まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

ケアスティング 『自由の秩序』 完成!

2013-01-31 18:54:52 | カント倫理学ってヘンですか?

Wolfgang Kersting の名著 『Wohlgeordnete Freiheit』 の翻訳が出版されました

ケアスティング 『自由の秩序』 ミネルヴァ書房です。

副題は 「カントの法および国家の哲学」。

カントの法哲学・政治哲学を研究している者にとっては不朽の名著の本邦初訳です。

原題を直訳すると 「よく秩序づけられた自由」 となります。

一般に、自由と秩序は対立する概念と捉えられがちですが、

前期の 「倫理学概説」 でも話したとおり、完全なる無制約の自由というのは意味をなさないので、

自由という概念を実践的・政治的に有意味に語るためには、

普遍化可能な自由、他人の自由と両立可能な自由という制限付きの自由を考えざるをえません。

そのような自由を提唱した思想家のなかでも代表者と言えるのがカントですので、

この 「よく秩序づけられた自由」(=「自由の秩序」) というタイトルは、

カントの法・政治哲学をみごとに集約した表現と言えるでしょう。



その名著を総勢6名のチームで4年間かけて翻訳しました。

そして、この翻訳をしている最中に 「3.11」 が起こったのです。

ちょうどその春休み中に担当箇所を最後まで一通り訳し終えなければならなかったのですが、

学内行事やもろもろが立て込んでいて、とてもじゃないけど終わりそうもない状況でした。

そんなときに東日本大震災が発生し、それと同時に福島第一原発事故が生じました。

いろいろあっていろいろ考えた末、私は3月17日から3月末まで東京に避難しておりました。

その間ずっと東京の家や近くの喫茶店でこの翻訳作業に取り組み、

何とか最初の訳稿を完成させることができました。

そういうわけで、この本は私にとって 「3.11」 の記憶と切り離すことのできない、

思い出に残る仕事だと言えるでしょう。

もちろん、そこから果てしないチェックや改訳、他の訳者との訳語のすり合わせなどがあって、

一通り訳し終えたからといって仕事が完成したわけではまったくなく、

したがってその後2年近い時間がさらに経ってしまったわけですが、

それでもあの恐怖と不安に満ちた緊迫した雰囲気のなかでの作業がなければ、

この仕事は完結していなかったのではないかという気がします。

税抜き本体価格7,000円という高価な本ですので、

よっぽどカントの法・政治哲学が大好きだという人にしかお勧めできませんが、

興味のある方は図書館などで一度手に取ってみてください。

オーケストラ・フィルジッヒでブラ1

2013-01-29 20:23:21 | 人間文化論

オーケストラ・フィルジッヒのコンサートの季節がやってまいりました。

年に1回だけコンサートを開くためにそのつど集まるという非常設オケ。

昨年、初めて聴きにいってからもう1年が経ってしまったんですね。

オーマイゴッド!

昨年のコンサートは嶋津先生作曲の 「レクイエム」 と、

中畑先生のピアノによるショパン 「ピアノ協奏曲第1番」 という豪華取り合わせでした。

そして、今年は 「ブラ1」 ですよ、「ブラ1」。

『のだめカンタービレ』 により一気にクラシック素人のあいだでもメジャーになった、

ブラームスの 「交響曲第1番」 です。

千秋真一が指揮するライジングスターオーケストラの第1回公演で演奏された曲です。

シュトレーゼマン (=ミルヒ) のCDのライナーノーツのなかでは、

「完成までに20年を越える歳月を費やしたと言われるブラームス最初の交響曲。

 しかしながらブラームスのこの壮大な交響曲を聴けば、

 彼の20年に1秒たりとも無駄な時間がなかったことがわかるだろう」

と最大限の賛辞が贈られている曲です。

そして、のだめが本格的な音楽家を目指すことになるきっかけとなった曲でもあります。

私はブラームスって苦手でしたが、ドラマのなかで断片的にではあれ何度も耳にしましたので、

最後まで心地よく聴けるのではないかと楽しみにしております。

私同様、のだめは好きだったけど、本格的なクラシック・ファンではないというあなた。

ぜひ一緒にR☆Sオケならぬオーケストラ・フィルジッヒのブラ1を聴きに行ってみましょう



 オーケストラ・フィルジッヒ第9回公演

日  時 2013年2月3日 (日) 

開  場 13:30 開演 14:00

場  所 福島市音楽堂大ホール


芸術監督 嶋津武仁

指  揮 橋裕之

入 場 料 一般¥1,000  高校生以下¥800

演奏曲目

  ブラームス作曲 交響曲第1番ハ短調作品68

  フォーレ作曲  「ペレアスとメリザンド」 作品80

  ワーグナー作曲 歌劇「さまよえるオランダ人」 序曲



P.S.

そういえば昨年のブログを見てみると、

コンサートに行く前に美術の学生の卒業制作展を見に行ってたみたいだなあ。

今年は展覧会のお知らせもらってないけど、そろそろやってる頃じゃなかろうか?

