徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

読書メモ:村端五郎・村端良子著、『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』(開拓社 言語・文化選書57)

2023年05月07日 | 書評ー言語

『第2言語ユーザのことばと心 マルチコンピテンスからの提言』を読み出したのは3月半ば。内容が小難しいために、なかなか読み通すことが叶わず、5月になってようやく完読できました。

目次
はしがき
第1章 マルチコンピテンス(複合的言語能力)とは?
第2章 第2言語ユーザの「ことば」
第3章 第2言語ユーザの「心」
第4章 マルチコンピテンスの研究課題と研究方法
第5章 マルチコンピテンスの英語教育への示唆
あとがき
参考文献
索引

マルチコンピテンスの考え方とは、従来の「母語」と「外国語」を独立した別存在として捉える考え方に異議を唱えるものです。現代において、純粋なモノリンガル(単言語使用者)はほとんど存在しておらず、程度の差こそあれ、母語以外の外国語に接し、その影響を受けているため、外国語学習において目指すべき理想の〈母語話者〉も空虚であることを指摘します。
この考え方から、外国語を学ぶ者を外国語〈学習者〉とは呼ばず、〈第2言語ユーザ〉と呼びます。
個人的には〈ユーザ〉と二つ目の長音記号を省く書き方に抵抗がありますが、それはともかく、たとえ初級レベルであっても外国語を学ぶことで、脳内の言語能力の様相が変化しており、外国語の影響がその本人の母語運用に影響を与えたり、母語の特徴が外国語の運用に影響を与えたり、と双方向の影響関係が認められ、その混然一体となった言語能力はその人独自の言語であることに誇りを持って、〈ユーザ(使い手)〉と自認すべきだ、というのが本書の核心となる主張です。

自分はある外国語の〈学習者〉と自覚していると、いつまでも母語話者レベルに到達しない、不完全な使い手のイメージがつきまとい、そのせいで余計に運用に自信を持てないままなのは残念なことである、という主張は共感できます。

英語教育への提言としては、〈母語話者〉信仰の見直し、英語のみで行う授業の見直し、訳読活動の再採用などが挙げられています。

確かに、英語のみで英語の授業を行った場合、生徒の英語理解が進むのかについては疑問の余地があるため、日本語で行う英語の授業を蔑ろにするのは極端な方針と言えるでしょう。
英語運用の練習には、英語のみの授業、英語の文法構造の説明には日本語での授業というように目的に応じて使い分けるのが合目的的であるように思えます。


書評:中山七里著、刑事犬養隼人シリーズ1~5(角川文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

刑事犬養隼人シリーズは、警視庁捜査一課の犬養隼人警部を主人公とした警察小説ですが、臓器移植や子宮頸がんワクチン、安楽死、臓器売買と貧困問題など、社会的・倫理的に非常に難しい問題を扱っており、様々な立場の人間の様々な言い分を浮き彫りにさせた上で、あえて結論を出さないままストーリーを締めくくるところが魅力です。

犬養隼人はバツ2の1人暮らしですが、腎不全を患う娘がいるため、警察官として違法行為を取り締まるのは自明の理と考える一方で、常に、娘の場合だったら、自分は父親として遵法精神から娘の命を諦められるのか、娘の命を救うために脱法・違法行為もやむを得ないと考えるのか、そのたびに悩み惑います。

非常にセンシティブな倫理問題を背景に、法の不備や文化による死生観の違いを浮き彫りにしていく中、犬養親子の関係の変化も物語の味わいを深めています。最初、娘の沙耶香は、浮気して自分達母子を捨てた父親に対して憎しみの感情しか持っておらず、定期的に見舞に来る犬養に対して無視を決め込んでいましたが、氷河期はやがて終わりを告げ、ぎこちないながらも親子の関係を新たに築いていきます。
法の不備、子どもの苦しみ、親の願い。事件の解決と犯人の訴追が、誰かの苦しみとなり、その人の命を奪うことに繋がる矛盾。その狭間で葛藤・苦悩しつつ職務を全うする犬養。
一筋縄ではいかない社会問題と絡めた社会派ミステリーの本シリーズは、安易な一件落着のカタルシスを読者に許さない重みのあるストーリーでありながら、なおもエンタメ性を失わない二転三転するストーリー展開が魅力です。

