徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、宮城県警シリーズ『護られなかった者たちへ』&『境界線』(NHK出版)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

東京や埼玉・千葉など、関東圏を舞台とすることが多い中山七里作品の中で、本シリーズは珍しく宮城県が舞台となっています。東日本大震災の爪痕がまだ生々しく残る特殊事情。誰もが家族や親族や友人を失い、震災前と同じではいられない。これが『護られなかった者たちへ』と『境界線』のドラマの素地となっています。
宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎は、震災の時も公務に出ており、その間に妻子が自宅と共に津波に流されてしまい、遺体はまだ発見されないまま7年の歳月が流れた。気持ちに区切りが付けられず、いまだに「行方不明」扱いのままにしてある。

『護られなかった者たちへ』では、そんな笘篠が、仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が手足や口の自由を奪われた状態で餓死させられた事件を負います。三雲は職場でも家庭でも善良で人格者と評判で、怨恨の線は考えにくい。しかし、現場に現金等の所持品が手つかずであったことから、物盗りの線も考えにくく、捜査は暗礁に乗り上げます。
そんなとき、一人の模範囚が出所していた。彼は過去に起きたある出来事の関係者を追っている。男の目的は何なのか?
そうして、第二の被害者が出たため、第一・第二の被害者たちの共通点を探るうち、明らかになる福祉行政のひずみ。
誰が被害者で、誰が加害者なのか。本当に「護られるべき者」とは誰なのか? 
鋭い筆致で社会問題に切り込みます。

中山七里作品によく見られる意図的なミスリードが本作でも巧みで、見事などんでん返しに舌を巻くほどです。


第二弾『境界線』では、東日本大震災の行方不明者と個人情報ビジネスという復興の闇を背景にストーリー展開します。
2018年5月某日、気仙沼市南町の海岸で、女性の変死体が発見され、遺留品の身分証から、遺体は、7年前の東日本大震災で津波によって流された宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎の妻だったことが判明。笘篠はさまざまな疑問を抱えながら身元確認のため現場へ急行するが、そこで目にしたのはまったくの別人の遺体だった。
妻の身元が騙られ、身元が誰かの手によって流出していた……やり場のない怒りを抱えながら捜査を続ける笘篠。しかし、「自殺」案件であるため、管轄外の捜査は上司にも所轄にもいい顔はされない。
そのような中、宮城県警に新たな他殺体発見の一報が入るが、その遺体の顔は潰され、指が全部切り取られていた。遺留品の身分証明書から勤め先や家族に連絡を入れると、遺族からは「全くの別人」と証言される。
この二つの事件に共通する身分詐称は、個人情報ビジネスを示唆するが、どこの誰が役所にしかないはずの震災の行方不明者情報を漏洩させ、誰が買ってビジネスとしたのか?
この作品は、復興の問題もさることながら、生き残った者たちの心の傷にも迫ります。



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書評:中山七里著、『鑑定人 氏家京太郎』(双葉社)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
民間の科学捜査鑑定所〈氏家鑑定センター〉。所長の氏家は、女子大生3人を惨殺したとされる猟奇殺人犯の弁護士から再鑑定の依頼を受ける。容疑者の男は、2人の殺害は認めるが、もう1人への犯行は否認している。相対する警視庁科捜研との火花が散る中、裁判の行く末は――驚愕の結末が待ち受ける、圧巻の鑑定サスペンス!

氏家鑑定センターの所長・氏家京太郎は、中山七里の他シリーズ(『作家刑事毒島』や『御子柴礼司』など)にちょくちょく登場していますが、本作では題名の通り氏家鑑定センターを中心にドラマが繰り広げられます。

氏家は以前、警視庁科捜研に所属していたが、同僚や上司とそりが合わず、ある事件をきっかけに辞職して、民間の鑑定センターを立ち上げます。すると、彼を慕う科捜研のスタッフがごっそり科捜研を抜けて、氏家鑑定センターに転職したため、科捜研に残った職員たちからかなり恨みを買っています。
猟奇殺人犯の謎の解明に努めるうちに、こうした過去の確執も明らかにされていき、人間ドラマとしての深みがあります。


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書評:中山七里著、『特殊清掃人』(朝日新聞出版)

2023年05月04日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『特殊清掃人』は、特殊清掃業者〈エンドクリーナー〉に舞い込む清掃依頼案件を主人公・秋廣香澄の視点から描いた短編集で、『祈りと呪い』『腐蝕と還元』『絶望と希望』『正の遺産と負の遺産』の4編が収録されています。

死者が出た家・アパート・マンションは、同居人が居なければ、特殊清掃業者に依頼して後処理をしてもらうことになります。死後どのくらいの時間が経過しているかによって、清掃内容が変わってきます。
まず、ありとあらゆるゴミを出し、ウジ・ハエなどの害虫を駆除し、床や壁などを消毒。遺体から流れ出た体液の浸潤具合によって、床材や根太、大引きまで交換する必要が生じる。
体液は感染症の温床であるため、消毒が済むまでは防護服を着て作業するため、気温が高い日は拷問に近い過酷な仕事になります。
しかし、体力以上に精神力が奪われます。ある種の〈鈍感さ〉を持っていないと続けられない業種です。
孤独死が増える中、特殊清掃の需要は今後も増大することが予想されます。
一言で〈孤独死〉と言っても、十人十色。身寄りのない独居老人とは限らず、親元から離れて一人暮らしをしていた若い人の事故や自殺、あるいは犯罪被害など、様々なドラマが隠れています。
そうしたドラマを特殊清掃という過酷な作業をする者の立場から見い出していく構成です。香澄は亡くなった方に感情移入してしまいがちなので、余計に苦悩しますが、それでも真摯に遺品整理を行い、故人の思いを誰かに伝えようとするその姿勢に心が動かされます。


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