調べてみなくては。

歴代最多アクセス

2013-01-28 19:01:15 | このブログについて
先週、歴代最多アクセス記録を更新してしまったのでご報告いたします。

2013年1月24日の木曜日になんと703アクセスを達成してしまいました

それまでの最高記録が2011年5月19日の584アクセスでしたから、

一気に新たなステージに突入してしまった感があります。

ランキングでいうと、584アクセスのときが 「1022位 / 1609874ブログ」 で、

あわや3ケタまでいきながら1000位の壁を越えられずにいましたが、

今回は703アクセスで、とうとう 「646位 / 1816305ブログ」 に入ることができました。

週別アクセス数 (2013.1.20.~1.26.) も過去最多の3480アクセスで、

ランキングは 「1083位 / 1817125ブログ」 でした。

こちらももうちょいで3ケタ突入でしたね。

さて問題は、その703アクセスの日に何を書いたかですが、

なんと2013年1月24日は何も書かなかったんですねぇ。

ブログ更新をサボってしまったんです。

その日は飲み会があったわけでもないけれど、

家で1人鍋をしたあと論文を書いていたりしてブログ更新を忘れてしまったのです。

なんでそんな日に記録更新してしまうんでしょうか?

私はブログを書かないほうがみんなに読んでもらえるんでしょうか?

まあそんなわけはなくて、

実は前日に 「全国の公務員よ、早期退職せよ!」 という時事ネタを書いたんですが、

それをアップしたのが23時53分というひじょうに遅い時間だったために、

日が変わってから皆さんにそれを読んでもらったということだったのでしょう。

それをアップした1月23日は465アクセス、

そして、1月26日の土曜日もブログ更新をサボってしまったんですが、

その日のアクセスが402アクセス。

サボった日にも多くの方々にアクセスしていただいているというのはとても有り難いことです。

そうか先週2回も更新サボったりしなければ、

週別アクセス数でも3ケタを達成できたかもしれないですね。

うーん、もったいないことした。

やっぱ時事ネタか芸能人ネタだな。

今度は狙っていくぞぉ

これなら続けられる超簡単ダイエット

2013-01-27 14:34:58 | がんばらないダイエット
私の 「がんばらないダイエット」、なかなか苦戦中です。

「発泡酒ダイエット」「ダイエット生」 が終売になってしまいましたし、

「朝だけ断食」食欲が復活してきてしまっていますし、

冬場はざるそばもないのでつい…。

「立体駐車場3分間ダイエット運動」 も今は駐車場に積もった雪が凍ってしまっていて、

足場がツルツル滑って、足上げ運動なんて危険でやってられません。

そこへもってきて年末から年始にかけての暴飲暴食がたたり、

またまたけっこうヤバイことになりつつあります。

ホント、今年は 「がんばらないダイエット」 なんて言ってる場合じゃないかもしれません。

とはいえ、何と言ってもがんばるのが苦手な私、

情報収集だけがんばって、こんなラクそうなダイエットを見つけてきてしまいました。

「これなら来年も続けられる! 2012年話題になった超簡単ダイエット ベスト3」 だそうです。

このなかの第1位の 「ドローイン」 というのはなかなかいいんじゃないでしょうか?

ふだんからお腹を引っこめるようにするだけというものです。

やってみたところ、記憶に障害のある私はついつい引っこめるのを忘れてしまうのが問題ですが、

思い出すことさえできれば、そんなに難しいことではなさそうです。

はたしてこれでウェストサイズ・ダウンに成功するのか、

(もしもそれまで覚えていられたら) 数ヶ月先にご報告させていただきたいと思います。

タッチャブルな人間

2013-01-25 15:32:29 | 幸せの倫理学
以前に 「これでいいのだ」 という記事のなかで、
私は 「学生にとってタッチャブルな手の届く教員」 でありたいと思っている、
と書いたことがあります。
学者然、教授然とした手の届かない存在ではなく、
気軽に話しかけられて、何でも聞くことができ、何でも相談できるような、
そんな教員でありたいと思っています。
まあ、このブログを読んでいただければ、
私がそういう人間だということはたぶん一目瞭然だろうと思います。
ただ、第一印象的には 「冷たそう」 とか 「近寄りがたそう」 と見えるようで、
ある程度親しくなってから、最初はそう思っていたと告白されることがあります。

さて、先日 facebook で 「エゴグラム性格診断」 というのが回ってきました。
facebook をやってる人しか入れないと思いますが、
こちらでやってみることができます。
自分もやってみたところ、その結果はこんな感じでした。


(画像をクリックすると拡大されます)

こういう説明文が付されていました。

「心理学理論に基づいて作られた性格診断テスト
 【エゴグラム性格診断】でこんな結果がでました!
 〜・〜・〜・〜・〜
 あなたの性格は「気ままな平凡タイプ」です。
 ごくごく標準的な性格。ストレスを感じず人生を楽しめる。

 あなたの性格のプラス面は・・・
 ・自分のペースを守る
 ・自主性に富む
 ・積極的である

 あなたの性格のマイナス面は・・・
 ・相手の言うことを聞かない
 ・一方的である
 ・近寄りがたい印象を与える
 〜・〜・〜・〜・〜
 50の質問から243パターンもの性格診断結果に!
 「エゴグラム性格診断」はこちらから!(PC・スマホOK)
 https://www.facebook.com/matchalarm/app_461364203924393?ref=web_canvas

