川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

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外で日光を浴びるのは子供の健康に良い、と学校の先生に言われた

2005-05-31 17:57:55 | 喫煙問題、疫学など……ざっくり医療分野
きょうは、個人面談で小学校へ。
特に「紫外線対策」のことを話したわけではなく、ぽろりとそういう発言。

やっぱり、それが「常識」なのかなあ。
太陽の光=健康、というドグマ。
大人には美容上の問題があるから日焼けはだめだけど、子供は肌に快復力があるので、プラスの面の方が大きい、という発想なのだろうなあ。

もちろん、子供にとって外遊びが健康的であるというのは嘘ではなくて、体を大きく使い走り回るのは、とてもいいことだと思うのだけれど。
でも、その時に、紫外線対策をしっかりしていれば、もっと健康なわけで……。



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ケンカを売ってる旭山動物園。でも、ちょっと素朴すぎないか? いや、しかし……

2005-05-31 05:48:11 | 川のこと、水のこと、生き物のこと
リンク: レッサーパンダを『見せ物』にしないでね.

千葉の風太君から始まった、レッサーパンダの立ち姿ブームについて、今をときめく旭山動物園からの緊急メッセージ。
主旨は、「レッサーパンダを『見せ物』にするな」。
読んでみて、かなり強い違和感を抱く。

たぶん、ここで問題にされていることは、多くの心ある動物園人が感じていることでもあろうし、ぼくもレッサーパンダが立ったくらいでなんでああなるのという感覚が強いので、動物園としてわざわざ「緊急」メッセージを出したことには、拍手。こういうブームって、無自覚・無批判に拡大するとろくなことがない。

その上で、思うのだ。
動物園って、動物を見せる、とこじゃなかったっけ?

「見せ物」にするなというけれど、「立つレッサーパンダを見せ物にする」ことと、たとえば旭山なアザラシ展示でチューブの中のアザラシを見せるのって、どこが違うのだろう。
両方とも見せ物じゃないの?
だって、「見せ」なきゃ、動物園じゃないもの。
つまりは、この文章の書き手が、「見せ物」と括弧で囲んだ、その括弧の部分がなになのかという問題。

 以下引用 
 **********
 野生のレッサーパンダが普遍的に何十秒も直立する,あるいは立って歩く習性があって,これまで飼育下ではその行動を引き出してあげられていなかったのであれば「凄い!」ことです。しかし,よく考えてみて下さい。そうではないですよね。あの取り上げかたは「芸」です。「見せ物」です。というかレッサーパンダは解剖学的にも2本足で立つことは当たり前にできます。むしろ立つことができない個体がいるとしたらその方が問題です。「芸」以下ですね。
 レッサーパンダは外を覗きたい,エサをもらえるかもと立ち上がっているだけで,その行為だけを抜き取って「凄いこと」として取り上げています。「ここのレッサーパンダ立たないんだって。つまんない」これがレッサーパンダブームが招いたレッサーパンダの見方です。
 ********** 
 引用終わり
 
 
 ポイントは二点あって、まず、あの「取り上げ方」が「芸」的であるということ。行動の背景を抜き落として、立ち姿のみを取り上げていること。
 そして、ブームの帰結として、「立たないレッサーパンダはつまらない」という見方が出てくること。
 ふむふむ……。
 
 しかし、どんなものであろうか。
「芸」であるかどうかは、「芸」の定義によるのだけれど、ぼくには「芸」とは思えない。芸って、調教して、仕込んで、パフォーマンスとして見せる物でしょう? でも、これは違う。園長も言うとおり、ごくごく普通のレッサーパンダならできることを普通にやっているわけで、それを動物園の側が積極的に演出するのでなければ、芸ではないと感じる(*注、どこぞの動物園で「特訓中」という報道があったそうだけど……それが一般論というわけでもなかろう)。
 むしろ、これまで「レッサーパンダが立つ」ことを知らなかった人が、あの立ち姿に強烈なインパクトを受けた(実際、風太君のたち姿ってドキッとしませんか。背筋が伸びて、きりっとしてて)こと自体かブームのきっかけであって、それ自体否定するのは、人間が生き物に対して本能的に持っている共感だとか、びっくりだとか、ポジティヴ方向の感情をも否定することになりかねない。
 それに、千葉市動物園をはじめ、多くの動物園では、レッサーパンダは普通に立つってことを、入園者にも、マスコミにも伝えている。裏を取ったわけじゃないけれど、確信する。ぼくが知る動物園人たちは、そういうことに関してはきちんと伝えたがる人たちだから。むしろ、マスコミが「立つ」ことだけを抜き出して取り上げることに、忸怩たる思いを抱いている人が多いはず。
 
