まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

看護教員の卵に病気が教えてくれたこと

2016-06-30 18:57:21 | 生老病死の倫理学
昨年度から相馬の看護学校で始めた 「病気が教えてくれたこと」 のワーク

看護教員養成講座でもやってみました。

2週目の帰りがけに、例の本から4つぐらいエッセイを抜粋したプリントを配布し、

ワークシートも一緒に配って、読んだ感想と、

自分が病気から教わったことについてのエッセイを書いてくるように宿題を出しました。

そうしたらみんなワークシートの小さいスペースにびっしり書いてきてくれて、

中には数名、別紙参照ということでワープロで打ち込んできてくれた人もいらっしゃいました。

さすがにその場で書かせるよりも力のこもった作品が集まりました。

しかも、人生経験が豊富なだけに自分や家族が大病を患ったことのある人も少なくありません。

単純に病気が大きければ学びも大きくなるということではないのですが、

やはり経験に応じて病気から教わることの質も変わってくるのでしょう。

というわけで力作揃いの発表会となりました。

グループ内で発表しあったあと代表作を選んでもらい、

朗読係の人に全員の前で読み上げてもらいました。

こんな感じで発表会らしい演出もし、前でマイクを使って朗読してもらいます。



代表作は7つ集まりましたが、個人情報等の関係でブログ掲載不可という作品もいくつかあったので、

班の代表作と、まさおさまセレクトと区別せずにいっぺんにご紹介しちゃいます。


「父が病気になった時、私は親元から離れて暮らしていた。母の 「大丈夫だから、無理して帰ってこなくていいよ」 という言葉に甘え、私が帰省したのは、父が入院して1ヶ月が経とうとしていた。
 帰省した時、母と久しぶりに色々話をした。その時、父の兄から責められたこと、父の病気のこと、本当は帰ってきて欲しかったということなど、母の想いや考えを知り、1人で大変だった事を考えた時、私はとても後悔した。
 だが母は、私が思っている以上に強く、前向きに考える人だったので、私が帰省した時には、すでに病気を受け入れ、「自分がどうにかする」 と覚悟を決めていた。その後、母の看病と治療の甲斐あり、父は1度再発しただけで、現在では内服薬もなく定期健診だけで済んでいる。
 現在私も家族を持っている。夫は病気を患っており、当初は、私1人でどうにかしようと思っていたが、上手くいかなかった。そんな時、「早くよくなるように、家族でサポートするよ」 と母が強く言ってくれた言葉がありがたかった。
 普段は口うるさい母親としか思っていなかったが、父や夫が病気になった時の 「母のたくましさ」 を感じ、家を支える女性は、こうありたいと強く感じた。まだまだ母の足元におよばないが、母に近づけるように日々頑張りたい。」


「あれから何年経つだろう。仕事に疲れ、家事・育児に疲れ、無気力で、生きている意味を見失いそうになっていた。そんな矢先の出来事。同居している義母が肺炎で入院。翌日、息子がインフルエンザに感染し、学校へは出席停止となった。もちろん私も、である。その日からの生活は一変。家族一人ひとりの役割は増えたが、お互い協力し、助け合える関係になった。絆が深まった気がした。怒ってばかりいた私も、いつの間にか本来の自分を取り戻し、心から笑えるようになっていた。
 その時の想いを、息子は、数年後の中学の卒業式に手紙で伝えてくれた。「苦しんでいる時に助けてもらったことに感謝しています。今まで15年間育ててくれてありがとうございました」と。私は、涙が止まらなかった。
 生きていることの意味や、子供にとっての母親の存在の重大さを改めて考え直すことが出来た。それは、病気が教えてくれたのだと、私は信じている。」


「6年前の夏、私は病気を得て手術をした。麻酔からさめて朦朧としながら、家族の声が聞こえた。どうやら生きて病室にもどったことがわかった。いつからそうされていたのかはわからないが、手が握られていて、握っているのは息子の手だとわかった。肉厚で少し湿っていて温かい。息子の心根が伝わってくるようで、とてもうれしかった。「おかあさんが、痛い痛いって言いまくってますっ!」 ナースコールしているらしい。いつになく真面目な、切羽詰まったような口ぶりとへんな日本語が少しおかしかった。
 息子は中学3年生。何でも話してくれて気持ちが通じる姉とは違い、中学生になってめっきり言葉数が減って何を考えているのかわからず、男兄弟のいない私には先が読めず、たまに話すと言い争いになってしまう気の重い存在だった。小さな頃は甘えん坊で、女の子とは違った可愛らしさがあっただけに、思春期の変貌ぶりに閉口していた。
 ある時息子が私に 「うるせぇ」 「くそばばあ」 と言い、翌日口の周りにアザを4個付けて学校に行ったことがあった。私に口をつねられたのである。その日の夜、「おめぇのかあちゃん、気合い入ってんなぁー」 と友達に言われたと小鼻を膨らませていたよと夫は笑いながら言っていたが、私の気持ちは晴れなかった。すれ違いが続いた。
 私の手術は、そんな何年かを過ごしていた矢先のことであった。
 手術から2日後、私は歩けるようになり、息子は猛暑日の中、毎日自転車で30分の道のりをやって来ては、一緒にアイスを食べながらテレビを観て帰って行った。
 母親になってからずっと二足のわらじで、「早く、早く」 と言いながら子育てしていた。風邪をひいたことがなかった。幸か不幸か病気ですべて投げ出せた。そこがたとえ病院でも、子供たちとだらりと寝そべり、アイスを食べる時間はかけがえなく、心地よかった。
 退院後、何事もなかったように、元の受験生とその母の生活に戻った。しかしもう言い争うことはなくなった。
 それは息子が、親はいつか死ぬ存在だと知ったからかもしれない。しかしそれ以上に、少しだけ死を意識した私が、息子の手の温もりでその存在に気づかされ、子供たちの方に向き返れたことが大きかったのかもしれない。
 病気は思いがけない気づきをもたらす。あながち悪いことばかりではないのである。」


「突然、右腕に違和感があった。気のせいかな、いつものように出勤する。字も書ける。箸も持てる。ただ違和感がある。そのうち指先が痺れる。手を使う時かばうようになった。なんだろう。こんな時、看護師だからかなあ、悶々と病名が駆け巡り、余計な事を考える。脳かな、頸部かな、なんだろうと数日が過ぎる。不安が募り、深夜勤中、先輩看護師へ話すと、「朝、先生が早く来るから相談すると良いよ」 とアドバイスをくれた。回診後、足早に階段を降りていく先生を先輩は追いかけて呼び止めてくれた。先輩に感謝。弱気な自分。
 頸部のMRI検査をする。今日は白衣じゃない、病衣を着て検査室へ。検査ってこんなに不安なものなのだ。患者さんの気持ちを分かっていたつもりだった。検査中、看護師さん、技師さんが何度も声をかけてくれる。医療の仲間に感謝、患者さんの大変さに改めて気づいた自分。右手の違和感を気にかけてくれる家族に感謝。心配かけたくなくて、なかなか言い出せなかった自分。
 頸部圧迫あるけど、日常生活に気をつければ良いと、痺れも徐々に良くなった。病気は自分を不安や弱気にさせる。だけど家族、仲間にありがとうと感謝の気持ちを持たせてくれる。患者さんの気持ちも知ることもできた。病気は色々な気持ちを運んでくる。ちょっと立ち止まらせる機会をくれる。悪化しないよう気をつけよう。無理しないよう気をつけよう。」


「子どもの病気から教わったこと
 生まれて初めてのお正月、家族皆で楽しく過ごした。年が明けるとあなたは保育園デビューで、私は仕事復帰予定だった。しかし年明け早々、あなたは熱を出しまるで保育園に行きたくないのかな?と母を不安にさせた。かかりつけのお医者さんに行って風邪薬をもらって飲んだけど、熱は次の日も下がらない。いつもは熱さましを飲まなくても、熱は自然に下がったけど、今回は全然下がらない。3日も熱が続くと、さすがにあせる。
 他の病院にも行って診察してもらっても 「風邪だね」 と言われる。だったら、どうしてよくならないの?と不安になり、泣けてきた。
 38.0°Cを超す熱が毎日続いて、時々だるそうな、あなたの顔を見るのがつらかった。うっすら体に発疹らしきものも出てきて、母はもしや…と思ったよ。そして、かかりつけの先生のところに行ったら、「川崎病ですね、入院が必要です」 って言われたね。熱がでて5日目のことだった。やっと本当の病気が分かった瞬間だった。ずっとつらそうだなとあなたをみてたから、言われた時は怖かったけど、本当の病気が分かってちょっとほっとした。でも、仕事復帰もしなくちゃいけないって焦ってたから、母もどうしていいか分からず気持ちだけが焦ってしまったよ。でもね、あなたが良くなるためには、病気と闘うしかない!って思ったから、メソメソしてられない!て思ったんだ。だから一緒に入院して頑張ろうて思った。入院して、点滴したらすぐよくなった。3週間後、無事退院して、あなたは保育園デビューできたね。3週間の入院で、人が健康でいるってことはありがたいことだなって感じたんだ。あなたの病気で母もいっぱい学んだよ。これからはもっともっと心も体も強くなってあなたを見守っていくからね。」


「私は以前、眼底出血で視力を失いかけたことと、突発性難聴で突然両耳が聴こえなくなった経験をした。眼底出血の時は娘が生まれ生後6ヶ月目に入ったときだった。新聞を見ていて、新聞の上半分が見えず視野が狭くなっていることに気づいた。痛みも全くなくすぐ治るだろうと軽い気持ちで受診したところ、視力を司る部分が大量に出血しているため、失明の恐れがあると説明され、すぐ治療を開始することとなった。生後6ヶ月の娘に、まだ授乳をしていたので、内服もしなければならず、母乳からミルクに変更せざるを得ない状況で、娘に対し申し訳ない気持ちと、失明してしまうかもしれないという恐怖で毎日不安な日々を送っていた。すぐ治療できたことで失明はまぬがれることができた。しかし見えなくなった視野が回復するまでには3年程の時間がかかった。今は問題なく日常生活を送ることができているが、また突然見えなくなってしまうのではないかと不安になることがある。
 私は生死にかかわるような大きな病気ではないが視力を失いかけたことで、突然襲いかかってくるでき事の恐ろしさを体験することができた。この貴重な体験は同じ思いをしている方がいるならば、不安な気持ちをほんの少しかもしれないがりかいできるような気がする。現在、看護教員として働く中で実体験を学生に伝えることができる。辛い経験ではあったが、今はその経験を生かして生活できることに感謝している。」


「「普通に歩けなくなるかもしれないって言われたんだよ」 と母は口ぐせのように私を話す。2才の頃、股関節の病気をして、私の左股関節は変形している。だが自分で歩くこともできるし、何か薬を内服しているわけでもない。ただ人生のふし目ふし目で必ず足が原因であきらめたり、あきらめかけたりしたことは多々あった。学生時代の部活動、看護師という仕事、結婚・出産。少しずつあきらめたり、おりあいをつけたりしながら、今まで生きてきた。でも今考えると ”リスクがあってもやりたい” という覚悟をする試練だったのかもしれない。
 私の足は一生治らない。でもまっすぐ歩けなくても、私にとっては 「普通」 に歩いている。妊娠も出産もがんばりぬいてくれた。「普通じゃない」 と言われながら34年間がんばってくれているこの足に今は 「ありがとう、これからも一緒にがんばろうね」 と言ってあげたい。」


