日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

阪大下村事件の続きと終わり

2007-10-27 17:58:54 | 学問・教育・研究
昨年来、論文捏造で揺れた大阪大学で、二つの異なる処分が責任者である教授二人に下された。一つは大学院生命機能研究科による懲戒解雇処分であり、もう一つは大学院医学研究科による軽い停職処分であった。この時に停職14日の処分を受けた医学研究科の下村伊一郎教授に対して、その後新たに浮かび上がった論文疑惑で医学研究科教授会が『論文取り下げ勧告』をこの6月に行い、それに沿う形で「Science」誌掲載論文が今回撤回されたものと私は思っている。

第一次下村事件では下村教授は停職14日の処分で済んだが、この度の第二次下村事件で新たな処分が下されたのかどうか、外部には伝わってこない。もしかすると『論文取り下げ勧告』そのものがすでに処分であって、医学研究科では万事まるく修まっているのかもしれない。真相はどうなのだろう。それはともかく、論文捏造に対する処分内容が同じ大阪大学内であっても大きく異なることについて、私は以前から疑問を抱いていた。しかし、今回撤回された論文に改めて目を通して、私がこれまで見逃していたある事実に気づき、私なりに納得することがあった。

問題の論文は下記のもので、共著者は22名で所属機関は7カ所に亘り、最後に下村教授がコレスポンディングオーサーとして名を連ねている。



その下村教授の所属として3カ所挙げられており、その一つに私の目が向いた。「Department of Internal Medicine and Molecular Science, Graduate School of Medicine, Osaka University」とある。「Internal Medicine」と云えば内科ではないか。アレッと思い大阪大学医学部付属病院のホームページの「診療科のご案内」から「内分泌・代謝内科」を訪れると「診療科長 下村伊一郎」の名前があった。下村教授は歴とした臨床の教授だったのである。これで私の疑問は氷解した。

何事にも例外はある。しかし私の限られた見聞きの範囲であるが、臨床の教授でまともな『研究』に時間を割く余裕のある人がいるとは思えないのである。日常は『多忙』の一言に尽きるようである。従って私のいう『研究者』の範疇からは大きくはずれる存在なのである。そのような臨床の教授にとって論文とは形式としてただ名前を載せるだけである。御神輿に乗っかっているだけなのに共著者が不正を働いたからといって一々責任を取らされていたら臨床の教授は堪ったものではなかろう。医学研究科教授会の構成メンバーに臨床の教授が含まれている以上、いつかは自分に降りかかってくるかも知れない災難を避けるためにも、同僚に厳しい処置を科せるはずがないのである。

私が急に物わかりがよくなったのには理由がある。私も臨床の教授と共著の論文が何編かあるせいか、古めかしくも「仁義」という言葉が頭を横切ったのである。何となく云いにくいことがある。それにあれやこれやと私が問題視する内実をあげつらったところで、それだけでは積極的提言にはなかなか繋がらない。今云えることは、中身もよく分かっていないのに教授であるが故にコレスポンディングオーサーとして論文に名前を連ねる『古き良き慣習』を、医学部臨床部門の中に閉じこめておいて、外部に拡散させないことである。

ところで、これは本題から離れるが、下村教授の内分泌・代謝内科に私はちょっとした因縁のあることが今回分かった。下村教授が師事したとされるTS先生とはかって科研費特定領域の研究班で何年かご一緒させていただいたことがある。だから弟子は師の姿を見て育つものとはなんとなく口に出しにくくなった。さらにこの「内分泌・代謝内科」の前身は「第二内科」だというではないか。

つい最近もブログで取り上げた母校である高校に在学中、年に何回か実力試験というものがあって、各学年成績順に名前を廊下に貼りだしていた。私とクラスは違っていたが女子のトップにいつも名前を見るKさんの母親と、PTAの何かの役で一緒になった私の母から、Kさんの父親が阪大医学部の先生であると聞かされたことがあった。Kさんは文学部、私は理学部とそれぞれ阪大に入学したが、阪大での高校出身者の会でKさんの兄さんであるKTさんに紹介された。私より確か2年先輩の医学部学生で、それからは顔を合わせると立ち話をする間柄になった。その兄妹の父親のKT先生が何代か前の第二内科教授をされていたのである。先輩のKTさんはその後微生物病研究所付属病院の教授になられた。

こういうことが分かってきたので、私の下村問題はこれで終わりとする。


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1 コメント

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終わりとのことですが・・・ (同分野に身をおくものとして)
2007-11-04 17:52:33
戯言を一言。
今回の論文取り下げに際してサイエンスに掲載された「取り下げの言い訳」はあまりにも酷いもので、第一次、第二次下村事件を経ても未だなお私の心中深くにあった、下村氏への尊敬といくばくかの同情の念は今回の取り下げではかなくも泡沫に帰してしまいました。

私は下村事件の本質は以下の通りと考えています。

第一次下村事件:学生のデータ捏造など暴走を止めることなく、論文になるならと、むしろけしかけて走らせてしまったことが問題(内実をご存知だったかどうかは知りませんが・・・)。下村氏に対する処分が甘すぎたことが後々禍根を残す。

第二次下村事件:ポジティブな結果に対し裏を取らず「イケイケ」で論文にしちゃった。また先行研究の調査・引用が不十分。

つまり、第一次では指導者・管理職としての能力、第二次では研究者としての能力に疑問が呈された訳です。今回、第二次下村事件の幕引きとしてサイエンスの論文が取り下げられた訳です。おそらく取り下げを条件に下村氏はこの業界でサバイブできる、ということと思われます。

ところがですよ。サイエンス10月26日号に掲載されたRetract letter(取り下げますという公式のコメント)に何と書いてあると思われますか! 「大阪大学から取り下げるように言われたから論文を取り下げる。しかし我々は今でもこの論文の結論が間違っているとは思っていない。問題が指摘された実験は確かにうまくいく時とうまくいかない時がある。でも以前うまくいった時の試料を使えば今でもうまくいくんだ。実験がうまくいく試料はまだ手持ちがあるので欲しい人には差し上げます。」うまくいく時とうまくいかない時があっちゃだめじゃないですか! 確かに辛いけれど、血を吐くほど辛いかもしれないけれど、どうゆう時にうまくいき、どうゆう時にうまくいかないのかを明らかにしないとダメでしょう。うまくいかないことがあってもうまくいく時の(つまり都合の良い)結果だけ出して、ハイ、論文一丁上がり、って、そういうことがイケナイって言われているのが未だ全くお分かりでない。過ちは誰でも犯す。けれど反省の無いところに進歩は無い。反省しない下村氏に対する業界の人間の軽蔑の念は永遠に消えるものでは無いでしょう。

ちなみに下村氏は臨床の教授とは言ってもほとんど臨床経験が無く、ほぼ研究業績のみで教授になった方です。