川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

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「講談社科学出版賞」を受賞いたしました。

2018-07-23 23:25:25 | 日記

〈写真は「ホビット」が見つかったフローレス島のとある光景〉

 

「我々はなぜ我々だけなのか」が、講談社科学出版賞をいただくことになりました。先日の「科学ジャーナリスト賞2018」に続いて、高い評価をいただくことができました。本書にかかわってくださったすべての方々に感謝です。

講談社科学出版賞というのは、どんなものかと言いますと、今年で34回目を数えるということですので、とても由緒のあるものです。歴代の受賞作のリストがあったので、見てみますと……

古くは、「バイオコンピュータ」(甘利俊一)、「ゾウの時間ネズミの時間」(本川達雄)など。

21世紀になってからは「プリオン説はほんとうか?」(福岡伸一)、「渋滞学」(西成活裕)、「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ ハイテク海洋動物学への招待」(佐藤克文)、「大栗先生の超弦理論入門 九次元世界にあった究極の理論」(大栗博司)などなど。

こういった諸作は、ぼく自身、リアルタイムで読み、それぞれ強い印象を受けました。

そういったリストの中に、「我々はなぜ我々だけなのか」(川端裕人 監修 海部陽介)が書き込まれるのは非常に名誉なことです。

なお、今回の受賞理由の中には、物書きがサイエンティスト(この場合、海部さん)に話を伺って、自分なりに咀嚼し、表現を練ること、そして、現場の興奮を伝えること、といったスタイルが評価されています。

ナショジオの研究室連載から始まって、いろいろ試してきた「変なアプローチ」の可能性、あるいは本質的に持っている限界についても理解していただいた上での受賞というのは、やはり大きなことです。

このアプローチで作った本は、すでに──
三島和夫さんとの「八時間睡眠のウソ!」  、小松英一郎さんとの「宇宙の始まり、そして終わり」 があります。

自分としては、今回評価をいただいた「我々はなぜ我々だけだったのか」と同じくらい、野心的で、また、その野心がしっかり結実した内容だと確信しています。というわけで、「我々──」を読んで面白かった方は、それらを読んて下さっても、きっと楽しめますよ!と保証します。

さらに一冊まるまる同じテーマではないオムニバスも含めるなら、「研究室に行ってみた。」 も同じアプローチです。

いずれもナショナルジオグラフィック日本版ウェブサイトのインタビュー連載で開発した手法です。なかなか使い勝手が良いので多用していたところ、一定の評価を得るに至ったようです。でも、こればっかりやっているわけにも行かないので、別のアプローチのものもいろいろ考えております。

そんなこんなで、心機一転、きょうもまた書いています。
きっと明日も書いてます。

引き続きよろしくお願いいたします!

なお、監修者の海部陽介さんが代表をつとめる「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」は、今、「最終のクラウドファンディング中」です。日本列島にホモ・サピエンスがやってきた時代の航海をトレースする実験考古学の研究航海は、「我々はなぜ我わだけなのか」で扱ったよりも後の時代の話であり、実は作品の問いかけに対するアンサーでもあります。

ぜひ、ご覧になってくださいませ!

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まさに企画倒れだった「超PTA論」を再掲

2018-03-31 18:26:43 | 日記
 
「超PTA論」2012年頃に立てたPTA本の企画

自分のメールボックスを検索していたら、ひっかかって見つかった、本人も忘れていた計画。2012年頃、「PTA再活用論」がほとんどもう品切れ重版未定状態になっており、その時に、たま......
 

 

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1年前のこと。

2018-03-27 18:09:38 | 日記
 
なぜこのタイミングで「動物園にできること」(第3版)の電子書籍化なのか。とりあえずはKindleから。
「動物園にできること」(第3版)をKindle書籍として出版しました。この後、紙の本としてもオンデマンド出版できるように準備中です。そちらはBCCKSというサービスで提供予......
 

