それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

ピサで彼女のプレゼントを探した件

2012-08-01 22:47:10 | イタリア旅行記
つい最近、僕は日本に帰ってきた。

成田空港は驚くほど暑く、息が出来ないほどの湿気だった。

僕がイギリスに滞在した最後の週、イギリスはようやくあの美しい夏を迎えた。

その夏を過ごす前に日本に帰ってきた。

ロンドンはオリンピックだった。

開始と同時に僕はイギリスを出た。

意図してそうしたわけじゃない。でも、それで良かった。



地元の空港には彼女が迎えに来てくれていた。

前回帰ってきたとき、僕は彼女と力いっぱいハグをし、再会を喜んだ。

今回彼女は座ってオリンピックの開会式を見ていた。

僕の顔を見た彼女は「開会式を一緒に見ようじゃないか」とだけ言った。

彼女のなかでだって色々な変化がある。

僕が変化するように彼女も変わる。

彼女は前よりも少し落ち着いた様子で安心した。



イタリアの旅行に行く前に、彼女に旅行の承諾をとった。

どういう人と行動し、どこへ行くのか。

彼女はイタリア旅行には前から行きたかったのだと言った。

だから、ずるい。と言った。

罪滅ぼしというわけじゃないけれど、お土産を買ってくることを約束した。

これまで彼女には、イギリスのお土産をちょっとずつ買って渡してきた。

けれど、それは頼まれたものが基本で、イタリアではちゃんとじっくり時間をかけて選びたかった。



バレンティーナには、事前に彼女へのお土産を買う旨を伝えておいた。

バレはフィレンツェはバッグが有名だから、そこでバッグを買えば良いとアドバイスしてくれた。

フィレンツェは前に書いたとおり、イタリア人のM氏と一緒で、結構めちゃくちゃな旅程だったのだけれど、しかし、彼らはちゃんと僕がプレゼントを選ぶ時間を作ってくれて、一緒に付き合ってくれた。