 ということは、ひょっとして、このメッセージって、ねじくれた形ではあるけれど、実はマスコミに向けたものなのかもって気がしてきた。
 もちろん同業者の「説明不足」を批判しているわけで、みずからは「緊急」メッセージを出して、「説明」をマスコミに試みつつ、やはり、同業者がんばれ、と叱咤しているのか、と。
 
 あとね、「立たないレッサーパンダはつまらない」という来園者の意見。いいじゃないかな。当然、その疑問は活用する、でしょ? どんなものであれ「?」は、正しい理解への第一歩なのだから。
 
 というわけで、この「緊急メッセージ」自体、たぶん、とてもいいこと。単に、議論の腑分けがうまくできていないだけの話だ。あるいは、戦略的にわざと「ねじれた」声明にしている可能性もある。
  
 にもかかわらず、違和感。そこに立ち戻る。
 やはり、「見せ物」というのはどうも……。
 というのは、ぼくは動物園は「見せ物」だと思っているから。
 旭山動物園がオフィシャルな場面で、「見せ物」にするなと言った時、実は自分たちがやっていることも「見せ物」なのかもしれないという視点が欠落している。
 たとえば、アニマルライツの立場でみると、風太君ブームも、動物園のほかの展示も、同じくらい「見せ物」であり、おなじくらいダメダメなのだ。いや、アニマルライツの活動家でなくても、「風太君が見せ物なら、動物園のほかの動物だってそうでしょ」って感覚、それほど特殊ではないと思う。
 
 それをあえて、レッサーパンダを「見せ物」にしないで、という。

 見せ物か、見せ物ではないか。
 なにを見せるべきなのか、どう伝えるべきなのか。
 風太君を、「見せ物」と断じる時、こういったことをワンセットで論じないと、あまりに素朴で、ひとりよがりですらあると感じるのだ。
 逆にこういうメッセージを発信することで、旭山動物園も自ら問いかけざるをえない場所に自分を追い込んでいるわけでもあり、また同業者たちを議論に巻き込むことにもなり……。

 それを戦略的・自覚的に意図しているのだとしたら、正直、脱帽。
 

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オイカワは産卵中

2005-05-31 01:22:52 | 川のこと、水のこと、生き物のこと
IMG_3151オイカワの魚影をもとめて多摩川へ。
ずいぶん水もぬるんだし、いるんじゃないかなあ、と。
でも、まったく、です。
群れる魚だから、いる時には一発で見えるはずなんだけど。

仕方なしに鯉釣りのおっさんたちに聞くと、オイカワは今は産卵中で夏の終わりくらいにならないと岸に寄ってこないそうな。
そういうことか。
たしかに以前、大きな群れをみた時も、夏休みの後半だったと思い出したり。

それにしても鯉釣りのおっさんたち、昼間から酒盛り状態で楽しそうだった。
このあたりは、時々カヌーに乗るところでもあって、その時には、釣り人は、川遊びを妨げる敵、みたいなかんじになるのだけれど、この日は、良い感じで盛り上がってきました。
おっさんが釣った80センチ級のコイの写真、すごかったなあ。まさにヌシというかんじだった。

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「今ここにいるぼくらは」

2005-05-30 06:18:44 | 自分の書いたもの
たぶん、タイトル本決まり。
集英社の小説すばるに書いてきた「ヒロシ=ハカセ君」の連作がまとまります。7月後半刊行予定。

週末はだらだら、ゲラをみてました。
一度、雑誌に出たものだから、二度目のゲラなわけで、直しは少ないはず……。
それはたしかにそうなのだけれど、全体を通してみると、いろいろ直したくなる部分もたくさんあって、やっぱり手がかかりますね。仕方ないっす。