1年前、こんなエントリを書いていたみたいです。↑
その後、BCCKSでの紙版も実現しました。もう1年前かあ……。

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降矢三兄弟に思いを残してくださっているみなさん、彼らは今もここにいます。

2018-02-24 18:46:08 | 日記

もともと、「太陽ときみの声」は「銀河のワールドカップ」と同じ世界で繰り広げられるブラインドサッカー小説です。

去年、書籍になった「太陽ときみの声」の続編として、「続・太陽ときみの声──明日のもっと未来(さき)へ」を今、朝日中高生新聞にて連載中なんですが、そこにとうとう、降矢虎太くんが登場しました。

これまでも、栗林陽平くんをはじめ「銀河のワールドカップ」と地続きであることを示唆する登場人物やエピソードはあったわけですが、虎太がこんなルックスで登場して、とうとう「銀河へキックオフ!!」ともつながったかんじがありありとします。

原作とアニメは、微妙に違うところありますが、そういうのを全部無視して、おんなじワールドだと思ってください、みたいな。

ぼくもこのイラストをみてちょっと胸アツなう、です。

年内にこの部分も含めて本になります。

去年出た「太陽ときみの声」に「続」が加わります。そして、これにて、ブラインドサッカーのお話は一応のおしまいです。

降矢三兄弟に思いを残してくださっているみなさん。彼らは今もここにいます。プー横丁のプーさんみたいに、そこにいます。

時々、思い出してみてくださいね!

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色覚をめぐるエピソードを教えてください。

2018-01-16 01:00:59 | 日記

〈写真に深い意味はありません↑〉

現在、色覚のサイエンスと「色覚多様性」をめぐるノンフィクションを準備中です。
いわゆる「色覚異常」について、これまでも多くのことが語られてきましたが、それを21世紀のサイエンスの知見を大いに踏まえた上で、考えて直してみようという内容です。

取材を続ける中で、20世紀から21世紀にかけて、わたしたちの社会において、「色覚異常」と、「色覚異常の当事者」が置かれている状況は変わってきたことを実感しています。

そこで、ネットを使ってエピソードを募集してみることにしました。
基本的には「色覚異常」を持つ当事者、あるいは当事者が身近にいる人を想定しております(もっとも、強い思いがありましたら、どなたでも歓迎です)。ブログのコメント欄(非公開にします)や、twitterのダイレクトメール(@Rsider)、Facebookのメッセージなどで、ご連絡くださればと思います。

具体的には──

1)ご自身(ご家族・知人など)の色覚について。どのような特徴を持った色覚だと認識していますか? それにまつわるエピソードをお聞かせください。

2)学校などで色覚検査を受けたことがありますか? 2004年から2015年にかけて日本のほとんどの小中高で、健診の中での色覚検査を受けておらず、それ以前、その期間中、それ以降で、それぞれ体験は違うはずです。色覚検査を受けた時のエピソード、受けたことに(受けなかったこと)によって得た利益不利益など、お感じになっていることを教えてください。

3)「色覚異常」は、就学や就労においてどのような影響を与えましたでしょうか、あるいは与えなかったでしょうか。

4)ご自身の体験から、「色覚異常」は社会の中でどのように位置づけられるべきとお考えですか? あいまいな質問で恐縮ですが、この問いで、頭に浮かぶことを教えていただければ、と。

5)以上の質問にあてはまらないことで、特に「これは伝えたい」と思われることがありましたら、教えてください。

現在のところ知りたい質問は以上です。あまりにざっくりしているので、いずれリバイズするかもしれません。

すべての質問に答える必要はありませんし、ご自分が「イイタイコト」を書いてくだされば結構です。さらに詳しいことを伺いたい時などは、こちらから連絡させていただきたいので、ぜひ連絡先も教えていただけましたら幸いです。

また、私がこれから書くものの中で引用させていただく可能性がありますので(特にご希望がない場合は、匿名にします)、それについてもご承知おきください。

私たちの社会においては、デリケートな面がある話題であると理解しています。目下のところは、私の著作などをご覧になったことがあり、「この著者になら、コメントしてもいい」という信頼感を持ってくださる方からいただければいいなとは思っております。(もちろん、そのために著作を読んで下さい、などという話ではありません。)

なお、自分自身のことを簡単に書いておきます(詳しくはいずれまた)。

ぼく自身、「異常三色覚」の当事者です。
1964年生まれで、学校健診での色覚検査が徐々に縮小し、就学や就職の制限も次第に撤廃されていく中で育ちしました。小1で最初に受けた色覚検査は「毎年行う」時代のものでしたが、翌年に4年生のみになったので、「毎年」は経験していません。

