てつがくカフェ@ふくしま

福島市で哲学カフェをゆるゆるやってます。専門知識はいりません。
身近な哲学的問題をみんなで考え語り合いましょう!

世話人を辞任いたします(渡部純)

2017年03月11日 22時41分35秒 | 世話人のつぶやき
2011年5月21日よりてつがくカフェ@ふくしまの世話人を務めさせていただきましたが、一身上の都合により本日2017年3月11日をもってその役を辞めさせていただくことになりました。
これまで数多くの皆様に出会い、ご愛好いただけましたことはこの上ない幸せな時間でした。
この場を借りて感謝申し上げます。
引き続きてつがくカフェ@ふくしまをご愛好いただきたくお願い申し上げます。

渡部 純

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3月11日はてつカフェ特別編7です!

2017年03月08日 15時54分59秒 | 開催予定
いよいよ,今週土曜日3月11日は「てつカフェ特別編7」です!

今回は自主避難を経験した監督が撮ったドキュメンタリー映画,

「たゆたいながら」を見てのてつカフェとなります。

奇しくもこの3月末で自主避難者への支援が打ち切られます。

あれから6年,〈3.11〉はもう終わってしまったのでしょうか?

振り返ってみると,特別編を3月11日に開催するのは初めてです。

ちょうど6年後のまさにその日に,

あの巨大な出来事をもう一度問い直してみたいと思います。



今回も特別編世話人として,東京から牧野英二さんをはじめとする,

福島に思いを寄せるメンバーが参加してくれます。

また,阿部監督も大阪から駆けつけてくださいます。

阿部監督は昨年10月に「エチカ福島」でこの映画を上映した時に,

そこでの対話の様子を撮影していて,

そのシーンをこの映画に付け加えてくれました。

前回よりも15分ほど上映時間が延びていますので,

あの時よりもさらに内容が濃くなっているはずです。

ぜひ新版「たゆたいながら」を見て,

改めて〈3.11〉について語り合いましょう!

映画上映は15時00分からです。

映画館ではないのでうしろの席になると見にくいかもしれません。

早めのご来場をお待ち申し上げます。
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てつがくカフェ@ふくしま〈3.11〉特別編7のご案内

2017年02月14日 15時11分05秒 | 開催予定
てつがくカフェ@ふくしま 特別編7



東日本大震災・福島第一原発事故から丸6年が過ぎ、7年目を迎えようとしています。
6年といえば入学したての小学生が卒業して中学生になってしまうほどの年月です。
長いとも思えますし、あっという間の短い時間とも言えるでしょう。
国や自治体は〈3.11〉を過去の出来事とみなして、
この3月で自主避難者への支援を打ち切り、
帰還困難区域の避難指示も5年以内に解除しようと画策しています。
しかしながら現地では、溶融した核燃料がどんな状態にあるのか、
ロボットによる調査すらできずにいるのです。
はたして〈3.11〉は終わってしまったのでしょうか?

この問題を、福島に暮らす者/福島の外で生きる者の視点から考えていくために、
今回の 「てつがくカフェ@ふくしま特別編」 では、
福島出身の芸大生が撮ったドキュメンタリー映画『たゆたいながら』を鑑賞し、
これを手がかりに対話を進めていきたいと思います。
自らも高校時代に自主避難を余儀なくされた阿部周一監督は、
福島の内と外、避難区域の内と外、避難した者残った者、
そして家族の間に存在する「分断」を、
普通の市民の言葉を紡ぎながら鮮やかに描き出しています。
この映画を見ながら改めて〈3.11〉についてみんなで考えてみたいと思います。


【テーマ】  〈3.11〉は終わったのか?
   ―7年目の震災・原発事故の過去・現在・未来―
    (映画「たゆたいながら」を手がかりに)

【日 時】3月11日(土)
     15:00~18:00
      
【場 所】福島市市民活動サポートセンター 多目的ホール
     (チェンバおおまち3階)


参加費無料・飲み物代無料
事前申し込み不要(直接会場へお越し下さい)
問い合わせ先:fukushimacafe@mail.goo.ne.jp


15:00~16:15
【映画上映】『たゆたいながら』


16:25~18:00
【哲学カフェ】「〈3.11〉は終わったのか?」

ゲストスピーカー 阿部周一監督(福島県立橘高校卒、大阪芸術大学映像学科)

どなたでも参加は自由です。
震災・原発事故に対して思いのたけを語りあいましょう!
お茶を飲みながら聞いているだけでもけっこうです。
飲まずに聞いているだけでもけっこうです。
通りすがりに一言発して立ち去るのもけっこうです。
わかりきっているようで実はよくわからないことがたくさんあります。
ぜひみんなで額を寄せあい語りあってみましょう。
初めての方もお気軽にご参加ください。

てつがくカフェって何?てつがくカフェ@ふくしまって何?⇒こちら
てつがくカフェの進め方については⇒こちら

≪特別編世話人≫
相原博   (法政大学兼任講師)
大森一三  (法政大学兼任講師)
小野原雅夫 (福島大学教授)
齋藤元紀  (高千穂大学教授)
牧野英二  (法政大学教授)

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第42回てつがくカフェ@ふくしま―「アイドルは永遠か?」

2017年02月01日 17時30分21秒 | 開催予定

【テーマ】 「アイドルは永遠か?」
【日 時】2017年2月18日(土)16:00~18:00
【場 所】イヴのもり
     (福島市栄町6-4 南條ビル2F・TEL 024-523-5055)
【参加費】 飲み物代300円
    ただし、カフェ終了後の懇親会に参加される場合は、懇親会費4,000円に含まれます。
     懇親会への参加の有無は、カフェ冒頭で確認させていただきます。


昨年大晦日、国民的アイドルグループSMAPが解散しました。
一度は解散を踏みとどまったものの、最後は期待されたメンバーそろっての紅白出演もなく、もの悲しい結末でした。
解散阻止の署名から新聞広告、CD購買運動を繰り広げてきたファンたちの失望は計り知れません。
真相はわかりませんが、もはや演じきれないほどメンバー内での信頼関係が壊れてしまったことは想像に難くないでしょう。
信頼関係が壊れた者同士が、笑って「なかよし」を演じることほど残酷なことはありません。
その意味で「SMAP解散」は、アイドルは自らの虚構性を演じきれなくなったときに破たんすることを示してくれました(もっとも、アイドルに限らずメンバー間の信頼関係が失われた活動は持続しないものですが、残念ながら活動が人間の営みである以上、どんなグループにもそれはいずれ訪れる可能性があります)。
では、これでアイドルとしてのSMAPはほんとうに終わったのでしょうか?
「ありえない」とわかっているつもりでも、いつの日か壊れた関係が修復されて「再結成する」ことを、どこかでまだ我々は欲望してはいないでしょうか?
そもそもアイドルは「偶像」を意味します。
実像がどうであれ、わたしたちは虚像/虚構によって何かを満たしたがっているふしがあります。
不都合な真実よりも嘘でも私たちを満たしてくれさえすればそれでいい(トランプ万歳!)!
こうした偶像性の亡霊が回帰することを望む限り、アイドルは永遠不滅なのです!!
(プロ野球チーム「巨人」の成績が不振になるたびに、在りし日の栄光のアイドル・長嶋茂雄の「わが巨人軍は永久に不滅です!」という言葉が想起されるように。)

