友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

「戦なき世」の果てに何があるのだろうか

2023年12月18日 17時18分05秒 | Weblog

 NHKの大河ドラマ『どうする家康』が終わった。脚本家も演出家も、このドラマで何が伝えたかったのか、最後までよく分からなかった。「戦なき世をつくる」ことを目指して、家康が生きてきたのなら、秀頼の下で太平の世の礎となっても良かったはずだ。

 「戦なき世をつくる」ためには、長期に安定政権が必要と言うことなのか。日本は戦争に負けて、「2度と戦争をしない」約束の下、保守系の政権が長期に続いてきた。戦後の復興を、政府も国民もあらゆる人々が一丸となって、成し遂げてきた。

 戦争の無い、経済的に恵まれた、そんな土台の上に豊かな生活を築いてきた。人々は「法の下に平等」を謳歌し、その価値観は広く定着した。そしてさらに、男女の平等に止まらず、障がい者や男女の性に区別されない人々も含め、あらゆる差別の撤廃に突き進んでいる。

 理想的な社会に向かっているはずなのに、政権与党の自民党は派閥の裏金作りに明け暮れている。「秘書や事務方がやった」ことにして、政治家本人に責任が無かったような演出になってきた。岸田内閣の支持率は下がる一方なのに、政権交代の世論は一向に沸いてこない。

 民主主義の先進であるアメリカも欧州も、自国を最優先に考える保守派が増えているのはどうしてなのだろう。「自由・平等・博愛」はどこへ行ってしまったのか。強権的な政権を打ち立て、有無を言わさずに理想国家を創り出せばいいと、人々が言い出すようになったなら、地獄だと思うのは私だけなのか。

 世界を見れば、「戦なき世」はまだ実現していない。戦争こそない日本だが、豊かなのに貧困で苦しんでいる人もいる。満たされなくて、人を殺してしまう愚かな人もいる。どんなに時が流れ、人々の知恵が蓄積されても、欠陥は必ずどこかにあるのだろうか。

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私たち乗り遅れは、ただただ見守るしかない

2023年12月17日 17時31分36秒 | Weblog

 長女の中2の娘が卓球の試合で、市のドームに来ているというので応援に出かけた。残念ながら1回戦で敗退し、この後は試合が無いと言う。「せっかくだから食事でも」と言うが、私がNHKの『のど自慢』を見たいと伝えると、「それなら、お昼を買って行きますから食べながら見ましょう」と言ってくれる。

 長女とダンナと私たち夫婦の4人で、食べながらの鑑賞となったが、やっぱり準備をしたりしながらのテレビは落ち着きが無く、「この人は鐘2つ」と予想するのが精いっぱいだった。会場が沖縄県の宮古島だったこともあり、明るく陽気で、涙を流すような出場者もいなかった。

 テレビの鑑賞が終わると、カミさんがスマホとiPadを持ち出して来て、「この操作が分からない」と言い出した。長女のダンナはそういうことに長けた人で、カミさんは何でも彼にやってもらっている。それなら私もと、与えられているスマホから「写真をパソコンに送られるようにして欲しい」とお願いした。

 先回、『曾木公園』にライトアップされた紅葉を見に行った時、私のガラ系のケイタイでは夜景を写すことが出来なかった。スマホに切り替えるべきだろうが、スマホで写した写真をパソコンに送る操作が分からない。長女とダンナが画面を見ながら一緒に考えてくれて、やっとパソコンンに送ることが出来るようになった。

 「スマホでいろんな決済も出来る」と言うが、私は写真を送ること以外には関心がない。新しい技術や器具が生まれ、どんどん更新していくけれど、操作が出来ない高齢者は増える一方だろう。乗り遅れた高齢者の救済はどうなるのだろう。いや、そもそも高齢者が学習し習得出来るとは思えない。

 これからは働き方も変わるのかも知れない。仕事にしがみついて、コツコツ勤めることが美徳だったけれど、大儲け出来る方法を習得出来るのなら、その方が尊い時代になるのかも知れない。いずれにしても私たち乗り遅れは、ただただ見守るしかない。ありがとう。お世話になりました。