フィレンツェは露店から何からバッグだらけだった。

けれど、僕はちょうど良いバッグを見つけることが出来なかった。



バッグの良し悪しはブランドで決まるわけではない。

デザインと機能性で決まる。

問題は僕の彼女の趣味と用途だ。

趣味はある程度知っているつもりだ。

用途は難しい。結婚式やパーティに持っていく小さなバッグ、普段使えるような中くらいのバッグ、色々荷物をつめる大きなバッグ。

シンプルで機能的だけど、ちゃんとかわいいデザイン。

色々見た僕の結論。良いバッグは値段が高い。

バレもMも値段交渉してくれるとは言ってくれたのだが、僕はそこまでしたくなるものが見つからなかったので、その申し出を丁重に断った。



ところで、問題だったのはバレの趣味についてである。

バレはチープでかわいいものが好きだ。

日本人から見ると、ハイティーンや20代前半くらいの趣味のものをバレは好む。

さらに、彼女はごちゃごちゃした細かにものが非常に好きだ。

昆虫柄のものも好きだ。

要するに、趣味がちょっと変だ。変なのだ。

服もバッグもインテリアもバレのキャラクターに似合ってはいるのだが、彼女以外には難しいものばかりだ。

一体、どこでそういう趣味になったのかは定かではない。

親元から離れた中国留学のなかで、そういった趣味になったのかもしれない。

本格的に自分で服を選ぶようになったのは、その辺りからだと確か本人が以前言っていた。



バレは親切心から僕に色々なものを紹介してくれる。

「このお店いいよ!」「このアクセサリーとかどう?」

僕はそのたびに、

「それは僕の彼女の趣味じゃないんだ」と言い続けざるを得なかった。

バレは趣味が違う人のプレゼントを選んだことがないのだろうか?というほど、僕の彼女の趣味を理解しようとしなかった。

しなかったというより、出来なかった。

僕がいいかもと思ったものについてバレは常に「それはちょっとお年寄り向きすぎるわ!」と言った。

君が子供過ぎるんだよ!と思ったのだけれど、言い争う意味がないので、「そうかな?ははは」と返した。

エースは、「マルコの彼女は、きっとバレの趣味をクソだと言うだろうね」と述べて、正確な理解を示した。

バレはもちろんその発言を無視した。

その代り、こう呟いた。

「アレックスは私にプレゼントを買ってくれたことはないの。だから、マルコの行動って新鮮だわ。」

意外だったような、意外でもなかったような。

アレックスはなぜバレにプレゼントしないのだろう?

でも、アレックスがバレを自分の部屋に住まわせていたことを考えれば(ロンドンにいた時も、バレはアレックスにやっかいになっていたらしい)、プレゼントくらい大したことではない。

それより、バレが彼にかけている迷惑の方がはるかに大きく、その分をちゃんと償うべきだとしか、僕には思えなかった。

きっとラケルもそう言うだろう(ただ、ラケルが男女間のプレゼントという行為をどう理解しているのかと考えると少し怖い)。



イタリアのアーケードを見るのは少し緊張する。

店員さんに話しかけられても、僕はちっともイタリア語を話せないから、悲しい空気になる。

最後の目的地のピサでは3時間ほどプレゼント選びに費やした。



その日、バレは友人のシモーナ(僕も旅行中、バレの地元で何度か話をした)の失恋話を電話で聞き続けており、エースと僕の相手をまったくしないまま、観光を開始した。

エースは完全にキレていた。遠方から来た友人を放って1時間以上電話をし続けるバレに対する当然の怒りだった。

僕はまったく気にしていなかった。

バレにはバレの事情がある(実際あった)。彼女だって電話したくてしているわけじゃないかもしれない。第一、今日は僕の彼女のプレゼント選びが目的なので、バレには少し黙っておいてもらおう、と考えた。