さらに、国民的なアイドル性をもっているという点で言えば、この方もそのお一人でしょう。

こちらは「象徴」ですが、いまやご本人の健康や体調、老齢、私生活、私情、意志を無視してまで、その偶像性を演じることを戦後憲法の下で国民に強られてきたという事実があらわになっています。
つまり、彼は「象徴」という虚構の名の下に基本的人権を放棄させられてしまった例外存在なのであり、それを担保に「恒久平和」を求める憲法が成り立っていると言っても、あながち間違いではないのです。
それにしても、人ひとりの人権を放棄させるほどに欲望される偶像=アイドルとは、いったい何なのでしょう?
モーセの十戒には「偶像をつくってはならない」とありますが、この意味を考えるのも一つの手です。
「SMAP解散」から象徴天皇制まで幅広くみんなでアイドル問題を考えましょう!

お茶を飲みながら聞いているだけでもけっこうです。
飲まずに聞いているだけでもけっこうです。
通りすがりに一言発して立ち去るのもけっこうです。
わかりきっているようで実はよくわからないことがたくさんあります。
ぜひみんなで額を寄せあい語りあってみましょう。

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第41回てつがくカフェ@ふくしま―「義務教育に何を求めるか?」

2017年01月02日 13時28分25秒 | 開催予定
            

【テーマ】 「義務教育に何を求めるか?」
【日 時】2017年1月21日(土)16:00~18:00
【場 所】福島市市民活動サポートセンター B-2会議室
      チェンバおおまち3階 (福島市大町4-15)
【参加費】100円(珈琲などを準備させていただきます)
【事前申し込み】不要 (直接会場にお越しください)
【問い合わせ先】fukushimacafe@mail.goo.ne.jp


2017年最初のてつがくカフェ@ふくしまは、哲カフェ参加者の小学校教員の方から問題提起していただいたテーマについて話し合います。
以下、現場で働く立場からお書きいただいた趣意文です。

公立の小中学校に何を求めますか?何を期待しますか?
納税者として、地域住民として、保護者として、国民として、あるいは会社経営者として等々、立場によって学校に何を求めるかは変わってくるかも知れません。
ゆとり教育、生活科や総合的学習の時間、コンピュータの指導、英語学習などなどここ10数年のあいだでも学校の中身はずいぶん変わってきています。最近は、伝統文化、食育、薬物防止、放射線教育なども学校の仕事です。(そのうちギャンブル依存症防止教育なんていうのも入ってくるかも知れません)
教育内容が変わるときに社会的要請に応えてという言葉を使うことがありますが、誰が何を何のために要請しているのか考えてしまいます。ネットによりイジメがさらに潜在化している状況からなどは、学校が社会に要請したいぐらいです。
やることが増えれば増えるほど学校は飽和状態、ブラック企業化とかモンスターペアレントといった顕在化している諸問題をさらに助長するように思われます。もともと日本の学校は、学習だけでなく課外の部活動や生徒指導など子どもの多くのことに関っています。学校はスリム化が必要とも思います。
一方では、学校が地域社会にしめる役割は小さくないという実状があります。学校は地域コミュニティの中心です。また、給食が制服が運動着が地元の商店を支えているという実態もあります。山間部では、学校の教員数は町(村)の人口の増減にも大きく影響します。
今の公立小中学校は、どう見えますか?
あなたは、学校に何を求めますか?


お茶を飲みながら聞いているだけでもけっこうです。
飲まずに聞いているだけでもけっこうです。
通りすがりに一言発して立ち去るのもけっこうです。
わかりきっているようで実はよくわからないことがたくさんあります。
ぜひみんなで額を寄せあい語りあってみましょう。

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第9回本deてつがくカフェのご案内―宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」

2016年12月05日 14時21分16秒 | 開催予定
           

【課題図書】 宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」
【日 時】 2016年12月18日()16:00~18:00
【場 所】 チェンバおおまち3階 福島市市民サポートセンター A-2会議室 (福島市大町4-15)
【参加費】 100円(珈琲などを準備させていただきます)
【事前申し込み】 不要 (直接会場にお越しください)
【問い合わせ先】 fukushimacafe@mail.goo.ne.jp


本deてつがくカフェとは
「本deてつがくカフェ」とは、あらかじめ課題図書を選定し、事前にそれを参加者全員が読んできて、その作品に含まれる哲学的テーマについて語り合う会です。文学鑑賞会とはちがい、作品論や作家論を論じ合うのではなく、その作品が取り上げている哲学的テーマについて、対話を通じて掘り下げていこうとする試みです。

今年最後のてつがくカフェ@ふくしまは、久々の本deてつがくカフェです。
課題図書は宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」。
一言でいえば、火山活動を人間の科学力でコントロールできるか、というのがこの物語のテーマです。
もう、おわかりでしょう。
「3.11」後の科学を考えるのにうってつけの童話です。
しかし、そこはさすが宮沢賢治、一筋縄ではいきません。
そもそも人間が科学の力に幸福を求めたのはなぜだったのか。
東北に生まれ生きた賢治の洞察から書かれた同書を読みながら、そのことを考えさせられずにはいられません。
そして、小松左京『日本沈没』や映画『アルマゲドン』を思い起こさせるような「犠牲」の問題。
科学者としての賢治と宗教家としての賢治。
これらのあいだを私たちはどのように生きましょう?

お茶を飲みながら聞いているだけでもけっこうです。
飲まずに聞いているだけでもけっこうです。
通りすがりに一言発して立ち去るのもけっこうです。
わかりきっているようで実はよくわからないことがたくさんあります。
ぜひみんなで額を寄せあい語りあってみましょう。


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第2回てつがくカフェ@あいづのご案内

2016年12月03日 09時05分05秒 | 開催予定
てつがくカフェ@あいづさんからのお知らせです。
第2回の開催が告知されました。
冬ごもり直前の奥会津・三島町へ皆さんで集いましょう!