エゴグラムというのは由緒ある性格診断テストですが、
これはその簡易版なのでしょう。
ぼくもあまり詳しいことは知りませんが、
例えば、画像のほうでA、B、Cと分類してタテに並べてたり、
私のようにBが多い人を 「平凡タイプ」 と名づけたりしてるのは、
この性格診断テストの趣旨からしてマズイんじゃないかなあと思うんですが、
本家のエゴグラムもこんなことしているのでしょうか。
ある人がやってみたら全項目Aで、
その人は 「ハイレベルタイプ」 とカテゴライズされていましたが、
Aが高くてBが平凡でCが低いとかっていうことではないと思うんです、
この性格診断テストが明らかにしたいことは。
まあ、この手のアプリにいちいち突っ込んでもしょうがないので、
その点は放っておくことにいたしましょう。

説明文のなかに 「近寄りがたい印象を与える」 という一文が入っていました。
うーん、やっぱりそうなんでしょうか。
相手に合わせたり、人のことを気にしたりということがないので、
(「自分のペースを守る」、「相手の言うことを聞かない」 ですね)
冷たそうな、近寄りがたそうな感じに思われるのでしょうか。
ただ、これを読んだある学生さんが、
「近寄りがたい印象を与えるってのは当たってない気がしますね(=゜ω゜)ノ」
というコメントを残してくれていました。
その人はゼミやクラスの学生ではなく、「キャリア形成論」 で2回だけ見かけ、
あとは昨年の 「戦争と平和の倫理学」 を取ってくれただけのあまり親しくない学生さんですが、
それぐらい遠い人からも、近寄りがたい感じではないと思われているのは、
私にとってはひじょうにありがたいことです。
おそらく私の根っ子の部分は 「近寄りがたい印象を与える」 タイプの人間なんでしょうが、
「タッチャブルな人間でありたい」 という目的を意識的に立てて、
そうなれるように日々努力しているおかげで、そこそこそうなれているのかもしれません。
これからもあまり人に威圧感を与えない、
見知らぬ人にも 「あれでいいんだぁ…」 と思わせるような 「ゆるキャラ」 で生きていきたいと思います。

全国の公務員よ、早期退職せよ!

2013-01-23 23:53:26 | お仕事のオキテ
なんか最近、この話題でモンスター・マスコミが盛り上がっているようです。

駆け込み退職、9府県で450人超 教師や警官に広がる

モンスター・マスコミに乗せられてネット上でも教職員への非難が広がっているようですが、

はっきり言ってまったく意味がわかりません。

定年退職まで待っていたら退職金が減らされることがわかっているのだとしたら、

その前に退職するというのは資本主義の原理原則からしても、

そのなかで暮らすごく普通の人間の感覚としても当然の行為です。

テレビ局や新聞社がある日を境に退職金を減らしますと発表したら、

記者もアナウンサーも編成局員も、連載記事や担当番組が全クールを終了する前に、

とっととみんな早期退職してしまうことでしょう。

それと同じことが起こっているにすぎません。

そもそも退職金を減ずるなどという、人の後半人生を大きく左右するような問題が、

こんなに急に降って湧いてきて、あっさり決められてしまうということ自体が問題なのに、

そこをまったく取り上げないまま、定年間近に早期退職を決めざるをえなかった人々を、

(それを決断する彼らがどれほど無念であったことか

まるで人であるかのように報道するということに日本のマスコミの堕落を感じます。

あんなことを決めたらあんなふうに労働者が反応するのはわかりきっていたことです。

決めた側はそんなことはとっくに織り込みずみだったはずです。

織り込んでいなかったとしたらバカとしか言いようがありません。

それをあたかも教職員や公務員個人々々のモラルの問題であるかのように報じて、

視聴率や販売数を稼ごうとするマスコミは本当に許しがたいと思います。

Shame on You!

恥を知れの一言です。

私はまだ定年退職までに相当年数がありますので、

今ここで早期退職しても利得はありません。

しかし、早期退職によって生涯年収がプラスに転じる人は何ひとつ羞じることはありませんので、

現在抱えているプロジェクトとか学級担任とかすべてをなげうって、

いまただちに退職願をたたきつけてください!

『ストロベリーナイト』

2013-01-22 21:18:01 | 哲学・倫理学ファック
『ストロベリーナイト』 を見ました。
といっても映画ではありません。
映画は今週の土曜日 (2013.1.26.) から上映です。
ぜひ見たいと思っていますが、その前の予習として、
2010年のスペシャルドラマと昨年の今頃放映されていた連続ドラマを、
ツタヤで借りて見ておきました。

これも先に原作を読んでいたのです。
誉田哲也姫川玲子シリーズです。
その第一作が 『ストロベリーナイト』 なのですが、これはむちゃくちゃグロい小説でした。
殺人シーンがグロいのに加えて、犯人の幼少期の描写がエログロなのです。
自分これは最後まで読み切れないのではないかと心配したほどです。
途中から思わぬ方向に話は展開していって、あとは一気に引き込まれるように読みましたが、
最初のうちはこれどうなっちゃうんだろうとビビっていました。
ミステリーというよりはホラーに近い感じだったのです。
だから、これがもうすでにドラマ化されていたと教えられてものすごくビックリしたものです。
映画化ではなくてドラマ化ですか?
あれをテレビで放映してしまったんですか?
ていうか放映できたんですか?