ちなみに犬養隼人の相棒として登場する高千穂明日香は、『作家刑事毒島』シリーズでも登場するキャラクターです。
こうした作品間を跨ぐキャラクター達も、中山七里作品の面白さですね。

『切り裂きジャックの告白』
商品説明
東京都内の公園で臓器をすべてくり抜かれた若い女性の死体が発見された。やがてテレビ局に“ジャック”と名乗る犯人から声明文が送りつけられる。その直後、今度は川越で会社帰りのOLが同じ手口で殺害された。被害者2人に接点は見当たらない。怨恨か、無差別殺人か。捜査一課のエース犬養刑事が捜査を進めると、被害者の共通点としてある人物の名前が浮上した――。ジャックと警察の息もつかせぬ熾烈な攻防がはじまる!


『七色の毒』
商品説明
中央自動車道を岐阜から新宿に向かっていた高速バスが防護柵に激突。1名が死亡、重軽傷者8名の大惨事となった。運転していた小平がハンドル操作を誤ったとして逮捕されるも、警視庁捜査一課の犬養は事故に不審を抱く。死亡した多々良は、毎週末に新宿便を利用する際、いつも同じ席に座っていた。やがて小平と多々良の過去の関係が明らかになり……。(「赤い水」)
人間の悪意をえぐり出した、どんでん返し満載のミステリ7編!


『ハーメルンの誘拐魔』
商品説明
少女を狙った前代未聞の連続誘拐事件。身代金は合計70億円。捜査を進めるうちに、子宮頸がんワクチンにまつわる医療界の闇が次第に明らかになっていき――。孤高の刑事が完全犯罪に挑む!


『ドクター・デスの遺産』
商品説明
死ぬ権利を与えてくれ――。安らかな死をもたらす白衣の訪問者は、聖人か、悪魔か。警視庁VS闇の医師、極限の頭脳戦が幕を開ける。安楽死の闇と向き合った警察医療ミステリ!


『カインの傲慢』
商品説明
臓器を抜き取られ傷口を雑に縫合された死体が、都内で相次いで発見された。司法解剖と捜査の結果、被害者はみな貧しい環境で育った少年で、最初に見つかった一人は中国からやってきたばかりだと判明する。彼らの身にいったい何が起こったのか。臓器売買、貧困家庭、非行少年・・・・・・。いくつもの社会問題が複雑に絡み合う事件に、孤高の敏腕刑事・犬養隼人と相棒の高千穂明日香が挑む。社会派×どんでん返しの人気警察医療ミステリシリーズ第5弾!



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書評:中山七里著、『騒がしい楽園』(朝日文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
都内の幼稚園へ赴任してきた神尾舞子。騒音や待機児童など様々な問題への対応を迫られる中、園の生き物が何者かに惨殺される事件が立て続けに起き、やがて事態は最悪の方向へ──。『闘う君の唄を』に連なる、シリーズ第2弾。《解説・藤田香織》