【テーマ】おいしいってなんだろー?
【日 時】12月10日(土)  15:00~17:00
【場 所】つるのIORIカフェ
大沼郡三島町大字早戸字湯ノ平888(早戸温泉つるの湯隣り)
【参加費】 飲み物代 300円(コーヒーまたはほうじ茶)
【事前申し込み】不要(直接会場へお越しください)
【お問い合わせ】つるのIORIカフェ  TEL 0241-42-7355
        ✉ t.ioricafe@gmail.com


『おいしい』から連想するのは、どんなことですか?
好物の食べもの、誰かと囲む食卓、ひとり静かに燻らす煙、、、
炎天下の清流や波打つ稲穂、黒々と耕された大地を思い浮かべるかもしれません。

あるいは、うまいことやりやがったあいつの顔 とか。

わたしたちにとって、おいしいってなんなんでしょう。
1回の食事も満足に摂れない人がまだまだいる中で、おいしいって必要なんでしょうか。

おいしいから得る何か、おいしいために失われる何か。
ふだんは考えないような『おいしい』のことを、ゆっくりみんなで考えてみましょう。

《世話人》小松今日子  荒川信一  林 裕文

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出張てつがくカフェ@盛岡報告記―「〈伝える〉とは何か?」

2016年11月21日 16時32分20秒 | 世話人のつぶやき




去る11月19日~20日にかけて、岩手県盛岡市にて明るい選挙推進協会主催・若者リーダーフォーラムが開催され、その際に哲学カフェを実施したいとの意向を受け、ワタクシ(渡部)がファシリテーターを務めさせていただきました。
同協会からは、昨年度同フォーラムが福島市で開催された際に、ワタクシの方から「哲学カフェとシティズンシップ教育」について講演させていただいたこともあり、今年度は哲学カフェの実践をご依頼いただいたという経緯がありました。
ただ、昨年度の福島開催では80名ほどの参加者があったことから、果たして実施が可能かという懸念がありました。
それでも全員を参加させたいという主催者側の意向から、ともかくいくつか工夫しながらやってみようということになりました。

とはいえ、お互い初顔合わせですし、そもそも「哲学カフェ」ってなんだ?という参加者ばかりでしょうから、どうなるやら見当もつかないまま盛岡へ突入です。
まず、会場の岩手県公会堂に驚きました。

まるで大学の講堂を思わせるその建造物は、1927年に建てられたものがそのもまま使用されています。
旧知事室や旧議事堂も残っているのですが、なんと当日は一階ホールでロックのライブが行われていました。
地下には新渡戸稲造も利用したというフレンチレストランもそのまま営業しています。
その伝統の重厚さが残った建物ののなかの一室におずおずと入っていくと、さっそく参加者たちの報告会が行われていました。


さすが若者リーダーフォーラムの参加者だけあって発表は立派ですし、昨年度の参加者の様子からも話すことに関しては得意な参加者が多いだろうということは推測していました。
今回の参加者数も20名を超える程度でしたので、いつものてつカフェと同じ感じでやれそうだと一安心です。


とはいえ、毎度新しい場でファシリテーターを務めさせていただくときは、先の読めない緊張感がつきまといます。
冒頭10分に自己紹介と簡単な哲カフェのルール、そして本日のお題を伝えたところから開始させていただきました。
ルールや哲カフェの議論の深め方に関しては、@ふくしまのものを参考に以下のものを提示しました。

◎ 哲学カフェの方法
【基本ルール】
① 年齢や属性にかかわりなく、お互いに対等な立場で話し合って下さい。
② 他者の発言を聴くときは最後まで聴き、自分の意見を話すときはわかりやすくまとめて下さい。
③ 反対意見を述べるのは自由ですが、相手の人格を否定してはいけません。
【より哲学的対話が深まるために意識すること】
① 独白ではなく対話が循環するために、他の発言を受け継ぐ発言になるように努力しましょう。
② 自分と他者の意見のズレを大事にして、その違いの根本に何があるのか明らかにしながら、テーマに向かって答えをともに導き出せるように努力しましょう。
③ 哲学は常識を疑うことから始まります。常識という土台を切り崩しながら、ラディカル(根本的/過激)に思考する自由を対話しながら楽しみましょう。

◎ 今回のテーマ 「〈伝える〉とは何か?」
誰しも自分の思いが相手には伝わらない経験をしたことはあるのではないでしょうか。恋愛や友人、家族関係でのすれ違いはもちろんのことですが、世のため人のために様々な活動をする中で訴える声が、むなしく無視されることも珍しくありません。そのとき、人は、「この伝わらなさとはいったい何なのか」と考え込んでしまうものです。
さて、あなたは〈伝える〉難しさに考え込まされたことはありますか?いったい、他者に〈伝える〉とは何でしょうか?
民主主義の基本は言葉を伝え合う対話であるとすれば、この問題を考えることは政治について考えることにも通じます。ぜひ、皆さんで額を寄せ合って考えてみましょう。

そもそも、このテーマに関しては、選挙の啓発活動などに取り組んでいる方々ばかりだろうということで、そこでの経験から〈伝える〉ことのむずかしさを経験することが多いのではないだろうか、そこからお互いに議論を共有して思考を深めることができるのではないだろうかという推測を起点として設定しました。
そのことも含めた説明を経て、いよいよ若者リーダーフォーラムでの哲学カフェを開始します。

とはいえ、参加者の様子もわからずにいきなり全体で話し合うのはハードルが高い気がしましたので、まずは3~4人のグループに分かれて15分程度テーマについて話し合っていただきました。



さすが、そういう場にはなれている参加者ばかりなので、特に補足することもなくその時間を終えます。
そして、いよいよ本番です。
〈伝える〉ということは何か。
まずは、自分の「語彙力」が不足していることから、相手に伝わらないという意見が挙げられます。
その結果、ジェスチャーなどに頼ってしまうというに伝わらなさを感じてしまうというわけですが、それに対してはジェスチャーも言葉も含めた表現によって相手に伝わる物だという意見が挙げられます。
その意見によれば、むしろ相手に自分の意志を伝える上で重要なのは、相手に「聞く意志」があるかどうかだといいます。
さらに、その「聞く意志」が成り立つためには、その前提に「色々な意見がある」ことを認めていることが必要だというのです。
どんなに言葉やジェスチャーが巧みでも、それが相手になければ、自分の伝えたいことは伝わらないだろうというわけです。

では、どんな説得にも「絶対に自分の意見を変えない相手」はどう考えればいいのか?
個々で、それぞれの評価に微妙な差が生じます。
たとえ相手が絶対に意見を変えなくても、聴く耳を持ってくれさえいれば、それは伝わったことになるのではいか。
いや、行動そのものにその変化が現れなければ、伝わったとは言えないのではないか。
どうでしょう?
果たして、行動を変えたことにおいて「伝わった」と判定すべきなのか。

それに対しては、たとえ相手が意見を変えなくても、なにがしかの「反応」があれば、伝わったと理解してよいのではないかという意見が挙げられます。
無視されないことが「伝わる」ことの条件だというわけです。
この論点は後半に再度議論されることになりました。



すると、たとえ言葉を尽くさなくても自分の意図が伝わる相手もいるという意見が挙げられます。
ひと目合った瞬間から、なんとなく気が合う相手というものがいることは経験的にも理解できるでしょう。
表現活動に取り組んできたという参加者からは、ダンスや日本舞踊などは非言語的な活動だけれども、〈伝える〉とは何かを常に考えざるをえなかったといいます。
そのうえで、もちろんその時々で反応は異なるけれども、それ以前に「観客」という存在がなければ、それは成立しないという条件を挙げてくれました。
これに対しては、いや、さらにその前提には自分というものが存在していなければ成立しないという意見も挙げられます。

