徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:ハンナ・アーレント著、『Über das Böse - Eine Vorlesung zu Fragen der Ethik(悪について~倫理問題に関する講義)』(Piper)

2017年09月02日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

Hannah Arendt(ハンナ・アーレント)が1966年にニューヨークのNew School for Social Researchで行った「Some Questions of Moral Philosophy」という4回にわたる講義の草稿をまとめた本のドイツ語訳を漸く読み終えることができました。

ドイツ語タイトルは『Über das Böse - Eine Vorlesung zu Fragen der Ethik(悪について~倫理問題に関する講義)』です。恐らく日本語訳は存在しないかと思います。

本書は、ハンナ・アーレントが本を出版する意図をもって推敲したものではなく、あくまでも講義をするための原稿が基になっているため、悪く言えばまとまりがなく、ただでさえ哲学的で抽象的な内容がより理解しづらくなっているといえます。

ナチスドイツを追われて、フランス亡命を経て、渡米したユダヤ系ドイツ人である彼女は、ジャーナリストとしても哲学者としてもナチスドイツに並々ならぬ関心を持ち、エルサレムでのアイヒマン裁判ではジャーナリスト的観点から報告をしたのに対し、本書ではナチスドイツの悪行がいかに可能になったか、その過程を哲学的に問う試みをしています。ソクラテス、プラトン、パウルス、アウグスティヌス、カント、ニーチェなどの思考、判断力、意志に関する考察を紐解きながら、それらの矛盾点を突き、彼女なりの所見を述べています。

私はそれほど哲学的造詣に深いわけではないので、彼女のこれらの考察をきちんと理解し、思考過程を辿ることができたとは全然思えないのですが、最も重要なことは次の一節に尽きるのではないかと思います。

"Doch ist, so fürchte ich, die Wahrscheinlichkeit weitaus größer, daß jemand kommt und uns sagt, es sei ihm egal, jede Gesellschaft wäre ihm gut genug. Diese Indifferenz stellt, moralisch und politisch gesprochen, die größte Gefahr dar, auch wenn sie weit verbreitet ist. Und damit verbunden und nur ein bißchen weniger gefährlich ist eine andere gängige moderne Erscheinung: die häufig anzutreffende Tendenz, das Urteilen überhaput zu verweigern. Aus dem Unwillen oder der Unfähigkeit, seine Beispiele und seinen Umgang zu wählen, und dem Unwillen  oder der Unfähgikeit, durch Urteil zu Anderen in Beziehung zu treten, enstehen die wirklichen >>skandala<<, die wirklichen Stolpersteine, welche menschliche Macht nicht beseitigen kann, weil sie nicht von menschlichen oder menschlich verständlichen Motiven verursaht wurden. Darin liegt der Horror des Bösen und zugleich seine Banalität."

以下拙訳:

「しかしながら、誰かが来て、”何でもいい、どんな社会でも自分にとっては十分いい”と言う可能性の方がずっと高いのではないかと私は懸念している。この無関心さは、頻繁に見受けられることであっても、道徳的また政治的な観点からすると最大の危険を孕んでいる。またそれと結びついている他のよくある現代の現象は多少危険が少ないが、判断することそのものを拒否するというよく見かける傾向である。模範や人付き合いを選ぶことを忌諱あるいはそれをする能力がなく、また判断によって他人との関係を持とうとすることを忌諱あるいはそれをする能力がないために、本当の「スカンダラ」、すなわち本当の躓きの石が生じることになり、それは人間的または人間に理解できる動機に起因するものではないため、人間の力では取り除くことができないのだ。ここにこそ悪の怖さと同時にその陳腐さ(凡庸さ)があるのである。」

「悪の陳腐さ(Banalität des Bösen)」はハンナ・アーレントの有名な概念です。「悪の凡庸さ」と訳されることもあるようです。個人的には「凡庸さ」の方が原意に沿っているように思ってます。

本文はたったの150pにも満たないのですが、「重い」書籍でした。読破するのに5日かかってしまいました。この本と一緒に『全体主義の要素と起源(Elemente und Ursprünge totaler Herrschaft)』も買ったのですが、そちらは1000ページを超える超大作で、ちょっとすぐに手を付ける気にはなれませんね。

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