先の記事でもご案内したとおり、12月12日から18日まで西武池袋本店7階催事場にて第3回静岡ごちそうマルシェが開催され、7日間通しで静岡地酒のプロモーション販売を担当させていただきました。
地酒コーナーには静岡県内7蔵・全30アイテムの酒が冷蔵棚3機にずらり並び、初めて売り場に足を踏み入れたときは「東京で、静岡の酒だけを売る売り場としては最大規模ではないか」と感動し、その後で「これだけの商品の責任を負うんだ・・・」とじわじわプレッシャーを感じたのでした。販売ノルマがあったわけではありませんが、この棚の前に立っていれば、自分の一挙手一投足が静岡の酒のイメージを左右するだろうと思い上がってしまう気持ち、わかっていただけるでしょうか。
私のことを知っている人には「なぜ百貨店でマネキンやるの?」「バイト?大変だねえ」と同情され、知らない人には「西武の酒売り場の人?」「どこの酒蔵の人?」とさんざん聞かれました。ちゃんと答えられず、自分が何者なのか自分でもわからなくなるような、そんなあやふやな立場に自信が持てず、昨年、一昨年は途中で体調を壊し、遅刻や早退をしてしまいましたが、今回は全日開店時間(10時)から閉店時間(21時)まで無事完走。3年目にしてようやく慣れたということもあると思いますが、やはり大きかったのは、この仕事に他では得難いやりがいを感じたことでした。
初日12日は富士錦酒造(富士宮市)の清信一社長がご来店。富士錦大吟醸(金箱入り)、シルキースノータイム(吟醸)、富士錦湧水仕込純米酒、大吟醸生酒(300ml)、純米生貯蔵酒(300ml)の5アイテムを紹介しました。一番人気のシルキースノータイムは東京の卸会社のPB酒で、冬の暖房のきいた部屋でキンキンに冷やして味わってもらいたいというお酒。粉雪のように口中でなめらかに溶けるような味わいが特徴です。百貨店催事場のようにお酒目的ではないお客様に足を止めてもらい、興味を示してもらうにはこういうアイテムは必要不可欠ですね。
この催事では7人の蔵元が毎日日替わりで来てくれるのですが、売り場には私しかいないので、私が休憩をとるときなどは蔵元さんが他社製品の説明や販売をする羽目に。ところが皆さんそろって「同じ静岡の酒」という意識で丁寧に接客してくださるのです。ときには目の前で試飲して自社ではなく他社の酒が美味しいというお客様にも笑顔で接客される。他社製品を選んだお客様をレジまで丁重に案内する蔵元さんもいましたし、清さんもご覧の通り杉錦のみりん飛鳥山を一生懸命説明されています。
そんな姿に、自分が何者かなんてこだわる以前に〈この売り場に立つ以上、陳列されている全商品に責任を持つ〉という当たり前の作業に徹しておられる蔵元さんたちのプロ意識を感じ、勇気と感動を覚えました。試飲だけのイベントや自社ブースのみの営業販売とは違い、この静岡ごちそうマルシェの売り場でなければ見られない景色だったと思います。
2日目の13日は富士正酒造(富士宮市)専務の大谷恭嗣さんご来店。本醸造げんこつ(火入れ・無濾過生原酒)、純米げんこつ生原酒、純米吟醸五百万石生原酒、ふじのみや強力(純米吟醸・富士宮産無農薬誉富士)というラインナップの紹介です。富士正さんは昨年第2回からの参加で、頑固親父の晩酌酒『げんこつ』のインパクトが話題を呼び、無濾過生原酒がよく売れたので、今年はかなり多めに取りそろえたのですが、意外にもオーソドックスな火入れタイプの本醸造が一番早く売り切れに。「家の冷蔵庫が満杯だから要冷蔵のお酒は困る」というお客様が多かったせいもありますが、親父世代というよりも、若い女性が実際に飲み比べをしてみて「これが一番ウマい!」という反応が多かったのにビックリでした。
さらに意外だったのが、一升瓶1800ml の売れ行きが好調だったこと。本醸造げんこつは1800mlでも2000円未満というリーズナブルさが奏功してか全ラインナップの中でも一番早く売り切れましたが、他社の1800mlラインナップも4日目までにほとんど売り切れ。西武酒売り場担当者が「百貨店で一升瓶がこんなに動くことはない」とビックリしていました。
今回は1800ml、720mlのほか、催事場のフードコートで気軽に飲んでもらえるよう180ml(ワンカップ)、300ml サイズも揃えたので、1800mlの値ごろ感が一目で判ってもらえたのだろうと思います。
その中でもよく売れた1800mlというと『本醸造げんこつ』のように常温で置けるタイプ。このクラスは大手メーカーの主力品がそろい、ディスカウント店や量販店でもよく扱われるため、実際に試飲してみて、静岡の蔵元がいかに丁寧にきちんと造っているかが消費者に伝わりやすかった・・・ともいえるんじゃないでしょうか。
静岡の酒は吟醸酒のイメージが強く、冷蔵庫で大事に保管しなければならないという認識が浸透していますが、酒造りの無名産地が吟醸造りというハイスペックな製造方法に挑戦し、その極意をレギュラークラスまで浸透させました。つまり本当の静岡の酒の真価は、安い酒=常温でほったらかしにしても大丈夫な普通酒や本醸造にこそ在るともいえるのです。安い酒ほど丁寧に造るーある静岡の蔵元がよく語っていた言葉です。それが、静岡の酒のことをまったく知らない東京の消費者にもすぐに伝わったという手応えを今回、しっかり得ることができました。
3日目14日は12月の第二土曜日という、百貨店が一年の内で一番の集客数を誇る日にあたりました。半端ない忙しさでしたがおかげさまで売り上げも最高記録。来店してくれたのは英君酒造(静岡市清水区由比)の望月裕祐社長です。「英君さんに土曜日に来てもらいたい」という西武側のオファーによるものです。というのも2017年第1回の静岡ごちそうマルシェの宣伝ポスターに偶然にも英君特別純米誉富士のラベルが大きくフューチャーされ、このイベントの「顔」としてすっかり定着したからです。一社だけ特別扱いするのはどうかという声が上がって2回目からは全社平等の扱いになりましたが、2回目3回目としっかりリピーターが付いてくれました。それもこれも、実際に購入されたお客様の満足度が高かった証拠といえるでしょう。
今回、特純誉富士、純米しぼりたてのほか、常温や燗に向く『愛山ノ山廃』を出品してくれました。愛山という希少米は扱う蔵元の多くが純米大吟醸クラスで使っていますが、英君さんでは社長と杜氏と社員とが飲んでる席で「それじゃ面白くないから」というノリで山廃にしたとか。チームワークの良さがこの蔵の持ち味だと思っていますが、そんな持ち味がよく表現されている酒ですね。
4日目15日は正雪の望月正隆社長(静岡市清水区由比)ご来店。純米大吟醸雄町と純米大吟醸山田錦の飲み比べ販売という贅沢をさせていただきました。望月社長とは同年でお付き合いも長いので、トークショーでは話題に事欠かず、気負うことなく楽しいトークが出来ました。ただ「まさゆき」って読む人が多いのが悔しかった・・・まだまだ精進しなければ!