すると、その「反応」を含め、自分の意図が通じた相手かどうかとわかるのはなぜなのか?
それに対しては五感で感受するものであり、それによって成り立つ「経験」だという意見が挙げられます。
人間、誰でも気が合うわけではありません。
自分とフィーリングが合う合わないは、いくつもの出会いを通じて感覚的に形成されるものであり、それが「伝わる」ことの土台としてあるというわけです。
中には、それは「遺伝子」に基礎づけられているという意見もありました。
なるほど、自分が投票行動を促しても動かなかった友人が、家族の言葉で変わったというエピソードを話してくれた意見によれば、だから「身近な人間関係」ほど伝わりやすいということも言えそうです。
それについては「信頼」の有無が〈伝わる〉ことの条件だと言えるとの意見も挙げられました。

では、この「信頼」がない関係においては「伝わる」ことはあり得ないのでしょうか?
そのことを、ある参加者は「信頼関係はあったにこしたことはないけれども、必要条件ではない」と言います。
そもそも、このフォーラムにおいてさえ、お互い初対面で信頼関係があるとは言えないにもかかわらず、「伝わった」という瞬間はあるのではないかと言います。

すると、「伝える」と「伝わる」は違うのではないだろうかという点に注意を促す意見が上がりました。
実は、わたし自身、今回のテーマを設定する際に〈伝わる〉/〈伝わる〉を同時に問いに立てるかどうか迷うところがありました。
この二つは関係があるけれども、同時に問いのテーマにしてしまえば、議論は混乱してしまう恐れがあることから、〈伝わる〉という言葉はあえてテーマにおいて不問にしておいたわけですが、図らずもその問題に参加者が突き当たったわけです。

これに対しては、相手に伝わったかどうかにかかわらず、発信すること自体が〈伝える〉ということなのかという意見と、相手に「反応」があって初めて成立するものなのかという意見とに分かれました。
発声の宛先もないまま自分の名前をひたすら連呼する選挙カー演説を〈伝える〉行為に含めていいのか?
それは〈伝える〉という行為ではないという意見。
いや、相手に伝わったかどうかはわからないけれど、ともかく五感に訴えればなにがしかの反応があることは人間に限らないものである以上、相手に〈伝える〉ことそのものがなにがしかの反応を生んでいるはずだという意見。

いくつかの意見が交錯する中、やはり〈伝わる〉ことの条件は「信頼」や「言語」、「非言語的表現」も含めて、それを了解する「共通認識」が共有されていることが条件だという意見が出されました。
いくら〈伝える〉ことがあっても、それを認識できない相手にはそれは不可能であるというわけです。
しかし、これに対して、それは〈伝わる〉ことに関しては通用するけれど、〈伝える〉ことには通用するだろうかという意見が挙げられます。
たとえば、グーグルの広告のように反応が見えない不特定多数の人に〈伝える〉行為だってあるわけです。
そのような場合でさえ、「伝える」ことは可能になるわけだけれども、〈伝わる〉に関しては反応が見える相手、すなわちそれはコミュニケーション成り立つ「共通認識」をもつ相手であるわけですが、そうした相手にのみ通用する条件ではないかというわけです。
さらに言えば、赤ちゃんや言葉の通じない外国人には〈伝える〉ことは可能でも、〈伝わる〉ことは不可能ということになるでしょう。
そもそも、相手に伝わったかどうかは証明できるのか。
いや、なにがしかのデータから証明できるという意見も挙げられます。
おもしろかったのは、この両者のやり取りを聞いていた第三者の立場から、「両者のやりとりは、お互いに伝わっているのか?」という問いが投げかけられたことでした。
これには、それぞれが答えに窮しながらも「伝わっていると思う」と答えていた姿がとても印象的だったものです。

こうした議論の展開の中で、いや自分の意図しなかったことが相手に伝わっているという場合もあるという意見も挙げられました。
これまで「自分の意図」が相手(観客)に〈伝える〉という方向が、そもそも「自分」の意図さえなくても〈伝える〉ことが成り立ってしまうのではないかという、きわどい意見が挙げられたわけです。

どこか行き詰まりを感じながらも、そこを突破したい、突破できそうだけれど、なかなかできないというとても哲学的な時間が続く中、そもそも〈伝える〉とは何かと定義する必要があったのではないかという問いが投げかけられました。
問いを問い直すというのは、哲学の真骨頂ですが、まさか初の哲カフェ参加者同士の対話において、それが成立するとは驚きでした。
終盤、この問いかけに対して図らずも、「〈伝える〉の最上級が共感を含めた「伝わる」ことだ」という意見、「〈伝える〉を何回も繰り返していけば、〈伝わる〉に近づいていく」という意見、「〈伝える〉が〈伝わった〉に変わるものだ」という意見、などいくつも興味深い定義を上げていただきました。

あいかわらず、議論をまとめない哲カフェの手法には、消化不良の参加者もいたのではないかと思います。
時間が来れば、バッサリそこで終了。
今回の経験が何かの役に立つかどうかはわかりません(たぶん、役に立たない可能性の方が高いでしょう。)
にもかかわらず、自分とは異なる他者の意見によって自分の思考がかき乱され、それが不快ではなくむしろ自分が解体される快楽を覚えていただいたとすれば、それが哲学的思考の快楽であり、政治的な世界において機能する批判的思考の端緒なのだと思います。
ぜひ、その魅力を少しでも感じていただけた参加者に皆さんには、今回のテーマの議論を地元や身近な人たちと一緒に語りながら継続していっていただければ幸いです。
と言いながら、個人的には今回の皆さんの議論はとても政治的に重要な論点がいくつもあったように思いました。
そもそも〈伝える〉ことが問題になるのは、何も「共通認識」がない相手との関係においてのことだと思います。
その関係において、どのような構えを取るのかで、それぞれの政治的な行為は変わっていくのではないでしょうか。
今回の議論によって、そのことがどこまで可能になるか。
ご参加いただいた皆様に、対話を通じて発見されたことなどがあればコメントなどでお知らせいただければ望外の喜びです。

ともかく、さすが若者リーダーフォーラムに参加される方々だけあって、言葉と思考のレベルの高さに驚かされながら楽しませていただきましたことに感謝申し上げます。
今回初の試みがご満足いただける「哲学カフェ」となったか、甚だ自信はありませんが、必要であれば、個人的に可能な限りで出張哲学カフェも協力させていただきます。
またいずれお会いしましょう!(文:渡部 純)
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触って、話して、見て楽しむワークショップ報告

2016年11月03日 17時59分09秒 | アートdeてつがくカフェ記録


さわって・話して・見て楽しむワークショップが福島県立美術館で開催されました。
午前中の部には、視覚障がい者の方々5名と美術館友の会の方々5名、ファシリテーター渡部、午後は視覚障がい者5名とてつがくカフェ@ふくしま参加者5名、ファシリテーター小野原によって行われました。

