まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

文化と文化系

2009-12-24 16:43:41 | 人間文化論
「文化創造論」 というスポーツ・芸術創造専攻の必修科目のなかで、
文化とは何か、について講義しています。
本能の壊れた動物である人間が、本能の代わりに生みだしたものが文化であり、
私たちの身の回りにある一切のものは文化です、と話しているのですが、
どうもこの私の説明がピンと来ない人が多いようです。
辞書を引いてみれば、私の説明がそんなに奇抜ではない、
ということがわかってもらえると思うのですが、
どうやら日本人、特に大学生に固有の 「文化」 観が正しい理解を阻んでいるようです。

小学館の 『大辞泉』 には次のように書かれています。
「①人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。「日本の――」「東西の――の交流」 ②①のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される。③世の中が開けて生活内容が高まること。文明開化。多くの他の語の上に付いて、便利・モダン・新式などの意を表す。「――住宅」」
私が使っている 「文化」 は①の意味です。
ウィキペディアでは次のような説明がありました。
「文化(ぶんか、culture)にはいくつかの定義が存在するが、総じていうと人間が社会の成員として獲得する振る舞いの複合された総体のことである。」
「人類学においては、人間と自然や動物の差異を説明するための概念が文化である。」
これがまさに私の言う 「本能の代替物としての文化」 になります。

ところが、『大辞泉』 のなかの②の定義で、
文明と区別された、精神的な活動や所産を文化と呼ぶ、とありますが、
たぶんここから派生したと思われる、日本独特の用語法が、
「文化系」 という言葉だと思います。
辞書にはこの言葉は記載されていませんが、
ウィキペディアにはちゃんとありました。
「文化系(ぶんかけい)とは、文化的性質を有するものの総称である。
1.クラブ活動などにおいて、学問や芸術、奉仕などの文化的な活動を行うものの総称。部活動においては、文化部を指す。部活動においては、運動部が対置される概念である。
2.スポーツよりも、芸術(音楽や美術、演劇など)、学問(特に文学、歴史、語学、文化研究など文系の学問)など文化的な事項の方をいちじるしく好む人の総称やそのような人の性格の総称。スポーツが得意であるかどうかではなく、その人がどちらの方がより好きかどうかで文化系といえるかが判断されると考えられている。
共に対義語は、運動系、体育会系などである。」
この 「文化系」 という言葉から 「文化」 をイメージしてしまう人が多いようなのです。

特に大学生のあいだでは、文化部と運動部、文化系と体育会系という区別が、
当然の前提のようになってしまっていますので、
スポーツ・芸術創造専攻という自分たちの所属している専攻は、
本来区別されるべきまったく別種の人間をむりやりくっつけた集団だと感じているようなのです。
ですから、「スポーツも美術も音楽もすべては文化だよね」 という私の話に、
なかなか付いてきてもらえないのです。
しかし、皆さんにとって常識となっているその 「文化」 観は、
本来的な意味での 「文化」 を表していませんので、
頭を切り替えるようにしてください。
スポーツも人間が生み出した文化の一種ですから、
そのつもりで私の話を聞いてもらいたいと思います。
文化と文明の区別についてもそのうちお話しします。