「今ここにいるぼくらは」ってタイトル。
結局、ぼくは「自分が今ここにいるという感覚」を描きたかったのだと思ったから。
Sense of place & timeを「川」が担ってくれる話。
あ、当然のごとく、川ものなのです。原「川の名前」というか。

こうご期待、です。
まだまだ先の話だけど。

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背中とんとんのこと

2005-05-30 01:36:20 | 日々のわざ
昨晩、娘の保育園のオトモダチが泊まりに来ていて(幼稚園でいう年中さん)、深夜にYちゃんが「ママとパパに会いたい」と泣いた。

当然、起きているのはぼくで、ちょっとお話ししたりしつつ、最後は「背中とんとん」で眠った。

背中とんとんって、ほとんどの子が求めるし、自分も小さな頃求めていたような気がするのだけれど、なんでなんだろう。

体を軽く叩かれると、メラトニンが大量分泌されるメカニズムがあるとは考えられず、むしろ「落ち着く」「安心する」という部分で、有効なんだろう。
それにしても、なんで「とんとん」なのか。

たとえば手を握るのもいいんじゃないかと思うのだが、ダメらしい。多くの子にとって。

ひとつの仮説としては、とんとんされると、少なくとも、一人の人間が自分のすぐ隣にいて、自分のことを考え、自分のために起きていることを、理屈じゃなく、実感できるのかも。
いくら体を密着させていても、とんとんのような「運動」がなければ、相手も眠っているのかもしれないし、自分のことに集中してくれているのかどうかも分からない。
でも、とんとんされている限りにおいて、誰かが自分のために存在しているみたいに感じられるのじゃないかなあ。

Yちゃんの寝顔をみつつ、感じたり、考えたりしましたとさ。

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学童父母会のグループメールができる

2005-05-29 04:29:01 | 保育園、小学校、育児やら教育やら
結局、ヤフーのグループメールになりました。

何日か運用してみて見えてきた課題はというと……、携帯電話とパソコンの利用者が半々くらいで、携帯で古いのを使っている人の中に、250文字制限やら、500文字制限の人が、それぞれ一人ずついるということ。
ヤフーのグループメールは、そういう人用に分割して送ったりしてくれないので、500文字の人はともかく、250文字の人は、かなり頻繁に途中で途切れちゃうのです。

こういうの、調整してくれるグループメールがあればいいのになあ、と思うことしきり。
でも、しばらくヤフーでやってみます。

ちなみに、グループメールは、使う分にはただのメール感覚なので、携帯の人も問題なく入っていけるようです。
なんとなく使えそうな予感。
ワクワク。


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また同じことやられてやんの。思わず笑ったUAE戦@キリンカップ

2005-05-28 00:08:07 | サッカーとか、スポーツ一般
さてさて、対UAE戦。
思わず笑っちゃいました。
まったく似たようなシュートを決められよって。
さらに言うなら、今回の方が、よりバーレーンの攻め方にも近い「中東のツボ」に填った攻撃でしたよね。
これをやられているようじゃ、バーレーン相手にどうするよ、ってな内容です。

攻めきれない=カウンターのリスクを負う

当たり前の法則。
サッカーはそのリスクの度合いが、ピッチが狭い「両端にゴールがあるフィールドゲーム」(たとえばバスケとか、ホッケーとか)に比べて格段に高い。

目についたのは、久々の笑顔の伸二と、大黒様。
小野、よかったですね。
前半に彼の惜しいシュートがどれかひとつでも決まっていれば……。
特にあの浮き球のキックフェイントによる切り返し、伝説のシュートになったのかもしれないのに。
ただもう少し守備の意識から入ってほしかったなあ。
って、ないものねだり?

大黒様。
噂通りの身のこなし。反転力を強く感じさせるのは、すごいです。
「反転する力」は、久保や高原も持っているけれど、大黒様はそれがファーストオプションで、必ずやると相手も思っていて、それでも止められないというのが絶妙ですね。
地上はデジタルでみたので、中盤でボールを奪取した時に、大黒が何をしているばっちりみえたのけれど、とても忠実に「消える」動きをしていました。ウェーブとかね。
半身のボールのもらい方はいい時の城がああいふうにもらってたなあ、と。でも彼は、あれをポストプレーでためをつくる時に、ボールを相手から遠くに置いておきたい場合にやっており、大黒はシュートを打つためにやっているという大きな違い。