まず主催者である県美の荒木さんから今回のワークショップの趣旨が説明され、参加者同士の自己紹介の後、真下弥生さんからロダンに関する紹介がありました。

「地獄の門」はロダンが37年間作り続けた作品だが、今回触察する「影の頭部」は地獄の門のてっぺんに「三つの影」という題をつけられた3体のうちの一体の頭部です。
実際には、その3体が向かい合って首を下にもたげていていますが、表情はわかりません。
今回扱う頭部の作品は正面を向いているので、表情もわかります。
ダンテの「神曲」は地獄と天国をめぐる話ですが、これをモチーフにした「地獄の門」の入り口には「汝ら個々に立つものは一切の希望を捨てよ」という言葉が書かれています。
また、ロダンの作品はほとんど人間の姿を作ったものばかりだが、想像ではなく必ずモデルを観察して作っていた作家ですが、その彼の言葉に「偉大な彫刻家は画家のように一流の色彩家なのだ」というものがあります。
こうした言葉をヒントにしながら、今回扱うロダンの作品を鑑賞してみましょう。


この後、3グループに分かれ、それぞれ15分ずつブロンズ彫刻の「影の頭部」と「髪をすく女」、さらに県内作家による制作途中の作品を触らせていただきながら、視覚障がい者と健常者とが対話をしながら鑑賞する作業に取り組みました。
そして、鑑賞終了後に30分間の哲学カフェが行われました。

午前の部の記録は県立美術館さんのブログをご覧ください。
http://www.art-museum.fks.ed.jp//index.php?key=jolkinwi1-388#_388

以下は、午後の部の対話記録になります。

 

※【視】=視覚障がい者の参加者 【健】=健常者の参加者 【フ】=ファシリテーター
【視】いつも美術館では触らないで下さいといわれるけれど、最近はレプリカで触れさせてもらえる機会が増えました。大宰府の博物館では手で触れる博物館としてオープンしたと聞いたことがあります。それはどういうきっかけかというと、全盲の奥さんに旦那さんが説明しているという姿を見た館長さんが、色々な人に作品を触れてもらえる博物館として出発させたと聞いています。それ以降、触れられる美術館が増えたました。私は盲学校の教員でしたが盲学校設立100周年の時に、ロダンの作品などを東京の美術館の協力を得て実施しましたが、今日、こういう機会を設けてくださって感謝しています。視覚障がい者は触れないとわからないので、こういう会を開催してもらえればありがたいです。

【視】弱視なんだけれど、その時によって見えることもあります。つい見たくて近づいてみようとすると、注意されるのですが、やっぱりそういうのはダメなんですかね?

【視】私も初めて触らしていただいて、小さい作品はわからなったけれど、大きい作品ははっきりわかってよかったです。親切に教えてもらえたので、本当にありがとうございます。

【健】今、お話ししてくださった方と同じ班だったのだけれど、特別な体験をしたような気がしました。美術作品は目で見てきた自分だけれど、一緒に触ってみて、皆さんと確認しながら自分のものにしていく体験が新鮮で、みんなで共有した感じがします。今でもひんやりした作品の感覚が忘れられなくて、ただ見ただけではその作品はわからないけれど、触ってみることを通しては全然違う経験でした。一緒に触ってくださった方に感謝です。

【フ】「触る」のだと部分から全体に広がる違いもあるかもしれませんね。

【視】私は弱視ですが、触ってわかる場合と見てわかる場合がありますが、触った場合と見た場合が全然違うこともあります。年度は目が開いているのか閉じているのかわからなかったし、粘土で触ったのは初めてです。細い足も、触っただけではわかりませんが、見てわかるものでした。

【健】今までは見るだけだったんだけれど、触ってわかったのは作者の視点で触って、作者になっているんじゃないかなという視点で見ることができたことです。粘土の作品も、仕上がったものではないけれど作者の視点で見ることができました。

【フ】たしかに、作者がつくる過程は隠されている部分ですね。

【視】いつも美術鑑賞では一緒についた方が説明してくれますし、それに近いイメージを頭の中で作るわけですが、しかし何かピンと来ない部分もありまました。今回のワークショップでは自分が納得するまで自分の手で触れることで、そのイメージがより鮮明になった気がします。より立体的にイメージが作られる、これは非常に素晴らしいのではないか。どうしても我々ふれる機会がありません。触れることが視覚障碍者には一番大事なことです。岩手盲学校の桜井さんは手で触れる博物館をつくって、それを視覚障がい者は観に行った方も多いでしょう。それ以来、健常者といっしょに取り組むという企画は、最近こういう風潮が出てきたのではないか。お互いに気が付かないところを補い合えるということで、素晴らしい取り組みをしているのは東京の方で色々な団体や美術館が取り組んでいることは知っていましたが、いよいよ福島にもそれが来たのだなぁと、そう思っていました。福島県の美術館の取り組みは早い方ということですばらしいです。

【健】今、話されたことと関係ありますが、私が視覚障碍者の方に説明をしていて躊躇いを感じた部分があります。僕が感じているのを話しちゃっていいのかなとためらいが生じたことが自分自身の中で新鮮でした。普段は自分の勝手な解釈で、一方的に観ているわけですが、今回は視覚障碍者といっしょでこの説明の仕方でいいのかなと、ためらいを感じながら説明しました。触覚の想像力みたいなものが、ここから膨らましていくのも一つ加わってくるようなそんな感じが、兆しがしました。

【視】触ってみて、ぼこぼこ感とかみたいなのは触ってみないとわからないんですよね。弱視だから、見えることはあったのですが、さわってみて全然違うんですよ、見えている方の意見も大事なんですよ、自分の中で触ってみる想像力もあれば、見える人の意見からも想像力が膨らみます。

【健】過去に視覚障碍者とのワークショップに取り組んだことがありますが、今回は自分の意見を言っていいんだなと逆に思いました。観て触って、自分が言った感覚を、さらに相手に触って確認していただいて、そういうことが見える人が感じるのだなと感じてもらえればいいのかなと思いました。これがお子さんや途中で障害を負った方などは難しいと思うんです。触覚は小さいころから経験を積んでおく必要があるのかなと思うので。

【健】率直な疑問なのですが、目の見えなくなった方は、途中から見えなくなった方は見えていた時の記憶があって像を結びやすいと思うのですが、初めから見えずに過ごしてきた方の触覚の仕方はまた違うのかなと思うのですが?

