徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:中山七里著、『テミスの剣』&『ネメシスの使者』(文春文庫)

2023年05月07日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行
『テミスの剣』
商品説明
若手時代に逮捕した男は無実だったのか?
鳴海刑事は孤独な捜査を始めたが…社会派ミステリーに驚愕の真実を仕掛けた傑作。

豪雨の夜の不動産業者殺し。
強引な取調べで自白した青年は死刑判決を受け、自殺を遂げた。
だが5年後、刑事・渡瀬は真犯人がいたことを知る。
隠蔽を図る警察組織の妨害の中、渡瀬はひとり事件を追うが、
最後に待ち受ける真相は予想を超えるものだった!
どんでん返しの帝王が司法の闇に挑む渾身のミステリ。

ギリシャ神話の法と掟の女神テミスの振るう『テミスの剣』は、常に冷厳で公平なのか? 裁く者が人間である以上、過ちは避けられない。裁判官とは、神の領域の任務を畏れ多くも請け負っている。しかし、現実は検察と警察が癒着し、警察が功を焦って容疑者の自白を取って送検すれば、検察はこれをほとんど検証することなく起訴し、一度起訴されれば、ほぼほぼ有罪確定。有罪率99.9%が日本の実情です。
本作は〈冤罪〉が作られる過程と、〈冤罪〉が判明した後の警察・検察組織の組織防衛しか考えていないような対応を描写し、かかる問題に切り込みます。しかし、問題に切り込むだけでは済まず、さらに意外な結末を用意しているのが中山七里作品らしいところです。




『ネメシスの使者』
商品紹介
死刑判決を免れた殺人犯たちの家族が殺される事件が起きた――。

殺害現場に残された“ネメシス”のメッセージの謎とは?
ネメシスとはギリシャ神話に登場する「義憤」の女神。

事件は遺族による加害者への復讐か、
はたまた司法制度へのテロか?
ネメシスの真の狙いとはいったい……?

ドンデン返しの帝王が本書で挑むのは「死刑制度」。
『テミスの剣』の渡瀬刑事が追う社会派ミステリー最新作。 

前作『テミスの剣』で冤罪発覚後に吹き荒れた粛清の嵐をただ一人生き残り、埼玉県警捜査一課に異動した渡瀬刑事は、「二度と間違えない」という誓いの下、仕事に邁進している。若手時代に冤罪の内部告発をした過去により、彼はいまだに警察組織から厄介者扱いされている。それでも、組織論理に阿ることなく、ただただ真相の究明を目指す。本作で、彼は死刑を逃れた加害者の家族を連続で殺している犯人を追います。
義憤の女神ネメシスにちなんで、各章も「私憤」「公憤」「悲憤」「憂憤」「義憤」「怨墳」と、様々な「憤」の形を描写するタイトルとなっており、それに沿ってストーリー展開していきます。
この作品では、死刑が果たして極刑なのか、という疑問が投げかけられています。犯罪被害者遺族にとっては、犯人が死ぬまで気持ちに区切りが付けられない、犯人は死刑になって然るべきという考えが支配的です。これは、日本では「死をもって責任を取る」という(悪しき)文化があることに依拠しています。しかし、罪を背負い、世間に非難され続けながら生き続け、決して許されないことを知りながらもずっと贖罪していくことの方が辛く厳しい罰なのではないでしょうか?
本作の魅力は、こうした社会的問題に切り込み、社会通念に疑問を投げかけつつも、一方的な主張にならず、様々な立場から多角的に物事を捉え、その中でグイグイとストーリー展開していき、最後に思ってもみなかった方角から矢が飛んでくるような結末に至るところにあります。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