エースと僕はバレを放って、ひたすら色々なお店に入った。いや、エースは入ろうとしなかった。僕だけが果敢に店内に入った。

日本人の小男がいきなり店内に入ってきたのだから、おそらく店員さんは多少面食らっただろう。もちろん、観光客もよく来る場所なはずではあるのだが。

でも、僕は気にしない。

イタリア語で話せなくても気にしない。

入ったお店が下着屋さんでも気にしない。

めちゃくちゃ高いアクセサリー屋さんでも気にしない。

プレゼントを選ぶためには、そんなことを気にしている暇はないのだ。

長電話を終えたバレが僕に言う。

「マルコ、間違ったお店に入り過ぎ!下着屋さんとか、イタリアで一番高いお店とか!」と言って大いに笑った。エースも笑った。



バレは気を取り直して、僕にイタリアならではの女の子向けのショップに連れて行ってくれた。

相変わらず僕らの趣味は真っ向から対立したが、バレもその差異を遂に受け入れ、僕らはお互いに共通してかわいいと思えるものを幾つか見つけた。

話しがまとまりそうだったのがサンダルだった。

ただ、サイズが怪しかった。

それと、サンダルをどこで履くかという問題もある。それに少しキラキラしすぎの感もあった。



なかなか決められない僕にそれでもバレとエースは付き合ってくれた。

そのことが、とても嬉しかった。

僕は「これだ、間違いない」というものがピサのどこかにあると確信していたし、そうであるべきだと思っていた。

なんとなく3年間の気持ちを込めて選んでいる気がしていて、妥協して選ぶことは避けたかった。



2時間経って、遂にエースは腹が減ったとゴネだした。

それもそのはず、僕らはちゃんと朝ご飯も食べずにピサのアーケードを歩き続けていたのだ。

しかも、エースにとっては何の意味もないショッピングだった。

正当な要求だった。

一旦切り上げてランチの後に再度探すことにしたが、ランチ前、最後に僕らは小さな帽子屋さんに入った。

そこは一度僕が入って気にいったものの、目を付けた商品の値段が書いておらず、イタリア語の出来ない僕はなくなくそのお店を後にしたのだった。



お店はこじんまりとした細長い作りで、地味な内装にもかかわらず、棚にはかわいいけれど、気品のある帽子がずらっと並んでいた。

どこにでもあるようなブランドショップではなく、いかにも地元の帽子屋さんという様子だった。

切り盛りしている店員の女性は、50歳くらいだろうか。小柄の細見で、白髪の少し混じった綺麗な髪を後ろに束ね、いかにもしっかり働いていそうな表情をしていた。

バレが話しかけると、柔らかい笑顔を見せた。

イタリア語の分からない僕だったが、バレが「日本人が彼女へのプレゼントを探しているのだけど、全くミッション・インポッシブルなんですよ」と言ったのが分かった。

店員さんは色々な帽子を見繕ってくれた。

僕は気にいったものが実はすでにあったとバレに伝える。

すると店員さんはそれのバリエーションを持ってきてくれた。

大きめの、とてもかわいらしいストローハット。

白と赤がそれぞれあった。赤がいい。強すぎない赤い色。夏にぴったりだ。

いかにもヨーロッパらしいその形状は、映画のワンシーンに出てきそうで、僕はすぐに自分の彼女がそれをかぶった絵が頭に浮かんだ。

僕はそれを一目で気にいったのだれど、おそらく値段もそれ相応だと思った。

聞いてみると、ひどく高いものではなくて驚き、購入を即決した。

赤い大きめのストローハットは、僕だけじゃなく、バレにとってもかわいいと映ったようだった。



エースもバレも僕の前で文字通り胸を撫で下ろした。

このお店の雰囲気もろとも伝えたかった僕は、店員さんに無理を言って(というか、不思議がらせつつ)一緒に写真を撮ってもらうことにした。

バレとその店員さんを撮りたかったのだが、僕が入っていないのはおかしいと全員が主張するものだから、仕方なく僕も入る。

こういうとき、写真はいいなと思う。

雰囲気がどれほどこの写真で伝わるかは別にしても、このお店の記憶は写真以外ではかなり記録するのが難しい。



長いミッションを終えた僕らはようやくランチをとり、そして斜塔に向かった。



帰国後、彼女にプレゼントを渡した。

彼女はとても喜んでくれた様子だった。

僕は彼女がその帽子をかぶっているところを、どうしてもバレとエースに見せたいと思っている。

けれど、まだその写真は撮っていない。

夏が終わる前に撮れたら、と思っている。

ジェラート自慢、お国自慢

2012-07-20 21:35:28 | イタリア旅行記
私はジェラートおよびアイスがとても好きだ。

それゆえ、イタリアでジェラートを食べまくっていた。

6店ほど回ったと思う。

つねに一番大きいカップを頼み、フルーツ系とクリーム系の両方を食べ続けた。

1店で2回食べたこともある。



今回行ったお店はいずれも美味しかった。

バレンティーナがすでに行ったことのあるお店のなかで、美味しかったものを見繕ってくれたからだ。

そうじゃないものもなかにはあったが、大半は彼女のお気に入りのお店だった(たぶん)。



ジェラートにおいて重要なのは、まず食感だ。

ほどよい粘度、なめらかな口当たり、これがジェラートの命である。

材料の配合に加えて、どれくらい空気を入れるのかという点がおそらく非常にポイントになる。

次に重要なのが、風味だ。

果物の香り、ピスタチオの香り、マスカルポーネの香り、とにかく材料が本来持っている風味を生かすことが極めて重要である。

果物系のジェラートの場合、いかなる果物をどのように使うのか、混ぜ込むのか、如実に反映される。



バレンティーナが最も素晴らしいと評していたお店(彼女は宇宙一だと主張していたのだが)は、確かに群を抜いて美味しかった。

上記のふたつの基準をほぼ最高のレベルでクリアしていた。

種類も豊富で価格もそれほど高くない。



そんなある日、スーパーに行ったとき、エースが「あー、アイス食べたいなあ」と言って、アイスコーナーに行き、普通にアメリカ人が食べるようなアイスを手にとって、「シェアしない?」と言ってきた。