【視】私は小学校前から見えないんですけれど、展示会とは個人的な趣味でスカイツリーってどんな形しているのかと思うと、デパートでおもちゃを触るのですが、大きすぎるのは把握できない。同じ新幹線なのに、どうしてこんなに形が違うんだろうと思うんです。おもちゃですけれど、自分自身を納得させる。だから私の場合はただのおもちゃじゃないんですよね。みんなに何でこんなに集めているのと言われるんだけれど、知るためにはどうしても必要なので、けっきょく全部集めたくなるんです。だから機関車と客車が違うとか、だんだん覚えているんですよ。ロダンの場合は、前に全身像を触ったことがあります。全身像、特に裸の像なんかは、たくさんのイメージが生まれるんだけれど、今回の作品はイメージがわかりにくかった。今日見たのはどれ見てもざらざらのが多く、同じロダンさんの彫刻でも違うんだなぁと思いました。


午前の部の話し合いも興味深い内容でしたが、今回は哲カフェ参加者が参加された午後の部の記録のみにとどめさせていただきました。
会の終了後の反省会では、健常者視覚障碍者の方々から、この経験を両者で共有できる機会があったことに意味があるというご意見をいただきました。
まだまだ健常者と一緒に何かを共有するという場が少ないという視覚障がい者の方々からの生の声は、ふだん意識しないバリアがごく当たり前に存在していることに改めて気づかされたものです。
また、健常者に親切にしてもらえることはありがたいのだが、しかし視覚障がい者の立場からすれば、健常者ができることを当たり前のように自分で選べる環境の実現を望んでいるという言葉も心に残りました。
これは親切が不必要だということではありません。
そうではなく、そうした親切な手助けを必要としなくてもお互いに、負い目なく自分で自由に選択できる社会環境を築いていこうとすることです。
こうした話も情報としてはどこかでしっているのかもしれませんが、実際にお互いに顔を突き合わせて初めて伝わり、理解を進めるものになります。
今回、こうした機会にお誘いいただいた県立美術館の皆様にはもちろん、色々な形で関わって下さった皆様には心より感謝申し上げます。
この貴重な縁を引き続き大切にしてまいりたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
(文:渡部 純)
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第40回てつがくカフェ@ふくしま報告―「〈笑い〉はどこに生まれるのか?」

2016年10月31日 09時24分36秒 | 定例てつがくカフェ記録

(メキシコ国立人類学博物館のなかの所蔵品)

「笑いはどこに生まれるのか?」(参加者17名)

まず、東京からいらした学生さんからどうしてこのテーマになったのかの経緯を話していただきました。
前回の哲カフェ懇親会で、話をさせていただいたんですが、自分の研究は、震災後の福島の冗談や笑いをテーマにしています。自分は、東京で震災を経験し、その年の夏に福島に戻ってきました。帰るまでは、テレビやネットの情報ばかりで、暗くなり、すごく不安だった。帰ってきて家族などと話してみると、暗く沈んでいるばかりでなく、震災や放射能のことを明るく冗談を交えて話すのを知って、どうして、そういう風な会話が成り立つのか考えてみたいと思い研究に取り組んでいるのですが、哲カフェに集う皆さんの意見も聞いてみたと思い、テーマにしていただきました。

実際、あの頃は、「東京に出張に行った時など、福島は、大丈夫?」などほかの地域の人にしょっちゅう言われて嫌になったことがあり、「鼻血が出て止まらない。」なんて冗談を言った経験談から対話は、スタートしました。

ある人は、日本と海外の笑いの違いについて触れ、「日本の漫才では、ボケと突っ込みがある形で、他人を馬鹿にした感じで笑いをとる形式が多いが、海外だと、一人でパフォーマンスすることが多く、自分を笑ってもらう形式で、文化によって笑いが違うのではないか?との意見が挙げられた。
しかし、林家三平さんなどは、自分を下に見せる形で、誰も傷つけない笑いを作っていたと聞いたが、自分を笑いものにするという形式をとっていて、文化とも違うのではないかと、反対の意見もあった。
自分を笑いものにするのはいいが、他人を笑いものにするのは、ちょっと難しく、笑えない場合もあるので、文化というか、笑わせる手段・方法の違いではないか、との見方もあった。

また、ある人は、笑いが起きるのは、3つの種類に分類できるのではないかということで、以下の3つを挙げられた。
①楽しかったり嬉しかったりした時に、自然に出てくる笑い。
②人がつまずいて転んだりして、状況が一変した時に出る笑い。
③自分ではどうしようもなく勝手に出てくる笑い。

この方は、過去に自分が笑われたことが快感になったという経験を話された。子供が小さいころ、保育園で保護者が集まって廊下に並んでいた時に、廊下を歩いていておもいっきり転んだことがあり、それを見たある人が、「あなた何してんのよ~!」なんて、突っ込みを入れられ、大爆笑されたんだけど、この時、今までは嫌だと思っていたが、笑われることに快感を感じ、今までとちょっと考えが変わったことがあると話されました。笑いによって、心配や不安といった緊張がほぐれ、和やかな雰囲気を作り出せたことで、笑われたことよりも笑いを作り出したことに喜びを感じたそうです。そういった経験もあり、笑いは、緊張状態をほぐし、自分をナチュラルな状態に戻す力があるのではないか、との意見が挙げられた。

一日のうちの喜怒哀楽のうちで一番多いのは、静寂と笑いではないか?と日々幸せに生きておられる人の意見もありました。また、他人との関係において笑いが生じるということで、笑いには、相手が必要という意見が挙げられた。

笑うことで、自分自身の感情も盛り上げることができるのではと思う。ダンスの指導時も口角を上げて踊るように指導している。筋肉の話なのですが、口角を上げること、つまり笑顔を作ることと脳の楽しかった記憶がつながっているから、無理やり口角を上げるだけも、心も明るくなる、ポジティブになると聞いたので、生徒には、いつも指導しています、といった筋肉の働きから笑顔を作るといった今までとは逆の考え方もありました。

私の娘が小さい時、はしが転がってもわらうというけど、一時期ですが、娘の笑っているのを見て、本当だなと思ったことがありました。また、クリスタルボールヒーリングというのがあり、クリスタルボールをなでることでその振動を体で感じて笑顔が出てくるという経験がありました。そういった波動を感じて笑いが生まれるということも自分で感じたので、脳ではなく身体の振動によって笑いが生まれることはあると思うという、同じような意見も上げられました。

中学・高校のころに、くすぐったいわけではなく、床屋に行って顔をそってもらう時に、おかしくて笑えをこらえることが大変なことがありました。
お葬式とか、絶対笑ってはいけない場合に、笑いたくなってしまったりすることは、なぜ起こるのでしょう?といった疑問が挙げられた。それは、緊張や不安・はたまたギャップが関係しているのではないだろうか、と意見が上がった。

くすぐられて笑ってしまうのは、ほ乳類の多くにあると聞いたことがあるので、おそらく本能が関係しているのではないか?との意見が挙げられ、それに対して、でも、それは、笑いではなく快・不快の快の反応として表に出てくる笑いであって、本能とは違うのではないかといった意見も上げられた。

先ほども出てきましたが、ギャップが笑いに関係していると思います。普段とは違う新しいことや変わったことが起きたりすると笑いが生まれるので、そういったギャップが笑いを生んでいるとの意見が挙げられ、先に上がった本能からの笑いと人間の創造的な活動による笑いということで、まったく逆の意見がそれぞれに挙げられた。