「祖父が胃ガンで亡くなったのは私が看護師として働いて4年目の時だった。体調を崩し、病院で検査をした時には、もう末期の状態であった。抗ガン剤を内服したが副作用が辛く、体力を失っていく祖父に対して、祖母、母、おじ、おばが出した答えは 「もう何もしない」 という消極的安楽死の決断だった。告知をせずに入院していた祖父は不満も痛みも何も言わず、ただただ入院をしているように見えた。母はできる限り、お見舞いに行っては祖父の好きなものを差し入れたり、ガンに効くと言われるサプリメントを飲ませたり、祖父がして欲しい事を何でもした。しかし、何も食べられなくなっている祖父に1日500ml1本の点滴がどういう事かを看護師の私は解っていた。日々やつれていく祖父を見ながら、私は孫としての目線と看護師としての目線の両方から見ていて複雑な気持ちだった。「このままじゃおじいちゃん死んじゃう。もっと点滴してあげて」 「でも何もしないって方針なんだよね」 「おじいちゃんは何も知らないまま死んでいくのかな」 と様々な思いがかけめぐった。数日後、祖父が亡くなった時、家族は深い悲しみにつつまれ、母の泣く姿を今でも忘れない。母が言った。「死ぬのは解るけど、1日でも1分でも長く生きてて欲しかった。おじいちゃんはずっと私にとってはお父さんなんだよ」 という言葉に、家族の死を迫られた時の家族の心境は絶えず揺らぐもので、決断したとしても本当の決断ではない事を感じた。誰かの人生を誰かが決めること、ましてや家族にとっては、それは重圧な事である。そして親の死はどのような状態であっても決して受け入れ難い事を教えられた。」


「妊娠して間もない頃、夜勤中に出血と、動くのも辛い腹痛に襲われた。我慢しながら仕事をしていたが、徐々に痛みは増し朝方には歩けなくなってしまった。その後病院に行くと 「切迫流産。どうなるかは分からない。薬を飲んで家で安静に過ごして経過をみていくしかない。」 と言われ自宅での安静を余儀なくされた。
 家に居て安静にしていると、今まで行っていた日常動作全てが当たり前のことではなく、出来ていたことが幸せなことだったと気付いた。また、大変だと嘆いていた仕事も行けなくなると寂しいような気持ちにかられ、仕事がある幸せを感じた。そして、仕事復帰すると再度出血し再度安静を余儀なくされた。動けることが幸せで、仕事をしているとついつい自分のことは二の次にして無理してしまう自分がいたが、無理は禁物だと実感した。また、無理をすることでこんなにも自分やお腹の子に影響が出て、人間って強くないんだと気付いた。それからは、無理せず家族や職場の方々、友達など色々な人に甘えることが出来るようになった。
 その後何度か休職を繰り返しながら出産した。人が生まれるということ、生きるということは当たり前のことでもなく、簡単なことでもないことが身に染みて分かった。自分がみんなを頼れるようになったのも病気になってからだ。みんなが私を支えてくれたことで息子は無事誕生することが出来た。そして、最近4歳になった息子。みんなのおかげでここまで元気に育ち、毎日一緒に過ごすことが出来ている。本当に有り難い。
 これからも、無理せず、程よくみんなに甘えながら当たり前じゃない毎日を大切に過ごしていきたい。また、甘えるだけでなく私たちもみんなの支えになれればと思う。」


「あなたの 「夢」 がかなうように
                          あなたの成長を愛しむ叔母より
 あなたに初めて会ったとき、お腹の胃瘻からミルクとお薬を注射器で入れていて、口から食べると吐いちゃうけど、自分で食べることをあきらめないことを知った。
 あなたに初めて会ったとき、両腕を足の代わりにしてあちこち動き回っていて、まだ足の筋肉が弱いけど歩けるように頑張っていることを知った。
 あなたに初めて会ったとき、唇が真っ青でびっくりしたけど、元気な笑顔を見せ大丈夫だよって安心させていたことを知った。
 あなたは生まれてからずっと入院していて会えなかったけど、初めて抱っこして小さな体で毎日頑張っていたことを知った。
 あなたはたくさんの検査や手術で入院しても、お利口さんで看護婦さんの人気者だったけど、寂しいことを我慢していたことを知った。
 あなたは時々激しく泣いて、いい子に疲れたことを小さな体で大人たちに伝えていたことを知った。
 あなたがだんだん歩けるようになって、お口から食べるようになって胃瘻がとれ、本当に頑張ったね。すごいね。偉かったね。
 あなたがランドセルをしょって元気に小学校に行って、お友達もたくさんできてみんなとお勉強していることを教えてくれたね。
 あなたが私に将来の夢は 「看護婦さん」 って教えてくれたね。すっごく、すごく嬉しかったよ。
 あなたは身をもって私にたくさんのことを教えてくれたね。どんなに小さくても病気と向き合い、生きる力と強さがあるってことを。そして、夢に向かって進むことを。
 また、すこし背が伸びたね。また、いっぱい、いっぱいお話聞かせてね。そして、あなたの夢がかなうように祈っているね。」


本当は全部ご紹介したいところですが、とりあえず以上10作品だけにしておきます。

ウルウル来てしまいますね。

皆さん、ありがとうございました。

実はちょうど今日、久しぶりに相馬の看護学校へ行って、同じワークをやってもらいました。

こちらは宿題ではなくその場で書いてもらったのでみんな苦労していましたが、

短い時間のなかでなかなかいいエッセイを書いてくれていました。

これも近々発表していきたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.生まれ変わったら何になりたいですか?

2016-06-29 14:46:05 | 哲学・倫理学ファック
相馬の看護学校の 「哲学」 は実習の関係でまるまる4週間空いてしまいました。

その間、看護教員養成講座や福大の 「倫理学概説」 でいただいた質問にばかり答えていましたが、

明日から相馬の看護学校の授業が再開されるので、

相馬でいただいていたご質問に久しぶりにお答えしてみたいと思います。

今回は 「生まれ変わったら何になりたいですか?」 という質問です。

この問い、すでにお答えしたことがあったような気がしていたんですが、

ブログ内検索してみたところ、ちょっとずつニュアンスの異なる質問にはお答えしていたものの、

ズバリこのままの問いには答えていなかったようです。

生まれ変わったら何になりたいか、ですか…。

ふーむ、まずは前提としてここ↓に書いたことを踏まえておいていただきたいと思います。

  「Q.人は死んだらどこへ行くのだと思いますか?」

要するに、例の5個の選択肢のうちの1番目 (=「A.何もなくなる」) を信じているわけです。

ですので 「B-c.別の人間や動物として現世に生まれ変わってくる」 とは信じられないのです。

なぜ輪廻転生を信じられないのかについてはこちら↓にもう少し詳しく書いておきました。

  「Q.人間は死んだらコオロギになると思いますか?」

というわけですので生まれ変わり自体を信じていないというのを前提に、

以下のお答えは読んでいただければと思います。

あと、何に生まれ変わりたいかではなく、もうちょっと限定してこんな質問もいただいたことがあります。

  「Q.生まれ変わるなら男と女どちら?」

ここで書いたのは、できれば女に生まれ変わりたいけれど、

ただ生まれ変わっちゃったら男と女を比べることができないので、

男のときの記憶を保ったまま女に生まれ変わりたい (入れ替わりたい) ということでした。

先のコオロギの記事でも似たようなことを問題にしていました。

コオロギに生まれ変わってきたときに前世の人間のときのことを覚えているのだろうか、と。

けっきょく生まれ変わり説 (輪廻転生説) の1番の問題はそこだと思うんです。

前世の記憶があるのかないのか?

もしも前世の記憶がないのだとしたら、たとえ生まれ変わってきたとしても、

生まれ変わってきたということがわからないわけですから、

主観的にはそれが初めての生ということになるわけです。

すると前世と現世を比べることができないので、何に生まれ変わってこようが関係ないですよね。

とにかく私としてはせっかく生まれ変わってくるのであれば前世と現世を比べてみたいんです。

男として生きることと女として生きることの違いを。

人間として生きることとコオロギとして生きることの違いを。

それを比べることができないのだとしたら、生まれ変わってみても何にも面白くないじゃないですか。

というわけで今回の質問には以下のようにお答えしたいと思います。


A.もしも生まれ変わったら、何でもいいので前世の記憶を保持している存在者になりたいです。


うーん、今回も哲学的な答えだったなあ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

福島大学に期日前投票所設置!

2016-06-28 16:56:19 | グローバル・エシックス
いよいよ今度の7月10日 (日) は第24回参議院議員普通選挙です。

争点隠しされていますが、日本から基本的人権が失われるかどうかの瀬戸際です。

まだ参政権が残されているうちにきちんと選挙権を行使しましょう!

今回から選挙権年齢が18歳に引き下げられたのを契機に、

若者の投票率向上のため、福島大学内に期日前投票所が設置されることになったそうです。

期間が短いですし、福島市民だけしか利用できませんが、

利用できるし必要な人はぜひ利用してみてください。


「【お知らせ】期日前投票所設置について

 公職選挙法の一部改正により、選挙権年齢が引き下げられたことから、若者の投票率向上に向け、
第24回参議院議員通常選挙において、本学構内へ下記の日程で期日前投票所が設置されます。
 つきましては、3月21日以前から福島市に住民票があり、引き続き福島市にお住まいの教職員
も対象となりますので、投票日(7/10)に都合がつかない際は、是非、本学構内期日前投票所をご
利用ください。

○期日前投票所設置日時・場所
 6月30日(木)、7月1日(金) 
 10:00~17:00
 大学会館 大集会室

※なお、このメールは一斉送信により、期日前投票所対象区域外にお住まいの皆様にもお送りして
おります。どうぞご容赦ください。

****************************************
福島大学学生課
〒960-1296 福島市金谷川1番地
TEL 024-548-5304
FAX 024-548-7681
Email gakusei@adb.fukushima-u.ac.jp
****************************************」


実際のところ、福島市に住民票のある学生は別に学内に期日前投票所が設けられなくても、

投票に困ることはないと思うので、全国どこに住民票のある学生でも利用できるような、

期日前投票所を作ってもらえるといいと思うのですが、

それは次回以降に向けて選挙管理委員会の人々に考えてもらうことにしましょう。

実家に住民票があって7月10日までにどうしても帰省することができないという人には、

こんな方法がありますからぜひ実践してみてください。


「住民票を今いるところに移してないから投票行くのムリ」→いまいる場所で投票する方法


こんな裏技を使えば福島市民以外でも福島にいたまま投票できるのです!

さすがに学内の期日前投票所でこれをやるのはもうギリギリ間に合わないかもしれませんが、

期日前投票所はあちこちにありますので、ぜひこの方法で投票してみましょう!

