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社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

NHK「君が僕の息子について教えてくれたこと」:環世界がつながる瞬間の奇跡

2014-08-28 14:36:10 | テレビとラジオ
この番組は、自閉症を抱える作家、東田直樹氏が書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』が世界各国でどのように受け止められたかについてのドキュメンタリーである。

この本は、アイルランドの作家、デイヴィッド・ミッチェル氏によって翻訳され、世界中でベストセラーになった。

彼自身も自閉症の子どもがおり、その子との接し方に悩んでいた時にこの本に出会ったのであった。

たまたまミッチェル氏は日本に住んでいた経験があり、ある程度、日本語が読めたため、この本を理解することが出来たのである。

私はこの番組を見るまで、この本の存在を全く知らなかった。

この本が大きなインパクトを持った最大の理由は、この本が、今まで何を考えて行動しているのか分からなかった自閉症の人たちの思考や感覚の一部を、言葉によって説明する可能性を拓いたからである。



言うまでもなく、自閉症の人もそれぞれ思考は異なるし、趣味だって異なる。能力も色々である。

無知を承知で申し上げれば、東田氏は高機能自閉ということなのかもしれない。

高機能自閉と言えば、私が敬愛するテンプル・グランディン博士がいる。彼女もまた自らの手で自閉というものを分析していた。

東田氏の本は、自閉症の人たちがしばしば共通して取る、「不可解な」行動の理由を人文学的に説明する。

その文学性こそが、世界中の人々に彼の世界、さらには自閉症の世界の一端を理解させる力になっている。



この本の最も重要な点は、自閉症の人たちに人間としての尊厳があり、社会的な主体性があり、声を上げるに十分な思考があることを明らかにしたのだ。

つまり、自閉症を患っているということは、不完全で擬似的な人格なのではない。そうした人もまた、誰とも価値の違わない立派な人格を備えた存在なのである。

もちろん、自閉症の人が誰でも東田氏と同じように感じているわけではないだろう。

しかし、この本は身近な自閉症の人たちが感じていること、考えていることを知るための手がかりや、出発点を提供している。



この番組を見ていて私がとても興味を持ったのは、東田氏が感じていることを私も少なからず感じていたということだ。

それは私が自閉症だという意味ではなく、人間は多かれ少なかれ、人間が構成する社会的ネットワークに適応しきれていないということであり、他者の感情を読み取ることで多くの苦痛を感じているということである。

彼は「人の視線が痛い」と言う。確かに彼に向けられる視線は特別なものだろう。

けれども、人の視線が痛い、ということは私も強く感じている。

日本にいる時の居心地の悪さは、それ以外に形容しがたい。

イギリスにいる時の私の自由さは、この視線からの解放だった。

私も人と目を合わせるのは苦手だ。

私も自分をコントロール出来なくなることがよくある。

実際、私の妻は私を発達障害スペクトラムのなかで軽度にある、と考えている。

だが、それは社会的には相当数の人間が当てはまるものではないかと、私は推測している。

私が言いたいのは、自閉症の人たちを「他者」と勝手に決めつけないでほしい、ということなのである。

我々は何らかのかたちで、我々の体に窮屈さを感じている。

程度の差がどれだけあるのか、ということなのではないだろうか。



そんな、ややこしい話はさておいて、私はこの番組を見て泣いた。

何故だろう。

それはおそらく、人間それぞれがもつ環世界がつながった瞬間を見たからだ。

環世界とは、人間を含む生き物がそれぞれに感じている世界のことである。

生き物はそれぞれの器官をもち、それにしたがって「世界」を構成している。

人間のような五感によって構成された世界ばかりが「世界」ではない。

だが、突き詰めれば、人間がそれぞれに持っている環世界も同じではない。

それが自閉症の人と自閉症ではない人の間で、明確になっているだけなのである。

だから、人間の環世界同士がつながることが、本当に奇跡なのである。

私は単に良いことを言おうとしているのではない。

それこそが、私が小さい頃から感じてきたことだからなのである。

私はいつもいつでも、他人と世界が決定的にズレていると感じてきたし、それをひどく不安で苦痛に感じてきた。

私が社会科学の研究者になったのは、そうした感覚が根本的な動機にあるからだろうと思う。

だから、私は環世界が少しでもつながる、ということに激しく感情を揺さぶられるのである。

けれど、きっとそれは人間だれしもそうなのではないか、とも思う。

だからこそ、きっとこの番組は反響を呼んだに違いないと私は考えるのである。

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