あと、坪井のパフォーマンス心配だなあ。
自信を失っていたりしないだろうか。ちょっと、不安定だった。ポジショニングも。ボールに触れている時も。

というわけで、次回、バーレーン戦に暗雲なわけですが、まあ、いいんじゃないでしょうか。
コンディションをあげて、モチベーションを高めて、強く戦ってくれれば、おいらは満足です。
なんてね。
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ヤブモトが本を書いた

2005-05-27 17:45:14 | ひとが書いたもの
4104764019日本テレビの元同僚で、少しだけ一緒に働いたこともある藪本雅子が、 「女子アナ失格」という本を書いた。
きょう新潮社から書籍小包が届いて、なんだろうと思いつつあけると、表紙には懐かしい顔。

彼女はぼくが会社をやめた直後くらいに、アナウンサーをやめて報道記者になった。だから、同じ職場だったことは一度もないのだけれど、ニュースを読みによく来てくれていたから、記者としてたくさん原稿をよんでもらったなあと思い出した。彼女が「きょうの出来事」をやっていた時期とぼくの報道時代って重なっていたかな? そのあたりは記憶に霧がかかっている。無理もないよな。もう10年以上前の話だし。

女子アナが芸能人のように扱われていた時代だった。今もそうかもしれないけど、今よりもっと「ひどい」状況だった。
だから、女子アナって大変だったろうなと、つくづく思う。精神的にもキャリア的にも、沈没する人は多かっただろうし、事実いたし。

藪本は、芸能人化した女子アナの中でも、もっともそっち方面に一時位置づけられていて、だからこそニュースを読む時には、気合いが入っているように見えた。これは当時のごく普通の心ある(?)女子アナならみんなそうだったのかもしれないけれど、浮ついた雰囲気を、冷静な「読み」で払拭したいと願っていたのではないかな。

ぼくが会社をやめて、しばらくの間、元同僚たちに新刊案内などのメールを送っていたのだけれど、その時に、レスをくれる数少ない存在でもあって、ずいぶん励まされたっけ。そういや、今度やめる福澤朗さんもそうだ。「やめる」人ってどこかで、組織適合性が悪くて、シンパシーを感じてくれたのかなあ、なんて思う。実際、そうやって示してもらうシンパシーって、すごく励みになるものなんだ。
結局、元同僚への新刊案内はある時期、自分はもう日本テレビの人間じゃないと感じ始めた頃(自分のキャリアの中で大事な部分から、日本テレビが抜け落ちつつあると感じはじめた頃)、やめてしまった。迷惑に感じている人も多かったろうし。でも、こういったシンパシーを抱いてくれる人たちには、今も送っている。メールアドレスをロストしたりしないかぎり。

やややや、とりとめもないぞ。
変にノスタルジックな気分じゃ。

で、「女子アナ失格」。タイトルは、女子アナ本なのだけれど、中身は報道記者ものであり、阪神大震災やハンセン病の取材記の部分が大きそう。両方興味あります。
というわけで、近々読みます。読んだら、アップしますね。
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虎と親指シフト

2005-05-27 15:09:21 | Macだし、親指シフトだし
PowoerMac G5 2.0G dual(Panther搭載モデル)+imate+Rboard pro for Mac+ATOK16。
きちんと動作しています。
Tigerをインストールしてから最初に立ち上げると、キーボードが認識できないというアラートがでて「識別」を要求されるので、その時だけは、標準のキーボードをつないでいた方がいいかもしれません。
そこを突破すれば、大丈夫。
ATOKにアップデータをかけて、あとは以前と同じように入力できるようになります。
最初、「ろ」と「ー」が入力できない症状が出たものの、ドライバを再インストールしたら、大丈夫になりました。

あと、親指シフトとは関係ないですが、Jedit4など、ほとんどのカーボン・アプリもちゃんと動きますね。
さらに言うと、ネイティヴ・コードが増えたのか、Pantherよりも高速に動いているかんじがします。「虎だし、重そう」と思っていたのですが、杞憂だった模様。

