八木のトーネです。
昔、幼かったとき、というよりも今もそうなのだが、私にとって押入れの中というのは本当に魅力に溢れているのである。
まさにドラえもんと全く同じで、押入れの中に入り、押入れで寝るのである。
よくよく考えれば押入れというのは不思議な空間である。人ひとり入れるスペースにもかかわらず、人は当然入る場所ではない。がしかし、真っ暗で、狭く、布団が敷き詰められ、ふかふかしている。
入った人ならわかるだろうが、押入れの中に入ると、まさに至福の時間を過ごせるのである。
誰も他に人はいない。あたりは静まり返り、暗闇の中である。しかし布団が私を包み込む。
まるで子宮の中に帰ったかのようである。
私が押入れの中に入ると、二つのことを想起する。
一つ目は弟と二人で押入れの中に籠って、中で懐中電灯を灯し、押入れは宇宙船の中だと想像していたこと。こうして遊んでいると、祖父がよく怪獣の役をして突然押入れを開け、突然明るい光を押入れを侵入させ、私たちを驚かせるのであった。
いつこの驚きがやってくるのかは、押入れの中にいる以上気づかない。この緊迫感と宇宙にいるという夢想が私たちの心を躍らせた。
押入れという密閉された暗闇の空間が、そのムードを引き立てるのである。
この淡く、もどかしく、しかし緊張感を持った感覚が押入れに入ると思い起こされる。
しかし、初恋しかり、幼い頃の思い出は、どこか緊張感が伴う。胸の鼓動が聞こえながらも、その緊張を打ち破ってなんらかの衝動に駆られる。
そしえ二つ目は押入れの冒険という絵本である。
押入れの冒険では、押入れに二人の子供が閉じ込められ、いつのまにか冒険して、それが終えたときには眠りから目覚める。
幼い私は、いや今の私もそうなのだが、押入れの中で眠りにつこうとすると、やがて意識が朦朧になってくる。頭の中の思考は分散して行き、私の意図とは反してさまざまな仮説を立てて行く。
私は暗闇の空間の中で私はどこにいるのか見失って行く、ここはどこなのか、押入れにいたような気がするが、私は今単なる暗闇にいるだけではないか、暗闇だけならば、この世界はだだっ広いはずであると。
いつのまにか訳の分からぬ暗闇に投げ出され、布団を少し離れた瞬間、私は見知らぬ世界へ飛んでいってしまうと。
とりとめもないところであっても、内奥の精神に突き動かされたとき、空間や時間を超えたものを見た気にさせるときが時たまやってくる。
まさにドラえもんと全く同じで、押入れの中に入り、押入れで寝るのである。
よくよく考えれば押入れというのは不思議な空間である。人ひとり入れるスペースにもかかわらず、人は当然入る場所ではない。がしかし、真っ暗で、狭く、布団が敷き詰められ、ふかふかしている。
入った人ならわかるだろうが、押入れの中に入ると、まさに至福の時間を過ごせるのである。
誰も他に人はいない。あたりは静まり返り、暗闇の中である。しかし布団が私を包み込む。
まるで子宮の中に帰ったかのようである。
私が押入れの中に入ると、二つのことを想起する。
一つ目は弟と二人で押入れの中に籠って、中で懐中電灯を灯し、押入れは宇宙船の中だと想像していたこと。こうして遊んでいると、祖父がよく怪獣の役をして突然押入れを開け、突然明るい光を押入れを侵入させ、私たちを驚かせるのであった。
いつこの驚きがやってくるのかは、押入れの中にいる以上気づかない。この緊迫感と宇宙にいるという夢想が私たちの心を躍らせた。
押入れという密閉された暗闇の空間が、そのムードを引き立てるのである。
この淡く、もどかしく、しかし緊張感を持った感覚が押入れに入ると思い起こされる。
しかし、初恋しかり、幼い頃の思い出は、どこか緊張感が伴う。胸の鼓動が聞こえながらも、その緊張を打ち破ってなんらかの衝動に駆られる。
そしえ二つ目は押入れの冒険という絵本である。
押入れの冒険では、押入れに二人の子供が閉じ込められ、いつのまにか冒険して、それが終えたときには眠りから目覚める。
幼い私は、いや今の私もそうなのだが、押入れの中で眠りにつこうとすると、やがて意識が朦朧になってくる。頭の中の思考は分散して行き、私の意図とは反してさまざまな仮説を立てて行く。
私は暗闇の空間の中で私はどこにいるのか見失って行く、ここはどこなのか、押入れにいたような気がするが、私は今単なる暗闇にいるだけではないか、暗闇だけならば、この世界はだだっ広いはずであると。
いつのまにか訳の分からぬ暗闇に投げ出され、布団を少し離れた瞬間、私は見知らぬ世界へ飛んでいってしまうと。
とりとめもないところであっても、内奥の精神に突き動かされたとき、空間や時間を超えたものを見た気にさせるときが時たまやってくる。