特に私の講義を取っている人、中学校社会科や高校の地歴・公民の免許を取ろうとしている人、

そもそも教員免許を取ろうとしている人たち、

学校教育の根幹には 「公民としての資質」 の育成が掲げられているのですから、

まずはあなた方自身が公民としての使命を果たしてください。

選挙にも行かないような人に教員免許なんてあげたくないし、

ぼくの授業の単位もあげたくないです。

初めての国政選挙で棄権デビューなんていう怠慢な日本人にだけはならないでください。

権利は行使しないと失われます。

そんなのは権利に関するイロハで当たり前のことだけど、

今や、人権すら行使しないと失われかねない世の中になってしまいました。

また今度なんて思ってると、実はこれが最後のチャンスだったなんてことにもなりかねません。

「いつまでもあると思うな、選挙権と基本的人権」

日本人として果たすべき責務を果たしてきてください。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説→映画 『植物図鑑』

2016-06-27 23:27:10 | 性愛の倫理学
またまた義弟からチケットをもらって映画 『植物図鑑』 を見てきました。
そのいただいたチケットというのがこれです。



映画のチケットらしくないサイズですよね。
フツーはもっと細長いでしょ、映画のチケットって。
これは縦横比が映画のポスターやチラシと同じです。
こちらがポスターの画像ですけど、



比率もデザインも同じような感じです。
ただし、一番下の部分の文字情報がポスターに比べてチケットのほうは明らかに少ないです。
なぜならばこのチケットはものすごく小さいからです。
比較してみました。



BOOK・OFF のメンバーズカードと同じ大きさです。
つまり、銀行のカードやクレジットカードやテレホンカード (死語?) などと同じ大きさなのです。
フツーの映画チケットを半分に切ったくらいの大きさと言えばいいんでしょうか?
昨年まではこんな感じだったはずですが、いつの間にこんなふうになってしまったんでしょうか?
材質は紙ですが、ポイントカードを意識しているんでしょうか、
フツーのチケットよりも厚めの紙が使用されています。
そして、これは映画館で渡すと番号を控えるだかQRコードをチェックするだかして、
そのまま返してもらえます。
もはや映画の半券というようなシステムではないのですね。
うーむ、時代の進歩についていけないぞ。

さて、今回の映画ですが、義弟から有川浩原作の 『植物図鑑』 を撮っているという話は聞いてて、
現場に有川浩が来て話をした (取材を受けた?) なんていう話も聞いていて、
あー羨ましいなあなんて言ってるうちにどうしても気になってしまって、
原作を買って読んでしまったのでした。
せっかく読んでいなかったんだから、映画を先に見ればいいのに、
原作読んだあとに映画を見ると失望するのはわかっていたはずなのに、
どうしても映画の公開を待ちきれなくて原作を先に読んでしまったのでした。

小説は簡単にまとめると、恋愛や肉体関係に陥らないままルームシェアリングする男女が、
一緒に野草を採りに行ったり野草料理を食べたりしているうちに次第に恋が芽生えるのだが、
実は男には秘密があった…、といった内容です。
いかにも有川浩らしい純愛物語です。
男女の友情とかまったく信じていないし、野草とかもまったく興味ないので、
有川浩の小説にしては珍しく共感ポイントは少なかったんですが、
それでも面白く一気に読まされてしまいました。
野草料理のレシピがたくさん出てきて、しまいにはちょっと食べてみたいかもと思わされるくらい、
料理や食事、その他フツーの生活のシーンがみごとに描かれていました。

これをどう映画化するのか?
といってもこの通りに映画化するしかないんだろうなあと思っていました。
あらかじめ公式サイトやもらったチケットを見て、
主演の2人はちょっと小説読んで抱いていたイメージと違うなあとは思いました。
今回の主人公を演じた2人の俳優さんを私はまったく初めて見ましたが、
読んだかぎり、ヒロインはこんなに可愛らしい感じではなく、
もっとしっかりした、年上のお姉さんっぽい感じの女性であってほしいし、
逆に男はもうちょっと線の細い、草食系を前面に押し出した感じなんだけどなあと思っていました。
そういう2人が、一緒に暮らしていくうちにだんだん関係性が逆転していく、
というのが私が小説から受けた印象だったのです。

映画を見てみたところ、
むしろこの2人の俳優さんに合わせて2人の設定が変更されている感じがしました。
そして、それは成功だったんではないでしょうか。
原作のほうは日々の生活の話が淡々と進んでいくんですが、
たしかにそれはそのままでは映画になりづらいだろうなあと思っていたところ、
前半はちょっとした設定変更ぐらいですまされていたものの、
後半はだいぶ話に手が入れられていて、ある種ドラマチックな盛り上がりを見せてくれました。
そうやって盛り上げるためにも、2人の人物設定は主演の2人に合わせて変更されていて、
ちょうどよかったのではないかと思います。
ですので、今回は私のキライな原作小説 → 映画の順番になってしまいましたが、
映画に失望することはなく、原作とは違うなあとは思いながらも、
映画は映画で原作とは別の作品として楽しく見ることができました。
ヒロインの可愛さはそれはそれでとてもいい感じでしたし、
男優さんのほうも何かの3代目の方ということで、お父様もお祖父様も俳優でいらっしゃるのか、
初主演とは思えない手慣れた演技を見せてくれていました。
料理もどれも美味しそうに撮れていましたし…。
これはオススメですので、ぜひご覧になってみてください。

そして、いつも照明技師である義弟からチケットをもらいながら、
照明のことなんかまったく忘れて映画が描く物語に没入してしまいがちなんですが、
『イニシエーション・ラブ』 とか 『天空の蜂』 とか…)
今回はほとんどアパート (公営住宅っぽい) のなかのシーンばかりということで、
久々に 『陽だまりの彼女』 以来、照明のことを気にしながら映画を見続けることができました。
私、まったく映画には素人ですし、照明のことなど1ミクロンもわかりませんが、
それでも義弟には 「グッジョブ」 と言ってあげたいです。
部屋に差し込む朝の光や昼の日差しや夕陽、夜の蛍光灯の下でのやりとりなど、
とてもこれらが人工的に作られているとは思えない自然さのなかで、
物語が穏やかに進行していってくれていました。
照明の仕事って、照明が人工的にがんばっていることを気づかれてはいけない仕事で、
それって雑草のような仕事だよなあと思いました。
まあ、昭和天皇によると雑草という名の植物はないんだそうですが、
でもフツーはやっぱり雑草のことをいちいち気にしたり名前を覚えたりしないですよね。
もしもこのブログを読んで気になったら名前、覚えてあげてください。
木村匡博 (まさひろ) と言います。
今回は違いましたが、堤幸彦監督とよく一緒に仕事させていただいています。
次回作も堤幸彦監督作品の 『真田十勇士』 だそうです。
照明技師の雑草のような仕事を見届けようと思ったら、やはり劇場で見たほうがいいでしょう。
(いや、よくわからずにテキトーなことを言ってるだけですが…)
『植物図鑑』 はフォーラム福島では7月半ばまでの上映のようです。
チェケラッ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.happy と lucky の違いは何ですか?

2016-06-25 13:34:42 | 幸せの倫理学
一昨日、マクドナルドのハッピーセットはハッピーかについてお答えしたわけですが、
今回はもうモロこんな質問です。

「Q.happy と lucky の違いが不明瞭です。
 運の要素で区別するのか、その後悪い影響を及ぼす際は lucky なのですか?
 宝くじに当たるのは lucky で、金持ちの子に生まれるのも lucky ですか?
 おいしいものを食べられたら happy で、
 それをたまたま居合わせた金持ちにおごってもらったら lucky ですか?」

いやあ困っちゃいますねえ。
happy と lucky の違いなんて日本人の常識じゃないんですか?
親御さんはご家庭でお子さんに happy と lucky の違いを教えていないんですか?
日本の幼小中高どこかの学校教育で全員にきちんと教えてあげていないのですか?
ぼくからすると 「幸福」 と 「幸運」 なんて火を見るよりも明らかに違うと思うのですが、
大学生でもまだそういうふうにわかってくれてはいないんですね。
教わっていないのであればしかたないので、私が教えてあげることにしましょう。

「幸福 happy」 というのはある状態に満足するかどうかという受け止め方の問題です。

「幸運 lucky」 というのはたまたまの偶然が巡ってくるかどうかという運の問題です。

多くの場合、幸運と幸福は重なります。
だからこの2つの違いがわかりにくくなってしまうのですが…。
例えば、幸運にも宝くじが当たれば、それまで買えなかった好きな物が買えるのですから、
たいていの人はその状態に満足し幸福を感じるでしょう。
幸運にもお金持ちの家に生まれれば、日々の生活に悩むことなく裕福に暮らし、
学費の心配もせずに十分な教育を受けて進みたい進路に進める可能性が高くなりますので、
多くの人はその状態に満足し幸福を感じるでしょう。
その場合は幸運と幸福はぴったり重なっているわけです。
しかし、幸福というのは受け止め方の問題ですから、
ある幸運な状態が与えられても全員が必ずそれに満足するかというとそうとは限りません。
人によって別の受け止め方をするという可能性もあるのです。

そのことを示すために授業では、宝くじに当たったらラッキーだけど、
持ちつけない大金を手にして生活が変わり不幸になる人もいるとか、
お金持ちの家に生まれてきたらラッキーだけど、泥沼の遺産相続争いなどに巻き込まれて、
アンハッピーになることもある、といったようなことを挙げたりしました。
この例がいけなかったんでしょうね。
質問者の方が、運の要素で区別するのか、その後悪い影響を及ぼすかで区別するのか、
と聞いてくれたのは、私の挙げた例に引きずられてそう考えてしまったのでしょう。
後々悪い影響を及ぼすかどうかということは関係ありませんので一切忘れてください。
繰り返します。
幸運は運の要素の問題です。
それに対して幸福は満足の要素、受け止め方の問題です。

例を挙げるときに、時間的経過を盛り込んで後々不幸になったという例を出してはいけませんね。
それでは幸運と幸福の違いをきちんとわかってもらうことはできないでしょう。
以前にこのブログで、街で福山雅治に声をかけられたら、という例で説明したことがあるので、
まずはそれを読んでみてください。

  「幸福になる方法 (その2)」

この記事のなかでは特に幸運については触れていませんが、
街で福山雅治に声をかけられるなんていうことは、そうそうめったにあることではありませんから、
それ自体はひじょうに lucky な出来事と言っていいでしょう。
ただその同じ幸運な出来事をどう受け止めるか、幸福と感じるのか、何も感じないのか、
むしろ不幸に思うのかは人によってさまざまなのです。
たまたま派遣会社から、福山雅治が住むマンションのコンシェルジュに派遣されたりしたら、
街で声かけられるなんていうよりもさらに確率の低いことで、
ラッキーなんていう言葉では表せないぐらい強運な出来事と言えるでしょう。
しかし、そのことに満足するのか、満足しきれずにもっともっとという欲求がふくらんで、
その欲求が満たされずに不幸を感じたあげく犯罪に手を染めてしまうのか、
それはその人の受け止め方次第なのです。

日本という平和な先進国に生まれてきたというのも超ラッキーなことです。
日本には今のところ平和憲法がありますし、
その平和憲法下では今のところ戦争はせずにすんでいますし、
そのおかげで経済的繁栄を達成してきて、
今のところほとんどの国民が食べる物に困らずに生きています。
今のところ基本的人権も守られて男女もいちおう平等に生きていくことができます。
どこの国に生まれてくるのか、それは私たちが選択できることではありませんので、
砲火の下で逃げまどう国、飢餓や貧困にあえぐ国、女性ばかりが過酷な仕打ちを受ける国
などに生まれてきたとしてもおかしくなかったのですが、なんの偶然か、
私たちはたまたまこの日本という今のところ恵まれた国に生まれてくることができました。
しかし、日本に生まれてきたことによって幸福を感じている人はそれほどいないでしょう。
日本に生まれたことの幸せを日々感じている人はいらっしゃいますか?
それよりも日本のなかでさまざまな欲求・欲望が満たされず、
不幸に感じている人が数多く存在することでしょう。
自殺率の異様な高さがそのことを如実に表しています。
幸運だからといって幸福とは限らないのです。

おっと、ちょっと暗い話になってしまいました。
この問題を考える上でとてもいい映画があるのでご紹介しておきましょう。
リンジー・ローハン主演のラブコメ、タイトルもそのまんまの 『ラッキー・ガール』 です。



主人公はむちゃくちゃ幸運に恵まれた女の子で、
そのおかげで最初のうちはめちゃくちゃ幸せです。
しかし、あるときむちゃくちゃ不運なある男性とキスをした瞬間に、
その運・不運が入れ替わってしまうのです。
さあ、その後どうなるか。
ぜひ見てみてください。
この映画を見れば、lucky と happy は全然違うということがわかってもらえるでしょう。
この男性の生き方、ぼくはけっこう好きです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

看護教員養成講座@郡山 ・終了!