楽しくて笑う、面白くて笑う以外にも、変なことを言ってる人に対して笑ってしまうことがあり、考えが違うこと、つまり自分とのギャップ対して笑ってしまうことがあるから、本能とはちょっと違う気がするとの意見も。

くすぐられる快感によっての笑いは、人間だけではなく動物もあると思うので、本能に関係していると思われるが、人間は、動物と違って知性があるので、クリエイティブなことによる笑いというのもありうると思うので、どちらも、同じ笑いの中にあるものであって違うものではないと思うとの意見が挙げられました。

笑いには、個人的な笑いと社会的な笑いがあると思います。個人的な笑いは、本能に近いもので、人それぞれ感受性が違うので、人によって笑いのツボが違うということで、社会的な笑いは、社交的な人間関係の中で生まれるものだと思います。どういったものを面白いと思うかは、個人差があって笑いのツボというのは、人それぞれ違っていると思う。「地味にすごい」という番組があって、自分の業界に近いので、笑いが止まらなくなってしまった、と経験を話されました。面白いから笑うので、くすぐられて笑うのとは違うと思う、と。

笑いは、個人的なものだと思う、子供の運動会のときに、強い風が吹いていて砂が舞って、子供の演技が見れない状況だった。そんな時、どういようもなく笑ってしまう自分がいて、今思うと、それは個人的な笑いだったと思う。どうしようもない諦めのときに私は、笑いが出てしまいます、と。

笑いはとても文化的なものだと思う。アメリカンホームコメディに私は馴染みがあり、私はすごく面白いのに、一緒に見てる人は全然笑っていなかった経験から、文化の違いによって笑いのツボも違うと感じた。落語を初めて聞く人は、本当に、面白いと感じるのかとても疑問です。何を面白いと思うのかは、すごく文化の影響を受けていると思います。

面白いとかおかしいと感じるものには、文化的な違いがあると思うが、しかし、共通に面白いと思うことはあると思う。例えば、普段とは違ったおかしな言動、おかしな服装のようなことをする道化師などは、文化の違いを超えて、共通の笑いが生まれると思う。落語などもおかしな行動を取り上げていると思います。

おかしいと面白いの違いは、理由がわかっているのとわかっていないのとの違いではないかとの意見が挙げられ、「ラッスンゴレライ」は、理由がわからないけども、おかしいのかな。と。

文化の違いが挙げられましたが、翻訳をしてる時に、ジョークなどを翻訳するが、全然笑えないことがあり、文化の違いを感じる。日本で、お笑いが流行っているが、人を笑いものにするようなものが多く、笑えないことが多い。漫才やコントは、落語が辿ってきたのとはまた違う笑いだと思う。「ラッスンゴレライ」なんか、今まで想像できないようなものが生まれてきたのは、やはりそれは、ギャップという言葉が通底するのかと思う。。

お笑い芸人の変な行動や話芸によって、いつもちゃんとしていないといけないと思っている普段の緊張した生活をほぐしたり、和らげる働きがあり、そこに笑いが生まれるのではないかと思います、との意見が挙げられ、笑いには、深刻さや心配から解きほぐす効果があると。

面白いなと思えるのは、その背景(ストーリー性)を想像できるかだと思う。女友達が、旅行のことを面白く話しても、いまいち笑えないのは、その友人との関係や旅行の背景等をきちんとわかっていないから、そういうことが生じるので、背景を理解していないと笑えないことがある。

変な服装だと笑えるかというとそうではなく、カズレーサー(芸人)は、最初金髪に赤い服の人で、最初は全然笑えず、怖いと思った。が、彼がどういう人かわかってくると、だんだん笑えるようになった。

オフィスの給湯室での女性同士の会話とか、そういう状況を自分でも経験しているので、そういった場面を映像で見ると笑うことができると思う。自分が知っている状況の中で、何かが起こると笑ってしまうのは、そのシチュエーションを理解できているからだと思う。

共有するというのは、一つのキーワードかなと思う。映画館などで、誰も笑っていないと笑いづらくて、周りが笑いだすと自分も笑いやすくなるということがあると思います。また、笑われるのと笑わせるというのは、違うと思っていて、笑われるというのは、場というかその状況を共有できていないから起きるのであって、笑わせるというのは、その場というか、状況をコントロールできているというか、共有できていることによると思う。その場を共有できていなくて、笑われるのは、残酷だと思うとの意見が挙げられた。

笑う、笑われるという話を受けて、ある参加者は、自分のブログに書いた内容について話した。女子高生が常識のない会話をしていて、それを外から見ている人が笑ってしまったという内容。女子高生は、まじめな内容を話しているが、それは、いわゆる常識から外れていて、それを常識のある人が外から見て笑ってしまったという内容。女子高生は、笑わせるために話しているのではないが、笑われているのです。

笑われるのは嫌だという意識は人間だれしもが持つかもしれません。でも、初めの方に発言された方は、笑われたのではなく、笑ってもらった、笑わせれたというポジティブなとらえ方をしていたので、もう一度話してもらいました。

笑われたくないと思っていたが、転んで笑われたのだが、自分のこんなことで笑ってくれるんだ、笑ってもらえるんだ、だったら、もっと笑ってもらいたいなと思った。でも、笑われてるのかな~私。と感じてしまう人もいるのもわかります、と話してくれました。

その発言者の話を聞いて、昔の話を思い出した別の参加者が、最初のデートで彼女が思い切りすっ転んでケツを打った時、大爆笑したら、怒られたという話をした。普段しゃんとしていた彼女だったので、そんなことになったので思わず笑ってしまった。彼女に、大丈夫?という言葉もなく笑ってしまったので、すごく怒られた。その時、彼女は、笑われたと思ってしまったと思う。自然に笑いが出てしまったので、あれを笑うなと言われてもすごく難しかったと思う。

失敗したことを笑われる。例えば、「あ、失敗しちゃった!?」という感じに自虐的にふるまえる能力を関西の方では、強く求められると思います。そういう人間は、高く評価される。コミュニケーションの能力なのか、そういう風にとらえられていると思います。

ここで、震災後の笑いについて、少し話を進めていけたらとファシリテーターが話した。今まで上げられた緊張とか、深刻さ、心配がある中で自分たちが笑いのネタとして笑わせることはできるが、外の人たちが笑いのネタにするのは、自分たちが笑われることになるのは嫌か、その辺を話していけたらどうでしょうか?

