杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

セノバ日本酒学12講座を振り返る

2020-09-07 20:27:48 | 地酒

 昨年10月から始まった朝日テレビカルチャー静岡スクールの地酒講座『セノバ日本酒学』全12講座が無事終了しました。今年に入り、コロナの影響で日程変更が生じましたが、しっかり準備をして臨んでくださったゲスト講師の熱意、コロナ禍でのリアル講座に参加してくれた受講生の意欲、カルチャー事務局の手厚い支援もあって、当初のプログラムを完遂することができました。皆さまには改めて心より感謝申し上げます。

 事前に入校手続きされた受講生(19名)のためのクローズドセミナーですが、手前味噌ながら大変充実した内容でしたので、備忘録がわりに12講座の内容を簡単にご紹介したいと思います。

 

セノバ日本酒学 SAKEOLOGY@SHIZUOKA

2018年に新潟大学で開講した日本酒にかかわる文化的・科学的な学問分野を網羅する「日本酒学(Sakeology)」を参考に、静岡ならでは日本酒学の確立を目指す実験講座。しずおか地酒研究会を主宰するライター鈴木真弓が30年余の取材歴で得た知見や人脈を活かし、日本酒の魅力を全方位からプロデュースします。

 

 

第1回 2019年10月5日 「文学」酒を伝える名文解説 講師/鈴木真弓(コピーライター・しずおか地酒研究会主宰) 

 初回は私が本業の研究をベースに、お酒にまつわる古今東西のユニークな名文を紹介しました。以前、しずおか地酒研究会で開催した酒の文学朗読会の原稿や、このブログで紹介した広辞苑での〈清酒〉解説等がベース。広辞苑ネタは、ブログに書いたときは単に趣味で調べただけのことでしたが、まさかこういうことに役に立つとは・・・。その時々で興味を持ったものにはきちんと向き合って記録しておこうと改めて噛み締めました。こちらをぜひご参照ください。

 

第2回 2019年11月2日 「経済」プロに聞く!酒税のしくみ ゲスト講師/内川正樹氏(税理士・元名古屋国税局酒類業担当官)

 内川さんは名古屋国税局で酒類を担当されていた頃、しずおか地酒研究会の活動に目を留め、何かと応援してくださった方。税理士として独立されたとうかがってゲスト講師をお願いし、快くお受けいただきました。内容はもちろん、我々左党が優良納税者として胸を張れる〈酒税〉の目的としくみについて。国税庁の課税資料やデータを駆使して、大学ゼミ並の濃ゅ~い講義をしていただきました。受講生からも「本当のカルチャー教室みたい」と褒められ?ました(苦笑)。

 

 

第3回 2019年12月7日 「実践」生酛づくり体験(会場/杉井酒造) 解説・指導/杉井均乃介氏(杉井酒造蔵元杜氏)

 杉錦の生酛の酛摺り体験は、2016年にしずおか地酒研究会20周年記念企画で実現し、多くの参加者に喜んでいただきました。セノバ日本酒学でもぜひ実現できたらと杉井さんにお願いし、酒造繁忙期にもかかわらずご協力をいただくことができました。詳細レポートはこちらに投稿してありますのでご参照ください。

 

 

第4回 2020年2月1日 「文化」酒席のマナー ゲスト講師/望月静雄氏(茶道家・日本秘書協会元理事)

 私の地酒講座では初めて、酒類とは直接関わりのないをゲストをお招きしました。望月先生は、このブログでも再三ご紹介している駿河茶禅の会座長をお務めの茶道家。先生はマナー講師としてもご活躍で、酒席の所作について大変お詳しいため、酒瓶や酒盃の美しい持ち方、徳利の注ぎ方等々の所作のご指導をお願いしました。次回以降の講座から、酒瓶の持ち方がキレイになった受講生が増えて嬉しかったです!