2016-06-24 17:10:18 | 教育のエチカ
先々週から行ってきた郡山での看護教員養成講座が昨日終了しました。

先々週と先週は午前3時間、午後3時間、今週は午前の3時間のみ、計15時間の講座でした。

90分授業に換算すると10コマ分に当たりますが、

午前と午後の3時間というのは90分×2コマというふうに分かれているわけではなく、

休憩時間が含まれていませんので、とはいえさすがに3時間ぶっ続けでやるのもお互いにムリで、

途中で休憩を入れなくてはなりませんから、1コマあたり80~85分ぐらいということになります。

その短い時間のなかで、看護学校での90分×15コマ分の授業をコンパクトに再現しつつ、

授業の意図や工夫、留意点などを解説していくという慌ただしい展開でした。

しかしながら、過去2回に比べると今回は非常にいい感じに終えることができたのではないでしょうか。

なぜうまく行ったのか自分でもあまりよくわかっていないのですが、

別の機会に作ったパワーポイントのプレゼンを使って何回か分の授業をまとめて行ったり、

相馬の看護学校で昨年度から始めた 「病気が教えてくれたこと」 のワークを取り込んだりなど、

マイナーチェンジを施したのがよかったのかもしれません。

それと、朝3時間、午後3時間と丸1日いっぺんにやれたのも、たいへん疲れはしましたが、

間延びがせずにすんでよかったのかもしれません。

というわけで15時間の講座を終えて、最後に皆さんに授業全体の学び、感想を書いてもらいました。

哲学の講義内容それ自体と、私の授業方法に関して書いていただきました。

いくつかご紹介していきましょう。

●哲学の授業=難しいと思っていた。1日哲学の授業を受けると、精神的にすごく疲労があった。学生の時の哲学の授業は全く思い出す事が出来ないが、今回新たな気持ちで受講し、人間とは、生とは、死とは、とても深く考えさせられた。他者の考えを聞く事で多種多様な考え方がある事を知った。今まで10数年間看護師として働き、自分本位に考え、物事を進めてきてしまった事を反省した。いろいろな観があってあたり前であり、正解はないという事がわかった。先生が哲学を学んで生きるのが楽になったとおっしゃっていたが、その意味が少しだけわかった気がした。先生の授業方法は、まず初回の導入で哲学は難しくない…という思いにさせていただいた。先生の人柄や服装など全体からの雰囲気でとても楽な気持ちで受ける事が出来た。ワークシートも考えさせ → 学習のまとめになっており、学生自らが学んだ事を知識にする事ができると思う。書く事、とても大変だったが、その時間をふりかえることで、何となく…という思いが明確になる事ができたと思う。プリントのコピーの仕方、私も参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

●先生の講義を受ける前の哲学に対するイメージは、ソクラテス、プラトン、アリストテレス等、世界史の授業で学習した思い出しかなく、莫大な書物や難しい問題という思いしかありませんでした。この講義全体を通し、看護教員の講習ということで、私達の身近な題材を取り入れて講義していただいたことで哲学は遠い存在ではなく身近なところにあるんだと感じることができました。死に対すること、病気に対すること等、仕事をしていると時々考えることがありましたが、自分の死や病気に対する思いを考えたことで、今、現在生きていることの有り難さを感じることができました。哲学とは疑問に思うこと、考えていくことなのではないかと思いました。授業中に、プリントの作り方や板書の仕方、パワーポイントの使い方を説明していたことが印象深いです。とても便利な方法で私も活用しよう!!と思いました。ですが……、これは教員が授業をやりやすいかどうかではなく、学生が学びやすいかどうかなんだということが分かりました。どんな方法で授業するか、どんな資料を活用するか、学生が学べる授業とは何か、考えつづけたいです。

●小野原先生の講義がはじまる前は、哲学が看護になんで関係するのだろう? 関係ないのではないかと思っていたが、講義を受けていくうちに看護の対象である人間とは何か? 生きるとは何か? 死とは何か? 病とは何か??などを、深く考えるきっかけになりとても感謝しています。病院で働きながら患者様や生死、病とたくさん向きあってきたのに今回の講義ほど深く考えられていなかったことに後悔した。しかし、今回考えたことを活かしながら、今後も考え続け、患者様にとって納得する生や死を迎えられるようサポートしていきたいと強く思った。また、当たり前のことは何一つないことを気付くことが出来た。生命も身体も健康も人それぞれの考えも何一つ当たり前ではないため、自分とも相手ともきちんと向き合って生きていきたいと思った。死の教育者であるはずの私がきちんと死について考えられていなかった。今回の学びや今までの学び、今後の学びを通して死の教育が出来るよう考え続けていきたい。先生の講義、ワークシート全てが計算されつくしていて講義を受けていてとても充実していた。先生のように講義が出来たら、きっと学生も学びが深まると感じた。すぐに先生のように行うことは難しいと思うが、意図的な問いを投げ考えさせることを大切にした講義が出来るようになりたいと思いました。

●最初、哲学は難しく固いイメージがありました。看護と哲学にどのような関係があるのかと思っていましたが、講義を受け、人間とは、生とは、死とはと考えていくことで、看護師として、日頃の生活に関係がとても深いものだということが分かりました。まず、自分で考え、その後グループで話し合っていくことで、自分の考えだけでなく他の人の意見を含めつなげて考えることができました。脳死や臓器移植、植物状態など、日頃の現場で関わっていることなのに、きちんと考えていない自分に気づきました。自分を知れました。家族との話し合いや自分自身考え続けないといけないと感じました。哲学の授業はとにかく沢山考えて、ワークシートで自分の考えを表に出す。とても疲れますが、考えを表に出す、伝えることは大事だと思いました。答えのないことを考え続ける看護師として、きちんと伝える、患者さん家族の自己決定を尊重し、望むケア関わりをしっかりしていきたいと思いました。授業づくりでは、ワークシートを出すタイミングや、評価の仕方、興味をもてるような導入の仕方、プリント作り、沢山学ぶことがありました。板書が多かったですが書き留めることの意図やワークシートのねらい、授業を聞く態度にさせることなど、又、言い回しで答えやすかったり難しかったりするため、問いの出し方の大切さを知れました。相手 (生徒) の立場になってホワイトボードの見え方や位置など、今後自分も相手の立場に立って行動していけるよう努めていきたいと思いました。

●哲学とは答えのない問いを考え続けていくことであり、看護と通じるところがあるなと思いました。よく看護では人間とは何かを考えさせられることがあります。哲学の授業で、人間とは何かを時間をかけて考えることができ、授業を受けてよかったと思っています。(今までは人間とは何かを考えてもあいまいでよくわからないことが多かったですが、初めてちゃんとわかったと感じている。) 今では自分を知ることが人間を知ることなんだなと思います。死生観について1日時間をとってもらい、重いテーマで嫌になるなと思ったことも事実ですが、改めて考えることができて自分の色々な 「観」 について見直すことができました。自分がこれでいいと思っていることを、他者の意見を取り入れて新しくすることができました。これから看護師を続けていく上で大事な柱となる部分なので、自分の考えが明確になったのはありがたいと思います。ありがたいことは当たり前ではないことにも気づけて良かったです。授業の方法についても、ワークシートの使い方や板書の良さ、板書するときの時間の考慮、問いの仕方、問いの持つ力について、グループでの学習の仕方、何を目的として授業や活動を行っているかなどたくさんのことを学ぶことができました。哲学の授業は眠くなりそうだと思っていましたが、先生自体がおもしろく授業にも興味がわきました。学んでみて多くの学びがあったので自分の内で期待以上でした。ずっと続けての授業お疲れさまでした。

●はじまりの 「人間とは?」 という問いが、人間として生きること、死ぬことを考える時にことごとく蘇った。人間とは何か? を考えた時の答えは、他の生物にはできなくて人間だけにできることを探したが、その後、人間として生きるためにも、死ぬ時にも失いたくないもの、について気付くことになった。人間として生きることは、何と欲張りで、我がままで、複雑なことだろうかと思い知らされた。その上でなお自分は看護師として、教員として、どうあるべきかを追求しようとしている。人間として生きるだけでもいろいろとめんどうが多いのにさらにめんどうな仕事をしようとしているなあと思う。小野原先生が、哲学を学んで 「生きることが楽になった」 と話されたことが強く印象に残って一生忘れないと思うが、私はこの15時間の哲学の講義を受講して大変に生きるのがめんどくさくなった。考えることが多くなり、複雑化したからである。しかしただでさえ複雑でめんどうな人間という生き物に生まれているので、せっかくなら哲学という学問について更に学びを深めもっと多くを深く考えつづける看護師であり教員でいたいと思う。それが最も大きな学びである。

●現在、医療現場で働いており、cure の方が大半で care はほとんど少なくなっているのが現状である。でも、その少しの care の中でも日々考えたり、考えさせられたりして看護を考えていた。今回、授業を通して、ゆっくり自分の中で自分と向き合いながら ”人間とは何か”、”病気とは”、”死とは” 考える機会を与えていただき、今まで業務の中で考えてた事、感じた事はほんのわずかな思考にすぎなかった事に気付かされた。人間を看る事、生と死、病気になることの思考は答えがないからこそ、これからも絶えず考えていかなくてはならないことであり、それを誰かに話したり、誰かの意見を聴いたりし、自分に吸収させていかないといけない、そして、自分もこれから教員として学生に投げかけなければいけない、それが看護の質を向上させるための要素になると考える。授業について、パワーポイントを使わず板書の授業が久しぶりであったが、先生の書くスピード、書く文字の量が本当にちょうどよくて、書いてから説明が入るので先生の説明を集中して聴く事ができた。(他の教科で、資料を渡さず、パワーポイントで表示し (文字数多い)、板書している間に説明するので、書きながら聞くことが大変な授業があった。) ワークシートを活用することで学生に考えさせ、振り返らせ、参加型の授業であったし、口に出しては言えない事も書く事で内面の思い (本音) も出せるのだと思った。資料の印刷の仕方も本の開きのようになっていて、コピーする方は手間だと思うが見る方は楽であり、工夫がすごいし、学生が学びやすいように手間をかけ配慮してくださったことに感謝します。