スペシャルドラマ 『ストロベリーナイト』 は非常に上手く作られていました。
エロやグロのところがうまい具合にオブラートに包まれていて、
本当にギリギリOKのところでフツーの刑事物のドラマとして成り立っていました。
キャスティングも見事です。
原作のシリーズを全部読んでしまって頭のなかに強固なイメージができていても、
ああこれこれ、この役はやっぱこの人だよねと思えるような配役でした。
『ビブリア古書堂の事件手帖』 には爪の垢を煎じて飲ませてやりたい)
主人公の姫川玲子に竹内結子というのははまり役でしたし、
捜査十係の面々もこのメンバーでOKでしょう。
(西島秀俊の菊田はほんのちょっとカッコよすぎるかなあ?)
ガンテツに武田鉄矢は、最初名前だけ聞いたときは意外でしたが、
武田鉄矢はガンテツになりきっていました。
武田鉄矢はこの役をやることによって役者の幅を広げられたんじゃないかな。
今泉の高嶋政宏も同様のファインプレーで、やらせてみたらみごとなマッチング。
生瀬の井岡や津川の國奥はそのまんまのはまり役でした。
原作を読んでから映像化したものを見るという非常に危ない順番でしたが、
違和感なくドラマを楽しむことができました。
あえて苦言を呈するなら、渡辺いっけいの橋爪管理官は戯画化しすぎ、
佐田倫子の国仲涼子はカワイすぎましたが、まあ全体としては許容範囲内でしょう。

それから1年以上経ってから連続ドラマ化されたというのは、
どういう裏の事情があったのでしょうか。
第2作の 『ソウルケイジ』 や短編集 『シンメトリー』、スピンオフ作品 『感染遊戯』
等に収められた諸作品をうまく再構成しながら全11話の連続ドラマに仕上げられていました。
シリーズのタイトルが 『ストロベリーナイト』 になってしまったのは、
ちょっと残念な感じがしますが、これもまあ仕方ないでしょう。
『ストロベリーナイト』 というのはスペシャルドラマ化された、
あの1作にのみ有意味なタイトルなのであって、
姫川玲子シリーズ全体を統合しうるタイトルではないのですが、
スペシャルドラマを1本だけ作っちゃったあとにシリーズドラマ化が決まったんでしょう。
この連続ドラマ 『ストロベリーナイト』 のDVDを順番に見ていって、
全6枚とうとう見終わったところなわけです。

最後の3話分が第2作の 『ソウルケイジ』 でした。
『ソウルケイジ』 はシリーズ中一番のお気に入りの作品です。
冒頭部分は切断された手首部分だけが発見されるという、第1作と同様のグロいスタートでしたが、
誉田哲也特有のどんでん返し等もありつつ、姫川玲子の推理が冴えわたり、
しかも全体としてはものすごいハートフルな人情物語に仕上がっており、
小説を読んだときと同様、ドラマでもおいおい泣いてしまいました。
昔、『ライオン・キング』 みたいな血縁親子ものの物語がキライだと書いたことがありますが、
私は逆に血の繋がっていない親子ものに弱いところがあるようです。
東野圭吾の 『カッコウの卵は誰のもの』 とかも泣いちゃったよなあ。

さて、映画はシリーズ4作目、長編では3作目にあたる 『インビジブルレイン』 です。
これはまた今までとはちがって別の展開になっていくので、
これがどう映画化されるのか楽しみです。
早く公開されないかな。

特に笑えない画像・補遺

2013-01-21 15:53:40 | 性愛の倫理学
しまった。

先日アップした特に笑えない画像ですが、

セットでアップしなきゃいけないもう1枚の画像があるんでした。

急いでいたからアップするの忘れてしまった。

ああ、悔しい

今さら付け足すのはとても間抜けな感じですが、

気がおさまらないのでアップさせていただきます。

ああ、ホントに悔しい。

まずはこれをもう一度ご覧ください。



これとセットにするべきだったのがこれ↓です。

















よくぞまあこんなことに気がついたもんだなあ。

本当にありがとうございました。

ちょっと笑える偶然の画像

2013-01-20 16:26:42 | 性愛の倫理学
今日も引き続き忙しかったので、ミクシィの 「笑える画像」 コミュから。

今日のは偶然の組み合わせによりちょっとエロくてちょっと笑えるかも。

まずはアーン。



今をときめくダルビッシュのアーンは貴重です。

続いておもらし。



ジャー。

失礼いたしました。

そしてゴックン。



爽やかな笑顔が印象的です。

最後は3枚組です。

これも偶然の産物です。

組み合わせと言えば組み合わせですね。

まずは遠景。



黒髪ロングの女性がTシャツにミニスカで歩いているんでしょうか?

脚が細いです。

もう少し寄ってみましょう。



あれ?

ミニスカじゃなくてショートパンツかな?

生足っぽいですね。

ヒールは履いてないみたいです。

長身なんですかね?

