徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:荻原浩著、『海の見える理髪店』(集英社文芸単行本)~155(2016上半期)直木賞受賞作品

2018年01月06日 | 書評ー小説:作者ア行

『海の見える理髪店』は表題作の他、『いつか来た道』、『遠くから来た手紙』、『空は今日もスカイ』、『時のない時計』、『成人式』の5編が収録された短編集です。どれも家族関係をテーマにした作品で、「ほっこり」という感想が最もふさわしい物語ですが、直木賞受賞作品にしては軽すぎる感じがしなくもありません。

 

『海の見える理髪店』

田舎町の海の見えるところにひっそりと建つ理髪店の年老いた店主が、若い客の髪を切り、髭を剃り、マッサージをしながら自分の生い立ちを語るお話。いつもはさほど饒舌ではないと思われる店主は、そのお客には特別に色々と語りたかったという。そのお客は小さい頃に手放さざるを得なかった店主の息子でした。

店内にある大きな鏡のおかげで、そこに座ったお客は海を見ることができるという舞台が素敵です。

 

『いつか来た道』

弟に言われて、16年間音信不通にしていた一人暮らしの母を尋ねる娘の話。散々反発した母親の年老いた姿を見て抱く気持ちは複雑で、過去のわだかまりが消えるわけではないけれど。。。

私も母との折り合いが悪かったので、この娘・杏子の気持ちには共感できました。でもせっかく訪ねた母親が自分を娘と認識できなくなっていたのは悲しいですね。でもだからこそ昔の怒りや鬱憤が解けて、労りの気持ちが芽生えることもできたのかなとも思います。

 

『遠くから来た手紙』

仕事三昧の夫と口うるさい義母に嫌気がさして実家に娘を連れて帰った祥子が、その晩から受け取るようになった不思議なメール。最初は夫のいたずらかと思っていたけれど、どうも違うらしい。それは戦死した祖父が祖母に宛てたメッセージだった?

 

『空は今日もスカイ』

親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指します。小学3年の茜はいとこから教わった英語がお気に入りで、なんでも英語に言い直すとものごとが違ったものに見えて来るのを楽しんでいます。神社で出会った少年の森君は「フォレスト」。

この物語は二人を保護したはずの男性が勘違いで警察に責められてしまうところで終わるので、かなり後味が悪いです。


『時のない時計』

この物語の語り手は、父の形見分けとしてそれなりにいいものらしい古い腕時計を貰った中年男とその時計を修理する年老いた時計職人の二人ですが、対話は殆ど無く、中年男の独白に、時計職人の様々に時を刻む時計たちの謂れの説明が混じっている感じです。その時計は娘が生まれた時間、あの時計は娘が死んだ時間という具合にいくつかの時計をその時計にまつわる人に起こった出来事の時間で止めて置いてあり、それらについての説明で老人の物悲しい人生が浮かび上がってきます。それを聞きながら自分の過去を振り返り、父親との関係に思いを馳せる中年男。なかなか切ないが味わいのある作品です。


『成人式』

5年前に15歳で交通事故で亡くなった娘のことがいつまでも深い悲しみの棘として心に刺さっている夫婦が、娘の死亡を知らずに来た成人式の着物のカタログをきっかけに、自分たちで娘の代わりに成人式に出席することを決意し、衣装を整えて本当に出席してしまうお話しです。その姿は滑稽でもありますが、本人たちの癒しには必要な儀式で、カタルシスがあります。成人式に参加していた娘の元同級生たちの思いやりにほっこりと癒されます。

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