昨日(7日)夜は全国各地で七夕ライトダウンが行われましたが、私が『吟醸王国しずおか』の撮影をしていた大村屋酒造場(島田市)はラテンリゾートの熱帯夜のごとき熱気と明るさに包まれていました。
7月7日夜は、毎年恒例の大村屋酒造場七夕酒蔵コンサート。今年で12回目を数えます。クラシック音楽に造詣が深く、ご自身も合唱団で喉を鍛えておられる松永今朝二社長が、幅広い人脈を駆使して、国内外で活躍する一流アーティストを自費で招くコンサートです。といっても一流ホールで聴く雰囲気とは少々異なり、会場は貯蔵タンクの合間を縫って酒瓶のP箱をひっくりかえしてダンボール紙を敷いただけの酒蔵らしい即席イスを並べ、ステージは社員総出で作った七夕飾りでデコレーションされていました。
大村屋酒造場は島田駅に近い市街中心地にあり、酒蔵といっても敷地に余裕があるわけではなく、コンサート会場の貯蔵倉も決して広くはありません。そこに、ゆうべは400人近い市民が詰め掛けたのです。
お目当てのアーティストは、藤原歌劇団で活躍中のテノール歌手・中鉢聡さん。NHKの音楽番組や国際サッカー試合で国歌独唱されているのをご覧になった方も多いと思います。
雨が降りそうで降らない湿気ムンムンの梅雨空のもと、空調がない古い蔵の中、400人がぎゅう詰め。中鉢さんは「すっごい人!」「すっごい暑~い!」を連発しながらも、さらに空気を熱くするようなイタリア歌劇の名曲を高らかに歌い上げます。その圧倒的な歌唱力に、暑さを忘れて陶酔してしまいました。舞台映えするイケメンなのに、出身の秋田弁をまじえてユーモラスに語る中鉢さんの親しみやすいキャラに、お客さんはすっかり魅了されたよう。客席から「タオル貸そうか?」とか「水飲みなよ」なんて合いの手を入れる人もいたり、全員で旧島田市歌を合唱するなど、一流テノール歌手のリサイタルらしからぬ?アットホームなコンサートになりました。
会場に入りきれない人も、美声と談笑に包まれるステージに惹き付けられ、外からさかんに拍手を送っていました。
休憩時間には、松永社長が、酒蔵がこういう事業を行うことの意義をしみじみと語り、日本名門酒会でお馴染み酒類問屋・岡永の社長、三河の酒類問屋・川清商店社長一家、原田よしつぐ代議士らがエールを送り、リッチモンド市からやってきた交換留学の高校生たちが浴衣姿を披露するなど、和やかなステージが続きます。私も松永社長のご厚意で、『朝鮮通信使』大井川川越遺跡ロケでの島田市民の方々のご協力への感謝と、『吟醸王国しずおか』映画製作の紹介をさせていただきました。
コンサートはアンコールが続いて、最後の吉幾三の「雪国」イタリア語バージョンで大盛り上がり。熱気冷めやらぬまま、冷えた樽酒、新発売の純米吟醸『竹の風(誉富士バージョン)』、冷やし甘酒などがふるまわれました。カメラマンの成岡さんは、400人の酒飲み集団に飲み込まれるように右往左往しながらも、地元に酒蔵がある幸せを満喫する住民の表情を収めていました。
先月の志太平野美酒物語にしてもそうですが、日本酒しか飲めない宴会に400人も詰め掛けるという光景を見ると、世間一般で言われる日本酒離れとか、静岡=日本酒のイメージなし、という図式が、まったくピンと来ません。ところが、先週、JAの仕事で一緒になったデザイン会社のスタッフは、地元で広告の仕事をしているにもかかわらず、地元に酒蔵があることすら知りませんでした。
知らない人と知っている人の間には、天の川よりも深く暗い溝があることは動かしようのない事実です。その溝を少しでも埋める手段として、松永社長はコンサートや酒蔵解放といった住民サービスに力を入れておられるわけです。
一方、北海道の洞爺湖サミット会場では、ゆうべの晩餐会で磯自慢純米大吟醸中取り35がふるまわれました。これはこれで、日本酒を知らない層に、その魅力を知らしめる格好の機会だったと思います。
私が撮っている蔵元たちが、舞台は違えども、七夕の夜に、天の川を越えるがごとく日本酒との出会いを見事に演出したことを、嬉しく、頼もしく思いました。『吟醸王国しずおか』も深い溝を埋める一助になれば、と願ってやみません。