長女のダンナのお父さんが、ご自分が作った野菜やユズなどをリックに詰めて持って来てくれた。カミさんは「丁度よい機会だからと、一杯やりましょう」と言い、友だちふたりにも声をかけて、昨夜は我が家で宴会になった。友だちふたりも1坪農園で野菜作りをしている。お父さんも友だちも、自分が食べるというよりもみんなに分けてあげたい気持ちが強いので、おおいに意気投合して盛り上がっていた。
料理についてもどういう食べ方が美味いだの、酒に合うだの、日本酒を飲みながら野菜作りや料理方法、肴の1品を巡って自己主張が飛び交った。友だちの絆、親族の絆、年を取って再び深まることに我ながら驚く。子どもの頃は、父親の妹たちが家に集まり、盆正月の行事などがあって、従兄弟たちと遊ぶ機会も多かったし、また母親の在所に行けば、そこでも従兄弟たちが遊んでくれた。そんな経験が正月の集まりと盆の墓参りを継続させているのかも知れない。
家族の絆といえば、NHKの朝の連続ドラマが『あまちゃん』から『ごちそうさん』に変わった。初めのうちは『あまちゃん』の印象が強すぎて、『ごちそうさん』がつまらなく思えた。それでも半ば習慣になっているからドラマは見続けているが、主題歌がいいなと思っている。歌っているのはユズで、歌詞はドラマにピッタリ合っている。
歌詞はユズの北川悠仁さんが書いた。題名は『雨のち晴レルヤ』。出だしがいい。「突然 偶然 それとも必然 始まりは気づかぬうちに 予報通りにいかない模様 そんな時こそ 微笑みを ポツリポツリと町の色 変わってゆけば 傘はなくとも雨空に唄うよ どんな君でもアイシテル 顔を上げてごらん光が照らす 涙の河も海へと帰る 誰の心も雨のち晴レルヤ 雨のち晴レルヤ雨のち晴レルヤ」。ジッワと来るのは私だけかな。
晴れ着とか晴れ晴れしいという言葉があるように、晴れには喜ばしい意味がある。だからきっと晴レルヤはハレルヤなのだろう。キリスト教で神を褒め称える言葉である。出だしの「突然 偶然 必然」もよく使う。出会いはいつも突然あるいは偶然やって来る。けれどもそれは必然でしかない。愛に突然も偶然もない。それを受け止めて育めばもう必然以外の何ものでもない。「どんな君でもアイシテイル」という訳である。
どんな君でも
アイシテル
泣いた数だけ
強くなれるかな