「虚庵居士のお遊び」

和歌・エッセー・フォート 心のときめきを

「ユリオプスデージー」

2012-11-12 01:23:20 | 和歌

 住宅地の庭先でよく見かける「ユリオプスデージー」だが、有ろうことか空き地のほぼ真ん中に、おお威張りで咲いていた。

 近くの何方かが、鉢植えの株が大きくなって手に負えず、空き地に放置したものが、根付いたものに違いあるまい。 空き地には雑草が蔓延っているが、そんな中でユリオプスデージーが気品を損なわずに居られるのは、生来の品格のなせる業であろうか。

 人間社会でも様々な人々が入り混じり、交流を重ねているが、「朱に交われば赤くなる」の諺通り、悪い影響は受けやすいのが通例だ。しかしながら、不思議なことに人それぞれの持つ良い意味での品性は、短期間では中々磨けないようだ。
家庭環境やお付き合いする人々が醸す環境に馴染んで、人は知らず知らずの裡に己の人格を築いていくものの様だ。長い年月をかけて人に接する態度、ものの考え方、感性などのセンス、経済感覚、生活力等などの練磨を重ねるのだ。

 自然環境の中での品性の変化も、多分同じであろうが、雑草の中ではユリオプスデージーがひと際抜きん出て、気品を湛えていた。朱に交わっても尚且つ、品性を落さぬ彼女にエールを送りたい気分であった。

 菊によく似た草花だと理解して来たが、念のため調べたら「南アフリカ原産の常緑低木」だという。小さいうちは草花のような華奢な姿だがが、年を経ると茎の根元は太くなって、表面がごつごつした樹木らしい姿になるのは承知していたが、宿根の多年草であれば当然の変化かと独りよがりであったが、「常緑低木」だという解説には驚かされた。

分類学上は「キク科」となっていることからすれば、「常緑低木状・多年草」が適当なところではなかろうか。ところで、この花には和名が見当たらないようだ。日本に渡来して、未だ日が浅いのであろうか。

 


          嫁ぎ来てまだ日が浅い故なのか

          うら悲しくも和名の見えぬは


          ユリオプス・デージーひと株咲きにけり 

          草むら蔓延る 空き地の真ん中 


          もののみな朱に交われば忽ちに

          色付き汚れて姿を変えるに


          様々な野草蔓延る中にいて

          気品をたもちぬ穢れを帯びずに


          麗しき花咲かせむと清廉な

          歳を重ねて古木になるとは