杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

いちご畑から思いを込めて

2014-12-10 10:07:22 | 農業

 この年末は静岡県内のいちご生産現場を取材しています。「旬のいちごが試食できていいねえ~」と思われるかもしれませんが、農業生産者や技術者への取材というのは、見た目ほど楽ではありません。現場の皆さんは収穫の時期に向けて、一年がかりでさまざまな準備をされています。取材者は最後の一番オイシイ部分だけを一部分切り取って見るしかない。一般消費者向けの読み物ならば、オイシイ部分をわかりやすく、それこそキャッチーなフレーズやコピーで伝えればよいのかもしれませんが、生産者や技術者が一年間どのような努力を重ねてきたのか、彼らの人生を賭した仕事を軽い言葉でひとくくりにしちゃっていいのか、年齢をとるごとに重く考えてしまうようになっています。

 

 シンプルな言葉の裏側に、ひとつぶのいちごに賭ける思いの深さを感じさせる・・・そんな文章表現ができるライターになりたいと願いつつ、いつまでたっても成長しない自分にイラつきます。優秀ないちご生産者は唯我独尊にならず、技術コンサルの指導に真摯に耳を傾け、生産者仲間の芽揃い会や品評会等で厳しく吟味してもらうと聞きました。自分も、とにかく書いたものを人に読んでもらい、厳しく評価してもらうしかありません。

 以下は、2009年年末、JA静岡経済連技術コンサル渥美忠行さんにヒヤリングをして書いた『紅ほっぺ』の解説記事です。5年前の取材ですからデータや内容は様変わりし、今期の取材では『紅ほっぺ』の後継品種『きらぴ香』が登場します。それでも、生産現場をつぶさに廻り、指導する渥美さんの姿、渥美さんの言葉を真剣に聞く生産者の姿が伝わればとの思いを込めて書いた記事、ぜひ厳しく吟味していただければ、と思います。

 

 

 

「紅ほっぺ」を生んだ静岡県のいちご栽培

解説/JA静岡経済連 みかん園芸部野菜花卉課 技術コンサルタント 渥美忠行さん

 

静岡県は日本有数のいちご産地

 静岡県のいちご生産額は約100億円で全国第5位(平成19年農林水産省統計・表参照)。高設栽培(高い位置にプランターを設置したハウス栽培)の収穫量では全国トップクラスを誇る、日本有数のいちご産地です。

順位

1位

2位

3位

4位

5位

6位

栃木県

福岡県

熊本県

佐賀県

静岡県

愛知県

産出額(億円)

268

175

123

102

100

99

(平成19年農林水産省農業所得統計より)

 

 静岡県内には約1800人のいちご生産者がいて、平野部から中山間地までさまざまな条件のもと、日々、良質のいちご作りに努めています(JA静岡経済連管轄のいちご農家は約1300人)。生産者の高齢化は、農業全般の課題にもなっていますが、最近では新規就農希望者が少しずつ増えています。

 

 平成21年は県のニューファーマー育成支援制度に30人の応募がありました。年代は20~40代が中心です。この制度の利用者は1年間、農業経営士の資格を持つ生産者のもとで研修を受け、独り立ちします。中でもいちご作りを希望するニューファーマーの割合が多く、いちごは農業経営の柱になり得るという認識が広がりつつあります。

 

いちご作りはマラソンと同じ

 いちごの出荷の時期は冬から春先にかけてですが、生産者は夏~秋も大変忙しく、気を緩めることなく栽培に取り組んでいます。いちご作りで最も重要な作業のひとつに夏場の苗作りがあります。いちごの苗は暑さに弱く、育苗の際は25℃以上にならないよう温度管理することが必須。夏バテしてしまった苗は、人間同様、体力を消耗し、老化が早く進んでしまいます。

 春の収穫が済んで、梅雨~真夏になってもビニールハウスをかけっぱなしにすると、ハウス内の土は雨に当たらず、蒸し風呂状態の中で過乾燥になり、苗が土の奥までしっかり根を張れず、いい実が育たなくなります。優秀ないちご農家は、苗作りのスタートから苗の体力を考え、土壌のケアにも余念がありません。結果的に病気の少ない、植え付けの根張りのよい、健康的な苗になるのです。

 いちご農家はマラソンランナーと同じで、<前半で力を温存し、後半で後方グループから挽回する>なんてことは不可能です。最初からきちんと先頭グループで走ってレースコントロールをしなければゴールは切れない、と言えるでしょう。

 

 

「紅ほっぺ」にかける思い

 静岡県では県内全域でいちごを作っています。栽培条件は各地域さまざまで、たとえば富士山麓の御殿場や裾野あたりでは平野部より夏は涼しく、苗が早く育ち、出荷も早いが、真冬は燃料コストが余分にかかる。伊豆や志太地域は平地が多いが水田地帯で水の管理に気を遣う。遠州地域は砂地が多い。石垣いちごで知られる静岡市の久能海岸や伊豆南部は段々畑が多い…等。私たちは各地域の優秀ないちご農家の作り方を検証しながら、他の農家にアドバイスを行っています。

 そんな中、登場した『紅ほっぺ』は、それまで「どんな条件でも作りやすい」と言われた『章姫』に慣れていた生産者にとって、少々手間のかかる品種でした。

 「大粒なので、色がつくのに時間がかかる」「気温が高いと追熟が早まり、色がのり過ぎて見た目が損なう」「なかなか形がそろわず、パック詰めも難しい」など等、当初は戸惑う農家も多かったようですが、JA伊豆の国市やJA遠州夢咲等、いちご栽培先進地の、地域を挙げての努力の甲斐あって、「こんなに味のいいいちごは他にない」「色も形も素晴らしい」と市場から高い評価を得ました。

 現在、『紅ほっぺ』の栽培面積は、全体の82%を占めるに至っています。急速に浸透したのは、生産者の栽培技術の向上はもちろんのこと、『静岡県いちご協議会』『しずおか紅ほっぺブランド推進実行委員会』等、県内の関連組織挙げてのバックアップが奏功したため。それだけ『紅ほっぺ』といういちごは、多くの作り手や売り手を魅了し、ブランド化への思いを熱くしたのでした。

 私たちは、『紅ほっぺ』という品種を得た恩恵を存分に生かし、静岡県のいちご生産のますますの発展と後継者へのバトンタッチに尽くしていきたいと思っています。

 

<2010年1月発行 JA静岡経済連季刊誌【スマイル】42号 静岡いちご特集より>


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