めたと私は捉えている。
そして、彼は刑務所に入った。そこで彼のいかにも苦手そうな単純作業を延々とするはめになる。それが刑務所の仕組みだ。
興味深いのは、刑務所の単純作業やコミュニケーションの徹底した制限が、実際に人の意識を変える機能を現実に果たしているということだ。
ホリエモンに限らず、それを多くの受刑者が口にするわけだが、ホリエモンは言う。
「嫌な仕事、与えられた仕事でも工夫して、自ら面白い仕事に変えることが大事。」
ただただ、紙を折るという作業でも、どのように工夫すれば早くできるようになるのか。ノルマを超えられるようになるのか。
彼はそこに小さなクリエイティビティを発見する。そこで今までの仕事観をおそらく修正したであろうホリエモン。
さらに、彼は一連の経験からオバマ的な「We Me Now理論」を提唱する。
これは要するに、「自分の話をして距離を縮める。共通点を相手と見つけ連帯感を醸成。自分のやりたいことを伝える。」というもの。
相手が全く自分の本当の姿と真逆の像を抱いてしまい、反感を買ってしまうという問題を克服するための理論である。
まさに、彼がした一連の失敗の根幹に関わることだ。
球団買収も放送局の買収も、あれは市場の領域の問題ではなかったのかもしれない。
あれは政治そのものだった。
政治はお金だけでなく、権威も必要だ。血筋や理念、儀式、様々なものが権威をつくる元になる。
ホリエモンは政治を知らなかった。まったく知らなかった。
ただ純粋に市場的な領域にいれば良かったのである。それなら、政治など限定的でよかった。
だが、彼はそうしなかった。
市場が経済合理性によって適者生存が決まる領域であるとするなら、社会は人間の認識や規範の操作によって優位が決まる領域と言えるかもしれない。
ホリエモンのおかげで、われわれは改めて社会というものの仕組みの一部を知ったのである。
だが、彼はこれだけの失敗を経てもなお挑戦し続ける意志を持つ。
「しくじってもマイナスにはならない。ゼロになるだけだ。」
そう淡々と語る。
そして「過去にとらわれず、未来におびえず、今を生きる。」というスローガンを打ち出す。
過去の失敗から再発防止策を練るのは良いが、その後は忘れるべき。未来を不安に思うのではなく、明るいと思うべき。そして今、一生懸命に自分の仕事をすべき。最大のパフォーマンスをせよ。
いわゆる自己啓発的だが、私はこの彼の言葉がとても好きだ。
これは私に必要な考え方だと思った。
これほどの失敗を繰り返してもなお、「なるほど、よし、それならもう一度!」と叫ぶのである。
それはまさにニーチェを思わせるような、生の哲学だ。
もちろん、これは「社会」というものに対する理解が奇妙にも欠如していたからこそ出てくる強さでもある。
だが、社会の拘束性は我々の想像力のなかにあるのだ。
ホリエモンは、それを超える想像力を提案しているのである。