5日目16日は白隠正宗(沼津市)蔵元杜氏の高嶋一孝さん。特別純米誉富士、純米吟醸(山田錦)、辛口純米の3アイテムを紹介してくれました。ご存知のとおり白隠正宗は白隠禅師が描かれた達磨画をラベルに使っていますが、このラベルを見て「ハゲのおじさんのラベルのお酒ください。うちのお父さんもハゲてるからお土産にちょうどいい」って買ってくれた若い女性がいて、思わず吹き出しそうになりました。
6日目17日は杉錦(藤枝市)の蔵元杜氏杉井均乃介さん、花の舞酒造(浜松市)東京支店長の上村智亮さんご来店。最終日18日は花の舞上村さんが引き続きご来店。杉錦は純米大吟醸、生酛純米大吟醸、山廃純米玉栄、生酛特別純米(300ml)、特別本醸造(300ml)というラインナップ。花の舞は純米しぼりたて、純米吟醸熟成酒(山廃造り)、Abysee(ワイン酵母仕込みの低アルコール酒)の対照的な3アイテムです。とりわけ日本酒度+10と全商品の中でも最も辛口タイプといえる杉錦山廃純米は、酒通と思われるお客様にバツグンの受けの良さ。一番優しいタイプのAbyseeは女性のみならず若い男性にも好評でした。
売り場で実感したのは、女性がみんなAbyseeのような酒が好きかといえば必ずしもそうとはいえないということ。杉錦山廃純米や富士正のげんこつのようなタイプが「飲みやすい」と言う若い女性もいました。女性の味覚が日本酒の王道に近づいてきたというのか、日本酒を味覚的に美味しいと理解する女性が絶対的に増えたということを、3年続けてやってみて今回しかと実感できたと思います。
造りやコンセプトに特徴のある酒はセールストークがしやすい反面、好みがはっきり分かれます。お客様のお好みや日頃の食習慣をいろいろうかがいながら、勧める商品の種類や順番を吟味する必要があります。こういうことを売り手のプロの皆さんは日頃から徹底されているんですね。
これからの世の中は、ユーザーの気持ちに共感したモノづくり=デザイン思考が重要だとされます。デザイン思考という言葉はシリコンバレーの共通言語といわれているもので、人々が持つ本当の問題を解決する方法を設計(デザイン)するという考え方。従来の技術や市場を起点とするアプローチでは、既存のモノを改善するだけで新しいモノは生まれてこないということです。
たとえばスタンフォード大学ではネパールの乳幼児死亡率を下げるため、1台200万円する保育器を100分の1のコストで造る方法を学生に考えさせ、従来どおりの「機能を絞ってコストを抑えたモノを開発しよう」という発想では解決できなかった。デザイン思考を用いてみると、実際にネパールで病院や妊婦に聞き取り調査をして乳幼児は病院ではなく自宅での死亡率が高いことが判り、本当に必要なのは安い保育器ではなく自宅で乳幼児を守る装置の開発と供給だということで、加熱パック内蔵の寝袋(2万円)を開発。多くの乳幼児を救ったそうです。
池袋に行く前、このデザイン思考の話をニュービジネス協議会の例会で勉強していたので、今回は「静岡の酒はこうです!」と主張するよりも、「どんなお酒をお探しですか?」「どんなお酒がお好みですか?」という言葉掛けを意識するようにしました。とんでもない長話に付き合わされることもありましたが、この売り場へと足を運んで来られた人の気持ちをまず受け止める・・・こういう当たり前のことが大事なんだなとつくづく思い知らされました。
売り場には多くの酒友が差し入れ持参で駆けつけてくれました。酒の師匠の一人・松崎晴雄さんは2日間連続でお越しいただき、池袋の銘酒処で慰労の席まで設けてくださいました。また7蔵との全トークショーにおつきあいくださったFさんには掲載の写真を提供していただきました。本当にありがとうございました。
この売り場で得た経験値を、出来たら「書く」ことで皆さまに還元できたらと思います。今年はクリエイティブなライティングワークに恵まれなかったので、来年こそはぜひ。そして引き続き健康で美味しいお酒が楽しめますように。