 

 

第5回 2020年2月29日 「農業」日本一の稲オタクが語る酒米 ゲスト講師/松下明弘氏(稲作農家)

 日本で初めて、酒造好適米の王者・山田錦の完全無農薬有機栽培に成功した松下明弘さんに、90分間、酒米についてしゃべり倒していただきました。お話を伺いながら、喜久醉の松下米純米大吟醸・松下米純米吟醸・有機認証申請中の藤枝山田錦を飲み比べするというぜいたく。山田錦の酒は世に数多ある中で、なぜこの酒は心に響くのだろうと、今更ながら深く感じ入りました。私は松下さんが1996年に山田錦を栽培し始めた頃からのヘビーユーザーですが、初めて呑んだ人にもちゃんと響くのですから、酒と同様、米にも作る人の人となりが現れるものだと思います。

 

第6回 2020年3月7日 「醸造学」醸造科学を知る目的 ゲスト講師/戸塚堅二郎氏(静岡平喜酒造㈱蔵元杜氏)

 静岡平喜酒造の戸塚さんは、以前カルチャーで酒蔵見学させていただいたとき、解説がとても丁寧でお上手で受講生の評判が良かったため、戸塚さんのような次代を担う若い酒造家に思いの丈を存分に語っていただき、酒造業界の明るい未来を想像しようとお招きしました。鑑評会シーズン直前だったため、鑑評会の審査方法や出品酒の設計について、かなり突っ込んだ解説をしていただいて、たぶん私が一番興味津々で聴き入ってしまったと思います。それだけに、鑑評会の一般公開がコロナの影響でことごとく中止になってしまったことが悔やまれてなりません。

 

 

第7回(4月期第1回) 2020年4月4日 「静岡の酒ものがたり」 鈴木真弓

 2020年4月からの後半6回はSAKEOLOGY@WOMENと銘打ち、9月までの6回すべて女性を講師に、日本酒の新たなアプローチを目指して企画しました。トップバッターとして私が静岡吟醸の歴史について、過去のしずおか地酒研究会サロンでゲストにお招きした松崎晴雄さんとの対談内容をレジメに解説しました。レジメはこちらに公開しましたので、ぜひご参照ください。

 

 

第8回 2020年7月4日 「dancyuが発信し続ける日本酒ムーブメント」 ゲスト講師/里見美香氏(dancyu主任編集委員・元編集長)

 コロナの影響で5月6月はカルチャー自体が休校となり、飲食を伴うこの講座は再開が難しいと思われましたが、ゲスト講師とカルチャー事務局のご協力のおかげでなんとか再開することができました。

 里見美香さんはdancyu日本酒特集の生みの親であり、編集長として辣腕を振るった業界を代表する編集者。静岡市ご出身ということで、しずおか地酒研究会にも再三ゲストで来てくださり、今も何かにつけてお世話になっています。学生の頃から「酒呑みになりたい」という夢を持ち、dancyu創刊時に居酒屋・日本酒担当になったことから、周囲の日本酒嫌いを"改心”させるべく、社内に「日本酒普及委員会」を設置。酒を造る人の魅力、呑むという行為の魅力、酒場の魅力を発信し続けておられます。詩飲酒には取材を通して日本酒の未来を担うであろうと実感された6銘柄(荷札酒、江戸開城、風の森、みむろ杉、白隠正宗、奥鹿)を紹介していただきました。

 

 

第9回 2020年7月11日 「“富士の酒”の挑戦」 ゲスト講師/榛葉冴子氏(酒匠・しず酒コーディネーター、オフィスサエコ代表)

 榛葉冴子さんは通販主体の酒販店「富士の酒」を運営する地酒コーディネーター。2017年の起業以来、イベントの企画運営、セミナー講師、酒蔵での商品企画や営業代行、法人向け商品企画等々を幅広く手掛けておられます。元々は㈱リクルート出身で、アメリカでホテル販売業やヘルスケア関連企業の営業経験も持つキャリアウーマン。開運の現杜氏榛葉農さんと結婚し、酒造業を内側から見るうちに、冴子さんならではのアイディアが次々と湧き上がったんだろうと思います。

 自分が酒蔵取材を始めた32年前は女というだけで好奇な目で見られた時代でしたから、彼女の存在を知ったときは、静岡県でもこういうキャリアの女性が登場し、起業する時代になったことに新鮮な驚きを覚えました。今回は、日本酒を呑むきっかけづくり~楽しむシーンづくり~商品提供までワンストップサービスを目指す事業の一端を、実践を交えて伺いました。

 

第10回 2020年8月1日 「静岡と世界を貫く蔵直便」 ゲスト講師/種本祐子氏(ヴィノスやまざき代表取締役)

