川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

結局疫学に帰ってきた……「犯罪不安社会」2

2007-02-11 20:52:13 | ひとが書いたもの
犯罪不安社会 誰もが「不審者」?犯罪不安社会 誰もが「不審者」?
価格:¥ 777(税込)
発売日:2006-12-13

この本の内容紹介その2。
結局、疫学に帰ってくるのだもの、びっくり。
 第二章は、「凶悪犯罪の語られ方」と題される。
 89年の宮崎事件で、メディアは、「識者」や言論人たちは何を語ろうとしたか。
 当時、被害者についての興味はせいぜいインターフォン越しに問いかけるとても無礼でデリカシー欠く「遺族インタビュー」くらいなもので、むしろ、メディアも言論人もむしろ、宮崎が何者か、ということばかりを追究した。そして、宮崎は時代の象徴とでも言うべき立場に立たされた。大塚英士が「宮崎勤はわたしだ」と述べたように、言論人たちは宮崎と宮崎を生み出した時代を理解しようと言葉のかぎりをつくした。加害者について考えをめぐらせ、ああでもないこうでもないと述べることは、当時、ある種のエンタテインメントとして、マスに受け入れられていたフシがある。「あっち側」の出来事として。
 
 それが、今ではそうならない。
 小林薫の内面が問題にされ、小林を生んだ時代の象徴性を担うようなことはなかった。「わたしは小林だ」などと述べる論客もついぞあらわれなかった。
 娯楽はではなく、セキュリティが、今ここにある。
 
 この間には、「被害者の再発見」があるという。
 被害者の支援団体が確立し、被害者のつらい心情を社会が受け取るようになった時、加害者を理解するよりも、むしろ理解不能のモンスターに仕立て上げる方に転がった。
 もちろん、被害者は守られるべきだし、救済されるべきだ。その点で我が国の社会は前進したと思う。加害者をただのモンスターにしてしまい、不安が増殖する副作用があったということ。
 
 第三章の「地域防犯活動の行き着く先」での指摘には、白眉。
 安全神話の崩壊と、市民の不安→セキュリティ強化→相互不審→不安の強化、というスパイラルを辿り、我々が向かいつつある、「治安社会」はどんなものか。
 
 実は、現在の治安社会志向は、「子どもを守れ」という大号令のもとに走ってきたのだという。
 第一章にも述べられている通り、子どもが被害者になる犯罪は長い目で見て減っている。76年が戦後最大で100人。82年が79人。05は27人だそうだ。これは犯罪統計なので未遂も入っているし、一般論として子どもの殺害は他人よりも虐待など身内によるものの方が多い。つまり、現実にはほとんど起こらない、むしろ減っている「他人による子どもの殺害」のために、「安心」が崩れたということ。
 
 じゃあ、どうするか、というので、多くの自治体は安全条例をつくったり、PTAや町会はパトロールを強化したりする。PTAは親睦団体から(本当は社会教育団体です、学校の下請け機関のところもあるけれど、川端・注)危機管理団体へと変わりつつある。
 安心できないのだから、なにかをやりたい。その結果、いますでにかなり安全な社会がさらに安全になればいうことはない。
 けれど、その時に、副作用はないのか。
 
 実は、大きな副作用がある、というのが論旨。
 だいたい、町の雰囲気が悪くなる(あ、すみません。これは川端の意見)。「相互監視社会」の到来で、ちょっとした人が不審者にされてしまう(これは、本書の論旨。ちなみに、ぼくもしばしば不審者扱いされてきたので、身につまされます)。
 だいたい子どもに「知らない人には話しかけられたら逃げる」みたいなことを教えている社会はろくなもんじゃない。そんなに小さい頃から人間不信を植え付けられて彼らはどう育つのか。
 最初から人間不信をインストールされた子どもたちは、さらなる不信と不安からなる社会を作ってしまうのではないか。
 
 第四章は、厳罰化がもたらした刑務所の現実。
 これがひどい。ほとんど、老人、精神障害者、外国人で締められているそうだ。著者の一人の勤務体験が反映されている。
 
 結局のところ、厳罰化や、犯罪機会論がどれだけ実効あるのか疑問である、というのが著者たちの主張。
 厳罰化については、とんでもない刑務所予算の増額が必要であり、どんでもないコストをつかって万引きやら小さな犯罪を根絶しようとしているに等しい。
 犯罪機会論は、地域安全マップ作成運動として、各地で受け入れられているけれど、安全マップで「あぶないとされる場所」で、実際の重大犯罪が起こっているのか、検証されていないという。これは、びっくり。本当にそうなのか犯罪機会論側の本なども読んでみる必要がある。
 
 現実を正しく認識し、ただしく安全を憂うためには、「証拠」に基づくべきだという。
 だから、著者達は、エビデンスに基づいた犯罪学、犯罪行政を提唱する。
 つまり、犯罪のコントロールに疫学の方法を持ち込む。
 例えば、厳罰化が重大犯罪の減少に本当に役立つのか、というメタアナリシスでは、有意な差はないという結論になったそうだ。
 
 ああ、びっくりここでも疫学が出てきた。
 でも、それはさもありなんでもある。

あまりに意を得たりだったので、たくさん書いてしまったけれど、結果的に読みにくくなってしまったと反省。
近々、簡易版、レヴューを書きます。
その価値がある本です。
特に、安全・安心に、「不安」を持っている人に。