自虐を受け入れるということと関連すると思うのですが、震災直後に、避難所を運営していた時、笑うしかないという経験がよくありました。例えば、原子炉に自衛隊がヘリで水を撒いていたのを見るとどうしてもドリフとしか見えなくて、笑うしかなかった。でも、彼らはまじめにやっていたのでしょう。また、放射能の雨が降っている中、避難所にプールの水をバケツリレーをしている人たちは、笑いながらやっていた。自分は、まじめにやれよ、と突っ込みを入れたいところだったが、ああいうどうしようもない状況を彼らが受け入れるには、笑うしかないのではなかったかと今では思う。

被災地外の人が、「セシウムさん」のような形で笑いをとるというのは、被災地の人たちの怒りをかったと思うのですが、被災地内の人が自分を笑いにするのと何が違うのか、その辺はどうなのでしょうか。

先日、サンドイッチを買ったときに、嫌いな刻んだキュウリが入っていて、そのブログを書いた時に、自分は、最初「除染」と書いていたが、アップする前に検討して、自分だけならいいが、これはまずいだろうと判断して、撤去という風に書き直した。自分としては、除染レベルなのだが、それを使ってしまうと不謹慎ととられかねないと思って、訂正して載せました。

震災後、あまりに深刻な状況になってしまっていて、もぅどうしようもないから笑うしかないという状況に今置かれていると思います。賠償金が入ってきたことにより、笑いがゆがみはじめた気がする。一方では、家族が沢山いて、沢山もらっていて、一方では、金銭的にも苦しい状況に置かれていたりする。

フラダンスは、4月1日から再開していた。妊婦はやめたが、ほとんどの人は、楽しみがなきゃやってられない、ということで止める人が居なかった。
震災復興のイベント等で、他県に行って踊ったときに、向うでは、つらく大変だった話をしてほしい、笑いはいっさいいりません。と、お願いされてすごく驚いた。
福島の中にいる人たちは、笑いを求めているが、福島以外の人は、笑いを求めていないのだと、驚いた。

被災地外の人は、笑いにしてはいけないという気持ちがすごくて、震災後の復興イベントで、オリンピックのバドミントン選手が、県北の学校に来た時に、すごく大変だったですよね、私は笑いにはしません。というスタンスが明らかだった。被災現場から距離が遠くなると笑いにすることがより難しくなるのだと感じた。

私たちの年代では、他人を笑ってはいけないという価値観があるので、3.11のことを他地域の人が見ると笑いにできないのではないか。でも、笑いヨガというのがあって、笑いで悩みを吹き飛ばそうという取り組みが3.11以降、身近なところであった。

笑いは、解放効果があって、当事者には、必要なことだったと思う。原発から距離がある人が見ると福島がすべて危険ととらえてしまって、笑いにできなかったのだと思う。でも、実際は、福島と言っても限りなくグラデーションがあって、どこからが危険なとこで、どこからがそうでもないと明確に区別できないので、外部の人にはわからない。でも、当事者は笑いを必要としていた。自主避難をしている人は、自分が福島人だと名乗ると、嫌がらせを受けたりもあり、そそくさとその場から逃げることもあった。それは、笑いにできなかったということもあったからではないか。

出張で東京に行ったときに、向こうの人間は、かわいそうだと思っていたから、福島では、思いっきり空気をすえないんだと自虐的に言ったら、本気にされて驚いたことがあった。

震災でも福島市ないと浜通りの津波被災地では、違いがあるのか、どうなのかファシリテーターから話がふられた。

浜通りに住んでいて、自分は大きな被災はなかったのですが、自分の姉の嫁ぎ先が被災し、泥や大洲海岸の松が家の周りや家の中に流れ着いていました。当時、お店で買い物することも難しい状況だったため、被災した家の中の冷蔵校の食材を松を乗り越えて取りに行ったのですが、その食材は、袋がドロドロだったため、川で洗って食べれるようにしてましたからね。その光景は、ほんと笑える状況でしたよね。

でも、それは、被災したお姉さんたち自身は笑いとして話せたのだろうか?本人が、笑って話せるかどうかではないか?

しかも、当時火力発電所に勤めていた兄が、津波で建物にとどまることを強制されていたが、家族が心配で、周りが真っ暗な中、その辺にあった自転車で先を探りながら、親戚の家まで夜中に帰ってきたと聞いて、すごく大変なことだと思うんだけど、それを本人が笑って話せるかどうかじゃないかな?と、近くにいてもその助かった当事者が笑いにできたかどうかではない?

しかし、中には「笑い」として扱うにはシビアすぎると被災事故もあったでしょう。

笑いにできるかどうかは、当事者だけの特権ではないでしょうか。当事者以外には、難しいかと。

笑いは、悲惨な現実を受け入れるとかという話できたけれども、笑いは、コミュニケーションとしても使えるのではないかと思います。放射能の話などでは、正しさと正しさのぶつかりあいで、どちらも譲らない状況が生まれているが、茶化しながら、「なんでやねん!?」といった関西的なノリで、伝えるということが笑いにはできるのではないかと思います。日本では、ザ・ニューズペーパーのような集団が政治のネタを笑いにして伝えるということができているように。

先程の方の彼女が転んで笑ってしまったという話からは、あ、そういう時は、笑っちゃダメなんだな、って学べたけど、ちょっと厳しい被災事故のケースもあるのではないかと思う。程度の差っていうのはあるかと。。

やはり、当事者の特権というのはあって、先程の発言者も、話す前まではトラウマがあって話せなかった時期があると思うけど、こうして笑い話として話せるようになったというのはあるでしょうね。その出来事を対象化できるかということも関係しているのでは。その経験と距離をとれるとか。

神聖喜劇というのを最近読んでいて、これは、ダンテの神曲の日本語訳なんです。つまり、人間のどんな出来事も神の目から見れば、喜劇だと言えるということかと思ってます。

「人生はすべて笑いになる」という本を読んだことがあります。

シビアな被災事故などの話が笑えないのは、死がかかわっていることが大きいと思います。死んでしまったら、笑いにならないですよね。距離があれば笑えるというが、横浜で、ヘリの水かけを見ていたが、皆さんと違って全然笑えなかった。福島にいた皆さんと違って、真剣に成功を願っていた。距離があったので、笑いがなく見ていた。福島にいなかったから、笑いには至らなかった。それは、地理的な距離ではなく、確実に身の安全が確保できていれば、原発から近いかどうかは関係なく、気持ちが原発の問題に近くて真っただ中にいて、真剣に考えていた。

笑いは、心の余裕の度合いによって違うと思います。原発の爆発の瞬間は、驚くけど、だんだんその状況に慣れてきて、心の余裕が生まれて、水をかけている状況も笑いが生まれたのでは。

余裕・ゆとり・距離・ギャップというのがポイントとして挙げられました。

横浜で仕事をしていた時、銀行の担当者が富岡の出身だった。その人の母親が富岡に残っていた。その人と原発の話をしましたが、その人も笑えてなかったです。自分は、半年後に福島に戻り、不幸コミュニティに一度入ってから、横浜にもどったら、「靴の裏に放射能ついてるよ」と笑いにできた。不幸コミュニティに一度参加すると、笑いにできました。職場の同僚も、その笑いにのってくれて、普通に笑ってくれました。

生きているから笑える。死んでしまうと笑えない。死んでしまうと当事者が居なくなるから笑いにできなくなりますね。
(文:杉岡伸也)
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