これが第2弾だとは知らずに読んでしまいましたが、特に違和感はありませんでした。
主人公の幼稚園教諭・神尾舞子は理性的・論理的で、自らの就学前教育の技術に自信を持っている〈デジタルウーマン〉で、あまり「保母さん」のイメージに当てはまらないキャラクターです。
都内の幼稚園に赴任早々、幼稚園の騒音が許せない町内会会長の苦情の相手をさせられ、幼稚園の見学日では待機児童を抱える母親から入園の便宜を図るよう賄賂を持ちかけられる。園児たちのお迎えの時間になると、母親たちの派閥争い。前途多難な状況が最初からぶっちぎりで描写されていますが、全金埼でも同僚だった池波智樹がまた同じ勤務先になったという安心要素も瞬く間に吹っ飛ぶ事件が起こります。園児たちが世話をしている池の魚が殺される、蛇の潰された死骸が投げ込まれる、猫の死体が吊るされる。どうにも物騒なので、幼稚園の教員たちが夜の見回りをすることになります。法的にはそのような義務は一切ないし、時間外労働の超過勤務でしかないのですが、子どもたちの安全のためという大義名分が全ての理屈を押し流してしまいます。そして、舞子が同僚・池波と二人で見回りに出た夜、決められた時間より30分早く切り上げて喫茶店でゆっくりとしていた、その翌朝。園児の死体が門の前に放置されていた。
戦々恐々となった親たちに舞子も池波もまるで殺人容疑者であるかのように非難されます。時間通り見回りをしていたら事件が防げたのかどうか、とか、そもそも園児が帰宅した後の安全が幼稚園の責任なのかという理屈は通用しない理不尽な空気。
待機児童問題と、騒音のために幼稚園立ち退きを求める町内会の要求との絡みから起きた事件なのかと思いきや、園児殺害の真相は実に俗なところにあった。人間の狭量さをまざまざと見せつける作品。


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書評:中山七里著、『能面検事』(光文社文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
大阪地検一級検事の不破俊太郎はどんな圧力にも屈せず、微塵も表情を変えないことから、陰で〈能面〉と呼ばれている。新米事務官の総領美晴と西成ストーカー殺人事件の調べを進めるなかで、容疑者のアリバイを証明し、捜査資料が一部なくなっていることに気付いた。これが大阪府警を揺るがす一大スキャンダルに発展して――。一気読み必至の検察ミステリー!

この作品で、著者は検察に切り込みます。能面検事と呼ばれる不破俊太郎。能面のように表情を変えない、誰にも破られないから〈不破〉という名前なのかと思えるような命名ですね。
この不破氏は、誰に対しても、いついかなる時でも、無表情で、余計なことは一切口にしないという態度を貫きます。この徹底した態度に新米事務官の総領美晴は戸惑い、反発しますが、それでもその徹底ぶりに畏敬の念を抱き、できる限り学ぼうとします。
不破の方も学ぶ姿勢を見せる美晴には彼なりの親切心を出して、割と丁寧に質問に答えるようになります。少なくとも、彼が回答が必要と見なした場合は。
それ以外の場合には、いかなる質問にもけんもほろろの対応で、「言われたことをやれ」。
こうして、大阪府警の捜査資料紛失問題に踏み込んで行きますが、蜘蛛の巣を張り巡らせるかのように用意周到で、相手に有無をいう人間を与えず、一気呵成に畳みかけます。そして最後に、最初の冤罪的送検となった事件で重要だったはずの証拠品が紛失していた理由を突き止めます。

この作品では、〈どんでん返し〉というほどの意外性は見られず、怪しい者は最初からかなり不審な動きをしています。その背後関係を明らかにし、逃げ口上を許さないところまで犯人を追い詰める過程が読み応えがあります。


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書評:中山七里著、『死にゆく者の祈り』(新潮文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
商品説明
死刑執行直前からの大どんでん返し! ?
絞首台へ向かう友の魂を救えるか――。
究極のタイムリミット・サスペンス! !
何故、お前が死刑囚に――。教誨師の高輪顕真が拘置所で出会った男、関根要一。それはかつて、雪山で遭難した彼を命懸けで救ってくれた友だった。本当に彼が殺人を犯したのか。若い男女二人を無残に刺殺したのか……。調べれば調べるほど浮かび上がる、不可解な謎。無実の罪で絞首台に向かう友が、護りたいものとは――。無情にも迫る死刑執行の刻、果たして教誨師の執念は友の魂を救えるのか。人気沸騰中の“どんでん返しの帝王"による、予測不能・急転直下のタイムリミット・サスペンス‼

