それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

エクソダス7

2012-09-17 21:53:57 | ツクリバナシ
タカシがT先輩とケンカになったのは、トレーニングを開始して3か月を過ぎたあたりだった。

今回の新聞記事は領土問題に関するもので、タカシはこれについて言いたいことがあった。

課題の記事は、韓国と日本、そして中国と日本の領土問題の加熱をイギリスの新聞が報じたものだった。

タカシにとっての言いたいことは、大したことではなかった。ただ、とにかく韓国も中国も許し難い、信じられないというだけの感想だった。

T先輩はタカシの話をゆっくりと聞いた。

そして、ゆっくりと反論した。

「君の気持は分かった。では聞くが、なぜ韓国は竹島、つまり独島にあれだけこだわるのかな。彼らの理由や根拠を調べたことはあるかな。

それと、中国の件だけど、もともと日中は現状維持で一致していた。その状況で利益を得ていたはずの日本が先に現状変更に進んだわけで、それはなぜだったのかな。

まず、このふたつの問いに答えなければ、君の意見は納得できるものじゃないね。」

タカシは「じゃあ、先輩はこれらの件では日本が悪いというのですか?」と言った。

「違う。そういう意味じゃない。君は大学で国際法を勉強しているんだろ?問題を分析するんだ。感情に流されるな。」

T先輩は優しいが、断固とした口調でタカシを諭した。

しかし、タカシはこれを聞かない。

「これは主権の侵害の問題です。強い姿勢に出なくてはいけません。」

「ならば聞くけど、強い姿勢って何かな?自衛隊の軍艦でも派遣するのかな?」

「そういうことも含めます。すいません、もう日本語で話してもいいですか?」

「駄目だ。英語のレッスンだぞ。それとね、そういうのは強い姿勢とは言わない。チキンレースと言うんだ。それは外交ではない。今日はもうレッスンは終わりにしよう。次回までに僕が出したふたつの問いに答えるように。もちろん、英語でね。」

結局、一時間も経たないうちにレッスンは終わってしまった。



レッスンが終わってからもタカシはイライラしていた。

どうしてT先輩は分かってくれないんだろう、と思った。

もうレッスンも行きたくなくなってしまった。

タカシは結局、次の週の課題を提出せず、次回は用事があるので休ませてくださいとメールした。

T先輩は「了解。その代り、次回はゲストがふたり来るから。」と返信してきた。

仕方なくタカシは、ずる休みを一週間だけにした。ただ、その間も英語の勉強は休まなかった。彼はこれまでの苦労を無駄にはしたくなった。それに、こんなかたちでT先輩との関係を終わりにしたくなかった。



次のレッスンに行って、タカシは驚いた。

ゲストは韓国人と中国人の留学生だったのだ。

もちろん、テーマは領土問題だった。

「では、はじめようか。課題の記事はみんな読んでいると思います。それでは、パクさんからご意見をお願いします。」

タカシはとてもナーバスになった。

いや、なんとなくゲストが留学生だというのは分かっていたのだが、まさか当事国から来るとは。

ゲストのふたりはそれぞれ博士課程の男性だった。もうすでに立派な大人で、ひどく落ち着いていた。

タカシは初めて韓国人と中国人からそれぞれの国の理解と内政の状況を聞いた。

韓国が竹島と日本の侵略を結びつけて考えていることや、中国がアヘン戦争時代まで領有権の問題を遡って議論していることなど、TVで報道されていない色々なことを聞いた。

彼らはTVで見たデモ参加者と違って、とても理知的で落ち着いて議論をしており、タカシはひどく恥かしくなってしまった。

T先輩は言う。

「日本の政治家が国有化を発表したとき、一体誰のために、誰に向けて言ったのかな。彼らは日本国内の世論のこと、支持率のこと以外のことを本当に考えていたのかな。その後のシナリオを本気で考えていたのかな。

留学はね、内向きで考えることがどれだけバカバカしいことで、しかも危険なことか教えてくれるんだよ。

留学して分かることはね、どの国の人間とも本質的に全然分かり合えないということを理解し、そのうえでどうやって関係を深く築くかが大事だということなんだよ。

おそらく、君がイギリスかアメリカに留学して最初に友達になるのは、アジア、特に東アジアの子たちだよ。それだけ文化圏が近いんだ。

日本人はすぐに欧米を自分の味方だと言うでしょ。だけど、そういうことを口にする人がどれだけ欧米人の親友を持っているのかな。僕は聞きたいね。」

T先輩はいつにもまして饒舌だった。

「それこそ、われわれの国にも言えることです。領土問題はつねに内政のためにやっていると言っても過言ではありません。」

ふたりの留学生も同意した。どこだって同じような、あるいはもっとひどい事情を抱えているのだ。

タカシは留学する決意を新たにした。最後まで頑張ろう。留学にはきっと意味がある。そう確信した。

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