●「どんな理想の看護師になりたいのか?」 日々の業務をこなすことに精一杯で (10年も働いてきたので業務をこなすことは簡単にできるのに忙しさのせいにしていた) ここ数年、こんな大切なことを忘れて働いてきていた自分に気付くことができた。私は今までこうあるべきといった自分の考えが強くあったが、この講義を通して、あたり前のことはない、他者は様々なすばらしい考えを持っていることを知ることができて、これから看護教員として働いていく上での視野を広げるきっかけになった。看護教員の中には今年の国家試験合格率は○○%だった (不合格者が○○人もいた) にこだわる方もいる。学生に対し、ただ国家試験に合格することがゴールではなく、どんな理想の看護師になりたいかが大切ということを伝えることができるようになるために、私ももう一度どんな理想の看護師になりたいのかについて考え、看護観を深めていきたい。哲学の講義のはじめの頃は答えのないことを考えることがものすごく大変だったが、今は、答えのない問いを考えることが自分の成長につながるのだと思うことができ、大きな学びとなった。哲学が面白く興味のある分野になった。今まで書店に行っても哲学の本に手がのびることがなかったが、最近は目がいってしまう。この15時間で終わらせず、哲学を身近に感じていきたいと思う。

●人間とは何か、死ぬとはどういうことなのか、死、病から教えられたこと。哲学は答えのない問いを考えて行きます。最後にも先生が説明したように、看護師は哲学者であると私も思います。でも、人間である以上、死を覚悟しており、病気や死もさけて通ることは出来ません。そう考えると、身近な学問なのだと感じました。私は子供達に命はあたり前ではない、とか、普通でいる幸せとか、子供からみたら、うるさい母親だなと思われているのでしょうか。死の教育で学んだように、親の役目だと知り、伝えつづけて行こうと思いました。また、自分自身も答えのない問いを問いつづけて行こうと思います。授業では論文からも分かるように、学生にいかに考えさせるか、記憶に残る方法を考えている先生のアドバイスもありました。関連づけていくことの大切さ。黒板の書き方、グループワークのあり方、問いかけの仕方と、先生がいかに学生を思っているのかも感じました。評価は自分がどうおしえたのかの振りかえりとなります。これから先、教員として、学生を導いていく存在にならなくてはいけません。共に成長することもあるのだと思いますが、そのためにも、学生にとっての学びの場を考えて行けること。また、そのためには、相手を知る、受けとめることのできる教員でいたいとの理想がみえました。講習始めに先生の日程がくまれている意図はこのためなのかと思います。これから理想を持ちつづける存在でありたいと思うことが出来ました。お忙しい中、御講義くださりまして、ありがとうございました。

●最近の授業は、パワーポイントを重視して授業を進めている傾向があるし、また、学生にとってもわかりやすい事だと思っていた。しかし、プリントや板書、参考資料の使い方によって授業の流れを作り、時間を有意義に使えることを学んだ。そのためには、一方的な教授者の考えを押し通すのではなく、学生の反応や場の空気、板書の見え方、声のトーンなどを、提供する者として配慮することで、相手も受け入れることができるのだと感じた。哲学は、教育の基礎と講義で学んだが、実際、この哲学の授業を通してそう思えるようになった。それは、教育は人間を育て成長していくことを助けていくため必要で、その根本にある人間をまず知らなくてはいけないと思った。人間とは何であるかの概念を考えたとき、言葉にしてみると、動物とは違う特別な能力と心を持ち、文化を作ってきた生き物であり、その能力ははかりしれないが、その反面、壊れやすい一面を持つ弱い所を持っている。そして社会という場で共存して生活している。これから教える立場となるが、哲学で学んだ、人間とは、生きるとはなど、言葉で考え、特に医療職は死へと直接的に関わることが多いため、自分なりの考えを持ち、学習を重ねて成長していくことが重要なことだと思う。気持ちがブレたりする時は、授業の中で学んだ、生きることや死ぬことなどの 「観」 を思い出していきたい。

●昨年度、精神看護学を担当し、それなりではあったがやり遂せた。授業をする中で、あるいは実習に同行する中で、どうも話の柱がないことに少しずつ気づきはじめた。何なんだろう。それは、カリキュラムや講義方法、発問の仕方と不足していることは満載なのだが、もっともっとそのしんが足りない。それが、教員自身の死生観や病観、直接的には看護観、教育観ではないかと思う。今回の授業では触れられなかったが 「教える」 とはどういうことだろうといったあたりも授業の中でみんなと一緒に考えられると良かったと思う。「観」 をしっかり持っていると、発言に確信が出てくる。また学生との何気ない会話の中で、実は学生が欲しがっているのは、自身の 「観」 にかかわってくる現場の看護師や教員の言葉ににじみ出る 「観」 なのかもしれないと思う。「教育観」 は教育の場における自分の立ち位置を左右すると思う。どう学生の学びに立ち合うのか、そういうことを明確にしていくと教員という仕事が少し楽になるのかもしれない。学生にとって教員はどうあったらいいのだろう。哲学していきたい。

●哲学の講義をうけて、普段の日常生活では考えないような物事について考えさせられた。死生観や疾病観などを考えて、言葉にすることにより、自分ってこんな風に考えているんだなと、客観的に自分について知る事ができた。疾病観については、仕事で病人を対象にしているにもかかわらず、自分の身近な人達が健康を維持できているからと、病気に関してはどこか他人事のように考えていたなと恥ずかしく思った。健康でいられることはとても有り難いことで、感謝しなければいけない。しかし、病気になったからといってすべてが不幸なわけではない。病気になることで教わること、感じることが増え、その事に病人は喜びを感じる一面もあるのだということがわかった。講義中に何度もグループワークしたことで、皆それぞれ考え方、感じ方が違うのだと改めて知ることができた。その人その人で考えが違うから個別性のある看護ができるのだと思う。目の前の技術や知識に目が行きがちで、看護観など普段はあまり考えることはない。しかし、自分だけの看護観が、多忙で精神的にも辛いことが多い看護師という仕事を続けていける大きな柱になっていると思う。これからは医療現場ではなく学校で働くことになるが、自分の経験や看護観、看護の楽しさ、素晴らしさを学生に伝え、学生が少しでも自らの看護観を構築していけるよう努めていきたいと思う。

皆さん、最後まで私の授業にお付き合いくださりありがとうございました。

皆さんからいただいた質問にはこの先も少しずつお答えしていきますし、

皆さんが書いてくれた 「病気が教えてくれたこと」 エッセイに関しても、

各グループの代表作品や、まさおさまセレクトを順次発表していきたいと思います。

というわけで授業の最後に言い忘れてしまいましたが、

「哲学」 の授業は終わってしまいましたが、時にはこのブログも見に来てください。

また、宣伝しようと思っていたのにそれもすっかり忘れていましたが、

私は月に1回、主に福島市で 「てつがくカフェ@ふくしま」 を開いています。

一般市民の方々が集ってその時々のテーマに関して専門用語は用いずに、

互いに対等な立場で自由に語り合うのんびりした会です。

たまたま日程が空いていたり、近くに来ることがあったり、

テーマに興味をもたれた場合には、ぜひお気軽にご参加ください。

こんなテーマならぜひ出てみたいとかの希望があったら、メッセージを通してお知らせいただければ、

毎回のテーマを考えるのに困り果てていますので、すぐ採用させていただきます。

何かの機会にまたお会いできることを期待しております。

看護教員養成講座、まだまだ長丁場ですね。

眠い授業もあるでしょうが何とかアンテナを立てて最後までがんばってください
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.マクドナルドの「ハッピーセット」はハッピーだと思いますか?

2016-06-23 14:19:57 | 哲学・倫理学ファック
一昨日、3問いただいた質問のうちのQ3に答えることができませんでした。

一気に答えられると思っていたのですが、申しわけありません。

こんな質問でしたね。

Q3.マクドナルドのメニューにある 「ハッピーセット」 は
   自分の意志で買って食べて幸せを感じていると思うので 「ハッピー」 は適さないと思います。
   先生は 「ハッピーセット」 について適切だと思いますか?

そもそも論を述べてしまいますと、人であれ物であれ何かに新たに命名するという場合は、

どんな名前を付けようと命名者の自由というか、名が体を表していなくとも別に問題はないわけです。

名前負けしている人や商品はたくさんありますし、

政党名とかも、君たちはこんな政治をやってるくせによくぞまあこんな素敵な名前を付けたまま、

いつまでも変えずにいられるもんだなとあきれ果ててしまうような政党がいくつかありますが、

残念ながら何と名乗ろうと本人たちの自由なわけです。

ですから商品名に関していちいちその名前は適切かなどと考えてみてもどうしようもありません。

いちおうそのことは前提として踏まえておいてもらった上で、

たぶん今回の質問者の方は私が講義で話したことを誤解しているようなので、

その誤解を解くためにQ3にもお答えしておこうと思います。

講義では、どうしたら幸福になれるかということに関してざっくり2つに分けると、

(1) 幸福はたまたまの偶然によって (神の必然でも可) 外からもたらされる

(2) 幸福は個人または社会全体の主体的努力によって獲得される

という2つの考え方があるというお話をしました。

で、(1) の説明をするときに、happy (幸せ) の語源は happen (たまたま起こる) であり、

人間は幸福というものをたまたまの偶然によってもたらされるものと考えていたのだ、

ということが語源からもわかりますね、というふうに説明させていただきました。

語源に遡れば happy (たまたま起こること) と lucky (運のいいこと) は同じだったんだ、

ということも申し上げたと思います。

しかし、こういうふうにも付け加えておきました。

現在では、happy (幸福) と lucky (幸運) は別のものだからちゃんと区別しなきゃいけません、と。

その例として、宝くじに当たったらラッキーだけど、

当たったことによって必ずハッピーになれるとは限らなくて、

持ちつけない大金を手にして生活が変わり不幸になる人もいるとか、

お金持ちの家に生まれてきたらラッキーだけど、泥沼の遺産相続争いなどに巻き込まれて、

アンハッピーになることもある、といったようなことを挙げたりしました。

ちょっとこの例が悪かったんでしょうね。

ただでさえ複雑な話がよけいこんがらがって、この件に関しては他にも質問が出されていました。

それにはまた別に答えることにして、今回の質問者の方は happy の現在の意味 (幸せ) ではなく、

元々の語源の意味 (たまたま起こる) のほうを強く記憶に残してしまったのではないでしょうか?

だから、マクドナルドの 「ハッピーセット」 に関して、

「自分の意志で買って食べて幸せを感じていると思うので 『ハッピー』 は適さない」

と感じたのではないでしょうか?