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寒い風が吹くと子どもの頃を思い出す

2023年12月16日 17時35分21秒 | Weblog

 薄曇りの空が広がり、時々北から黒い雲が流れて来る。西の山々には雲がかかっている。関ケ原の北、伊吹山の頂上は雲で隠れてしまっている。電車も車も行き来しているのに、なぜか濃尾平野は寒々としている。市の拡声器から、「詐欺の電話がかかってきています。注意してください」と、女性の声が聞こえる。

 12月も半ば、明日からは厳しい寒さになるという。私は20歳まで刈谷市に住んでいたが、寒い北風を「伊吹おろし」と呼んでいた。伊吹山から吹き降ろしてくる風は本当に冷たくて、身も心も震え上がった。それでも外で、ウロウロしていた。市内にある3つの書店を巡り歩き、本の背表紙を眺めていればよかった。

 子ども向けの雑誌などは、店の人がいる前に並べてある。雑誌を手にすると店の人が嫌な顔をするので、たいていは奥の書棚にある単行本の書名を見ていた。すると、書店で見た本が父の書棚に並んでいることもあり、何が書いてあるのかと手にすると父に、「お前にはまだ分からないだろう」と取り上げられてしまった。

 家の外の木材置き場の隙間で育っている雑草を見ていると、おばあさんが「ご飯だよ」と呼んでくれる。おじいさんは既に食卓に向かい座っていて、熱燗をチビチビやっている。料理とは別に酒のつまみが用意されているから、おじいさんだけいつも1品多い。おじいさんが酒を飲み終わると、おばあさんはご飯を茶碗にもってくれる。

 それから家族みんなの食事が始まるが、誰も何も言わず、黙々と食べる。冬は食卓の中央にコンロが置かれ、鍋になることもあった。おばあさんの料理で食べられない物は無かった。イワシやアジなどの煮物は美味しかったが、サバを食べた翌日は、私はジンマシンが出るので食べない方が良かったのに、食べたくてブツブツの顔で登校した。

 寒い風が吹くようになると、なぜか子どもの頃を思い出す。おばあさんは私を連れて、よく映画館へ行った。長谷川和夫や市川雷蔵が好みだった気がする。おばあさんは昭和33年、私が14歳の時に亡くなった。

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曾孫から教えられる

2023年12月15日 17時04分03秒 | Weblog

 5ケ月になった曾孫はとても大人しいし、滅多に泣いて困らせることもない。手のかからない子だと思っていたが、お腹が空いたり、ウンチが出たりすれば機嫌が悪い。ジッと相手の顔を見つめるのは、相手を観察しているのだろう。

 子どもは周りの大人を見ながら学習していく。自分の意志が伝わるのか否か、どうすれば伝わるのかを見定めていく。赤子の笑顔がとっても可愛いのは、そうすることで自分に関心を持ってもらう手段なのだろう。

 親が子どもに話しかけることで、子どもは言葉を覚え、活用の仕方を学んでいく。全面的に親に依存して生きて来た子どもも、次第に自分で考えを持ち自分で選択するようになる。そうなると、親に逆らうようにもなるから親子ケンカが始まる。

 マンションの回覧板の文書の中に、親が子どもを叱りつけているうちに、激高して手を上げたので、止めに入った人にまで大声で喰ってかかってきたとあり、子どもをしつけているつもりでも「暴力は虐待です」とあった。

 私の子どもの頃は、親や先生が子どもを叩くのはよくあることだった。けれど今は、子どもにも人権があると認識されてきた。しかも簡単に録音や動画撮影出来るので、動かぬ証拠となってしまう。カッとなって、子どもに「死ね!」と言ってしまった先生は教師落第である。

 保育園で、ひとりで小便や大便が出来ない子に、「臭い子」と言えば園児は傷つく。「性格、悪いね」と注意されても、性格を直すことは大人だって出来ない。「優しいね」とか「真面目だね」とか褒められれば、さらに頑張ろうとする。

 よく褒めて育てなさいというけれど、具体的な行為を褒めないと空々しくなる。大人だって「料理が美味い」と言われれば嬉しいし、「物知りだね」と言われれば鼻が高い。大人はもう、相手から何かを学び取ることは無いかも知れないが、「人のふり見て、我がふり直せ」のことわざはある。

