友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

戦争はなくならないだろうが‥

2015年11月28日 18時13分37秒 | Weblog

 昨日の朝から急に寒くなった。空気が冷たくて、真冬になったように感じる。新聞の週刊誌の広告を見ると、読まなくても書いてある内容がなんとなく分かる。『週刊新潮』が「内心無理とわかっていて『イスラム国と話し合え』という綺麗事文化人」と見出しをつけ、「報道ステーションの古舘キャスターは、テロと空爆を同一次元で批判する。その上で、『(ISとの)対話を避けている場合ではない』と語る。聞こえのよい正論だが、本気かどうかはわからない。ならばなぜ、報ステはテレ朝記者をIS支配地域に送り込み、現地から中継をやってみせないのか。問答無用に処刑されると知っているのだ」とあった。

 またしても報道ステーションの古舘さんが攻撃の的になっている。『週刊新潮』は古舘さんの主張を正論と認めながら、ISの支配地域に記者を送らないのは本気でないと批判するが、問答無用と処刑されるところへ『週刊新潮』も記者を送らないだろう。テロと空爆は無差別殺戮で、同じ行為である。「イスラム国」が何を目指しているのか分からないので、「話し合い」が出来るものなのかもわからない。もし、中東にイスラム国家を樹立したいと言うのであれば、私はそうさせればいいと思う。

 中東はいろんな民族がいるけれど、旧約聖書の時代から同じ生活圏で暮らしてきた。第2次大戦後、欧米が勝手に線引きして国を作ってしまったため紛争地域になった。中東をどうするかは中東の人々に任せるべきだ。そもそも欧米はなぜ空爆できるのか、それでいて難民を無条件に受け入れないのはどういうことだ。民主主義国家の先駆けとなったアメリカ・フランスは「自由・平等・博愛」を民主主義の基盤としてきたのに、すべての人間の人権を全く認めていない。世界中のあらゆる人々が「自由・平等・博愛」の下に暮らせるようにするのが政治の努めだろう。

 今日、大和塾の市民講座の講師は元外交官。講師は「戦争はなくならないだろうが、無くす努力を続けることが大事」と言う。「知り合うための努力なくては前進はない。自分が出来るところで、出来る範囲で、続けることだ」と結んだ。


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