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マメさんのこと

2005-05-27 06:28:07 | 川のこと、水のこと、生き物のこと
マメさんこと、鈴木裕子さんが、一年ほど前に亡くなったことを、今更知った。

ペンギン基金のアニュアル・リポートが、「鈴木裕子追悼号」だったことで知ったわけだのだけど、亡くなったのが4月30日ということで、去年のリポートはすでに印刷に出してしまっていたのかもしれない。

鈴木さんのことは、それほど多く知っているわけじゃない。
イラストレーターで、年齢的にはぼくとそれほど変わらず、ペンギン好きで、青柳昌宏さんのペンギン基金を下支えする熱心な方で、なおかつ、いつも楽しそうで、でも、ちょっと翳りのある女性だった。


「ペンギン、日本人と出会う」の取材の時に、ペンギン基金の創世記を話をうかがいに出かけ、大崎の駅前の風が吹きすさぶ喫茶店(屋外)で、2時間ほどお話を聞いたのが、最長のコミュニケーション時間だったかもしれない。

どんな亡くなり方をしたのかまったく分からない。
ペンギン基金の事務局に電話して、聞くのもはばかられる。
たぶん聞かないだろう。
事情を知る人にたまたま会うときまで、知らないままだろう。
そもそも、リアルタイムで亡くなったのを知っていたとしても、ぼくの距離感では葬儀に出席したかどうかさえ微妙だ。

けれど、やはり、響く。
人はいつか必ず死ぬ。
だから、ある人が亡くなった場合、過剰に悲しんだりするのは、やめておくことにしている。
自分の日常生活を構成するような大切な存在が亡くなったら、それじゃ済まないのは分かっているけれど、それは自分の生きる意味やら意義やらをかなり露骨にそぎおとされることでもあって、マメさんの場合は、そうではない。

むしろ、ぼくが辛く思うのは、ぼくと彼女が将来、取り結ぶかもしれなかった交わりがもはやいっさいありえないものになったということだ。

ぼくはマメさんは、ペンギン基金のツアーで、一緒にガラパゴスに行ったかもしれない。
ぼくとマメさんは、一緒にペンギンに関する本の仕事をしたかもしれない。
ぼくとマメさんは、ペンギン基金のオークションで、馬鹿な話をして笑い転げたかもしれない。

可能性を断たれるのはたまらん。

ダメージを受けるってほどじゃない。
ぼくの日常は変わらない。

Beat goes on!

だけど、ブルー、なかんじかな。


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Go Tiger!

2005-05-26 23:47:24 | Macだし、親指シフトだし
バルク品のシリアルATAハードディスクを勝ってきました。250ギガバイト。
このクラスのが一万円台で買えるなんて、本当にどうなってるだろってくらいの世の中です。
これをPowermac G5に取り付けて……Tigerをインストール。
親指シフトの動作環境をチェックします。
その上で、メインのハードディスク上にもTigerをインストールする計画。
きょう買ってきたやつは、その後で、音楽データ用のHDになる予定。
さあ、一晩仕事。
七月にでる新刊のゲラをみつつ、しこしこやりますよ。


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ジーコ主演「陽だまりのイレブン」はB級おバカ映画だった

2005-05-26 15:27:24 | ひとが書いたもの
imagesコピーにある「ジーコ版がんばれベアーズ」というのは嘘です。
弱いチームががんばって勝つ、というような話ではない。

ジーコ・サッカースクールの合宿中、合宿に選ばれなかった富豪の息子がマッドサイエンティストにジーコのコピーを作ることを依頼、結果、身体的にはまったくジーコと同じ「ジーコピー」ができあがる。そして、ジーコピーとジーコを入れ替えて、自分のチームの監督に「本物」を据えて、特訓を受け……あら、やっぱりベアーズか。

おバカなところはいろいろあって、コピー作りはクローン技術のはずなのだけれど、マッドサイエンティストはパラボラで測定したり、最後は「本物」を透明チューブの中に入れてスキャンして、まるで紙のコピーを取るみたいに、はいできあがり。これがブラジル人が感じる、「科学技術」なのねぇと思いつつ、やっぱり、おバカです。

一番楽しかったのは、ジーコってああいうおバカな演技、けっこう似合うなあってこと。
それと、ジーコ・ファミリー総出演なのですって。奥さんのサンドラも息子たちも。みんな結構演技派。びっくりしました。

