それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

スープ6

2013-08-15 19:38:08 | ツクリバナシ
「ねえ、ビエイってどんなところなの?」

サキはファッション誌をパラパラめくりながら、ミノルに尋ねた。

「『北の国から』の舞台の近く。」

ミノルの答えは慣れている。

「遠いの?」

サキは相変わらずファッション誌をパラパラめくっている。

「札幌からは遠いね。とても遠い。」ミノルも料理の本をパラパラめくっている。

「そりゃあ、大変だね。」

「まあ、そうだね。何かと不便だね。」

今日の晩御飯は何にしようかな。とミノルは考えていた。

「あのさ、私、一緒にビエイに行くことにしたから。」

「は?」ミノルは本をめくる手を止め、サキの方を見た。

「一緒に里帰りしようよ。」

ミノルはサキを見つめる。

遂に親に会わせる日が来た。東京でよろしくやっている息子が彼女を連れて行く。親は何と思うだろうか。

ミノルは北海道の出身だ。元々は札幌に両親とともに住んでいたが、父が60歳になる直前、会社を辞め、彼の実家のある美瑛に引っ越したのである。

引っ越しはミノルの大学入学とともに行われた。だから、ミノルも新しい家はよく知らない。

美瑛は新千歳空港から電車で行けば、3時間半はかかる。

しかし、そんな大変な道のりを進まなくても、実は東京から旭川空港へ直行すれば、美瑛まではバスで20分程度で着くことができる。空港まで親に迎えにきてもらえば、バスの時間も気にしなくていい。だから、里帰りは案外楽なのだ。

「本気?」ミノルはサキを見つめる。

「うん。留学する前に行きたいの。・・・だって、別れちゃうかもしれないじゃん?そうなったら、もう北海道とか行く機会なくなるじゃん?」

気楽なものだ。しかし、ホストする身になると、なかなか面倒である。

「分かった。じゃあ、航空券は僕がプレゼントするよ。」ミノルは面倒くささを噛み殺して、ちょっと男前なことを言ってみた。

「わお、どうしちゃったの。」サキは微笑しながら、ファッション誌を閉じた。

「わざわざ遠くまで来てくれるって言うんだから、それくらいしないと。」彼女がついてくるのは気苦労も多いだろうが、なんだか嬉しくもある。

「ねぇ、ミノルの両親ってどんな感じ?」彼氏の両親に会う以上、サキもそれなりに腹を据えていくつもりである。

「そうだなぁ、マイペースっていうか、のんびりっていうか、北海道っぽい感じかな。」

「んー、全然わかんないねぇ。」と、サキが笑った。

「予定とか決めないでドライブに行って、行き当たりばったりで色んな所に行って、途中でガス欠になってヒッチハイクで帰ってくるような感じ。」

「それはマイペースというより、無計画だね。」サキはヒッピーっぽいワイルドな夫婦を想像した。まあ、それだけ自由な人たちなら、息子がどんな彼女を連れてきても許容できるだろう。

サキはどちらかと言えば彼氏の両親には嫌われないタイプの女性である、と自分では思っていた。

「美瑛ってどんなところ?自然沢山な感じ?」

ミノルはサキがどういう風景を想像しているのか、容易に察しがついた。サキは東京で育った。メディアのなかの北海道は東京という都市の逆イメージになっている。その逆イメージを都会の子供たちは誰しも刷り込まれている。

「サキが思っているとおりの大自然だよ。あるいは、それよりもっと大自然かもしれない。」

ミノルはいたずらっぽく笑った。

「ハードル上げるねえ。大丈夫?るーるるるー、るーるるるー、って言ったらキツネ来る感じ?」

サキは楽しみになってきた。私の頭のなかの北海道を超えてくるのか?そんなことあり得るのかな?と思う。

「そうだね。色々来るよ。クマとか。」

「クマ!くまもん!」

ミノルはフフフ、と含み笑いをした。

「サキちゃん、サキちゃん。君は北海道のクマのことをまだ知らないね。北海道のクマはやばいよ。出会ったら最後だよ。」

「くまもんかぁ。」サキはもう聞いていなかった。もうすでに、テレビや写真で見た北海道の大自然のなかに彼女はいたのだった。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