 昨日は曾孫から教えられる一日だった。

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ただ我武者羅に働いてきた

2023年12月14日 18時06分06秒 | Weblog

 孫が5ケ月になる息子と一緒にやって来た。豊明市から高速道路を利用して来るので、私は「時間を気にせず、安全運転で」と祈っている。何しろ可愛い曾孫を乗せているから、何かあったらと心配でならない。

 長男の方は、父親が勤めるトヨタ系列の保育園に通っているが、園児が少ないのに保育士さんが多く、かまってもらえるようで、保育園へ行くのをとても楽しみにしていると言う。兄弟ふたりとも、おっとりしているのは、孫の育て方がいいのだろうか。

 それでも孫は、育児休暇明けの先を心配している。ふたりの子どもを保育園に預け、自分が迎えに行けない時は夫に頼み、夜勤や遅番がある時も夫に頼む。けれど、夫も自分も迎えに行けない時はどちらかが休まなくてはならない。

 余りにも忙しい過ぎるので、子育てに時間を使える仕事に代わりたいと思っているようだ。孫は大府市にある小児科病院で看護師をしているけれど、育児休暇が終われば、普通の看護師と同じように、夜勤や遅番・早番がある。子育て中だからという特典は無いと言う。

 女性が圧倒的に多い職場なのに、どうしてその配慮が無いのだろう。家に居て、子育てしながら働いて、金が得られる方法を考えていると言う。そう言えば、ダンナも何やら投資をやっていたが、「大丈夫なの?」と聞けば、「知らない」と答える。

 「指南役のような人がいる」と言うので、もっと心配になる。「世の中に楽して儲かる仕事は無い」と言いたいところだが、今の若者には通用しない。カミさんが大掃除で出て来た不用品を見せると、すぐにスマホで検索し、「1500円なら売れる」と言う。

 せっかく看護師免許を持っているのに、それを活かさないのではもったいないと言えば、「看護師を続けるなら今のままでいいけど、それが本当に私がやることなのか、分からない。もっと違う道があるように思う」と言う。

 自分の生きがいと生活の糧を得ること、このふたつの選択で悩むことはあるだろうが、選択できる人生は幸せな気がする。私たちの時代は迷うことも無く、ただ我武者羅に働いてきた。ゆっくり、よく考えて、ダンナと話し合って決めればいい。

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泥沼から抜け出すことは出来ないのか

2023年12月13日 17時46分41秒 | Weblog

 自民党の安倍派が、裏金作りをしていたと大きく報道されている。岸田首相は派閥を離脱したが、その岸田派も政治資金パーティーで実際に集めた金額よりも、政治資金収支報告書には少ない金額が記載されていると報道された。

 自民党はみんなで、裏金作りをやっている印象だ。理由は、「政治はお金がかかる」からと言われている。地方には「選挙を手伝うから金をくれ」という風土がある。私が選挙に出た時も、「1票いくらで買う?」と露骨に聞いてくる者さえいた。

 候補者や議員に群がる金の亡者を、きっぱりと切り捨てるのは覚悟がいる。ところが国会議員ともなると、派閥のドンら有力者と顔つなぎが出来るからと、政治資金パーティーへの参加を呼び掛けることが出来る。

 パーティー券を買う企業は、当然見返りを求めている。企業や医師会のような団体が、パーティー券を買うのは自らの利益のためだ。政治家はたくさん売って、報告書に少なく書けば自由になる裏金が手に入る。

 政治家はそんなにお金に困っているのかと思ってしまうが、国会議員の年収は2100万円もあるし、文書通信交通費や立法事務費なども支給される。10年以上勤めれば退職金だって出る。日本のサラリーマンの平均年収の460万と比較してもかなり多い。

 さらに政党には政党助成金が支給されているから、議員には政党から配られる。日本の議員はとても恵まれているのに、どうして立派な人が少ないのだろう。みんなが同じようにしているから、次第に麻痺してしまうのだ。

 お金を手に入れると、人はさらに増やすことの虜になっていく。「それが人間の本性だよ」と言う人がいるが、そんな風に諦めているから投票率がいつまでも上がらない。若い人に期待したいのに、他人のことに無関心な人が多い。泥沼から抜け出すことは出来ないのか。

