長尾景虎 上杉奇兵隊記「草莽崛起」<彼を知り己を知れば百戦して殆うからず>

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不犯の名将・上杉謙信「天と地と」ブログ連載小説4

2011年03月27日 08時12分28秒 | 日記
         不犯へ


 景虎たちに捕まると、
「騙しやがって!」と千代が悪態をついた。
「馬鹿者! 八年間も騙されておったのはこっちじゃ!」
 新兵衛が怒鳴った。そして「府内からつけてきておった時よりわれらはしっておった」 と言って笑った。
 ……いつ頃からばれてたのだろう…?とにかく、千代は縄でがんじがらめにされているために、すっかり意気消沈してしまった。この時代、間者(スパイ)を捕まえた時には残虐な目に合わせることが決まっている。耳を剃り落としたり、手足を切断したり……そのようにして雇主に返すのだ。それではもはや間者としては役に立たない。そこで、捕まった間者は自殺することが多かった。
 彼女も自殺しようとしたが、思いとどまった。そして、
”是非とも景虎に殺されたい”……と強く願った。
「このものをどうしてくれよう」
 新兵衛が言った時、
「是非とも景虎様に殺されたい、是非とも首をきって下さい」と千代は願った。
「あっぱれな覚悟だ。しかし、しばし待て、まだきき糺すことがある」
「なんだい?」
「お主、新兵衛の屋敷で奉公しておったの?」景虎は糺した。
「やや、そういえばみたことがある。若者かと思ったが……」
「ははは」千代が嘲笑した。「変装さ。お前さまの奥方を騙すためのね」
「なんだと?!」
 新兵衛が声を荒げた。
「やい、まだ死にたくないけれど、捕まったからには仕方ない!はやく殺せ!」
 千代はすっかり観念して尻を捲った。その迫力はさすがの景虎をもたじろがせた。
「はやく殺せ!」
「いわれぬでもそうするわい」新兵衛がまた声を荒げた。
「いや、耳を剃り落として春日山城へ送りつけるほうがよいのでは?」
 景虎が提案し、新兵衛も「それがよいでしょう」と言った。
「待て!」千代が言った。「なぜ春日山に?」
「今更すっとぼけても遅い!おぬしらの雇主におぬしらを返すだけだ!耳をそり落としてのう」
「では、わたしらを雇ったのは春日山城の御殿様だと?」
「知れたことを申すな!」
 新兵衛が声を荒げた。すると、千代が嘲笑して、
「あははは……。それはとんだ勘違いだわ。私たちを雇ったのは若狭屋ですもの」
 と言った。
「馬鹿を申すな。なぜ商人がわれわれの動向を探るために忍者など使う?」
「あんたは…」
 …そんなこともわからないのかい?商売のためさ…。千代が再び嘲笑した。
「もうよい。縄を解いてやろう」
 景虎は言った。そして続けて「どうせこやつらは害にはならん。逃がしてやろう」と言って千代の縄を解いてやろうとした。そして、初めて、女のやわ肌に触れた。
……暖かく柔らかい…景虎は胸がドキドキするのを感じた。そして、一度きりだが死んだ美代の手を触れた時のことを、走馬燈のように思い出した。
 その途端、瞳に熱いものが込み上げてくるのを感じ、上を向いて堪えようとした。が、無駄だった。やがて、彼の瞳からぽたぽたと熱い涙がこぼれ落ちた。彼はそれをすぐぬぐった。……美代…この女も、美代に似ている……そう思った時、煩悩が彼を捕らえた。
「どうしたので?」
 千代がわけがわからず尋ねた。
「いや………なんでもない」景虎はふたりの縄を解いて「さぁ、去れ。われら両人は口外せぬゆえ、お前たちも若狭屋には顛末を告げるな」
「ご恩は一生忘れません」
 ふたりの忍者はそういって礼を述べ、ささっ!と、姿を消した。

「俺もついに煩悩にとらわれたか……」
 景虎は頭をかいた。…どんなことをしても寺で座禅を組んでも、女のやわ肌のことが思い出され、むらむらした。……暖かく柔らかい肌…景虎は胸がドキドキするのを感じた。そして、一度きりだが死んだ美代の手を触れた時のことを、走馬燈のように思い出した。「……美代。あの女……美代に似ている……」
「煩悩に悩まされているようじゃのう」
 常安寺の和尚が言った。
「和尚……俺もついに煩悩に捕らわれた」
「いよいよ正念をもって煩悩を断じませぬと大変なことになりまする」
 和尚が真剣にいった。
「……そうか」
 景虎は頭をかいた。……女、女、女、女のやわ肌……たわわな胸…煩悩が頭をよぎった。しかし、美代のためにも煩悩を絶たなければ…。しかし、あの女……美代に似ている……。「この越後の国には有力な国人衆が大勢おり、なかなか支配するのは骨が折れまする。しかも、兵力だけでは支配はだめです」
「……というと?」
「やはり、ひとを引き付ける神懸かり的なものがないとうまくいきません」
「…神懸かり的なもの?なにか手はないか?」
「まず…」和尚が言った。「あまねく有力国人衆の大勢が真似の出来ないことをせねば」「真似のできぬこととは?」
「一生不犯でござる」
「一生不犯…とは生涯結婚せず妻子を儲けないことであろう」
「はっ。しかし……すこし違いまする。生涯結婚せず妻子を儲けないことと生涯女子と交わらないことにござる」
「それが真似のできぬことなのか?」
「さようにござる」
「なぜ?」
「拙僧は経験がまだまだなのでござるが、女子と交わった者にきけば、男と女子との性的な交わりはたいそう気持ちのよいものとか…」
「男と女子との性的な交わり?」
「さよう」
「ふむ」
 景虎は思った。やはり煩悩の元はそれか……。男と女子との性的な交わり? それで女子の柔肌や胸や裸のことを考えると自分の一物が大きく勃起するのか……。しかし、こんなイヤらしい気持ちは死んだ美代に申し訳ない………よし!
「よし、和尚、俺は生涯不犯を通すぞ!」
 景虎は決心した。そしてそう言った。……死んだ美代のために!
「ご立派なお考えにござる。しかし、世間に公表せぬほうがよいかと…」
「なぜじゃ?」
「将来奥方をもらい妾をもったとき、周りの者が”あの大将は公約をやぶった”といって侮られ成敗の対象となりもうすかと」
「馬鹿もの!俺が公約をやぶったりするか!俺は生涯不犯を通すぞ!……死んだ美代のために!」
「……美代とは?」
「いや、なんでもない!生涯不犯を国中に広めよ」
 景虎は新兵衛にも言った。常安寺には毘沙門天の像があった。のちの謙信は像に生涯不犯を誓った。死んだ恋人のために生涯不犯…というこの話を知ったのは千代だけだった。千代はうっとりと「……なんて素敵なのかしら…」と思った。そして、にこりとした。
 死んだ恋人のために生涯不犯……………なんて素敵なのかしら…。
  この頃、のちのライバル・武田晴信(信玄)には成長過程の息子、勝頼がいた。武田晴信(信玄)は才能のない勝頼には期待してなかった。「わしの後は…」信玄は嘆いた。

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