みけの物語カフェ ブログ版

いろんなお話を綴っています。短いお話なのですぐに読めちゃいます。お暇なときにでも、お立ち寄りください。

1249「公演初日」

2022-05-22 17:36:05 | ブログ短編

 彼にとって、それは何十年も前からやってきたことだった。それほどの緊張(きんちょう)もない。彼は主役(しゅやく)というわけではない。今まで、ずっと脇役(わきやく)で頑張(がんば)ってきた。
 彼は、主役を張(は)れるような役者(やくしゃ)ではない。そのことは、自分(じぶん)でも分かっている。彼は芝居(しばい)がやりたいだけなのだ。別に、役(やく)にこだわりなどまったくない。彼には、欲(よく)というものがないようだ。誰(だれ)かを押(お)しのけて、役を勝(か)ち取るなんて考えたこともない。
 彼はオーディションも好きではないようだ。でも、これは彼の人柄(ひとがら)なのだろうか…。あちこちの劇団(げきだん)から声をかけられていた。だから今まで続けてこられたのだ。彼はどんな役でも引き受けていた。例(たと)えそれが、台詞(せりふ)のない役だとしても…。
 ――そして、また公演(こうえん)の初日(しょにち)を迎(むか)えた。開演前(かいえんまえ)のこの時間は、彼のお気に入りだった。薄暗(うすぐら)い袖幕(そでまく)の間(あいだ)で、緞帳(どんちょう)の向こうからはお客(きゃく)のざわめきが微(かす)かに聞こえる。近くには他(ほか)の役者たちがいて、お互(たが)いに声を掛(か)け合っている。彼もその中に加(くわ)わる。舞台監督(ぶたいかんとく)が、役者たちに開演(かいえん)をふれて回る。いよいよ、初日の幕(まく)が開(あ)く。
 客席(きゃくせき)に開演を知らせるベルが鳴(な)り響(ひび)く。客席の照明(しょうめい)が落(お)ち、静(しず)かに音楽(おんがく)が流(なが)れ始める。そして、緞帳(どんちょう)がゆっくりと、すべるように上がっていく。舞台に照明が入り、役者たちを浮(う)かび上がらせた。そして、最初(さいしょ)の台詞を言うのは…、もちろん彼ではない。
<つぶやき>これはもうプロの領域(りょういき)なのでしょうか。何かを突(つ)き詰(つ)めるって大変(たいへん)だよね。
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