「ハッピーセット」 がもたらす幸せは 「(1) たまたま外から与えられ」 たのではなく、

「(2) 個人の主体的努力 (=自分の意志で買う) によって獲得」 したわけですから、

happen ではないと感じられたのでしょう。

それはそうなのですが、happy という言葉は現在では happen という語源を離れて、

ただ 「幸せ、幸福」 を表す言葉になっています。

ですから現在では 「(1) たまたま外からもたらされる」 場合であれ、

「(2) 個人の主体的努力によって獲得する」 場合であれ、どちらも 「ハッピー」 と言っていいのです。

というわけで、そもそも論は置いておいて、とりあえずQ3には次のようにお答えしておきましょう。


A3.マクドナルドの 「ハッピーセット」 は、自分の意志で買って食べて幸せを感じるのであれば、
   それでもう十分 「ハッピー」 だと思います。


これが 「ハッピーセット」 ではなく 「ラッキーセット」 という名前であったなら、

たしかに自分でお金を払って買ったのですから 「ラッキー」 は適さないということになったでしょう。

(買うとたまに何か賞品が当たるというのであればまさに 「ラッキーセット」 ですが…)

現在では 「ハッピー」 と 「ラッキー」 は別の概念になっているということは確認した上で、

しかしもともとハッピーはラッキーと同じような 「たまたま起こること」 と捉えられていたのだ、

ということを覚えておいてください。

私の授業ではよく語源に遡って概念を考えていくことがあります。

それは現在の意味が元々の語源の意味から離れて使われてしまっていることが多いから、

その変遷をたどるために原点に帰ろうとしているわけです。

ですので、現在の意味だけであるとか、元々の意味だけを覚えてしまうと、

私の授業は理解できなくなってしまいますので、歴史的変遷の全体を捉えるようにしてください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.嫌いな人(上司)を克服するにはどうしたら良いですか?

2016-06-22 12:53:27 | 幸せの倫理学
これは看護教員養成講座のほうでいただいた質問です。

うーん、困りました。

申しわけありませんが私は2つの理由でこの質問にお答えすることができません。

1つは、嫌いな人を克服しなきゃいけないと思ったことがないので、

こういう問いを考えたことがないし、問われて考えてみましたがまったく答えが浮かんでこないのです。

人に限らず嫌いなものって克服できるものなんですか?

嫌いだったものがいつの間にか好きになってたってことはありますよね。

私は子どものころはすごい偏食で、ホウレンソウ以外の野菜はすべて嫌いでしたが、

いつの間にか食べられるようになり、今では大好きになった野菜もいくつかあります。

でもそれってたんに好みが変わっただけで、克服したという感じはしません。

未だにキュウリは大嫌いのままですが、それを克服しようという気はしませんし、

克服できるともまったく思えません。

人間に関しても嫌いだった人が好きになったということはありますが、

それもたまたま変わっただけで、努力して克服したわけではないように思います。

なので、嫌いな人を克服しなきゃいけないというふうにはあまり思わないのです。

ただ、こういうふうに考えられるのは、自分がひじょうに恵まれた職場にいるからだという気はします。

それが2つめの理由になるわけですが、大学という職場は研究室が個室なので、

ほとんど人と接することなく過ごすことができます。

人に会うのは授業と会議とお昼ご飯のときだけなわけです。

ですので、嫌いな人がいたとしてもほとんど接することなく生活することができるのです。

さらにすごいのは、大学教員には基本的に上司がいません。

学長とか学部長とか委員長といった人はいますが、それは上司というよりは私たちの代表であって、

その人たちの命令に従わなければならないという関係にはないのです。

まあたまーに勘違いして上司風を吹かせる人がいないわけではありませんが、

そういう人がいたとしても、その関係は未来永劫続くわけではないので、

その人の任期のあいだだけ我慢していればすむわけです。

実際には歴代の学長や学部長や委員長の方々を思い出してみても、

若干の例外を除いて、ほとんどみな尊敬できる人たちばかりでした。

なんか自分で書いていて、大学ってなんて素晴らしい職場なんだろうという気がしてきました。

職場に嫌いな上司がいる人にこんな話するとドン引きされてしまうかもしれませんね。

そんなわけですので、今回の問いには私からお答えしてあげることはできません。

しかしゼロ回答では申しわけないので、代わりにヤホーでググってみたところ、

こんなようなページがあって、それぞれいろいろなアドバイスが書かれていました。

私のような脳天気な人間に聞くよりよっぽど役立つのではないでしょうか。

何かご自分の状況に合いそうなものを見つけられるといいですね。


嫌いな人とうまく接していくための7つの対処法

苦手な人と上手に付き合う8つの方法

もう嫌!職場で嫌いな人との接し方が楽になる3つの解決策

職場(会社)の嫌いな人や苦手な人との付き合い方

むかつく上司をサクっとかわす対処法
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.ナルシシストは常に幸せなんですか?

2016-06-21 13:34:29 | 幸せの倫理学
「倫理学概説」 では自由についての講義をひととおり終えて、先週から幸福のテーマに移りました。
自由についての質問にもまだ全部お答えし終わっていないというのに、
先週のワークシートではさっそく幸福についていろいろと質問をいただいてしまいました。
しかたないので自由と幸福、いろいろと取り混ぜながらお答えしていくことにしたいと思います。
とりあえずは欲張りにもいっぺんに3問も質問してくれた人がいたのでその人から。

Q1.先生は福山雅治が好きなのですか?
Q2.カントは「自己の欲求が満たされて、自身に満足していること」と幸せについて言っていましたが、
   常に自身に満足していると思われるナルシストと言われる人々は常に幸せなのでしょうか?
Q3.マクドナルドのメニューにある 「ハッピーセット」 は
   自分の意志で買って食べて幸せを感じていると思うので 「ハッピー」 は適さないと思います。
   先生は 「ハッピーセット」 について適切だと思いますか?

Q1に関しては、幸福はひとりひとりまったく別のものなのか、
それとも万人に当てはまる幸福の共通の条件みたいなものはあるのかということを説明する際、
前者の例として福山雅治の 「幸福論」 という歌のことを例に出したので、
こういう質問をいただいてしまったのでしょう。
たぶんこの質問者の方 (男子) は福山の 「幸福論」 をご存知なんでしょうね。
自分の幸福観を書けという設問に対し、
幸せとは 「それぞれの年齢、性格、体質によって変わるべきもの」 と書いていらっしゃいましたから。
そして、シングルカットされているわけでもない曲の歌詞をそらんじているということは、
福山雅治のファンなんでしょうね。
さて、Q1に対する私の回答は以下をご覧ください。

  「Q.福山雅治好きですか?」

続いてQ2ですが、これはいくつかに分けてお答えしなければなりません。
その前に言葉の訂正ですが (昨日もそんなことをやったな)、
質問者は 「ナルシスト」 と書いており、日本ではその言い方で通用してしまっていますが、
元の英語は narcissist ですから正しくは 「ナルシシスト」 となります。
大人の教養として覚えておいてください。
まずこの方が書いてくれたような限定的な質問はこういう質問でした。

Q2-1.常に自身に満足しているナルシシストと呼ばれる人々は常に幸せなのでしょうか?

ここまで限定された特殊な意味でのナルシシストに関してであれば次のように答えられるでしょう。

A2-1.常に自身に満足しているナルシシストと呼ばれる人々は常に幸せだと思います。

私はカントの幸福の定義を援用して、自身の状態に満足していることを幸福と定義したわけですから、
その定義に照らせば、常に自身に満足している人は常に幸せに決まっている、ということになります。
これはトートロジー (同語反復) にほかなりません。
ただ、これだけお答えしたのでは学問的に不正確な知識を与えることになってしまいますので、
もう少し問いの形を変えてお答えしておきましょう。

まず、「ナルシシスト」 という言葉は 「常に自身に満足している人」 のことではないので、
そこはきちんと覚えておいてください。
ナルシシストとは、自己を愛し、自己を性的対象とする人のことです。
はたから見るとそういう人は 「常に自身に満足している」 ように見えるかもしれませんが、
そこはイコールではないのできちんと区別しておくようにしましょう。
そこで質問者による限定を外して次のように一般化して問うてみましょう。

Q2-2.ナルシシストと呼ばれる人々は幸せなのでしょうか?

A2-2.自己を愛し、自己を性的対象とする人々が幸せかどうかは人によりけりだと思います。

これはもうひとりひとりに聞いてみるしかないでしょう。
つまり、そういう状態に満足しているかどうかですね。
満足しているということもありうるし、満足していないということもありえるでしょう。
ここまで一般化してしまわないで、もうちょっと限定的に心療内科的な意味で考えてみましょう。
心療内科の世界には 「自己愛性パーソナリティ障害」 という病気があります。
この 「自己愛性」 のところが narcissistic ですから、
「ナルシシスト的パーソナリティ障害」 と訳してもよいでしょう。
心理学や精神分析学、心療内科のほうで 「ナルシシスト」 という言葉を使う場合は、
現在ではこの 「自己愛性パーソナリティ障害」 のことを指して言うようになっていますので、
この意味で問いを立ててみましょう。

Q2-3.自己愛性パーソナリティ障害の人々は幸せなのでしょうか?

A2-3.中には幸せと感じている人もいるかもしれませんが、
     多くの人はこの病気で苦しんでいるのではないかと思います。

まあ、病気のひとつに数え入れられているくらいですからね。
そりゃあお気楽に幸せとばかりは言っていられないでしょう。
本人の自己認識とまわりからの客観的評価とが大きく隔たってしまったりするわけですから、
社会のなかではいろいろと傷つくことも多いだろうし、
生きていくのが困難になってしまうような場合もあるんじゃないでしょうか。
詳しくは先のウィキペディアや、ここここなんかを見てみてください。

書き始めたときはQ2をこんなに場合分けして答えようとは思っていませんでした。
もうすでに十分長くなっちゃったし、Q3は内容的にまったく別の問いなので、
別稿にてお答えすることにいたします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.右利きなのになぜ右腕に時計をしているのですか?

2016-06-20 20:14:26 | 哲学・倫理学ファック
授業の内容には関係ないのですが、こんな質問を福大生からいただきました。

「Q.小野原先生は右手に時計をつけながら右手で板書していますが、
   書きにくくないのでしょうか?
   なぜ左手に時計をつけないのですか?」

この質問をくれたのは女子ではなくて男子です。

ふーん、男子もそんなところ見ていたりするんだ。

質問は2つでしたね。

まずはこの質問。

Q-1.右腕に時計をはめて右手で板書していますが書きにくくないですか?

A-1.全然まったく書きにくいということはありません。

中学だか高校だか初めて腕時計をはめるようになった最初のころ、

右利きの人は時計を左手首にはめるものだと聞いてしばらくそれに従っていましたが、

ふと、なんでそうしなければいけないのかと疑問を抱き、

右利きの人間が右手首にはめていると何か生活に支障が出るか実験してみたら、

まったく何の問題もありませんでした。

大学受験のときとかもずーっと右手首にはめて入試を受けていましたが、

それでハンデを背負ったとか、受験に失敗したということもなかったので、

たぶん誰がやっても大丈夫だろうと思います。

もちろん、お箸で食事をするなどその他の生活でもまったく問題ありません。

続いて、今日の本題。

Q-2.右利きなのになぜ右腕に時計をしているのですか?

A-2.上記の実験以来、世間の当たり前や常識を鵜呑みにしない、
    自由な自分の生き方の象徴として、時計を右腕にはめるようにしています。

あんな疑問を抱き実際に実験をしてみるなんて、ひねくれた子どもだったんでしょうか?

