絵描きを目指した端くれとして、生徒に絵を教えてきた者として、この映画は観ておきたいと思った。映画『かくかくしかじか』は、漫画家として大成した女性と画塾の指導者の物語で、漫画家と絵描きの違いと共通点を考えさせる映画だった。
私は小1から2年ほど、画塾に通ったことがある。高3の1月に父が亡くなり、国立大なら授業料は高くないからと教えられ、美術科を受験したいと先生に話すと、「受験まで石膏デッサンを毎日1枚、描きなさい」と言われた。
受験の日、周りを見渡すと上手い人もいたが、自分のデッサンもまあまあだと思った。大学に入って描いた水彩画は、指導教官に褒められた。なのにいい気になって、絵を描くことを怠っていた。
映画では「とにかく描け、何枚も何枚も描け」と画塾の先生である大泉洋さんが怒鳴る場面が多く出て来る。振り返ってみると、「とにかく描く」ことに徹すればよかったと思う。無心になって画布に向かうことがいかに大事が、今なら分かる。
物を写すだけならカメラで出来る。画布で何かを伝えたい、だから構想を考えて、平面に絵を描いていく。大泉さんが演じた画塾の先生は、シュールリアリズムの画家のようで、繊細な写生を丁寧に描いていて、私が目指したような作品だった。
けれど、「何でもいいから、描け、描け」と言われると、私はきっと「こんな画塾は辞めます」と言ってしまっていただろう。なぜ、何枚も何枚も描くことが大切なのか、教えることは難しい。
漫画家となった主人公は、死を直前にした恩師に会い、画家では無く漫画家になったことを詫びる。恩師は最後まで「描け、描け」と呼びかける。画塾の卒業生たちは、昔を懐かしむと共に、今日ある自分たちの基礎が恩師の教えにあったと気付く。
大泉の演技は飽食気味だったが、女子高生から人気漫画家までを演じた永野芽郁さんは熱演だった。いささか気分が重かったが、庄内緑地公園まで行きバラ園を見て来た。「もっと早く来るべきだったね」とカミさんは言う。芝生の上で裸になって、読書しているオジさんがいた。暑い、暑い。
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