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書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)

2018年09月24日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

珍しく講談社ではなく新潮文庫から出ている御手洗潔シリーズ『ロシア幽霊軍艦事件』。御手洗潔シリーズの第15作目。

箱根、富士屋ホテルに飾られていた一枚の写真。そこには1919年夏に突如芦ノ湖に現れた帝政ロシアの軍艦が写っていた。四方を山に囲まれた軍艦はしかし、一夜にして姿を消す。巨大軍艦はいかにして“密室”から脱したのか。その消失の裏にはロマノフ王朝最後の皇女・アナスタシアと日本を巡る壮大な謎が隠されていた――

と商品紹介にあるように、一通の手紙から始まるこの物語はアナスタシア皇女秘伝といったもので、彼女の辿った過酷な人生ととある日本人軍人との純愛物語が描かれています。もちろんアナスタシア皇女の日本にまつわる話はフィクションですが、その他の部分は史実で、彼女(アンナ・アンダーソン)がなぜ裁判で母語であるはずのロシア語を話せず、時計も読めず、計算すらできなかったのかということを医療的観点からアプローチし、「偽皇女」とされた彼女はやはり本物だったのではないかという論を展開します。頭蓋骨が陥没するほどの酷いけがを頭部に受けていれば脳に障害が出ても不思議ではありません。ただ、アンダーソンの死後10年を経た1994年に、イギリスのFSS(Forensic Science Service)が彼女の小腸標本からのミトコンドリアDNA鑑定を行いましたが、これはアレクサンドラ皇后の姉がイギリス女王エリザベス2世の夫君エジンバラ公の母方の祖母にあたることから、エジンバラ公・ロマノフ家の一員であることが確認されている皇女・アンダーソンの三者のミトコンドリアDNAを較べるという科学的な検証でした。その結果、エジンバラ公と遺骨のDNAは確かに一致したが、アンダーソンのDNAはこのどちらとも一致せず、その代わりにフランツィスカ・シャンツコフスカの甥のカール・マウハーとはDNAが一致しました。アンダーソンの正体はポーランド人農家の娘フランツィスカ・シャンツコフスカ(Franziska Schanzkowska、1896年12月16日生 - 1920年3月失踪)である可能性が少なくとも99.7%である、と学術誌『ネイチャージェネティクス(Nature Genetics)』に発表されています。なので、ケガによる高度脳機能障害を考慮に入れるにしてもアンナ・アンダーソンがこの作品で主張されるように本物のアナスタシア皇女であった可能性は極めて低いということになります。まあ、使用された小腸の標本がアンダーソンの者ではないという説もあるようですが。

まあ、そういった無骨な検証を脇に置けば、ミステリアスなアナスタシア皇女の秘伝・悲恋物語として十分にロマンチックで感動的に仕上げられています。御手洗の幽霊軍艦に関する推理はちょっとしたおまけみたいな感じです。

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