杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

静岡そだちの造り手たち

2008-07-30 18:02:15 | 農業

 昨日(29日)は過去ブログでも紹介した静岡県の銘柄牛『静岡そだち』の生産者を訪ねました。奥浜名湖・猪苗代湖の西、三ヶ日町下尾奈で酪農を営む堀尾晴行さん。200頭近い黒毛和牛を育てています。

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 『静岡そだち』は、JA静岡経済連が県内酪農家の所得向上と、静岡県独自の高品質銘柄牛を創り上げる目的で、平成5年から育成に取り組んでいるブランド。黒毛和牛の生後30ヶ月齢ほどのメスで、(社)日本食肉格付協会で等級3等級以上の格付を得たものとし、さらに経済連の指導員や銘柄認定委員がお墨付きを与えたものだけに認められます。この経済連による指導というのが、想像以上に厳しくて、堀尾さんたち生産者のもとには週1~2回は巡回指導にやってきて、牛の体調はどうか、牛舎内は清潔にしているか、餌やりは適正か等など、重箱のスミをつつくがごとく、細かくチェックするそうです。

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 美味しい牛肉は、配合飼料と粗飼料を牛の成長に合わせてバランスよく与え、健康に育てることがポイント。静岡そだち最大のウリは、経済連が研究開発したオリジナル配合飼料「クイーンビーフ」で、牛を大きくする大麦と、肉に甘みを持たせるとうもろこしを主体に、企業秘密の原料をブレンドし、口の中でとろける柔らかさと甘みがあるそうです。健康にいいからといっても、牛の舌に合わない栄養剤みたいな餌じゃ食べてもらえないんですね。

 

 静岡そだちを育てているのは、経済連と委託契約を結んだ県内11軒の委託農家と、31軒の認定農家だけ。とくに11軒の委託農家というのは、手がける牛すべてを経済連のマニュアルに基づいて育成管理し、1頭残らず静岡そだちに認定されるように育てなければならないのです。経済連とは1頭あたりいくらで契約するので、静岡そだちの基準に認定されない2等以下になってしまったらタイヘン。産地偽装や等級偽装などがニュースになってからは、よけいにピリピリムード。協働事業とはいえ、経済連と酪農家の真剣勝負、といった雰囲気です。こういう緊張感をキープし続けられる環境こそが、安心安全の信頼につながり、ブランド力を高めるのでしょう。

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 堀尾さんは、平成5年のスタート時から「静岡そだちに賭けよう!」と腹をくくり、九州や東北など種牛の産地もこまめに回り、委託農家同士で研鑽を重ねながら、「静岡そだち生産者として恥ずかしくない牛やになろう」と努力し続けています。とくに仕入れた直後から3ヶ月ぐらいは、仔牛が風邪を引きやすく、夏場は熱中症も心配。ちょっとした微熱や食欲減退も見過ごさないよう、細心の注意を払います。「最初の年は一日24時間、牛舎から一歩も出られない時期が続いたね」・・・初めて赤ちゃんを授かった夫婦みたいな緊張感だったんでしょうね。

 

 今日(30日)は浜松の遠鉄百貨店地下食品売り場にある高級食肉専門店「柿安本店」を取材し、実際に堀尾さんが育てた静岡そだちが売り場中央にドーンと飾られているのを見てきました。店には個体識別表や生産履歴証明書も用意してあります。最高級ブランドの松阪牛や近江牛に比べたら、お値段的にはリーズナブルですが、専門家も「この味でこの値段?」と驚くほどの質、との評判です。

 

 案内してくれた経済連小笠食肉センターの柴本智彦所長は、「静岡県=食肉の産地というイメージはまだまだ低いが、飼育技術はトップクラスで、専門店の評価も高い。静岡の生産者は本当に真面目で一生懸命やってくれますからね。あとはブランド力をどうつけるかです」と腕を組みます。まるで静岡の蔵元の話を聞いているみたいで、思わず「静岡吟醸と一緒ですね!」とうなった私。静岡そだちのローストビーフに冷えた静岡吟醸・・・最高の組み合わせだなぁ、いや暑い時期にあえてぬる燗にしゃぶしゃぶ、なんてのもイイ・・・月末で懐が寂しく、柿安の牛肉弁当が買えず、帰路の電車内ではコンビニおにぎりを頬張りながら、ひたすら妄想し続けました。

 

 静岡の、大手ブランドに匹敵あるいはそれ以上の高い技術を持つ真摯な造り手の存在を、どうやってまっすぐに届けられるだろう・・・またひとつ、重みのある宿題をもらった気がします。