石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

サウジアラビアを危うくする二人の王子:皇太子と石油相 (上)

2020-03-11 | その他

(注)本レポートは「マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://mylibrary.maeda1.jp/0498TwoSaudiPrinces.pdf 
 

(英語版)

(アラビア語版)

まえがき

 現在のサウジアラビアで華々しく活躍している王子と言えば、ムハンマド皇太子とアブドルアジズ石油相である。父親は共にサルマン国王だが、二人は母親の異なる異母兄弟である。1985年生まれのムハンマド(ムハンマド・ビン・サルマンの頭文字をとり通称MbSと呼ばれる)は1960年生まれのアブドルアジズより若いが、国王の寵愛を受け実質的な最高権力者として同国に君臨している。
(サルマン国王家々系図:http://menadabase.maeda1.jp/3-1-7.pdf 参照)  
二人は現在危険な賭けに手を染めている。ムハンマド皇太子の賭けは叔父と従兄弟の3人の王族を反逆罪で拘束し自らの強権体制をさらに強固にしようとしていることである。他方、アブドルアジズ石油相の賭けはこれまで維持してきたロシアとの協調減産体制を捨て、新型コロナウィルス問題で世界経済が悪化し石油消費の減退が明らかであるにもかかわらず、増産に転じ米国のシェールガス・オイル企業と市場シェアを競う不毛なチキンレースに飛び込んだことである。二人の賭けは極めて危険なものであり、万一舵取りを誤れば自らの地位が危ういばかりでなく、サウド家さらにはサウジアラビアそのものを窮地に追いやりかねない。

Part 1. ムハンマド皇太子の賭け

 2月6日、Wall Street Journal(WSJ), New York Times及びBloombergがサウド家王族の逮捕を相次いで報道した。3紙の報道を総合すると、逮捕されたのはサルマン国王の実弟アハマド王子、実兄故ナイフ内相の息子(つまり国王の甥)ムハンマド王子及びナワーフ王子の3名である。ムハンマド皇太子から見れば叔父と従兄弟たちということになる。サルマン、アハマド及びナイフはハッサ・スデイリ妃を母親とするスデイリ・セブン(スデイリ7兄弟)として有名である。因みに長兄ファハドは先々代国王、次兄スルタンは先代アブダッラー国王の時代に皇太子となり、また三番目のナイフもスルタン亡き後、皇太子になっている。7人兄弟のうちすでに5人は故人で、存命はサルマン現国王と今回逮捕されたアハマド王子の二人だけである。
(家系図「アブドルアジズ初代国王の王妃とその子息たち」参照)

 メディアは逮捕の理由は反逆罪(treason)、王子たちは自宅に軟禁されていると報じているが、続報はなく真相は闇の中である。しかし一連の逮捕劇の背後にムハンマド皇太子の強い意図が働いているとの見方では一致している。皇太子が現在サウジアラビアの事実上の支配者であることは衆目の一致するところであり、彼の強権的手法がサウジ国内に恐怖政治をもたらしていると言っても過言ではない。しかしイエメン内戦への介入とその泥沼化、あるいはワシントン・ポストのカショギ記者がイスタンブールのサウジ領事館で殺された事件(カショギ事件 )、さらには汚職摘発に名を借りた王族・有力財界人の大量逮捕事件などにより、国内外で皇太子の評判は地に落ちている。そして皇太子が旗を振るVision2030は停滞し 、アラムコの海外での上場見通しも立たず、石油価格の下落により国家財政の危機が取りざたされるなど経済の難問が山積している(石油問題については次項で詳しく触れる)。

 ムハンマド皇太子が身内の王族を逮捕するのは今回が初めてではない。2017年の汚職摘発事件では世界的大富豪として有名なアル・ワリード王子及びアブダッラー前国王の子息ミッテーブ王子(当時国家警備隊相)が逮捕されている。アル・ワリード王子は保釈金60億ドルで釈放されたと伝えられ 、ミッテーブ王子は国家警備隊相を解任された。王子二人を含む大物財界人はいずれも裁判前に釈放されており、政府と何らかの取引があったことは間違いない。アブダッラー前国王の親衛隊とも言える国家警備隊は国防相を兼務するムハンマド皇太子の正規軍に吸収され、軍事面においてもムハンマドは実権を掌握している。

 今回逮捕された3人の王族の顔触れを見ると、アハマド王子は2012年まで実兄のナイフ内相(今回逮捕されたムハンマド及びナワーフ王子の父親)の下で副大臣を務めている。その後は政界の表面に出ることはなかったが、数年前に休暇でロンドン滞在中、西欧メディアに出演し自国のイエメン内戦介入を批判した。これがサルマン国王及びムハンマド皇太子の逆鱗に触れ帰国が危うくなった。釈明により帰国は許されたが、その後は逼塞している。故ナイフの息子ムハンマドは2015年から2017年までサルマン国王の下で皇太子を務めたが2017年6月に皇太子を解任され、サルマン国王の息子ムハンマドと交替させられている。

 2017年と今回の王族逮捕には一つの大きく異なる点がある。サウド王家の家系図(上記)を見てもわかる通り、2017年の逮捕劇は異母兄弟(タラール王子及びアブダッラー前国王)の子息が対象であった。即ちムハンマド皇太子にとって祖母の異なる従兄弟たちである。これに対して今回は祖母ハッサ・スデイリを同じくする叔父と従兄弟たちである。ムハンマド皇太子に自分(及び父親のサルマン国王)の地位を脅かすサウド家王族は血の濃淡に関係なく断罪すると言う冷酷な意思が感じられる。政敵排除に聖域なし、とする恐怖政治が深まったと見るべきであろう。

(続く)


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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com 

 

 

コメント
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