世間の当たり前を鵜呑みにしないという意味では哲学の素養ばっちりだったと言えるでしょう。

それにしても今回この質問をいただくまで、

自分が時計を右腕にはめているということ、すっかり忘れていました。

何回かこのブログで自分のモットーを書き出したことがありましたが (その1その2)、

そのときもまったく思い出しすらしませんでした。

まあ、もう40年近くもこれでやってきていて、すっかり習い性になっていますからねえ。

しかし、なぜ時計を左腕にはめないのかと聞かれてみれば、

たしかに元はと言えば、みんなとは違うことを示したいという自己表現だったよなあと思います。

これは私という人間を表すけっこう重要な特徴ではありませんか。

しかも、ちょうど自由の話をしている講義のなかでこの質問をいただけてよかったです。

というわけで、この右腕の時計は私にとっての自由の女神だったのでした。


P.S.

ところで、このブログを書きながら疑問に思ったことがありました。

手首というのは手なのでしょうか腕なのでしょうか?

質問者の方は時計を右手につけるとか左手につけるという言い方をしていましたが、

私は腕時計という言葉に合わせて右腕、左腕と言い換えさせていただきました。

より正確には腕時計をはめるのは手首ですよね。

英語では armwatch ではなく wristwatch と言いますからね。

いや、でも手首というのもより正確に言うと手と腕のつなぎ目のことだけを言うのかな?

だとすると腕時計をはめているあたりはやはり手ではなく手首でもなく腕でいいのかもしれません。

すると英語の wristwatch よりも日本語の腕時計のほうが正しいということになりますか?

なんかたかだかこういう身体の部位の表現だけでもいろいろ曖昧な点があるのだから、

自由や幸福という抽象的な概念がなかなかひとつに定義を決められなくてもしかたありませんよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.多様な価値観の共存はできるのでしょうか?

2016-06-18 18:39:26 | グローバル・エシックス
今日は 「看護教員養成講座」 のほうでいただいた質問ですが、
内容的には福大の 「倫理学概説」 のほうでいただいたとしてもおかしくなかったような質問です。
多様な価値観の共存というのはまさに私の倫理学の根本問題といっても過言ではありません。
正確には次のような質問でした。

Q.教育方法の中で「プラグマティズム」を用いたデューイの教育論を学びましたが、
  多様な価値観の共存はできるのでしょうか?
  宗教的な対立はなくすことができるのでしょうか?

「教育方法」 を教えてくれているのは福大のS先生でしょうか?
S先生とはよく一緒に飲みに行ったりする仲なんですが、
あんまり真面目な思想家の話とかしたことありませんでした。
S先生、デューイなんか語っちゃうんですね。
今度ゆっくり話してみたいと思います。

さて、「教育方法」 のなかでデューイのどんな話を聞いたのかわかりませんので、
今日はデューイのことは置いておいて、多様な価値観の共存という点に絞って書いていきます。
デューイの社会論、政治論ということで言うと、
ネットで簡単に見つかる次の論文が参考になりましたので、興味があったら見てみてください。

野村紘彬 「トランズアクションの概念とジョン・デューイの公衆論
      ――『公衆とその諸問題』に示された民主主義論の前提――」


多様な価値観は共存できるのか?
宗教的な対立はなくすことができるのか?
この問いには端的に次のようにお答えしておきましょう。

A.多様な価値観は共存できます。
  宗教的な対立はなくすことができます。

実際に皆さんのご家族親戚のなかや、職場のなかでは多様な価値観が共存してはいませんか?
また第1回のときにも話したように、日本ではさまざまな宗教が対立せずに、
みんな12月にはクリスマスを祝い、年が明けたら神社に初詣に行き、
お盆には (お盆に限らず) お寺に墓参りに行ってるじゃないですか。
まあここまで諸宗教が対立せずにうまいこと同居してしまっているのは、
世界的に見ても日本くらいのものですが、
それでも、世界史のなかで血で血を洗う凄惨な戦いを繰り広げたカトリックとプロテスタントは、
今やほとんどの国で何とか共存してやっていっているじゃないですか。
したがって、宗教的対立をなくすことはできないなんて悲観する必要はないと思うのです。
もちろん現在も宗教的対立に発するテロ行為は世界中で起こっていますが、
その現状を見て、共存なんかできない、対立をなくすなんてムリと即断してはいけないと思います。
以前に、以下のような質問をいただいてお答えしたことがあります。

「Q.人はなぜ争い続けるのか?」

ぜひそこに書いたことも読んでみてください。
けっきょく本能ではなく文化の問題だと思うのです。
人間は、対立を強め、排除し合い、争い続ける文化を作ることも可能ですし、
対立を乗り越え、互いの存在を承認し合い、ともに共存していく文化を作ることも可能です。
人類がどちらを選ぶのかという選択 (=自由) の問題であり、
子々孫々にいずれの文化を伝達していきたいかという教育の問題であると思います。

たしか前回、「問いの力」 ということをお話しさせていただきました。
その話に絡めて言うならば、この問題に関しても問いの立て方が大事だと思います。
多様な価値観は共存できるのか、宗教的な対立はなくすことができるのか、と問うのではなく、
また、なぜ多様な価値観が共存できないのかとか、
なぜ宗教的対立はなくせないのかと問うのでもなく、
どうやったら多様な価値観を共存させることができるのか、
いかにしたら宗教的対立をなくすことができるのかという形で問いを立て、
その問いの答えを探る方向でロゴス (言葉=理性) を使っていけばいいのだと思うのです。

実は哲学史上、カントとデューイの思想は対極にあると言ってもいいくらい対立しています。
デューイのプラグマティズムとか道具主義という立場は、
カントを意識しつつわざとカントが忌み嫌った言葉を選んで組み立てられていると言っていいでしょう。
その対立のなかで、私はあくまでも自分のことをカント主義者だと思っていますが、
しかし、今日書いたようなことはそこはかとなくデューイの立場に近づいてしまっています。
どうです、私のなかでみごとに対立する価値観が共存しているじゃないですかっ!
多様な価値観が共存することはできないなんて豪語している人にはこう言ってやりたいです。
「まさおさまを見よ!」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.自ら立てた普遍的法則を破ることは自由ではないのか?

2016-06-17 23:49:07 | カント倫理学ってヘンですか?
「倫理学概説」 でいただいた自由に関する質問です。

正確には次のように聞かれていました。

「Q.カントの意志の自律において、「個人が自ら立法した普遍的法則に自ら従う」 とあるが、
   自ら立てた普遍的法則を破ることは自由ではないのか?
   過去の自分が立てた普遍的法則を破ることは、自らの自由を害するのか?」

みんなどうしても自由というと、一切の制限なしにありとあらゆることをしてもいいという

「無制限的自由」 のことしか考えられないようですね。

そんな自由は私たちが生きるこの社会のなかではまったく無意味で、

誰ひとり自由に生きることのできない 「万人の万人に対する戦争」 状態しか生み出せないと、

あれほど口を酸っぱくして言っているのになかなかわかってもらえないようです。

自分の感性 (欲求・欲望) を自分の理性でコントロールするという、

カントの 「自律としての自由」 というものはそうした無制限的自由から最も遠いものなのですが、

どうしてもそっちに引きつけて考えたくなってしまうのですね。

ま、結論から言うとこうなります。

A.カントの意志の自律の倫理学にしたがえば、
  自ら立てた普遍的法則を自ら破ることは自由でも何でもなく、
  むしろ感性 (欲求・欲望) への屈従として自らの自由を侵害するものとみなされます。

自らの感性 (欲求・欲望) をコントロールして理性的に振る舞うことがカントにとっての自由ですので、

自らの感性 (欲求・欲望) に支配されてしまっている状態はまったく自由ではありません。

ましてや自ら立てた普遍的法則を自ら破ってしまうなんて不自由の最たるものにほかなりません。

例えばアルコールやタバコや薬物に依存する中毒患者は、

本人は好きでそれを選んでいると思っているかもしれませんが、

はたしてそれは自由な選択なのでしょうか?

それは自らをコントロールできなくなっているという意味でむしろ不自由な状態と言えるでしょう。

さらに、人の物を盗むのは他人の自由を侵害することだからけっして泥棒はしないようにしようとか、

人の命を奪うことは他人の自由・人権を根底から破壊する行為だから人殺しは絶対にしない、

と自ら普遍的法則を立てて自らに課し、法で裁かれるからとか刑務所に投獄されるからとは関係なく、

そうしたことをしないように生きてきた人が、どういう事情か知りませんが突然その法則をなげうって、

急に盗みを働きだしたり、人殺しに手を染めてしまったりしたとき、

その人は自由になったと言えるのでしょうか?

カントはそうではなく、自ら立てた普遍的法則に自ら従っていたときこそが自由なのだと考えました。

私はカント主義者ですのでカントのこの議論にはある程度賛成しています。

ただし、この議論を採用するためには、自由概念を二重化 (または多重化) する必要が出てきます。

意志の自律としての自由概念だけだと、

行為の責任を問う (帰責の) ための根拠としての自由について語れなくなってしまうからです。

自律的自由概念の下では、

普遍的法則 (道徳法則) に従った善い行為をした人は自由であると言えますが、

それに反したり故意に破ったりした人は不自由な人ということになりますから、

その人の責任を問えなくなってしまうのです。

そういう問題点を残しているし、前回バーリンとの関連で論じたような危険性もありますが、

それでも私はこの意志の自律としての自由という考えは、

倫理学史上とても魅力的な自由論であると思っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Q.若者でない学生に教えるのはめんどうですか?

2016-06-16 23:44:36 | 教育のエチカ
本日は郡山での看護教員養成講座の2回目でした。
一部、別の機会 (病院での講演会) に作ったパワーポイントのプレゼンを使ったりして、
何とか時間内に授業を終えることができました。
まあ皆さんがワークシート書く時間も含めると先週も今週も10分以上のオーバーでしたが、
それは皆さんが異常に熱心に書き込んでくれるからで、
学生相手であればあれくらいの時間を取れば十分に時間内に終われただろうと思います。

さて、先週いただいた質問に引き続きお答えしていきますが、今回も授業の仕方に関わる質問です。
質問者はこんなふうに書いてくれていました。

Q.若者でない (哲学・倫理学を一度学んでいる) 学生に教えるのはめんどうですか?

カッコ内の補足があるとないとでだいぶ質問のニュアンスが変わってきますね。
分けてお答えしていくことにしましょう。

Q-1.若者でない学生に教えるのはめんどうですか?