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花が無いのは寂しいわよ

2023年12月12日 17時00分16秒 | Weblog

 地域新聞の女性編集長と話していた時、この市の人で短歌を作っている「月城龍二」さんは見つかったかと尋ねた。「中日新聞の本社にも訊いてみたんですが、個人情報なので教えてもらえませんでした」と言う。「中日だけでなく、朝日、毎日、読売にも投稿されている方なので、大学で講座を開いて欲しいくらいです」と話す。

 歌からの想像では、私のような高齢者ではなく、50代の現役で働いている人のように思う。観察が行き届いていて、いい歌を作るなあーといつも感心する。歌から察すると、市の北部に住んでいて、電車の駅にも近いような気がする。月城龍二さんのように、根気に投稿を続けないと、本物の歌人には成れないのだろう。

 昨夜の夕食は、次女のダンナのお母さんから送られてきた穴子を使った丼だった。神戸産の穴子はとびっきり美味しくて、鰻よりも美味い気がする。「穴子だから日本酒だよね」と、カミさんは熱燗を勧めてくれた。「残りは冷凍しておいたから、また食べましょう」と機嫌がいい。

 美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲む、こんな贅沢な日々がくるとはなんと有難いことか。昨日の医師が「歳を取ったら、運動が大事ですよ」と言うが、私はほぼ毎日、家に閉じ籠って本を読んでいることが多い。ひとりでテレビを見ることはなく、テレビを見る時はいつもカミさんと一緒だ。

 以前はルーフバルコニーに出て、花の世話をしていたが、外壁工事のために植木鉢を撤去することになり、大半は持って行ってもらったがまだ少し残っている。「残しておいて、工事が終わったらまたやったら。花が無いのは寂しいわよ」とカミさんは言うが、私にその気力が無い。

 「寒風が吹き抜けていく空の鉢 凍えいくよなルーフバルコニー」

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時は流れ、忘却の彼方へと消えていく

2023年12月11日 17時12分44秒 | Weblog

 マンションの集会所で、医師が来て話す催しに行って来た。参加したのは30人ほどで、高齢者が多い。私としては、あまり関心の無い「認知症セミナー」だったが、どんな医師でどんな話をするのか、とりあえず聞いておこうと席に着いた。

 認知症は死に直結する病気ではないし、かかったからといって、回復できるものでもない。誰でも高齢になれば、肉体が衰えるように、脳も衰えていくのだから、特別な病気ではない。けれど、医師は「ゆっくり徐々に日常生活が不自由になる病気」と言う。

 認知症の予防のためには、食事が大事で、次に運動、そして「人と関わる場所に出向こう」と話す。認知症の人に対しては、「味方でいることが大切」と言う。「基本的に治らない病気で、本人に悪気はなく、忘れたことも忘れている」と。

 会場からは、「認知症とうつ病との違いは?」という質問を受け、「症状としてはよく似ているが、うつ病はとりつくろうとする」と説明。「季節の変わり目になると体調不良に陥るが‥」という質問には、気候病という病名を上げて話してくれた。

 セミナーが終わって、みんなが帰りかかったので、医師のところに出かけて行って、「先生のところで死亡診断書は書いてもらえますか」と訊いてみた。「クリニックでの診察がないと無理ですね」との答えを聞き、やっぱりと納得した。

 いくら往診をする医師とはいっても、死んだ人の往診はしない。私が今、通っているクリニックも往診しますとあったから、死亡診断書はこの医師に頼むしかないようだ。ある程度、医師の診察の期間が必要なようだから、せっせと通うしかない。

 私が創刊した地域新聞の、今は編集長となって、更に大学の講師も務めている女性が取材に来ていたので、誘って喫茶店に行った。車に乗り込んで、財布を持ってこなかったことに気が付いた。「認知症でごめんなさい」と謝った。

 彼女の子どもがまだ小さな時、編集室に連れて来ていたのでよく遊んだ。その子も今は1児の父親だと言う。彼女は昔と変わらず可愛いのに、時は流れ、忘却の彼方へと消えていく。