しかし、最後の唐突なキスシーンはなんなんだ。ブラジル人にはあれが「分かる」のだろうか。いや、ジーコの、じゃないんだけどね。


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全日本少年サッカー大会の決勝を見た(去年の)。そして、ちょっと違和感

2005-05-25 23:37:03 | サッカーとか、スポーツ一般
去年の決勝戦、横浜マリノス・プライマリーと、柏レイソルU-12の試合を見ました。テレビで中継されたものの録画。
ご存じの通り2対0でマリノス・プライマリーの初優勝。

うまいのなんのって、そういうレベルで感心してしまうのと、みんながんばってるなあ、というごくごく普通の感動があるのと……それにしても、なんか違和感があるんだよなあ。
いったいなんなんだろ。

と思いつつ観ていたら、ひとつの大きな理由に思い至りました。
解説、なんだよね。


アナと解説者は、まずプロを基準にして、「小学生でここまでできるなんて」というようなことを言う。
そして、「未来のJリーガーや日本代表がここからうまれる」みたいな言い方をする。

それってちがうんじゃないか、とぼくには感じられるのです。

ぼくの感覚では、サッカーに貴賤はなしで、小学生には小学生の体力や、諸条件(少年サッカーのピッチの広さ、ルール、慣習)によって規定される、大人とは違うサッカーがあるわけです。
相対的にフィジカルの差が大きく(身長170センチ近い子から140センチの子まで。体重なんて倍違うのも当たり前!)、また、走力なども個人差が大きい。そのわりには、テクニック的には、「大人のできることはだいたいできる」域に達しつつある。
個人戦術は身に付いても、チーム戦術までケアできるインテリジェンスを持った子はまだ少ない……等々。
こういうったアンバランスが、違ったサッカーを生む、と。

でも、決勝戦の小学生たちは、結構、大人びたサッカーをしていて、それを解説者やアナがほめるのね。
それがたぶん気持ち悪かったのです。

これに関連して、育成か教育か、という問題が浮上するわけ。

これらはかならずしも矛盾しないのだけれど、矛盾する局面もたくさんあるわけで……。
たぶん、この試合に出た子たちの中で、プロのチームと契約できるまでになるのは、二人とか三人とかじゃないでしょうか。もう少しいるかな?

でも、断言できるのは、代表に選ばれるようなトッププロになる子は、一人いたら上出来なはずです。また、一生、サッカーを仕事にできる人も、ごくごく限られた人数でしょう。
だから、大会の意味は、将来の日本代表がどうのというのではなく、「今ここでボールを一生懸命おいかけたこと」が彼らのジンセイにどう響くのかということにあると思うのですね。
つまり、今目の前で繰り広げられる試合というのは、「未来のプロサッカー選手の原石を愛でる場」であるより、選手たちの「今のすべて」であり、どんな道にすすむにせよずっと残っていく宝なわけじゃないですか。
だから、やっぱり、ある種の無神経、をかんじるのだなあ。

夢を煽るようなことを言えばいいってもんではない、と思うのだ。
ひねくれた意見かなあ。
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こんな感受性

2005-05-25 01:22:31 | 川のこと、水のこと、生き物のこと
「星と半月の海」を書いた時に取材させてもらったかごしま水族館の獣医さんから「よみました」メールが来る。

近況に、イルカプールにフナムシ出現、とのこと。
すごく、うれしがってる。最近はフナムシもあまりみないので、とか。
でも、プールじゃ暮らしづらかろうと捕まえて、海に戻しているそうだ。

かごしま水族館は海に近くて、イルカプールのゲートを開くと、直接、湾内の水路に出られる構造になっている。それで、イルカは時々、その水路に出て散歩というか、散泳することもあるらしい。とにかく、海に近いイルカプールなのだ。

それはそれとして、とにかく、フナムシ。
あの地味な節足動物が、イルカプールに出たのをよろこんでる図って、どことなくほほえましく、素敵だ。
まさにバイオフィリア。
人によっては、ゴキブリみたいって思うかもしれないのにね。

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ザ・スープ、重版だそうです。

2005-05-24 13:15:46 | 自分の書いたもの
4043748019「ザ・スープ」(角川文庫)が重版決定! わずか2000部だけど。これでたしか三刷になるのかな。
ありがたいことです。

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