もっと寄って前にまわり込んでみたいところです。

グッと近づいてみましょう。
























見なければよかった(>_<)。

特に笑えない画像

2013-01-19 07:29:28 | 性愛の倫理学
いつものミクシィの 「笑える画像」 のコミュから、

でも今回は特に笑えるというわけではない、ごく普通の日常の画像です。

まずはこれ。



もちろんそんなところで遊んではいけませんよね。

よい子の皆さんは気をつけてください。

次のやつはまずはサムネイルでご覧ください。

そして、この画像をクリックすると写真は拡大します。



ただの朝の食卓風景ですね。

特にどうということはありません。

今日は忙しいので、特に笑えない画像をお届けしました。

『星の王子さま』 で本 de カフェ

2013-01-18 12:48:48 | 哲学・倫理学ファック
来週の日曜日、第4回 「本 de てつがくカフェ」 を開催します。

えっ? 「本 de てつがくカフェ」 ってもう第4回目になるんですか?

そそっかしいぢゅんちゃんがまた打ち間違えたんだろうと思って、

これまでのを指折り数えてみたら、たしかに 『dream body』『断食芸人』『動物農場』 と、

すでにちゃんと3回開催していて、今回が4回目でした。

通常のてつがくカフェも、特別編や本 de カフェやシネマカフェを除いて、

すでに14回も開催していますし、ずっと続けていると歴史は積み重なってくるものです。

始めたときは果たしていつまで続けられるんだろうと半信半疑でしたが、

皆さまの温かいご支援のおかげで着々と回数を重ねつつあります。

今後とも 「てつがくカフェ@ふくしま」 をなにとぞよろしくお願い申しあげます。

さて、今回取り上げるのは 『星の王子さま』 です。

不朽の名作ですが、実は私昨年初めて読んだばっかりです。

それをネタにいくつかブログ記事を書きましたので、おヒマだったら読んでみてください。

コメント欄でもけっこう重要なやりとりがありましたのでそちらもご参考にどうぞ。

この本には愛の問題ばかりでなく、生死の問題やプロフェッショナルの問題など、

いろいろなテーマが詰めこまれていますので、議論が盛り上がるのではないかと期待しています。

おそらく (私以外の) 誰もが若い頃に読んだことのある本なのではないでしょうか。

ぜひみんなで 『星の王子さま』 について哲学的に語り合ってみましょう!


第4回 「本 de てつがくカフェ」

課題図書 : サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 (出版社はどれでもOKです)

日  時 : 2013年1月27日 (日) 16:00~18:00

場  所 : サイトウ洋食店

            福島市栄町9-5 栄町 清水ビル2階・℡024-521-2342

費  用 : ドリンク代 300円 

参加申し込み : 事前申し込みは必要ありません。直接会場へお越し下さい。

問い合わせ先 : fukushimacafe@mail.goo.ne.jp

世界の食料の半分がゴミに

2013-01-17 23:14:25 | グローバル・エシックス
今日で 「科学技術と環境の倫理学」 の授業が終わりました。
最後のほうは大量生産・大量消費という現代社会のあり方について考えてきましたが、
ちょうどこういう時期にこんなニュースを見かけてしまいました。
これも全文をコピペしておきましょう。


世界の食料の最大半分がごみに、英団体が警鐘 (AFP=時事 1月11日(金)12時13分配信)

【AFP=時事】英国の機械技術者協会(Institution of Mechanical Engineers)は10日、世界で生産される食料のうち、最大で約半分に当たる20億トンもの量が廃棄されているとの報告書を発表した。

肥満人口が栄養不足人口を上回る、赤十字社2011年報告書

 報告書「Global Food; Waste Not, Want Not(世界の食料:廃棄を減らし、欲するのをやめよう)」によると、世界で年間40億トン生産される食料のうち、3~5割が消費されずに捨てられている。

 廃棄の原因は発展途上国でのインフラや貯蔵施設の不足、先進国での「1個買えばもう1個無料」キャンペーンや消費者のこだわりにあるという。

 廃棄量が最も多い国の1つは英国で、生産される野菜の約3割が「形が悪い」ためスーパーが買い取らないという理由で収穫されていない。また、欧州と米国の消費者が購入する食料のうち半分が捨てられているという。

 同協会のエネルギー・環境部門を率いるティム・フォックス(Tim Fox)氏は「これ(廃棄食料)は増加を続ける世界人口を支えたり、飢餓に苦しむ人々に与えたりできるはずの食料だ」と述べるとともに、食料の生産・加工・配送といった過程で使われる土地や水、エネルギー資源が無駄になっていることも指摘した。【翻訳編集】 AFPBB News
(引用終わり)


世界の食料の半分が廃棄されているってどういうことですか?
この記事の中で引用されている報告書に関する記事のタイトルも刺激的でした。
こちらもついでに全文コピペしておきましょう。
リンクは張っておきましたが、いつ元記事が削除されてしまうかわかりませんからね。


肥満人口が栄養不足人口を上回る、赤十字社2011年報告書 (2011年09月23日 12:24 発信地:ニューデリー/インド)

【9月23日 AFP】国際赤十字社(International Federation of the Red Cross)は22日、肥満人口が栄養不足人口を上回ったとする統計をまとめた2011年版「世界災害報告(World Disasters Report)」を発表した。

 食糧分配の不平等に焦点を当てた同報告書によると、2010年の肥満人口は15億人で、栄養不足人口は9億2500万人だった。

 赤十字社アジア太平洋支部ディレクターのジャガン・チャパガイン(Jagan Chapagain)氏は、インド・ニューデリー(New Delhi)で会見し「今や栄養過多による死者は栄養不足による死者を上回っている」と述べ、(栄養問題を)「両刃のスキャンダル」と表現した。

