7月8日から9月30日まで開催の「京の夏の旅」。今年のテーマは、「新選組結成160年&世界遺産」です。
もっと早くご紹介すべきところですが、あまりの猛暑で「少し涼しくなってから~」と思っていたら、9月になってしまいました。今だに、気温36度という猛暑の京都…「もう行かないと…」とミモロに催促されて出かけることに…。
新選組ゆかりの場所は、京都の町の西側、四条大宮から丹波口エリアにあります。
新選組がテーマということで、ミモロも「だんだら羽織」姿で…。
しっかり刀も差して…その姿で、すっかり男の子のクマと言われますが、「いいの、今回は…」とすっかり隊員になり切っているミモロです。
まず訪れたのは、「壬生寺」そばの「旧前川邸 東蔵」です。ここは「京の夏の旅」の初公開。
りっぱな門構えの前川家は、屋敷面積443坪、部屋数12間というお屋敷。この壬生エリアにかつて10家ほどあった「壬生郷士」と言われ名字帯刀を許された武家風の暮らしぶりをする1軒です。
掛屋と言われる両替商を営み、京都御所や京都守護職などの公的機関の出納を担当していたそう。
金銭に関わる大切な証文や多量の現金を保管するために、お蔵は、分厚い扉で守られ、内部には、床下に深い金庫が作られています。
「この扉なら火事でも中は安全だね~」と思われる重厚な蔵の扉。
「盗賊も入れないね~雲霧仁左衛門も手が出せないかも…」とテレビで時代劇を見るのが好きなミモロ。
その蔵の内部は撮影ができないので、お話だけで…
大きな梁が渡る蔵…その下に掘られた井戸を思わせる金庫…そこにものをいれるために、梁には滑車がついています。
ガイドさんのお話によると、元治元年(1864)に、ここで土方歳三による古高俊太郎という人の拷問を滑車に吊るして行われたのだそう。当時、古道具などを扱う商人桝屋喜右衛門として京都に暮らし、尊王攘夷を唱える武家や公家などとも交流していた古高俊太郎。その動向を怪しいと思った土方歳三は、その屋敷に踏み込み、武器や攘夷派の人との書簡などを押収。彼を捕獲し、拷問により、御所に火を放ち、京都守護職などを殺害しようとする計画のための池田屋での集会を突き止め、「池田屋事件」へとなります。
拷問では死ななかった古高俊太郎は、その後、獄舎に移され、禁門の変のどさくさで他の囚人と共に斬首されます。享年36歳。時を経て、明治24年に正五位に賞されます。
また、近藤勇らと共に新選組を結成し、副長や総長を務めた山南敬助。後に近藤勇らと意見を異にし、新選組内での立場を喪失。「江戸に行く」という置手紙をして隊を離れことに。しかし、それがご法度の脱走となり、捉えられ、切腹したのが、この「前川邸」だとか。享年33歳。
広い屋敷の前川邸。
新選組の隊士が滞在していた場所です。
「どうぞ、こちらに来てください」とガイドさんに促され、外へ。
蔵の側面に置かれた出格子の説明を…
「ここ見てください」と格子戸の側面を指さします。
「ホラ、一部えぐられているでしょ。これ刀傷なんですよ」と。
ざっくり切り落とされたような刀傷…「よく切れる刀だね~でもきっと刃こぼれしたかもね~こんな感じかな?」
ミモロは刀を抜いて、切りつけるマネを…すぐ何でもやりたがる性格…。
昔、このエリアは、壬生菜などの畑が広がっていた場所。そこに壬生屯所を作った新選組。
「きっと昔、このエリア歩くの怖かったかも…」と想像します。
さぁ、次の場所へ移動しましょう。
*「京の夏の旅」は、拝観料各所800円。公開時間は、10:00~16:30(場所により公開日と時間に変動あり)
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