東北大学の地元紙である河北新報はこの事件を次のように伝えている。
三件の事例を挙げているが、事の起こりは2006年、平成18年のことである。1年後の2007年、平成19年にも大学院生は指導教員に提出した論文を受け取って貰えなかった。ここで報じられた内容をみると、大学院生が指導教員からいわゆるアカデミック・ハラスメントを受けた可能性が考えられる。アカデミック・ハラスメントとはたとえばこのように定義されており、その強調部分(筆者)が当てはまると考えられるからである。
東北大学では以前からハラスメント防止対策に取り組んでおり、東北大学大学院理学研究科・理学部のホームページから>在学生>ハラスメントへと、その取り組みを辿ることが出来る。さらに全学的な取り組みとして「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」を平成18年 1月25日 制定、平成18年 7月19日 改正、平成18年10月25日 改正という経過で公表している。この別紙2には「教育研究ハラスメントの事例」が詳しく挙げられており、一部を引用するが、そのいくつかが今回の事例にあてはまるように思われる。
ここで注目するのは、このガイドラインがまさに大学院生に対する「アカデミック・ハラスメント」とおぼしき行為がなされつつある時期に、やや先だって作成されていたことである。大学がこの取り決めをどのように構成員に周知徹底をはかったのかはわからないが、この「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」が大学院生、指導教員とその周辺にまったく伝わっていなかったとは考えにくい。さらに東北大学ハラスメント防止対策にも「あなたがハラスメントを受けたと思ったら」とか「自分の周りでハラスメントを受けている人がいたら」と構成員に呼びかけて、当事者がいかになすべきかきわめて適切な指示を与えている。
大学としてこれほどしっかりしたハラスメント防止対策を講じていたのに、なぜそれが役に立たなかったのだろうか。まずこの大学院生に自分が「アカデミック・ハラスメント」を受けているとの認識があったのかどうかである。上の新聞記事の報じている通りなら、当然本人にもその認識があってしかるべきである。では「部局相談窓口」なり「全学相談窓口」に本人から相談が寄せられたのだろうか。
大学院生にとっていわゆる博士論文の提出は大きな出来事である。本人はもちろん、まわりも固唾をのんで成り行きを見守っている(少なくとも私が大学院生であった頃はそうだった)。提出すべき時期になって指導教員からその指示がなかったら、これはおおごとである。本人はもちろん周りもその理由を知りたがるだろう。もし本人も周りも納得できなければ今は昔と大違い、ちゃんと苦情を申し立てる制度が完備しているのだから、そこに本人なり、また周りが相談をもちかければよいではないか、と思ってしまう。それなのに「窓口」に相談が寄せられなかったのだろうか。
上記河北新報によると
ということで、もしこの通りだとすると、周りも無関心すぎると言える。これではいかによく考えられた「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」を作ったとしても、仏作って魂入れず、である。せっかくの「東北大学ハラスメント防止対策」がなぜ機能しなかったのか、東北大学の徹底した検証で問題の在りかを明らかにして、この対策が有効に働くよう努力すべきであろう。
最後に一言、この辺りの事情が明らかでない現状で、東北大学調査委員会の今回の結論を私は素直に受け取ることが出来ない。
東北大、院生自殺「指導に過失」 准教授が論文差し戻す
東北大は13日、大学院理学研究科の男性大学院生=当時(29)=が、指導教官の男性准教授(52)から論文を差し戻された後の昨年8月、自殺していたことを明らかにした。東北大は「教員の指導に過失があり、自殺の要因となった」とする調査報告書を取りまとめた。准教授は辞職したが、大学側は近く懲戒処分を決める。
東北大によると、准教授は2006年、大学院生が博士号を取得するために執筆した論文について、データ収集が不十分だとして、提出を見送るよう指示。大学院生は07年12月に論文を再提出したが、准教授は十分に説明しないまま差し戻した。
08年1月、大学院生の論文が科学雑誌の審査を通らなかった際も、具体的な指導をしなかった。
大学院生の自殺後、父親から「教員の指導に問題があったのではないか」との訴えがあり、東北大が調査委員会を設置して内部調査を進めていた。(後略)
東北大は13日、大学院理学研究科の男性大学院生=当時(29)=が、指導教官の男性准教授(52)から論文を差し戻された後の昨年8月、自殺していたことを明らかにした。東北大は「教員の指導に過失があり、自殺の要因となった」とする調査報告書を取りまとめた。准教授は辞職したが、大学側は近く懲戒処分を決める。
東北大によると、准教授は2006年、大学院生が博士号を取得するために執筆した論文について、データ収集が不十分だとして、提出を見送るよう指示。大学院生は07年12月に論文を再提出したが、准教授は十分に説明しないまま差し戻した。
08年1月、大学院生の論文が科学雑誌の審査を通らなかった際も、具体的な指導をしなかった。
大学院生の自殺後、父親から「教員の指導に問題があったのではないか」との訴えがあり、東北大が調査委員会を設置して内部調査を進めていた。(後略)
2009年05月13日水曜日
三件の事例を挙げているが、事の起こりは2006年、平成18年のことである。1年後の2007年、平成19年にも大学院生は指導教員に提出した論文を受け取って貰えなかった。ここで報じられた内容をみると、大学院生が指導教員からいわゆるアカデミック・ハラスメントを受けた可能性が考えられる。アカデミック・ハラスメントとはたとえばこのように定義されており、その強調部分(筆者)が当てはまると考えられるからである。