それでも、クラス全員が見守る中で検査を受けて、検査表が読めないと囃し立てられ、あるいは「これ何色に見えるの?」という答えようもない質問をされたことは強烈な思い出です。中学や高校の先生が深刻な顔をしてぼくを呼び出し、「きみは、工業高校や高専には行けない」「医学部や歯学部や薬学部や工学部などでは行けないところがある」などと告げられたこともよく覚えています。

高校時代、心配した親が、当時、先天性色覚異常を治すとして宣伝されていたクリニック(電気刺激を与えて治す、という触れ込み)に通ったりもしました。もっとも、これは心配する親のためという面があり、治るはずもないのに治ったことにして通うのをやめました。親はひょっとすると、今も「治った」と思っているかもしれません。なお、このクリニックは今では「ニセ医療」だったと見なされています。

このようなぼくは、色覚について、今からは振り返ると「差別」としか言いようがなかった就学・就労上の制限がある時代をぎりぎり知る(けれど、目の前で壁が取り払われていった)世代です。古い大変な時代のことの片鱗を体験しつつ、実質的には、進学や就労で苦労することはありませんでした。でも、常に「色覚異常」は胸にしこりとなっており、今日に至ります。

以上。

なお、こういった体験は、当事者が生まれた時期や環境によってかなり大きく違うはずです。
今回、特に着目しているのは時期の問題で、2004年から10年間、学校健診で色覚検査をしていないかった時期に生徒・学生だった世代が、「就職活動の中で、はじめて自分の色覚を知り、不利益を被る」事例が出てきたことにはとても胸を痛めています。

かといって、20世紀に戻りたいなどと誰も思っていなわけで、いろいろ考えるためにも、それぞれのリアリティを収集しようと考えました。

色覚異常をめぐる体験は、それぞれにとって非常に強烈なものでありつつも、かなり固有です。自分の体験だけでは、強いバイアスがかかることが必定なので、なにとぞ、ご協力をいただけますかたは、ご連絡いただけましたらさいわいです。

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「我々はなぜ我々だけなのか」の正誤表(臨時)

2017-12-31 22:26:02 | 日記

「我々はなぜ我々だけなのか」の初版の正誤表を出版社のサイトにて作成中です。ただ、年末年始を挟んでですので、公開はお正月休み以降です。

冬休み中に本書を読んでくださってる方も多いと思いますので、この場で、本質的な部分だけ、公開いたします。

 

103ページの図のキャプション

誤)年代が新しい標本群は☓で、古い標本群は○で示してある。

正)年代が新しい標本群はで、古い標本群はで示してある。

 

228 ページの図のキャプション

誤)原始的なジャイアントハイエナ(●)が、新たに侵入してきたブチハイエナ(□)

正)原始的なジャイアントハイエナ(□)が、新たに侵入してきたブチハイエナ(●)

 

熱心に図を見ていただいた方で、「あれ? これは逆?」というふうに疑問を持った方も多いかと思います。まさに、逆にしてしまっておりました。

確認が足りず、すみませんでした。

 

 

 

 

 

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「我々はなぜ我々だけなのか──アジアから消えた多様な「人類」たち」について

2017-12-15 08:45:54 | 日記

〈↑窓辺に置いてみました。骨はドードーの嘴のキャストです〉

2013年から取材をはじめていたアジアの原人についての本をやっと上梓できました。
ほっと胸をなでおろしています。今回は国立科学博物館の海部陽介さんとの共同作業です。とても勉強になり、達成感に満ち満ちております。

ぼくにとっては2015年末に、ドイツのマックスプランク宇宙物理研究所の小松英一郎所長と一緒に作った「宇宙の始まり、そして終わり」(日経プレミアシリーズ)に続く、新書判型のノンフィクションであり、「ぼくらのはじまり」について探求する「起源本シリーズ」の第二弾になりました。

