徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『魔女は甦る』&『ヒートアップ』(幻冬舎文庫)

2023年05月06日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『魔女は甦る』
商品説明
元薬物研究員が勤務地の近くで肉と骨の姿で発見された。埼玉県警の槇畑は捜査を開始。だが会社は二ヶ月前に閉鎖され、社員も行方が知れない。同時に嬰児誘拐と、繁華街での日本刀による無差別殺人が起こった。真面目な研究員は何故、無惨な姿に成り果てたのか。それぞれの事件は繋がりを見せながら、恐怖と驚愕のラストへなだれ込んでいく……。

『魔女は甦る』はヒッチコックの『鳥』を連想させるようなホラーっぽいストーリー展開です。文庫の表紙絵でもそのことが暗示されています。
無残な死体を晒していた薬物研究員・桐生隆は、ドイツのスタンバーグ製薬会社の日本支社に勤めていたのですが、閉鎖後も研究所に行こうとしたらしく、その付近で絶命。
渋谷の繁華街で起こった何件かの暴行・無差別殺人事件では、犯人たちの血中に『ヒート』が検出された。これは恐怖心と理性を減退させる代わりに闘争心と破壊衝動を増進させる働きのある新しい麻薬の一種。しかし、身体依存性がないため、禁断症状がない。
この『ヒート』の出所がスタンバーグ製薬日本支社であることは容易に察しがつきますが、会社は閉鎖、社員は行方不明という状況では、証言も証拠も集めにくく、捜査がなかなか進みません。
現場に足を運ぶ埼玉県警の槇畑は、そこで何度も桐生隆の恋人・美里に遭遇します。彼女も何かを独自に調べており、槇畑は彼女を説得して協力を取り付け、閉鎖されたスタンバーグ研究所周囲を探りますが、そこで彼らが出くわすのはー。
その先はホラー展開です。
エピローグで、まだ完全に終わりではないことが仄めかされるのが、実にホラーらしいところです。



『ヒートアップ』
商品説明
七尾究一郎は、おとり捜査も許されている厚生労働省所属の優秀な麻薬取締官。製薬会社が兵士用に開発した特殊薬物“ヒート”が闇市場に流出し、それが原因で起こった抗争の捜査を進めていた。だがある日、殺人事件に使われた鉄パイプから、七尾の指紋が検出される......。誰が七尾を嵌めたのか!? 誰も犯人を見抜けない、興奮必至の麻取(マトリ)ミステリ!

続編の『ヒートアップ』では、『魔女は甦る』で名前しか登場していなかった麻薬取締官・七尾究一郎が問題の薬物「ヒート」を追う物語です。
協力者は、広龍会渉外委員長・山崎岳海というおよそヤクザらしくないインテリヤクザで、幅広い情報網が売り。山崎は御子柴礼司シリーズでも登場する脇役キャラクターですが、本作ではかなり重要な役回りで、七尾と共に死線をくぐることになります。
前作がホラーだったのに対して、本作はアクションミステリーの展開でドキドキします。そして、こちらは「どんでん返しの帝王」の本領発揮という感じで、意外な黒幕が最後に明らかになります。中山七里パターンとも言えるので、逆にそれほど意外ではないかも?

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


書評:中山七里著、『ワルツを踊ろう』(幻冬舎文庫)

2023年05月06日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

商品説明
容疑者は村人全員! ?

20年ぶりに帰郷した了衛を迎えたのは、閉鎖的な村人たちの好奇の目だった。
愛するワルツの名曲〈美しく青きドナウ〉を通じ、荒廃した村を立て直そうとするが……。
雄大な調べがもたらすのは、天啓か、厄災か!?

都会で金融関係の仕事をしていた溝端了衛は、リーマンショックの煽りを受けて失職し、その上、父親も病死したため、七戸9人しか住民のいない限界集落・東京都西多摩郡依田村竜川地区にある実家に移住します。移住して1週間経った朝、隣の地区長に改めて引っ越しの挨拶に行き、そこで住民全員に挨拶がてら回覧板を回すように指示され、村人たちと初めてまともに話す機会を得ます。
この主人公は30代も後半でありながら、人の機微というものが分からない不器用で、少々独り善がりな人物で、村を立て直そうという試みが悉く空回りしてしまいます。
何度か失敗した後、ようやく地区長を納得させるだけの村おこし案を出すことができ、村全体を説得して、一時、全戸団結したかのように見えましたが、盛り上がりの後の失敗は、了衛をさらに孤立させ、経済的にも追い詰めることになります。
村八分にされた了衛は、職も見つからないまま、精神的にどんどん追い詰められていき、ついにとんでもない事件を起こすに至ります。

本作品は、〈平成の八つ墓村〉または〈平成の津村事件〉と呼ばれた2018年に山口県周南市で起きた事件の経緯をなぞっています。
〈美しく青きドナウ〉は主人公のお気に入りの曲で、毎朝これで目覚めるようにしてあるばかりでなく、ことあるごとにこれを聴いていて、いわば人生のお供のようなものです。この音楽モチーフが陰惨な行為の伴奏となるとき、その猟奇性が際立ってきます。

限界集落・村社会の実情、閉鎖的で貧しい精神性を持つ村民と、中途半端な都会性と独善性を持つ移住者との間の軋轢が生んでいく過程が克明に描写され、読者の心に重くのしかかっていくばかりでなく、最後の最後で黒幕が明らかにされることで、「どんでん返しの帝王」の名にふさわしいエンディングとなっています。



にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