杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

富士山のライトアップに必要なもの

2014-12-14 14:48:24 | ニュービジネス協議会

 青色発光ダイオードの開発がノーベル賞を受賞したことで、この冬は街のイルミネーションにもより一層の華やかさが加わったようです。先日の新事業創出全国フォーラムでも、ベンチャー日本一を決める第9回ニッポン新事業創出大賞の最優秀賞(経済産業大臣賞)に、静岡県から推薦のパイフォトニクス㈱の池田貴裕さんが選ばれました。池田さんはLED照明装置『ホロライト』を開発し、遠隔照明システムの事業化を成功させた気鋭の起業家。2012年に静岡県ニュービジネス大賞を受賞し、こちらの過去記事で紹介させていただきました。

 

 

 2012年のときは、「富士山をライトアップさせる」という途方もない夢を披露してくれましたが、もはや夢ではなく、実用化寸前のレベルまで来ているとか。全国フォーラムの展示会場で、実際に富士山にヒカリを飛ばす高性能ホロライト(下の写真右)を見せてくれました。

 

 ホロライトの技術は工場での精密機械の検査、舞台演出、展示会場演出等に使われていて、今後、マーケティング、ブランド、知財、製造等の専門経営チームを作れば、異分野横断の技術融合が可能で、しくみと商品をパッケージにすることで世界市場で圧倒的な存在感を持つ事業になるのでは・・・というのが、今回の受賞理由。富士山ライトアップも技術的にはクリアしたので、世界遺産を対象にするための許可取りと、そのための“物語づくり”が必要です。私は、過去記事でも紹介したとおり、彼の、「ヒカリは地球を平和にする技術」というメッセージを具現化するプロジェクトになってほしいなあと思います。

 

 

 ちょうど現在、原稿執筆中の静岡いちごでは、【きらぴ香】という新品種を取材しました。名前から想像できるように、いちごの表面がピカピカと光沢に満ちているのが特徴。酸味が低く、香りがフルーティーです。・・・ってまるで(清酒の)静岡酵母みたいですねって県農林技術研究所の開発スタッフに話したら、その発想はなかったなあと笑われましたが(笑)。生でそのまま食べるもので、表面がこんなにツヤツヤしてるって考えてみると珍しいのでは・・・?

 

 

 その静岡いちごの取材の一環で12日(金)に上京し、夕方、取材が終わってから、国立科学博物館で開催中の【ヒカリ展】(こちらを参照)を観に行きました。毎週金曜日だけは20時まで開館しているんですね。都内には人気のイルミネーションスポットがたくさんあるし、金曜夜に博物館に来るのは独身オタクだけかな(笑)と思ったら、意外にもカップルや親子連れが多くて、ちょうど18時から始まったギャラリートークでは「光るカイコ」について農業生物資源研究所のスタッフが興味深いお話をしてくれて、大勢のギャラリーでにぎわいました。

 

 

 

 こちらは蛍光タンパク質を持つサンゴ。クサビライシやアザミサンゴの出す蛍光を見せてもらいました。クリスマスツリーはLEDではなく、光る繭。蛍光タンパク質の応用を池田さんのホロライトと組み合わせたら、どんなものが出来るんだろうと不思議な気持ちになりました。

 

 

 

 展示物でとりわけ惹かれたのは、金沢工業大学ライブラリーセンターが所蔵しているガリレオ、ニュートン、レントゲン、アインシュタイン等の有名科学者が書いた論文の初版本。光学の父といわれるアル=ハゼン(イブン・アル=ハイサム)の1572年版の「光学の書」、デカルトの1637年初版「方法序説」、トーマスヤングの1802年初版「色と光の理論について」、ジェイムズ・クラーク・マクスウェルの1865年初版「電磁場の力学的理論」、マックス・プランクの1900年 初版「正規スペクトルのエネルギー分散則の理論」など等、このところ、ちょこっとかじった量子力学の本に出てきた名前がズラズラとあって、もちろん中身はチンプンカンプンなんですが、こういうものを目にするだけで胸が一杯になります。

 

 アル=ハゼンが生きていたのは965~1021年。バスラで生まれてバグダッドで科学を学び、エジプトファティマ王朝の第6代カリフに招かれ、カイロでナイル川の洪水を治める研究をしていたそうです。現地調査をして洪水阻止は不可能と結論付けたが、王に本当のことを言えば殺されるため、狂人のふりをし、死ぬまで外出禁止の刑を受けたとか。でもその期間、重要な数学論文をいくつも書いて、のちに外出を許され、『Kitab al-Manazir』(光学の書/1015~21年)を残したということです。今からちょうど1千年前のことなんですね。・・・ちなみに同時代、日本では紫式部が源氏物語を書いていました。こっちのヒカリは光源氏か、黄金に象られた阿弥陀如来の神々しいお姿なのかな。

 イスラムで『光学の書』が書かれていたとき、光源氏の物語を生み出していた日本が、一千年後の今、光学技術で世界の先端を走っている・・・今年ノーベル賞を受賞した教授たちは、一千年後の世をどんなふうに想像しているんでしょうか。

 

 話は逸れますが、10月に茶道仲間と京都研修したレポートを、参加者の某氏に書いてもらいました。彼が茶道を学ぼうと思ったきっかけについて書いた一節を紹介します。

 

 『急速に発展したコンピュータや情報通信技術、そしてインターネットの登場以降、理系人材のニーズは高まり、デジタル思考の重要性が語られる場面が増えた。2000年代に入ると、大学には「教養」科目は不要、という声さえ聞かれるようになった。実際、大学で江戸の文学を教えている友人からも「人文系は、なかでもおれの教えている歴史は、就職に弱いから人気がないんだ」というぼやきを幾度となく聞いたものである。そんなデジタル全盛の社会の中で企業人として生きていく上で、「教養」は本当に役に立たないのだろうか。

  そんなすっきりしない気持ちでいた頃に「教養」の役割と重要性を気づかせてくれたのが、TRONプロジェクトのリーダーで東京大学教授・坂村健氏である。ある講演会での坂村健先生のお話で、いまでも印象に残っているのが「技術はこれからも進歩するが、そこで得た技術でどんな社会を作ろうとするのか。それを判断する時に重要なのが教養である。3年先、5年先のことを決める時に、教養など役に立たないと思うかもしれないが、30年先、50年先のことを決めるとき、そして、新しい技術が社会にどんな影響を与えるのか予測できないことを判断しなければならないときに、教養は不可欠である」(うろ覚えだが、こんな主旨だったと思う)というお話だった』

 

 池田さんのホロライトが富士山をライトアップするのに必要な「物語」にも、たぶん、多くの分野の優れた「教養」が必要でしょう。アル=ハゼンも、ノーベル賞受賞者たちも、自ら創造したヒカリの到達点は平和な地球だろうと思いたい。その平和は、進んだ技術をどんな社会づくりに活かすかにかかっています。私個人で貢献できることは皆無だろうけど、時間が許す限り、より多くの理系の人と文化や歴史を語りたいし、文系の人とは共に科学を学び合いたいと願っています。

 ・・・とりもなおさず酒を呑むとき話題が広がる。これに尽きるかな(笑)。

 

 なお、ヒカリ展の内容を紹介した番組がBSジャパンで12月27日(土)21時から放送されるようですので、興味のある方はぜひご覧ください(こちらを参照)。


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