A-1.若者でない学生に教えるのは、若干緊張はしますが、めんどうではありません。

やはり若者とそうでない場合とで一番違うのは、自分でお金を払っているかどうかという点でしょう。
親に扶養されている学生たちは、ほぼ例外なく学費を親に出してもらっています。
授業に臨む者として、自腹を切っているか否かによって意識は大きく変わってきます。
自腹を切っていると何としてでも元を取ってやろうという気になりますし、
払った分に見合った学びを得たいという欲求は大きくなってきます。
ですので期待が大きい分、それが裏切られた場合の失望やクレームも大きくなってしまいます。
そういう意味で若者でない学生を教えるときはちょっと緊張します。
しかしながら、私の場合は最初から全員の興味関心にすべて応えるのはムリとわかっていますから、
あまり気負いすぎずに臨むようにしています。
前回の看護教員養成講座のときも、最後にある方から、
「もっと先生の専門の研究分野の詳しい話をお聞きしたかった」 という感想をいただきましたが、
その方のご要望に合わせていたら、他の受講生のほぼ全員が眠っていたでしょうから、
その方に対してはたいへん申しわけありませんでしたが、
やはりプロとしては最大多数の最大幸福を目指した授業づくりをするしかないと割り切っております。
そのへんは (自腹を切らない) 若者相手の授業の場合と同じなわけです。
ですので若者相手でないからといって、いつもより詳しい資料を用意したり、
本気の哲学や倫理学を語ったりということはいたしませんので、
若者でない学生に教えるのは特にめんどうというわけではありません。

Q-2.哲学・倫理学を一度学んでいる学生に教えるのはめんどうですか?

A-2.哲学・倫理学を一度学んでいる学生に教えるのはむしろラクで、めんどうではありません。

私は大学の授業でも、専門学校でも、成人相手の講演会とかでも、
基本的には相手に何の予備知識もないものと思って話すようにしています。
高校の公民科の倫理という科目を履修している学生は本当に少数派ですから、
私の授業の受講生に、高校のときに倫理で習った知識を期待しても意味がありません。
既習得知識がある人をターゲットにして授業づくりをしてしまうと、
大半の学生にはちんぷんかんぷんな授業になってしまいます。
学者の口癖に 「周知の通り」 とか 「皆さんご存じのことと思いますが」 というセリフがあるんですが、
これを言われると聴衆はものすごく侮蔑された気分になるので、
講義や講演ではこの手のセリフはできるかぎり使わないようにしています。
そうやってゼロベースで授業を組み立てていくようにしているので、
基本的に私の授業は誰が聞いてもわかるようになっているはずです (と本人は思っています)。
哲学・倫理学を一度学んでいて、そのときの記憶を鮮明に残している学生からすると、
私の授業はちょっと初歩的すぎて物足りないという感じがするかもしれませんが、
ただ私の授業の場合は、私から知識を与えるだけの授業ではありませんので、
ワークシートを書いたり、グループディスカッションをしたりするときに
その人の既有知識を活用してもらう機会がありますので、たぶんそれで満足してもらえるでしょう。
また、哲学・倫理学を一度学んだけど、その内容をほとんど覚えていないような学生にとっては、
私の授業はかつて受けた授業とは全然毛色が違うでしょうから、
むしろそれを楽しんでもらえるのではないでしょうか。
先週のワークシートにそんなような感想を書いてくださっていた方が何人かおられました。
ほんのわずかな昔の記憶に、私の話がちょうど重なり合うなんていうことがあると、
よけいにアンテナが立つ (興味関心が湧く) なんていうこともあるかもしれませんから、
他の学生よりもよりいっそう興味を持って私の話を聴いてくれたりするかもしれません。
というわけなので、哲学・倫理学を一度学んでいる学生に教えるのはむしろラクなくらいで、
けっしてめんどうなどではありません。

ご質問にはこれで答えたことになると思いますが、もうひとつ別のケースについても考えました。

Q-3.先生御自身の哲学・倫理学の授業を一度学んでいる学生にまた教えるのはめんどうですか?

A-3.ぼくの哲学・倫理学の授業を一度学んでいる学生に教えるのはめんどうではありませんが、
     むちゃくちゃ小っ恥ずかしいです。

今回の看護教員養成講座の受講生のなかに、かつて看護学校時代に、
私の 「哲学/倫理学」 の授業を受けたことのある人がいるかもしれないという事前情報を得ていて、
それはとてもやりにくいだろうなあと思っておりました。
授業の一番最初に 「看護学校時代に私の授業を受けたことある人?」 と聞きましたが、
誰も手を挙げなかったので、たぶんその情報はガセだったのだろうと自分に言い聞かせています。
手は挙げなかったけれど実はいたなんていうことになったら、めんどうとは思いませんが、
とにかくやりにくいというか小っ恥ずかしいでしょうねぇ。
あ、ここでまたあの話をして笑いを取るよとか、
ああ、これは引っかけ問題だからまともに答えちゃいけないんだったよなあと思われているとしたら、
とてつもなくやりにくいというか、あまりにも小っ恥ずかしくて、
次のセリフを続けられなくなってしまいそうな気がします。
本当にそんな人が今回のクラスにはいらっしゃらないことを心より願っています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

半日ぶりに発見!

2016-06-15 21:08:24 | 生老病死の倫理学
今日の午後は4連続会議で、今やっと帰ってきました。

今朝は話を盛るためにあんなふうに書きましたが、まあ神隠しがありえないのと同様に、

いやそれ以上に、盗難なんてことはありえないでしょう。

管理人さんがストーカーなんてわけがありませんし (管理人さん、あれはただの冗談ですからね)、

あんな短時間に侵入してミトンだけ盗んでいくハイテクニックで間抜けな泥棒もいるはずありません。

だとするとどこに行ってしまったんでしょう?

帰ってきてからもう一度、徹底捜索を行いました。

ソファやオットマンの下というのが一番ありえそうなので、

本格的に家具を移動させて調べてみました。

クッションも1個1個どけて調べました。

それでも見つかりません。

台所の引き出しのなかや、台所から動線のつながっている洗面所の引き出しも調べました。

寝室のベッドの上の毛布や羽毛布団なんかもどけて探しました。

本当にどこにもありません。

家のなかであれがなくなるなんて考えられないんだけどなあ。

もう一度、原点に返ってみようと思って今朝の行動を再現してみることにしました。

レンジの扉を開けて、お皿を入れる動作をしてみました。

すると、レンジの扉を開けたときに何か物がかすかに動く気配を感じました。

ん? 何だろう?

レンジと壁の隙間を目を凝らして見てみました。



何か見覚えのある色と形が

ズームしてみましょう。





これはあれではないですか?

レンジの横に回って裏側を見てみましょう。



おおおおっっっっ

こんな所に隠れていたのかあっっっっっ

いやあ、半日ぶりの発見です。

やっとのことでミトンを2つ並べることができました。



それにしてもなんであんな所に落っこっていたのでしょうか?

というよりもなんであんな所に移動してきているのでしょうか?

ローテーブルのところで外してその付近に放り出したとばかり思っていたのに…。

レンジの裏側に落ちていたということは、

レンジの上に乱雑に載せたものが向こう側に落ちたということだったんでしょうか?

ミトンをひとつだけレンジの所まで持ってきて上に載せる意味がわかりません。

何をしたかったんだろう、まさおさまは

まあこんなこったろうなと思って、

最初からあの記事は 「生老病死の倫理学」 のカテゴリーに入れていたわけですが…。

どうやらボケが極まってきたようです。

自分の行動をまったく思い出すことができません。

そのうち本当に泥棒に入られたとか言って警察を呼んでしまうかもしれません。

とにかく今回は無事発見できて本当によかったです。

あそこにはさまったままレンジやオーブンを使い続けていたら発火したりしていたかもしれません。

神隠しとか泥棒とか思って探すのあきらめてしまわなくてよかったです。

近代合理主義バンザイ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

泥棒に入られたかも

2016-06-15 12:25:55 | 生老病死の倫理学
我が家の台所には、電子レンジの脇にミトンって言うんでしょうか、

鍋つかみがこんなふうにぶら下げてあります。



で、今朝は残り物をレンジで温めて、お皿が熱いからミトンで持って、あちら↓の、



ソファ前のローテーブルまで運んでいったんです。

で、フウフウしながら食べ、途中、冷蔵庫まで醤油を取りに行ったり、

飲み物が欲しくなってもう一度冷蔵庫に行ったりしながら朝食を終えたんです。

そして後片付けをしようと、食器類を下げミトンを定位置に戻そうとしたんですよ。

そうしたらミトンがひとつ見当たらないんです。

先ほどの写真は事件後に撮影した再現写真なので、もうミトンがひとつしかぶら下がっていませんが、

もともとあそこにはまったく同じものが2つぶら下がっていたんです。

レンジで温めたお皿は大して重たいものではありませんでしたが、

わりと平らなお皿なのでミトンをはめた片手だと上手く平行に持ち上げられないんです。

なので両手にミトンをはめて4本指の部分ではさむようにして持ち上げて持っていったんです。

で、ローテーブルのところでミトンを外し、ラップも外してすぐに食べ始めました。

その後、冷蔵庫まで何度か行き来はしましたが、その際にミトンに触れた覚えはありません。

だから食べ終わった時点であのローテーブルの周辺に、

ミトンが2個転がってなきゃいけないはずなのです。

なのに1個しかないんです。

そりゃもう徹底的に探しましたよ。

ローテーブルやソファやオットマンの下はもちろん、

ソファの上のクッションの間とかもすべてチェックしました。

食事場所周辺で見つからないとすると、ひとつだけどこか別のところで外したか、

無意識のうちにどこかへと持っていったのかもしれません。

食事中にミトンに触れた覚えはありませんでしたが、

人間というのは無意識のうちにいろいろやっちゃう生き物ですからね。

私、探し物は得意ですので、ありとあらゆるケースを想定して家のなかを探し回りました。

まさかとは思いつつ冷蔵庫のなかまでチェックしてみました。

だけどないんです。

どこにもないんです。

行ったはずのないトイレや寝室のなかも探してみましたが、当然のことながらありません。

まったく見つからないのです。

どこ行っちゃったんだろう?

私は超自然的なことはまったく信じていない近代合理主義者ですので、

神隠しなどとは思いたくありません。

とすると残された可能性はもう盗難しかないじゃないですか。

私のミトン、盗まれてしまったのでしょうか?

私が一瞬目を離した隙に泥棒に侵入されあれを盗られてしまったのでしょうか?

そうとしか考えられません。

冷蔵庫に醤油やジンジャエールを取りにいった隙に賊に押し入られたのでしょう。

カギはかかっていましたので、相手はうちのカギを持っているのかもしれません。

コンシェルジュとかでしょうか?

うちのマンションにはコンシェルジュはいませんが、通いの管理人さんはいらっしゃいます。

管理人さんって全戸のマスターキーとか持ってるのかなあ?

マンション入居以来長年お世話になっている方なのであの方のことを疑いたくはありませんが、

ひょっとしてあの方が私のストーカーになってしまっているのでしょうか?

念のため他に盗られたものはないか確認してみましたが、

財布や貴重品や、あのローテーブルに出しっ放しにしてあったパソコンを含め、

ミトン以外になくなっているものはないように思います。

(もともと何があったか定かではないのであまり自信はありませんが…)

するとやはりカギを持ったストーカーによる犯行という線が強まってきます。

しかしながら、私が冷蔵庫に立ったあのほんの一瞬の隙に、

うちのカギを開け、私に気づかれないようリビングに侵入し、

かねてから狙いをつけてあったあのミトンを盗み出し、

再びカギをかけてから逃走するなんて、素人のストーカーに可能なんでしょうか?

そう思うとやはりプロの泥棒という線も捨てきれません。

うーん、どうしよう?

警察に被害届を出すのはもうちょっと待って、

今日家に帰ってからもう一度ミトン探してみることにしましょう。

それにしてもどこ行っちゃったんだろう?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする