羊水塞栓症は,母体の血液中に流入した羊水や胎児成分により,肺高血圧症,急性右心不全,ショック,DICを引き起こす病態であり,2~5万分娩に1例の発症率として知られています。1926年にMeyerにより初めて紹介された産科合併症であり,その病態は,1941年にSteinerとLuschbaughや1969年のLiban とRazにより,胎児由来の扁平上皮細胞やムチンが母体血中に流入することに起因することが確認され,僕の観点では毛細血管性肺塞栓症と重度な全身性炎症反応症候群と解釈されます。これらの異物が血液内で炎症性alert細胞を活性化させることで,多臓器不全やDICを惹き起こすと考えられます。マクロファージや好中球も極めて活性化されるのでしょう。
救急外来が少し落ち着いた朝方4時頃,分娩後の弛緩出血・出血性ショックとしての産科への転院がありました。緊急応援コールとして,産科病棟に呼ばれて駆けつけた瞬間には,呼吸停止直前。直ちに気管挿管するとともに,輸液路を確保,産科の先生たちとともに,弛緩出血として出血性ショックに準じた蘇生対応をしましたが,輸液や輸血で心前負荷を高めようとしても,全身性に血管透過性が亢進しており,どうにも昇圧できない状態でした。出産後の子宮もどうにも収縮してくれないという状態で,大量の出血が持続し,出血コントロールがつかない状態でした。出血量だけでも初療の2時間で4Lレベル,出産時より約8Lの出血が予想されました。こういう際には,過去の30 Lレベルの大量出血の蘇生の経験や,左手でも右手でも静脈路などを確保できる技術を鍛えていますので,このような特殊技術は役立つものです。実際には,パルス波形と心電図波形のみで蘇生を成功させている内容です。3度の極度のwide QRS,3度の心肺停止直前を回避し,適時,頸動脈の指モニタリングより心臓マッサージを併用し,一方で産科の皆さんの力により出血をコントロールして頂きました。その後,極めて重度の急性肺傷害,急性循環不全を含めた多臓器不全とDICの治療のため,集中治療管理となっています。ICUでは2次感染を防ぐことができ,早期経腸栄養とでき,4日目に人工呼吸離脱,5日目には会話をされ,10日目には歩行開始,明確な脳後遺症を残さずに第17病日に退院となりました。ICU入室後,羊水塞栓症の診断をつけることができ,子宮収縮薬は効力が減じ,出産後の子宮出血がコントロールできなくなった病態と解釈されました。このような羊水塞栓症の診断としては,亜鉛コプロポルフィリン(胎児特有のポルフィリン),シリアルTN抗原(胎便中のムチン)の母体血中からの検出が有効とされています。
ショックの形態は,今回の弛緩出血による出血性ショックに加えて,炎症性サイトカンの産生に伴う血流分布異常性ショック,および肺毛細血管圧上昇に伴う肺血栓除去塞栓症に準じた拘束性ショック様の複合形態となりました。P/F ratio 70mmHgレベルの重症呼吸不全も3-4日で改善されています。母子ともに元気です。早い回復ということを意識して管理することは,とても大切です。十分な輸液療法,補助的心臓マッサージ,早期経腸栄養,DIC対策,抗菌薬の適正使用で救命した致死的羊水塞栓症のショックからの救命でした。ステロイド使用なし,CHF併用なし。しかし,病態を考えれば,ステロイドは使用してもよかったのでしょう。症例報告として,発表させていただいています。
症例報告:Hosono K, Matsumura N, Matsuda N, Fujiwara H, Sato Y, Konishi I. Successful recovery from delayed amniotic fluid embolism with prolonged cardiac resuscitation. J Obstet Gynaecol Res 2011;37:1122-5.