さて、本書のウリはなにかというと──
いくつか、類書にない部分があって、おそらくは「●●について詳述したはじめての一般書」という冠がいくつかもらえるはずです。


1)サピエンス以前の多様な人類の知識をアップデートして、アジアの「かつての隣人たち」を描こうとするはじめての一般書であるということ。
2)人類史の中のアジアを、明確に意識して書かれた初めての一般書。

ようするにアジアの多様な人類を詳述した上で、それを人類史の中に組み込んでみるとどんな景色、どんなタイナミズムが見えてくるのか語っています。

これは、21世紀になって分かってきた多くの新たな事実(知られていなかった人類の化石が見つかったりしたこと)を通じて、今、やっと語ることができるようなったであって、「はじめて」は日本でというわけではなくて、世界で、ということです。

もうちょっと具体的に書きますね。

まず前提として、
人類史の探求は、「どこから見るか」によって景色が違います。
ヨーロッパの人は地元でおきたネアンデルタールとクロマニヨンの交替劇に心を奪われがちだし、アメリカの人たちは、アラスカから侵入してきたサピエンスのアメリカ縦断の壮大な物語明らかにしたいと願います。オーストラリアの人は、サピエンスの海洋拡散に関心があるかもしれません。

じゃあ、アジアの人類史はどうかいうと、北京原人だとかジャワ原人だとか、誰もが名前だけは知っているわけじゃないですか。
これらは、ホモ・エレクトスとして、アフリカにいた原人といっしょくたになって100万年にわたって停滞していた連中だと思われてきたわけです。

でも、今世紀になって身長110センチの小型人類フローレス原人(ホモ・フロレシエンシス、愛称ホビット)が発見されたり、なぜかネアンデルタール人と同じ洞窟を使っていたシベリアのデニソワ人が見つかったり、台湾の海底から「アジア第四の原人」の顎の化石が漁網にかかって引き上げられたり、超弩級の発見がアジアでいくつも起きて、事態は単純ではないと分かってきたわけです。

じゃあ、それらの発見を、地理的にも時代的にも整理して、アジアでどんなダイナミズムがあったのか明らかにするのは、アジアに住むぼくたちの「担当」だよね、というのがひとつ大事なところですね。

そして、その中心にいるのが海部陽介さんです。

今、アジアの人類史について、分かってきている範囲内で特徴がいくつかあります。

ヨーロッパで、サピエンスが古い人(ネアンデルタール)と入れ替わるみたいな「AがBに取って代わった」物語でもないし、アメリカでサピエンスが拡散していく1つの種のグレートジャーニーの物語でもないんです。

もちろんアジアはグレートジャーニーの一部であり、アメリカからみると通過点なんですが、でも、「アフリカを出た人類が、アジアを通った上で、アメリカ南端まで来ました」というのはあまりに単純化されていて、サイドストーリーや「前章」があるわけです。

アジアを語る時には、その前章が大事になって、活躍するのがジャワ原人やフローレス原人や北京原人やデニソワ人です。また、本書の中ではじめて登場するまだ発見されてまもない台湾の澎湖人も新たな別系統の原人集団で、彼らも重要なアクターです。

彼らもアフリカを出て「ジャーニー」してきた人たちなんですよ。もっとも彼らのジャーニーはアジアで多分終わったわけですが、それって、ぼくらアジア人にしてみれば、まさに歴史として語るべきことですよね。アメリカの人たちは「うちには来てくれなかった人類」として関心を持ちにくいかもしれないけれど、ぼくたちは「最初のグレートジャーニー」をはたした人たちに興味津々で語っていいわけです。

アジアでは、サピエンス以前に、原人がおり、それぞれの特殊化をはたし、そこにやってきた旧人が原人と出会い、その後でサピエンスが両方に出会った(かもしれない)というふうな複雑な過程を経るわけです。海部さん自身、サピエンスの拡散の話、日本に来たサピエンスの話については、すでにそれぞれ書いています。でも原人の話はまだだったのですね。

ぼくは、本書を書きながら、本当に胸が熱くなりました。
ややマニアックでありつつも、ちょっと見方を変えると、人類史のきわめて重要なピースであるとすぐにわかります。
こんな素敵なテーマで書くことが許されるのは、本当に書き手冥利につきるなあと。

