杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

茶農家と杜氏が共有するもの

2011-08-28 14:23:12 | 地酒

 日にちが前後しますが、8月22日(月)、県広報誌の取材で静岡本山茶の森内茶農園を訪ねました。

 生産者・森内吉男さんのお話をうかがっているうちに、まるで酒造りの杜氏さんと話をしているような気分になり、真摯にモノを育てる人の考え方というのは、お茶も日本酒も変わImgp4753らないんだなあと再確認できました。

 

 

 今回の取材のテーマは『発酵茶』。最近、静岡の茶産地でも、緑茶以外に、釜炒り茶、ウーロン茶、紅茶のように茶葉を発酵させる製法で、新しい商品開発をする動きが活発になっています。確かに今の人って『お茶』と一口に言ってもいろ~んなお茶を飲んでいますよね。ちなみに自宅の台所をチェックしてみたら、煎茶、粉末緑茶、国産紅茶、ダージリン紅茶、ほうじ茶、凍頂烏龍茶、そば茶、麦茶、ハーブブレンド茶等など、かれこれ12種類ぐらいありました。

 

 

 これだけお茶の消費品目が多様化しているのに、日本一の茶産地である静岡で、緑茶しか作らないなんてモッタイナイ話。紅茶やウーロン茶はとりあえず緑茶と同じ茶葉で作れるんだから、なんで今まで作らなかったのか不思議といえば不思議でした。

 ・・・と思っていたら、実は戦前に静岡県でも紅茶・ウーロン茶を作っていたそうです。明治~大正期、お茶は日本にとって外貨獲得のための重要な輸出産業で、欧米に輸出するんだから、当然、欧米の食生活に合わせたものを作る。その後、インドや中国との競争に負けて国内市場にシフトし、昭和に入ってからは日本人の食生活に合わせるかたちで番茶や煎茶(緑茶)へと切り替わりました。

 ただし、急須で淹れる煎茶が一般家庭で主流になったのは、高度成長期以降のこと。それ以前は、ふだん飲むお茶といったら、大きなやかんに煮だした番茶でした。私は昭和37年生まれですが、言われてみれば、小学校の給食や遠足に持って行く水筒には「番茶」が定番でした。

 

 

 昭和46年にお茶の輸入が自由化されると、国産紅茶はなりをひそめ、市場に出回るほとんどが輸入紅茶になりました。静岡の産地も緑茶一辺倒で、しかも育てやすい品種「やぶきた」しか作らなくなった。このことが、茶栽培の技術革新を鈍化させたのだと思います。

 

 一般家庭で緑茶を急須で淹れる飲み方は、振り返ってみれば、たかだか30年ぐらいの歴史しかありません。茶が消費低迷し、ペットボトル茶にとって代わられ、必死に「急須で淹れて飲みましょう」と呼びかけたところで、いろ~んなお茶を自由に選べるようになった今、消費者の心を〈急須で淹れる煎茶〉だけに取り戻すのはなかなか難しいでしょう。

 森内さんは「茶葉を一番いい状態で蒸して、一番ピュアな味や清涼感を楽しめる煎茶の味は、日本人の味覚が劇的に変化しないかぎり、なくなることはない」としながら、お茶の趣向の移り変わりを冷静に受け止め、紅茶・ウーロン茶は1999年から、釜炒り茶も2001年から作り始めました。

 

 

 戦前に作っていた発酵茶の製法を、今の生産者はほとんど知らないことから、現在、静岡県農林技術研究所茶業研究センターでも発酵茶製法の指導に本格的に乗り出し、来年には発酵茶専用の研究ラボが完成するそうです。

 森内さんはそれに先んじる形で、10年前にはすでに本格的に指導を受け、2年間試行錯誤をしました。「せっかく新しい製法に挑むなら、まずその基本を正しく理解し、その上でここでしか出来ないものを作りたい」と考え、オーソドックス製法、CTC製法、フリースタイル製法といった茶葉の萎凋(いちょう=萎れさせること)の度合いによる製法の違いなどもトコトン追求しました。

 

 

 発酵茶のしくみをうかがったところによると、

●萎凋の段階で、かんきつ、花、蜜などいろいろな香りが出てくる。成長を阻害されると身を守ろうと匂いを出して防御しようとする植物の忌避作用。

 

●同時に遺伝子を残すために酵素を作る。早いものでは3~6時間で作ってしまう。細胞壁の外に酵素を、中に匂い成分を作り、萎れたり、虫に刺されて穴が空いたりすると、酵素が活性化し、匂いを発生する物質を作るというしくみ。

 

●萎れたり、ヒビ割れたりしても、酵素がきちんと働いていい匂いを出すには、細胞自体が健全でなければならない。弱い細胞だと、匂いもよくない。

 

●発酵という言葉を使うが、酒のように微生物を使うわけではなく、葉の持つ酸化酵素の働きをどのように活性化させるか、酵素の働きをどの段階で止めるかによって紅茶、ウーロン茶等に分かれる。

 

 とのこと。日本酒の麹や酵母の醗酵のしくみとは違いますが、植物の酵素をコントロールするという意味では相通じるものがありますよね。

 

 今年、森内さんのところへスリランカから茶の鑑定士がやってきて、森内さんが作った紅茶を絶賛したそうです。スリランカの標高の高い茶産地は日本の生産環境とよく似ており、「原種の茶のパフォーマンスを100%引き出せるのが名人だと評価されるそうです。彼らの作り手としての哲学は、日本と全く同じだと思いました」と森内さん。

 ちなみに茶の鑑定士とはスリランカの最重要輸出品目である茶の価格を決めることのできる国家資格で、スリランカ全土で16人しかいないそうです。

 

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試飲では、有力発酵茶用品種「香駿」(右)と高機能性品種としてお馴染み「べにふうき」を出してもらいました。

 口に含んだとき、さまざまな香りが次から次へとさざ波のように広がって、実にふくよかな余韻を楽しめました。私が、酒の試飲では「上立ち香」「含み香」「戻り香」をチェックするんですよと話すと、森内さんも奥様も興味を示してくれました。私の勝手な印象では、「香駿」は吟醸酒、「べにふうき」は純米酒かな。

 

 日本茶も日本酒も、消費スタイルの変化にどう対応していくべきか共通の課題を抱えています。静岡には、世界レベルの品質を生み出す作り手がいるのですから、両者が有機的につながるしくみが出来ないものかと思います。業界団体同士は難しくても、志の高い個人生産者同士をつなげることなら、私にも出来るかもしれません。・・・というか、静岡で「伝える」仕事をする者の使命として、やるべき価値ある仕事のように思いました。


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