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全く、何と悲しい世の中か

2023年12月10日 17時04分57秒 | Weblog

 今朝、テレビに流れた最初のニュースは、大谷翔平選手がドジャーズに移籍したことだった。各テレビ局がこれまで、いろいろ予想して報道していたが、やっと決着がついた。それにしても10年契約で総額7億ドル、日本円で約1014億年というから驚く。これまでのスポーツ選手の中で、契約金の最高額らしい。

 スズメの涙ほどの年金暮らしには想像もつかない。そうは言ってもスズメの涙を見たことは無いから、本当にスズメが涙を流す姿を見たら感激してしまうかも知れないが、プロスポーツ選手の収入が桁違いであることは確かだ。卒業生が名古屋城の再建のために、いくらかでも出してくれればいいのにとFacebooksに書いていたが、それは理解できない。

 そもそも、名古屋城を木造で再建する意味はあるのかと私は思う。それだけの金があるのなら、まだまだ困っている人が大勢いるのだから、そのために使うべきだ。大谷翔平選手が何に使おうと、それは彼の自由であって他人がどうこう言うことでは無い。私腹を肥やしている政治家こそ弾劾すべきだろう。

 今朝の朝日新聞に、武田鉄矢さんがお父さんのことを書いていた。お父さんは中国戦線の復員兵で、「酒を飲んで戦場体験を話すおやじ」が大嫌いだったとある。「飲むと暴れてお膳をひっくり返すわ、鉄拳をふるうわ」、きっと戦争のトラウマに取り付かれていたのだろう。お父さんは、「中国の匪賊の奴らを、日本刀で何人か切った」と言う。

 私は小学校の友だちの家で、「本当は持ち帰ってはいけないと言われた」写真を見たことがある。中国人を軍刀で打ち首にする写真、切り落とされた首を縄で縛って晒した写真だった。戦争記念館に収めれば、戦争の残酷さを証明する資料となっただろう。菓子箱にいっぱい入っていたあの写真はどうなっただろう。

 戦争にきれいなものなど無いと言う。残酷で惨いことしかないのに、どうして止められないのかと思う。指導者こそ最前線に送り込むべきで、そうすれば彼らは怖気づいて停戦を口にするだろう。全く、何と悲しい世の中か。ふと、何の脈絡もなく、大谷翔平選手ならどうするだろうかと思った。

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心配な事件が続く

2023年12月09日 17時20分59秒 | Weblog

 奈良県の小学校で、いじめに苦しむ女の子が提出したノートに、担任が花丸をつけて返したことが問題になっている。女の子は現在小3で、小学校1年の時からいじめに遭っていたようだ。

 今年の6月、足を蹴られて痣が出来ていたので、両親はいじめていた子を調べて欲しいと学校に訴えたが、「学校は警察と違って、犯人を捜すところではない」と言われたという。学校の対応に憤った両親は、弁護士に訴えマスコミに知られることになった。

 報道だけでは、女の子が書いたノートの全文が読めないので何とも言えないが、「じぶんなんていなければよかった」と、悲痛な思いを書いているのに、花丸をつけて、「You can do it!」と書き、「ファイト」と追記している。

 教育委員会は「不適切な指導」と言うが、担任の「励ますつもりだった」という弁解はよく分かる。けれど、担任ならもっと子どもの心に立ち入るべきだっただろう。女の子から話を聞いてあげるとともに、他の子どもたちからも話を聞く必要があったと思う。

 小学校の子どもたちは、好きという表現が出来ないので、いたずらしたりして女の子に構うことがある。私は女の子に、いたずらやいじめをしたことは無いが、小4の時、男の子が女の子にいたずらをしたために、「級長は男子の先頭に立って、全員の女子に謝りなさい。連帯責任です」と担任から命じられた。

 「そんな理不尽な」とは思ったが、担任の言うことに逆らえなかった。40代のベテランの女性教師だった。奈良の担任が、男性なのか女性なのか、若いかベテランか、定かでは無いが、子どもたちともっと会話が出来ていれば、こんな事件にはならなかっただろう。

 女の子は、心的外傷後ストレス障害になっているという。私の次女の娘も同じ小3、ケロッとした女の子だから大丈夫だと思うが、愛知県の半田の中学校で女子生徒が男子生徒を切りつけた事件は、長女の娘と同じ中2だった。偶然に過ぎないとはいえ、心配な事件が続く。

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