バレンティーナは電話に集中しているふりをして、無視した。

エースは構ってくれないと怒る子供なので、ぷんぷんしながら「聞けよ!アイス、買わない?」と再度バレに聞いた。

バレは苦笑いしながら、「私、ジェラートの方が好きなの」と答えた。

エースはそこでしぶしぶ引き下がった。



翌日、バレはマンマにイタリア語でおそらく次のようなことを話していた。

「エースがね、スーパーでアイス買おうって言うんだよ!ジェラートがあるって言ってるのに、おかしいんじゃないかな?」

イタリア語が良く分からない僕ですら、ほぼはっきり内容が分かった。

エースはチョコミントのアイスが好きだ。

それもスーパーで売っている、やたらに甘いアメリカ人の子供が箱ごと食べるようなやつが好きだ。

僕もバレもそういうアイスが好きではない。

はっきり言って不味いと思う(そこまでチープではないハーゲンダッツとか、日本のカップアイスはかなりのレベルだが、それでも本場のジェラートはさすがにすごいレベルだ)。

バレンティーナにとってジェラートはイタリアの誇り。それをバカみたいなアイスと一緒にされたことでイライラしたのだった。

エースは味覚音痴というわけではないのだが(むしろ自身では味覚は優れていると思っている節がある)、イギリスのなかで育ったなりの趣味趣向を持っている。



よくラテン系の面々はエースにこう言ったものだ。

「イギリスの料理、ひどくない?」

エースは少しイラッとしながら、ある日、こう返した。

「母さんのローストチキンは世界一なんだからな!」

彼の表情からはそれが冗談なのか、本気なのか分からなかった。

確かに以前彼は「母さんにローストチキンのレシピ聞いとかないとなあ」と言っていた。

僕は思う、「お前にとって『おふくろの味』は世界一かもしれんが、お前のおふくろさんは僕らのおふくろさんではない。だから、世界一ではない」と。

この話は彼の味覚の問題ではなく、マザコンの問題だから、ちょっとテーマがずれた。



僕は北海道の出身でアイスには一応うるさいつもりだ。

イタリアの本場のアイスを食べて北海道はどうか?

北海道には僕と彼女が度々行くジェラート屋さんがある。

そこはとある観光地にあって、おばさん(おばあさんに近い)ひとりでやっている。

売っているジェラートは彼女が作っているものではない。調べたところ、大きな企業から仕入れたものだ。

にもかかわらず、そこのジェラートはイタリアのジェラートに負けないほど美味しい。

手作りの色々なジェラート屋さんが北海道にはあるが、結局、そのおばさんの小さな小さなジェラート屋さんが一番なのだ。

僕の彼女が推察するに、おそらく空気の入れ方が絶妙なのではないかということだった。

生の果実の香りという点では、確かにイタリアの最強ジェラートはそのお店に勝っているかもしれないのだが、総合的に言って、このおばさんのお店は決して負けていないと言わざるを得ない。

特にクリーム系はイタリアのものは正直食べにくかった。ナッツやチョコレートの香りが強すぎて、僕にはきつかった。

それは僕が日本人の味覚を持っていて、それがイタリア人と違うということに由来する部分と、そもそもこのおばさんのジェラートが世界レベルであるという部分の両方がある。

それと、ソフトクリームという点では、北海道は疑いなく世界一だと思う。

結局、僕の言っていることがバレンティーナと変わらない気がするが・・・。

ちなみに、イギリスについてフォローすると、彼らが好きなフローズンヨーグルトはかなり頑張っているので、それはぜひ認めてあげたいと思う。

フィレンツェの街中でまさかの

2012-07-19 05:42:25 | イタリア旅行記
7日目、バレの男友人Mも加えて、僕らは4人、フィレンツェをまる一日観光した。

正直言って、街の様子で言えば、バレの「村」の中心街の方が好きだったのだが(そこはもっと時間をかけて歩きたかった)、それでもフィレンツェはきれいな街だった。

とにかくイタリアもまた炎天下で、歩くのがほとほとしんどい状態だったが、それでも僕らは色々な場所をなんとなく見て回った。

当初僕はフィレンツェで彼女へのプレゼントを買う予定だったのだが、結局、色々見て回ったあげく、何も見つからなかった。

ホテルに行く前、アペリティフと呼ばれるディナーの前の食事をとる。

カクテルと軽い食事がその内容だ。

カクテルはMがイタリア的なものを選んでくれた。

僕にはスプリッツァーというカクテル。調べたところでは「ブランデー、果実、炭酸水=スプリッツァー」とある。飲んでみると、とても口当たりがいい。

食事はバイキング形式で、量はそれほど多いわけではないのだが、種類はなかなか豊富で味も素晴らしかった。

アルコールの効用で僕らは少しずつ饒舌になっていった。



ホテルで一度シャワーを浴びてから、僕らはまた街に出た。

外はすっかり暮れていた。

夜はまた街の色合いが一変する。

石造りの町並みは青味がかかり、風も涼しくなる。

空気が変わり、路上の音楽家たちによる音もすっかり意味を異にする。

日差しのなかで見た様々な彫像は、陰影を深くして今にも動き出しそうな表情を見せる。



すっかり雰囲気が出来上がっている。

当然と言えば当然だが、Mとバレはとてもいい感じになっている。そう、ここがふたりのドラマのクライマックスになるはずなのだ。

彼らはイタリア系のバーよりは、むしろアメリカやイギリス系のバーの方が地元客が喜ぶであろうと主張し、そういったお店を探した。

ようやく見つかったお店で僕らはまたカクテルを頼む。



ところで、なぜイギリスではカクテルを飲まないのか?イギリス人は皆、基本的にビールを飲む。

エースはイギリス人だけあって、常に「ビール、ビール、ビール」とうるさい。

どこのフェスティバルでもビール、ビールうるさいので、バレも僕も辟易を通り越して面白くなってしまっていた。

とにかく、こいつにはビールを与えとけばいいや、ということになった。

マンマは言う。イタリア人はそんなにお酒を飲まないのだ、と。

確かにどこのお祭りでもイタリア人はイギリス人みたいに、がぶがぶビールを飲んでいなかった。

エースはしつこく主張する。

「ピザとビールは最高だろ?」「暑いんだから、ビールだよ。」

確かにこれは日本人も共感できる。

だが、逆になぜイギリスではカクテルを飲まないのか?と考えてみると面白い。

理由は寒いからだ。炎天下のイタリアに行ってわかるのは、真夏の日差しが去った直後の、まだ空気が熱い夜に飲むカクテルがなんとも風情があっていい、ということだ。



バレはモヒートをオーダーする。僕は何度聞いても名前が覚えられないイチゴのカクテルを頼む。エースはギネス。

Mは運転するからコーラ。

旅の疲れでMを除く僕ら3人はおかしなことになっていく。

僕は特に我慢して言っていなかった、道中での旅の不満を少しぶちまける。

「M、聞いてくれよ。バレとエースがケンカばっかりするんだ。それを僕がどれだけ仲裁してきたか!ずっとナーバスだったよ!」

そう言った瞬間、エースは少し気恥ずかしそうにした。

申し訳ないという空気が彼から出ていた。

前に書いたとおり、エースは何も自分で決められないイライラと、バレが構ってくれないイライラと、イタリア独特の話の長さ(時間の無駄遣い)で、いつもケンカ腰になってしまっていた。

僕は彼の不満をずっと聞いてきたが、いい加減、現実をよく観察して適応しろよと思っていた。

4日目の夜、明らかにエースとバレのふたりはケンカしていた。

あとからエースに聞いたところによると、フィレンツェのホテルの件で揉めたらしい。

けれど、ようやくその日を境にして、徐々にエースはイタリアの現実、イタリアのリズムに適応しはじめる。

Mは僕に、「そうか、日本人は秩序を重んじるからな」と言った。

彼は日本人と仕事をしているので、日本人というものを一応知っている。

2杯目のカクテルに入り、バレも僕も完全におかしくなった。

バレはMの腕に抱きつきながら、「ね~、マルコ、歌ってよ~。一曲でいいからさあ。」とどういうわけか、その場で歌をねだってきた。

冷静に考えると、フィレンツェの街中のバーの、広場に隣接した屋外のテーブルで歌うなど、歌手でもない限り、というかおそらく歌手でも普通の状態なら不可能である。

しかし、旅の疲れ、炎天下での散策を経た後のカクテルで、もうどうかしている僕は、ふたつ返事で「いいよ!」と答える。



今年、一番お気に入りの歌は、「上を向いて歩こう」。

ギターを伴奏にしてもいいし、アカペラでもいい。

キーも自由に調整でき、何よりアメリカでかつてナンバーワンになっている。



高校の頃から歌を歌いはじめて、大学に入っても続けた。

基本的にブラックミュージックを歌っているが、特別にうまいわけではない。

しかし、5年に一度くらいの頻度で、奇跡的にうまく歌える瞬間がある。

その瞬間がイタリアの夜にやってきた、ような気がした。

フィレンツェの街中に、日本人の「上を向いて歩こう」が響き渡る。


「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように

泣きながら歩く ひとりぼっちの夜」


歌い終わると、クールだったMがものすごい笑顔で「うまい!」と言った。

僕は嬉しくて、Mと握手し、バレとハイタッチした。

宴はいよいよ興にのりだし、エースもおかしなことになっていた。

僕らは深い部分の話をする。

英語でここまで会話できるようになるのに、3年かかったわけだ。

バレンティーナは完全に出来上がってしまい、店員に絡みまくっている。

どういった経緯かは分からないが(イタリア語だから)、ピーチのお酒のショットグラスがひとりずつに無料で提供された・・・。

バレは天才的である。

あとから聞いたところでは、バーテンに「イチゴのカクテルが生の苺を使っていないけど、どういうことなんだ!」と絡んだ結果、ショットグラスをもらえたのだと言っていた。

ホテルに帰るまで、暴走した3人の面倒を見てくれたのはMだった。

本当に感謝している。

イタリア旅行記を読む前に:旅行の全体像

2012-07-18 15:09:24 | イタリア旅行記
いきなり各論に入ってしまったが、今のうちに旅行の全体像を雑駁に書いておく。


初日、バレの村に夜入り、そこで現地のバレの友人たちとともに食事、さらにその後、ビーチでのダンスパーティへ。明け方帰宅。

2日目、電車でビーチへ。マンマとその職場の人とともにレストランで食事。帰宅。

3日目、別のビーチへ電車で移動。途中でバレの男友達Mが加わる。その後、地元のフェスティバルへ。帰宅後、就寝。

4日目、またまた別のビーチへ。マンマが合流して市街の中心部を散策。その後、村のパーティへ参加。帰宅は夜中。

5日目、山へ行き、城へ行き、見学。夕食後、ビーチに行こうと誘われるが僕は断り、就寝。

6日目、また別のビーチへ行き(結局、4種類のビーチに行った)、その後、地元のフェスティバルに。夜中帰宅。

7日目、Mの車でフィレンツェへ。4時間かけて移動。街を探索し、アペリティフをとり(カクテルと軽食)、ホテルへ。その後、再度街へ。夜中に就寝。

8日目、駅でMと別れ、電車でピサへ。街を探索。自分の彼女へのお土産を買うために、2人に協力してもらって出来る限りお店を探索。昼食後、遂にプレゼントを購入。その後、斜塔へ向かい、写真を撮りまくる。夕食を取り、空港へ。

空港からバス。その後、クリスに迎えに来てもらい、車で帰宅。


これから幾つかのテーマごとに話を書いていく予定。

Femme Fatale(運命の女)2:バレンティーナ誕生の秘密

2012-07-18 12:27:33 | イタリア旅行記
バレのマンマにはとにかくお世話になった。

ブロンドでショートカット、優しく理知的な青い目。

長時間僕らのために運転してくれた上に、ご飯も何度も作ってくれた。

僕らが用意した(っていうか、僕が用意した)お土産のチョコレートでは全くもって足りないほど、そして、僕がイギリスでしたお世話を足しても足りないほど、マンマにはお世話になってしまった。



マンマはカウンセラーだった。

大学で心理学を学び、フロイト派の心理学を心得ていた。

ある朝、彼女と心理学の話題で盛り上がったのだが(僕は門外漢だが、そこそこは知っていた)、その時のマンマはとても嬉しそうだった。おそらく、そんな話を出来る人が周りにほとんどいなかったのだろう。

エースも心理学を専攻していたが、彼の勉強しているそれはアメリカ系のもので、マンマのヨーロッパ系のものとは全く違うものだったし、そもそもエースがどれほど心理学に精通しているのかも怪しかった。

それゆえ、彼とは心理学の話では盛り上がっていなかった。



このようにマンマは頭がよく、しかも自立した女性だった。

キレイで体力があり、落ち着きと気品があった。

彼女は長女で、姉妹の集合写真を見た限り、もっともちゃんとした人物だった。

海に一緒に行ったとき、水着のマンマが「さあ、泳ごうかしら!」と言って海に入った直後、おそるべき力強いフォームでクロールを披露してくれたのには度肝を抜かれた。



読者諸兄は間違いなく、こう考えているはずだ。

「心理学に精通し、理知的で、独立した女性から、なぜバレが生まれたのか?一体、どう育ててしまったのか?」

心理学の話になったとき、僕はひとつだけ質問できなかったことがあった。

「娘さんの教育に、心理学は役に立ちましたか?」



聞けなかった質問の答えを僕はこう考える。

「そうね、役に立ったわ!」



バレはマンマについてこう話した。

「マンマはね、頭が良すぎるの。だから、男の人と付き合うとね、すぐに嫌われちゃうみたい。

イタリア人の男は、みんな、頭の悪い女、自立していない女が好きなのよ。」

マンマは自分と同じ苦労と娘にさせたくなかった。

頭が良いところを男に見せず、うまく男を手玉に取れる女。そういう女がうまくやっていける社会。

マンマはバレに男の操作の仕方を意図せずだったかもしれないが教えてしまった。



バレンティーナという名前はどこから来たのか。そのことも非常に大事だ。

それはあるマンガに由来する。

とても有名で古いそのマンガには、セクシーな女性の主人公が登場する。

大人向けのマンガであるため、女性は始終服を脱ぐシーンがある。

マンガのなかのこの女性は、おしゃれで洗練されていて、そして何より男を魅了する。

マンマはそのキャラクターの名前をバレに与えた。

マンマが自分の子供に与えたかった性格。

バレの名前はそれを示唆していた。



マンマはバレを完全に掌握している、という言い方が適切なのか分からないが、逆に言えば、バレはマンマに異常なほど依存していた。

バレがマンマに逆らうことは一切なく、服も大学生になってからさえマンマが買い、大学の専攻すらマンマが決定していた。

それが本当にマンマの望みなのかは分からない。

けれど、今のところマンマは娘を間違いなく上手に管理している、気がする。