それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

台所3

2015-10-18 09:47:34 | ツクリバナシ
 近所から電子ピアノの稽古の音が同じ旋律を繰り返し、同じところでつっかかっている。

 その日は仕事終わりで、先生は友人の亀倉君と部屋で飲んでいた。

 「それでカフェーの女給さんとはどうなったのですか。」

 先生は頬杖つきながら、焼酎をちびりとやって、

 「そうだな、食事を一緒に一度した。」と言った。

 「で、どんな具合なのですか。」

 亀倉君はとにかく驚いていた。なにせ、あの学問以外に興味を持っていなそうな先生が女性と食事に行ったというのがどうしても信じられなかったのである。

 先生は焼酎の入った杯をテーブルに置きながら、つまみに作ったチャンジャとクリームチーズの和え物を箸でひょいと口に運ぶ。

 「どんな具合と言ってもね。普通に飯を食っただけだよ。」

 「どういうことで食事をすることになったんですか。」

 「質問がいやに多いね。いつもの会話とはまるきり違うじゃないか。何度も説明しているとおりさ。カフェーでどういうわけか話が弾んで、それで食事に行くということになったのだよ。」

 「そんなわけはない。」

 亀倉君から思わず本音が漏れてしまった。

 「失礼、そんなわけはないというのは間違いで、つまりですね、女給さんが先生のどこに興味を持たれたのか、ということなのです。」

 「知らんよ。ただ、洋行の話をしたところ、それがひどく彼女の興味を引いたようだよ。」

 「なるほど、洋行ねぇ。異国に興味があると。」

 「そうだよ、日本だってもう鎖国の時代じゃあないんだから。異国の風物に興味がある人だって、そりゃあどこかしこにも居るだろうさ。」

 亀倉君はまだ納得できないという様子で、先生特製の薬味の乗った冷奴を口に運んだ。

 「で、先生はその方にご興味がおありで。」

 「興味か、そうだな。無いとは言い切れない。まだ良く知らないし。」

 「歯切れが悪いですねえ、相変わらず。いけませんよ、そんなふうじゃ。女性相手なら、言うことはびしっと言わなくちゃ。」

 亀倉君はその女給さんのカフェーにひとりで密かに行ってみることにした。お店の場所は先生から聞いていたので、実際に彼女を見てみたいと思ったのである。

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