 ワインの直輸入店として日本を代表する名店・ヴィノスやまざきの種本祐子社長に、父の山崎巽氏から受け継いだ小売業の哲学、静岡の地酒への真摯な思いをうかがいました。詳しくはこちらの記事をご参照ください。

 

第11回 2020年8月8日 「酒造りを生業にするということ」 ゲスト講師/萩原郁子氏(萩錦酒造・蔵元杜氏)

 萩原郁子さんは、一人娘の綾乃さん、綾乃さんのご主人萩原知令さんの家族3人で萩錦を支える蔵元杜氏。郁子さんは薬学部出身、綾乃さんは美大講師、知令さんは建築士というキャリアをお持ちで、私はこのユニークな萩原ファミリーを長年応援し続けるファンでもあります。

 最初に郁子さんと出合ったのは、1998年発行の「地酒をもう一杯」の取材時で、当時から郁子さんは仕込み蔵で杜氏の補佐をしており、現場で肉体労働する蔵元の奥さんがいるんだ…!と目を丸くしたものでした。晴れて杜氏となった2018年に蔵元である夫・萩原吉隆さんが急逝し、この2年は激動だったと思いますが、最近の萩錦はどこか血の通った味になった気がします。今回は静岡酵母HD-1の酒を揃え、亡き河村傳兵衛先生や歴代杜氏の思い出話も添えてくれました。厳しい指導者に現場で鍛えられた経験と、亡き先人に恥じない酒を造らなきゃって決意があるから、血が通ってるって感じられるのかも。…私もそういう文章を書きたいなあと思いました。

 

第12回 2020年9月5日 「しずまえの味と静岡地酒のマリアージュ」 ゲスト講師/山崎伴子氏(鮨処やましち(蒲原)店主)

 セノバ日本酒学の最終講座は蒲原の鮨処やましちでの酒食体験。しずまえ料理の看板店主としてメディアにも引っ張りだこの山崎伴子さんにご協力いただき、駿河湾の海の幸との食べ合わせを考えて開発された静岡酵母の酒の実力を、実際に食べ合わせてみながら受講生に体感していただきました。ご用意いただいたメニューは生しらす、生桜えび、清水港のマグロお造り、太刀魚の酢味噌和え、茶くらえび(生茶葉と生桜えびのかき揚げ)&太刀魚の天ぷら、鯵のすし。鯵のすしは昔ながらのビッグサイズな握り。2つに切って出されたことから1貫=2個になったそうです。由比蒲原の鯵はなんといっても桜えびを餌にしてますから、やっぱり格別です。

 私が駆け出しライターだった頃、静岡の酒を語れる女性料理人が県内に3人いました。沼津の「一時来」長沢絹子さん、浜松の「豆岡」岩崎末子さん、そして蒲原の「やましち」山崎伴子さん。この3つのお店には同じデザインの壁据え付けの酒専用冷蔵棚がありました。河村先生、磯自慢の寺岡さん等から「静岡の大吟醸を扱うために」と薦められたそうです。カウンター越しの壁一面を冷蔵棚にするのですから、個人店で設えるのは容易ではなかったと思いますが、酒を我が子のように大切に扱う母性に近い感性と、自店の料理と相性のいい酒を決してぞんざいにはしないプロ姿勢に、私も心底勇気づけられました。そして、静岡吟醸は造り手だけでなく、売り手のこの姿勢がなくては世に出なかっただろうと実感し、造り手ー売り手ー飲み手の和を伝えるべく、しずおか地酒研究会を作ったのでした。

 そんな歩みを振り返りながら、「しずまえ料理と静岡の酒は最強のペアリングだ」と再認識できた、やましちでの酒食体験。コロナ禍のもと多くの関係者にご配慮いただき、実現できたことに心から感謝いたします。しずまえ料理についてはこちらの記事もご参照ください。

 

 なお朝日テレビカルチャー地酒講座は、コロナの影響で蔵元の協力が難しいとされたことから、今秋以降、休止にしました。しずおか地酒研究会25周年で温めている企画もいくつかありますが、会の方向性を含め軌道修正する必要があります。新たな地酒ファンづくりに、自分のこれまでの知見がどれだけ活かせるのか or 本当に必要とされているのか、当面は迷いながらの暗中模索が続きます。

 

 


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