インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

何かが似ている?

2011-12-01 07:18:07 | 考えるインディオ
  ネットというのは、巡り合いとかを提供する場所でもあるようだが、果たして「自分と似たような人物」と出会えるのだろうか、と思うことがある。

 たまに余所のブログとか読んで、「これは自分が書いたのでは…」と思うような記事があったりするのだが、じっくりといろんな記事をよく読むと「やはり違うのか」と思ったりするわけである。

 過去が違うし、個性があるから、違って当然なのだが、やはり同じ人間であるというか、同じ感性というか、考えていることは驚くほど似ている人物が、実際にいるわけである。

 ブログとかも、グダグダ書かなくとも、最初の数行で、あとは以心伝心という感じか。太古の人間は(インディアンもか)言葉を細かく必要としなかったようだし、今でもアボリジニとかは超能力のようなコミュニケーションをやっているようだ(確か『ミュータント・メッセージ』にあった)。

 やっぱしブログというのは、短くなければダメだ。書けば書くほど、確実に読み手は離れていく。それは読み手を軽視しているからかもしれず、言葉というものが人間の感情を切り刻んでいくからだろう。

 日常会話でも、感性の合う人間とべらべら話すのは、楽しいけれども、別に情報交換行為というより、「僕と君は似ているよ」というのを確認する行為なのかもしれない。

 このブログもたぶん、そういう方に読まれているのかもしれませんが

 そろそろ長くなりそうなので終わりにしますわい(この動物キャラで人格が疑われるのか)