 同氏によると、栄養不足の問題は、世界的な食糧不足だけでなく、分配の偏りや食料の廃棄、食糧価格の高騰などに起因している。

 食糧価格は今年に入って世界的に高騰しており、08年の食糧危機時の暴動や政情不安の再燃が懸念されている。赤十字社は、価格高騰の背景には主に投機的取引と気候変動があると見ている。

 赤十字社は、新たな食糧価格の高騰が、深刻な飢餓や栄養不足をもたらし最貧層をさらに困窮させることになると警告を発した。(c)AFP
(引用終わり)


肥満人口が栄養不足人口を上回るってイタい話ですね。
ぼくがこんなにプヨプヨのお腹でいられるのは、
世界のどこかにお腹を空かせている人がいてくれるおかげなんですね。
食料が先進国に偏って集まってしまったり、ましてや捨てられてしまったりすることなく、
世界中に均等に行き渡れば、栄養不足の人はいなくなり、
ぼくのお腹も引っ込んでくれるのでしょう。
自分のお腹を見ながら、これからも毎日、環境問題、南北問題について考えていきたいと思います。

こういう死に方

2013-01-16 17:42:44 | 生老病死の倫理学
第二次大戦後まもなくの頃はほとんどの日本人が自宅で死んでいました。
これがしだいに病院で亡くなる人の数が増えていき、1977年に逆転し、
2000年では83%の人が病院で亡くなっています。
現在は病院で死ぬのが当たり前という時代になっているわけです。

さて、先週1月10日に亡くなったうちの伯母ですが、
これが現代では考えられないような急死でした。
昨年の夏に米寿のお祝いをして、そのときは元気にみんなと会食していました。
(そのとき撮ったのがあの目のアップの写真です。)
食べる量も飲む量も減ったとは言っていましたが、
3姉妹の長女としていつも通りのホスト役を務めていました。
(女性だからホステスと呼ぶべき? なんか意味が変わるような…。)
ところがその後体調を崩し、寝込んでいることが多くなっていたそうなのです。
食がものすごく細くなって、味覚障害も出ていたようです。
それでも伯母は病院には行きませんでした。
昔から病院がキライだったそうです。
病院に行って病気が見つかるのがヤだという理由です。
まあわからないではありませんが、それをホントに実践しちゃうってのはスゴイです。
で、年末から新年にかけてはそれまで欠かさなかった家事もできなくなっていたそうです。

新年明けて1月2日に親族が集まって新年会を開きました。
長年ずっと欠席したことのなかった伯母さんが初めて欠席でした。
途中で電話をかけてみんなで順番に新年の挨拶をし、
春頃、快気祝いの会でも開こうねなんて相談していたのです。
その後、食事を全然食べていないという話を聞いたうちの母が心配して、
食べられないなら病院でも行って点滴打ってもらえと強く勧めたところ、
近くの病院は2日後でないと診てもらえないとのことで、
翌々日に病院に行ったのだそうです。
行くときはもう自分では歩けなくて、
同居している一人息子 (私の従兄弟) に車椅子で連れて行ってもらったそうです。
2本打つ予定でしたが、1本打ち終わったところで 「もういい」 と帰りたがり、
「何か悪いところがあったらまた来てください」 とお医者さんに言われて帰ってきました。
それが1月9日です。
その話を聞いて、母は私に 「おばちゃん、もう長くない気がする」 と電話してきましたが、
私としては別にお医者さんに病気ですと言われたわけでもないし、
ホントにやばかったらうちに帰したりしないでしょうと母の言葉をまったく聞き流していました。
その翌日、伯母は亡くなったのです。

夜中の4時頃、あれだけ病院ギライだった伯母が従兄弟に、
「ちょっと具合悪いから救急車呼んで」 と頼みました。
救急車が到着するのに10分くらいかかったそうです。
そして、やってきた救急隊員が伯母の様子を調べて、
「もう亡くなっていますね」 と言ったのだそうです。
それから蘇生術とかを施しながら病院まで急送しましたが、
「D・O・A (Dead On Arrival、到着時死亡)」 の診断が下されました。
もうビックリです。
人間ってこんなにあっけなく亡くなってしまうんでしょうか?
10分前に自分で救急車を呼んでと頼んでいた人が、
たった10分のあいだに死んでしまうなんて。
入院どころか通院もしないまま、何の病気かも知らずに死んでしまえるなんて。

変死というカテゴリーに入るらしく、警察の取り調べもあったそうです。
現代においてはそれくらい珍しい死に方ということですね。
しかし、葬儀の最中には親族のあいだで、
「いい死に方だったね」、「大往生だったね」、「○○ちゃんらしい」
等々の賛辞が交わされました。
伯母と従兄弟は母1人子1人で、ずっと親子2人で暮らしていたのですが、
一人息子になんの面倒もかけることなく、介護などまったく世話をしてもらうことなく、
本当にフッといなくなってしまいました。
何の前触れもなく急にお母さんを失った従兄弟は精神的には相当参っているようですが、
少し落ち着けば、こんなに子孝行の親はいないということに気づくでしょう。
伯母はけっこう我慢強い人だったらしいのですが、
残念なのは、最後の数ヶ月間、
痛みや苦しみはあったのかなかったのかを聞けなかったということです。
あったとしたらそれはみごとに隠し通していたということですし、
なかったとしたらそれは本当に大往生です。
わが親族ながら、こういう死に方もあるんだあと教えられた、
現代ではまれに見る、潔いカッコいい死に方でした。

都会のお葬式

2013-01-14 13:39:11 | 生老病死の倫理学
東京で伯母の葬儀に参列してきました。
都会のお葬式はなんだかいろいろと勝手が違い、驚くことが多かったです。
例えばこういうのはフツーなんでしょうか?



ポータブル焼香箱です。
お通夜や告別式のときのお焼香といえば、読経の最中にみんなで祭壇の前に行列して、
遺族から順番にお焼香していくものだと思っていましたが、
今回は私たちが行列するのではなく、お焼香箱のほうがやってくるというシステムでした。
下に車のついた台の上に焼香箱が載っていて、
斎場の係の人 (台を押している人) が持ってきてくれるのです。
写真は初七日の法要のときですのでちょっと雰囲気がつかめないかもしれませんが、
こんなふうに↓こちらは座ったままで、焼香箱のほうがやってきてその場でお焼香します。



しかし、一番驚いたのは火葬場でした。
葬儀にはけっこう参列していますが、火葬場まで行く機会ってそれほどあるわけではありません。
今回、伯母の葬儀ということで久しぶりに火葬まで立ち会ったのですが、
都会の火葬場ってものすごいなと思いました。

今回利用したのは四ツ木斎場というところでしたが、
まず何がすごいって住宅街のど真ん中にあるのです。
父のときは横浜で葬式をあげ市内のどこかの火葬場に行ったのだと思いますが、
どこだったか定かではありませんが、そこそこ山の中というか、
人里離れたところに火葬場はあったような記憶があります。
ところが今回は東京ですから、葬儀場からいくらバスで走っても、
いつまでたっても市街地の中なのです。
こんな調子でいつになったら火葬場に着くんだろうと思って煙突を探していたら、
まったく思いもかけないようなところにバスは入っていきました。
煙突なんて見当たりません。
そして、焼き場の建物のすぐ脇に隣のマンションが建っているのです。
煙や臭いはどうなってるんだろうと気が気でなりませんでしたが、
滞在時間が短かったのでいろいろと取材してくることができませんでした。

その滞在時間が短いという点が第2の驚きでした。
とにかくすべてが流れ作業のようにスムースです。
霊柩車とバスが玄関に着くと、担当の係の女性が待ち構えていて、一行を整列させます。
その間に係の男性数名が棺と位牌と遺影をあずかり、
玄関入ってすぐのところにある焼き場に運んでいきます。
玄関のところに 「写真撮影はご遠慮ください」 の掲示が出されていたので、
写真を撮れなかったのが残念でなりませんが、
火葬炉の前でいったん棺を停め、ほんの数分間遺族と最後のお別れをします。
そして、棺を閉じ炉に納めすぐに点火です。
同行した住職が短いお経を唱える間にみんなでお焼香をしたら (ここでは4列の行列を作った)、
先ほどの女性係員の案内で待合室へと連れて行かれます。
こちらは火葬炉は9つあるらしく、バスは何台も停まっていて、
焼き場のあたりには何組も団体がいましたが、混乱することもなくすべては整然と進行します。
待合室も炉の数と同じくらいあって、それぞれ70~100人くらい入れそうな大きな部屋で、
どの団体がどの部屋かもあらかじめ割り振られておりそこに通されます。
5~6人ずつ座れるテーブルにはビールやジュースやウーロン茶の瓶と、
お饅頭やらチーズ鱈の袋が置かれており、焼き上がるまでそこで待ちます。
係の女性はずっと付いてくれていて飲み物がなくなると持ってきてくれます。
飲み物類は飲んだ分だけの精算で、食べ物類は込みになっているらしく、
残ったお饅頭などを持って帰るためのビニール袋までくれました。

当初、火葬場では1時間半くらいの時間が見込まれていました。
それでも十分短いなと思っていましたが、
待合室で待たされた時間は正味30分もありませんでした。
父のときも祖母のときもここで延々と飲み続けてベロベロになった覚えがあるのですが、
ひとり1本も飲まないうちに 「収骨の時間ですので下にお戻りください」 と呼び出しがかかりました。
炉の脇に収骨用のスペースが2箇所ほどあり、そこでお骨を壺に収めていきます。
30分もかかっていないというのに、棺やその他もろもろは完全に消失して、
みごとに遺骨と、棺に使われていたいくつかの金属片だけになっていました。
不謹慎な言い方になりますが、まるで料理番組のようです。
「はい、こちらにあらかじめ焼いておいたものをご用意しておきました。」
それぐらい、このほんのわずかな待ち時間のあいだにあれがこれになったとは、
とうてい信じられないようなスピーディさ、お手軽さなのです。
そうして収骨の係の人も、あくまでも丁寧に、しかしむちゃくちゃスピーディに、
遺骨を骨壺に収めて喪主に渡し終了です。
最後はバスで同行した葬儀場の女性がみんなを整列させ、バスまで案内して乗車させます。
ここまで丸1時間もかかりませんでした。
四ツ木斎場のパンフレットをもらってくる余裕もありませんでした。

