『闇に香る嘘』は2014年、第60回江戸川乱歩賞受賞作品で、中途失明した全盲の初老の男性を主人公にすることで生じる現実認識のあやふやさ不確かさを活かしたミステリー小説です。受賞当初のタイトルは『無縁の常闇に嘘は香る』だったそうですが、「作品のコンセプトを語り過ぎている」と不評だったために改題に至ったそうです。
商品説明
村上和久は孫に腎臓を移植しようとするが、検査の結果、適さないことが分かる。和久は兄の竜彦に移植を頼むが、検査さえも頑なに拒絶する兄の態度に違和感を覚える。中国残留孤児の兄が永住帰国をした際、既に失明していた和久は兄の顔を確認していない。27年間、兄だと信じていた男は偽者なのではないか――。全盲の和久が、兄の正体に迫るべく真相を追う。
和久の疑念を強めるのは、中国から密入国した「本物の兄」徐 浩然(シュー ハオラン)が岩手にいる竜彦は偽物であり、自分こそ本物の兄であると主張する電話でした。
全盲であるが故の疑心暗鬼と、彼を思いやるが故の周囲の人たちがつく嘘が余計に疑惑を深めていく様が克明に描写されており、加えてお酒で精神安定剤を服用することによる記憶障害が彼自身に対する不安も強めていき、読み進むのが苦しくなるくらいでした。
中国残留孤児の苦悩も、兄・竜彦や兄の正体を探るために会って話をした他の中国残留孤児やその支援者たちを通じて切々と訴えられ、作品全体にやるせなさが漂っています。
最後のどんでん返しと、分断していた家族が再び一緒になる展望が見えることで一種のカタルシスが得られるので、読後感は悪くないです。
下村敦史氏の経歴は1981年京都府生まれで高校中退し、大検に合格したということくらいしか知り得ませんでした。誰か係累の方に中国残留孤児や全盲に関わる方がいらっしゃるのかと興味を持ったのですが…
巻末に掲載されている参考文献の数が半端ではなく、本作品がいかに「力作」であるかが伝わってきます。