当NPOでは、『研究教育の場における権力を利用した嫌がらせ』と定義しています。例えば、教員の場合では、上司にあたる講座教授からの研究妨害、昇任差別、退職勧奨。院生の場合では、指導教員からの退学・留年勧奨、指導拒否、学位論文の取得妨害など。
東北大学では以前からハラスメント防止対策に取り組んでおり、東北大学大学院理学研究科・理学部のホームページから>在学生>ハラスメントへと、その取り組みを辿ることが出来る。さらに全学的な取り組みとして「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」を平成18年 1月25日 制定、平成18年 7月19日 改正、平成18年10月25日 改正という経過で公表している。この別紙2には「教育研究ハラスメントの事例」が詳しく挙げられており、一部を引用するが、そのいくつかが今回の事例にあてはまるように思われる。
(別紙2)教育研究ハラスメントの事例
(1)修学・教育上の権利の侵害
①教育的指導の不当な拒否及び放置
・求められた教育的指導を正当な理由なく拒否する。
・修学上必要な教育的関与を、修学に支障をきたす限度を超える期間にわたり一切行わない。
②修学上の不当な要求
・常識的に不可能な課題達成を強要する。
・長期にわたり休息不可能な、あるいは健康を害する可能性がある程度の努力の継続を強要する。
③学位取得論文の提出に研究科内での申し合わせ等による基準を著しく逸脱した条件の要求
・当該分野の学会誌等の査読付論文に関する基準を上回っていても学位論文の執筆をゆるさないと言う。
④自由な進路選択の侵害及びそのおびやかし
・学生に、他大学、他研究科、他研究室への進学や異動をゆるさないと発言する。あるいは、誓約を求める。
・個人の選択による就職先に対して不当な介入を行う。あるいは影響を与えるとおびやかしの発言をする。
⑤不当な評価及び発言
・成績の不当な評価を行う。あるいは評価に無関係なことがらを成績に結びつける発言をする。
・自分一人の権限の範囲外であるのにもかかわらず、自分が評価を左右するとのおびやかしの発言をする(“私が卒業させないぞ”など)。
(1)修学・教育上の権利の侵害
①教育的指導の不当な拒否及び放置
・求められた教育的指導を正当な理由なく拒否する。
・修学上必要な教育的関与を、修学に支障をきたす限度を超える期間にわたり一切行わない。
②修学上の不当な要求
・常識的に不可能な課題達成を強要する。
・長期にわたり休息不可能な、あるいは健康を害する可能性がある程度の努力の継続を強要する。
③学位取得論文の提出に研究科内での申し合わせ等による基準を著しく逸脱した条件の要求
・当該分野の学会誌等の査読付論文に関する基準を上回っていても学位論文の執筆をゆるさないと言う。
④自由な進路選択の侵害及びそのおびやかし
・学生に、他大学、他研究科、他研究室への進学や異動をゆるさないと発言する。あるいは、誓約を求める。
・個人の選択による就職先に対して不当な介入を行う。あるいは影響を与えるとおびやかしの発言をする。
⑤不当な評価及び発言
・成績の不当な評価を行う。あるいは評価に無関係なことがらを成績に結びつける発言をする。
・自分一人の権限の範囲外であるのにもかかわらず、自分が評価を左右するとのおびやかしの発言をする(“私が卒業させないぞ”など)。
ここで注目するのは、このガイドラインがまさに大学院生に対する「アカデミック・ハラスメント」とおぼしき行為がなされつつある時期に、やや先だって作成されていたことである。大学がこの取り決めをどのように構成員に周知徹底をはかったのかはわからないが、この「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」が大学院生、指導教員とその周辺にまったく伝わっていなかったとは考えにくい。さらに東北大学ハラスメント防止対策にも「あなたがハラスメントを受けたと思ったら」とか「自分の周りでハラスメントを受けている人がいたら」と構成員に呼びかけて、当事者がいかになすべきかきわめて適切な指示を与えている。
大学としてこれほどしっかりしたハラスメント防止対策を講じていたのに、なぜそれが役に立たなかったのだろうか。まずこの大学院生に自分が「アカデミック・ハラスメント」を受けているとの認識があったのかどうかである。上の新聞記事の報じている通りなら、当然本人にもその認識があってしかるべきである。では「部局相談窓口」なり「全学相談窓口」に本人から相談が寄せられたのだろうか。
大学院生にとっていわゆる博士論文の提出は大きな出来事である。本人はもちろん、まわりも固唾をのんで成り行きを見守っている(少なくとも私が大学院生であった頃はそうだった)。提出すべき時期になって指導教員からその指示がなかったら、これはおおごとである。本人はもちろん周りもその理由を知りたがるだろう。もし本人も周りも納得できなければ今は昔と大違い、ちゃんと苦情を申し立てる制度が完備しているのだから、そこに本人なり、また周りが相談をもちかければよいではないか、と思ってしまう。それなのに「窓口」に相談が寄せられなかったのだろうか。
上記河北新報によると
大学院生の自殺後、父親から「教員の指導に問題があったのではないか」との訴えがあり、東北大が調査委員会を設置して内部調査を進めていた。
ということで、もしこの通りだとすると、周りも無関心すぎると言える。これではいかによく考えられた「ハラスメント問題解決のためのガイドライン」を作ったとしても、仏作って魂入れず、である。せっかくの「東北大学ハラスメント防止対策」がなぜ機能しなかったのか、東北大学の徹底した検証で問題の在りかを明らかにして、この対策が有効に働くよう努力すべきであろう。
最後に一言、この辺りの事情が明らかでない現状で、東北大学調査委員会の今回の結論を私は素直に受け取ることが出来ない。