『死にゆく者の祈り』は、死刑囚のために説教をする教誨師が探偵役を務める一風変わったミステリーですが、上の商品説明にあるように、刻々と迫る死刑執行の刻限に無罪証明が間に合うかどうか、最後の抵抗が功を成すか否かというギリギリの緊迫感を味わえるサスペンスでもあります。
主人公の高輪顕真の出家の動機、死刑囚となっていたかつての友・関根要一の守ろうとしたもの、そして、本当の真犯人の昏い動機。それらが鮮やかに織りなされた綾の如く紡がれ、読む者の心を絡め捕ります。
『ネメシスの使者』とは違った切り口で、死刑制度の可否について考えさせられる作品です。


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書評:中山七里著、『テミスの剣』&『ネメシスの使者』(文春文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
『テミスの剣』
商品説明
若手時代に逮捕した男は無実だったのか?
鳴海刑事は孤独な捜査を始めたが…社会派ミステリーに驚愕の真実を仕掛けた傑作。

豪雨の夜の不動産業者殺し。
強引な取調べで自白した青年は死刑判決を受け、自殺を遂げた。
だが5年後、刑事・渡瀬は真犯人がいたことを知る。
隠蔽を図る警察組織の妨害の中、渡瀬はひとり事件を追うが、
最後に待ち受ける真相は予想を超えるものだった!
どんでん返しの帝王が司法の闇に挑む渾身のミステリ。

ギリシャ神話の法と掟の女神テミスの振るう『テミスの剣』は、常に冷厳で公平なのか? 裁く者が人間である以上、過ちは避けられない。裁判官とは、神の領域の任務を畏れ多くも請け負っている。しかし、現実は検察と警察が癒着し、警察が功を焦って容疑者の自白を取って送検すれば、検察はこれをほとんど検証することなく起訴し、一度起訴されれば、ほぼほぼ有罪確定。有罪率99.9%が日本の実情です。
本作は〈冤罪〉が作られる過程と、〈冤罪〉が判明した後の警察・検察組織の組織防衛しか考えていないような対応を描写し、かかる問題に切り込みます。しかし、問題に切り込むだけでは済まず、さらに意外な結末を用意しているのが中山七里作品らしいところです。




『ネメシスの使者』
商品紹介
死刑判決を免れた殺人犯たちの家族が殺される事件が起きた――。

殺害現場に残された“ネメシス”のメッセージの謎とは?
ネメシスとはギリシャ神話に登場する「義憤」の女神。

事件は遺族による加害者への復讐か、
はたまた司法制度へのテロか?
ネメシスの真の狙いとはいったい……?

ドンデン返しの帝王が本書で挑むのは「死刑制度」。
『テミスの剣』の渡瀬刑事が追う社会派ミステリー最新作。 

前作『テミスの剣』で冤罪発覚後に吹き荒れた粛清の嵐をただ一人生き残り、埼玉県警捜査一課に異動した渡瀬刑事は、「二度と間違えない」という誓いの下、仕事に邁進している。若手時代に冤罪の内部告発をした過去により、彼はいまだに警察組織から厄介者扱いされている。それでも、組織論理に阿ることなく、ただただ真相の究明を目指す。本作で、彼は死刑を逃れた加害者の家族を連続で殺している犯人を追います。
義憤の女神ネメシスにちなんで、各章も「私憤」「公憤」「悲憤」「憂憤」「義憤」「怨墳」と、様々な「憤」の形を描写するタイトルとなっており、それに沿ってストーリー展開していきます。
この作品では、死刑が果たして極刑なのか、という疑問が投げかけられています。犯罪被害者遺族にとっては、犯人が死ぬまで気持ちに区切りが付けられない、犯人は死刑になって然るべきという考えが支配的です。これは、日本では「死をもって責任を取る」という(悪しき)文化があることに依拠しています。しかし、罪を背負い、世間に非難され続けながら生き続け、決して許されないことを知りながらもずっと贖罪していくことの方が辛く厳しい罰なのではないでしょうか?
本作の魅力は、こうした社会的問題に切り込み、社会通念に疑問を投げかけつつも、一方的な主張にならず、様々な立場から多角的に物事を捉え、その中でグイグイとストーリー展開していき、最後に思ってもみなかった方角から矢が飛んでくるような結末に至るところにあります。

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