本当にみごとな流れ作業です。
すべての応対も所作もひとつひとつとても丁寧ですので文句は何ひとつありませんが、
それにしてもものすごいスピードなのです。
都会の火葬場はこうやって数をこなしていくんだなあと思いました。
火葬場に向かうバスに乗る前に、
「コート類は置いていっていいですから」 と言われた意味がよくわかりました。
以前の葬式のときは火葬場で待たされてものすごく寒い思いをした覚えがあるのですが、
そんな心配はまったく要りませんでした。
寒さに震えているヒマなどまったくないのです。
おかげさまで不便・不快な思いはまったくせずにすんだのですが、
ただなんだかとにかくせわしない感覚が妙に残りました。
近代合理主義者の私としては、
一切のムダを省いたこのスピーディなシステムをものすごく賞賛しているのですが、
その一方で、本当にこれでいいのだろうかという逡巡も拭えません。
この問題については、いろいろな形式を経験してみてから結論を出したいと思います。
さて、福島の葬儀はどんな感じなのでしょうか?
福島に親族はいないので私が火葬場まで行く機会はそうそうないだろうと思います。
ご存知の方、いろいろと教えていただければと思います。

おそるべしっ銀座!

2013-01-13 06:55:23 | 飲んで幸せ・食べて幸せ
昨日は銀座の松屋にちょっとお買い物に出かけました。

用がすんだら時間帯はちょうどお昼どき。

朝食をしっかり食べていたせいでまだあまりお腹は空いていなかったのですが、

その後のスケジュールを考えるとこのタイミングで食べておかないと、

お通夜が終わったあとの会食まで食事をする機会はまったくなさそうです。

といってレストラン・フロアまで行って行列に並ぶほどの情熱はなし、

どうしようかねぇと言いながらエスカレーターに乗っていたら、

婦人服売り場の階の片隅にこんな感じのカフェを見つけました。



こういうところでサンドイッチなどを軽くいただくぐらいが腹具合的にピッタリですし、

幸いお店はまだ空いてるみたいです。

素晴らしいっ!

全然探し回ったわけでもないのに最適のお店を見つけちゃったよと、

自分たちの幸運を喜びながら勇んでお店に入っていきました。

入ってから気がついたのですが、ここは 「CAFFE CHIANTI」 という店で、

キャンティと言えばイタリアの有名なワインではありませんか。

当初はまったくそんなつもりはなかったのですが、

せっかくだからグラスワインの1杯ぐらいいただいちゃおうかなという気分になってしまいました。

キャンティと言えば当然赤ワインだし、そうするとサンドイッチじゃないなあということで

パスタを頼むことにして、トマトソースのパスタを選択しました。

というわけでもともとの計画とは打って変わってこうなりました。



さて、問題です。

婦人服売り場の片隅に設けられたオープンスペースでいただくこの昼食、はたしていくらでしょうか?

トマトソース・パスタとグラスワイン1杯のお値段です。

シンキング・タ~イム!



ヒントその1。

セットメニューではありません。

いずれも単品のお値段です。

この他にセットのコーヒーが付いてきたりすることはありません。



ヒントその2。

解答は税込み価格でお答えください。

ただし税抜き価格はどちらもピッタリ100円単位のお値段です。





答えは出たでしょうか?

それではいよいよ正解の発表です。

ダラダラダラダラダラ……(ドラムロール)。





正解は、「2,310円」 で~す!

トマトソース・パスタが1400円+消費税70円。

グラスワインが800円+消費税40円。

合わせて税込み価格2,310円が正解でしたっ。



おいおい、マジですか?

そんな本格的に食事をする気はなくて、ちょっと軽食をいただくだけのつもりだったのに…。

おそるべしっ、銀座!

パスタなんてほんの少量です。

たぶん80gあるかないかくらいです (昨日の腹具合的にはちょうどよかったのですが…)。

トマトソースはたしかに美味しいけれど、まったくのシンプルなトマトソースで、

特になにか魚介類とかパンチェッタなど高価そうな具が入ってるわけではないんです。

パスタ専門店に行っても1,400円も出したらものすごい豪華なの食べられますよね。

グラスワインはレジの人に確認したところ、たしかにキャンティでしたが、

(メニューには 「グラスワイン 白 ・ 赤」 としか書いてなかった)、

キャンティだって別にそんなに高いワインじゃないですよね。

福島のワインバーに行って1杯800円のグラスワインを頼んだら、

けっこういいワインが飲めるんじゃないでしょうか。

場所代ですかっ?

そんなに銀座は土地の値段が上がってるんですかっ?

まあ、注文する時点でこの値段だというのはわかっていたので別に文句はないんですが、

都会の物価に打ちのめされる昼食となりました。





P.S.

この記事を書くために調べてみたら、こちらのお店は、

伝説のイタリアン 「CHIANTI」 の直営店のようでした。

たぶんご存知の方はご存知で、だから正解を聞いても驚かれなかったかもしれません。

1960年からやってる老舗で、小説とかにも出てきてしまうほどだそうです。

妻も最初から知っていたそうです。

田舎者の私が知らなかっただけなんですね。

たいへんお見それいたしましたっ