いずれ、海部さんは、今回のアジアの原人に加えてサピエンスのことまで統合してグランドセオリーを樹立するでしょう。ぼくが、今、このテーマにアクセスできたのは、フィールドで活躍し、アカデミックにも充実していて超多忙な海部さんが、現時点で「書いている余裕がないけれどしかし大事なこと」を書くように託されたとイメージしています。

この本はしばらく「最新」であると思います。そして、やがて、海部さん自身が究極のアップデートを果たす時には、さらに鮮やかな「アジアの人類史」が目の前に浮かび上がるでしょう。

そして書き手としてもぼくにとっては、冒頭にも書いたとおり、これは「起源本」シリーズのひとつです。

「宇宙の起源」「人類の起源」。

 

こういった大きなテーマを、当代一流の研究者と一緒に探求できるのは本当に得難い体験です。とても大変な仕事になるけれどそれだけのことがあります。

次は、「生命の起源」かなんて思ってますが、実現するのは早くて2年後でしょう。
気に入ってくださったみなさん、待っててね!

川端からは以上です!

 

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「太陽ときみの声」(コードネーム「銀河のワールドカップ・サイドB」)を紹介します。

2017-10-10 15:54:23 | 日記

 

「太陽ときみの声」(川端裕人 朝日学生新聞社)が、書籍として世に出ましたので、あらためて紹介します。
http://amzn.to/2wq3tx2

これは、2016年10月から2017年3月まで、朝日中高生新聞に連載していたものをベースに、大幅に加筆して仕上げた作品です。たぶん連載しよりも5割増以上の分量になっていると思います。新聞連載はなにかと制約が多いので、書籍化にあたって手を入れました。

個人的なコードネームは「銀河のワールドカップ・サイドB」。
「銀河のワールドカップ」を書いた時から、「いつか書く」と言い続けてきたブラインドサッカーの物語をやっと「書く書く詐欺」を脱して、形にできました。

時代設定的には、「銀河のワールドカップ」の後の話です。
「銀河のワールドカップ」に出てきたブラインドサッカー選手、栗林陽平くんは、今では日本代表のエースとなって、かなり重要な役回りで登場します。(ほかのキャラも、ちょっこっと出てくる人がいます)。

でも、これは、高校二年生の光瀬一輝(みつせいっき)と仲間たちの物語です。
彼らの冒険を、一緒に楽しんでいただけたら幸いです。

なお、装画はとろっちさん。この10月から朝日中高生新聞で始まった新連載「続・太陽ときみの声──明日の、もっと未来(さき)へ」のイラストと一緒に担当してくださっています。

 

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【速報】岩竹美加子さんの『PTAという国家装置』が出た!

2017-04-19 16:35:14 | 日記

伝説の民俗学論文「国家の装置としてのPTA」に加筆して、堂々の刊行です。

『PTAという国家装置』(岩竹美加子 青弓社) http://amzn.to/2or5nZg

岩竹さんは、戦前にさかのぼったPTAの起源(たとえば、連合婦人会)の研究や、PTAがPTAとなった後の教育行政や地域組織との関係、社会関係資本との関係を考察していきます。基本、「PTAいらない!」系の本です。

岩竹さんは、杉並区でPTA会員を体験してから、その後はヘルシンキ。おそらくは内情をある程度知りつつ遠巻きに見られる環境と、アプローチの仕方もあって、非常にマクロなPTA論になっていると思います。

その中では、小田桐誠、川端裕人、大塚玲子、山本浩資らによる、21世紀になってからのPTA論説(?)は、まとめて──

「PTAを維持しようとする真の意図は何なのかを問うことなく、表層の活動を積極的に、あるいは楽にやっていこうという態度で共通している。それは、PTAの延命を助けるが、問題解決にはならない」

と総括されちゃうような厳しさを持っています。

きっと、後の歴史家がみるとそんなふうに見えるかもしれないとも思うけど、さすがに小田切さんと、ぼく(ら)との間には断層をひとつ見つけてほしかった気もしますね。

でもね、声を大にして言いたい!
今、PTAにしがみついている人たち。「アンチ」と見られがちで、「自由な入退会を!」なんていうと「PTAの崩壊につながる」などと批判されつづけてきたぼくは、実を言うと「PTAの延命を助けるが、問題解決にはならない」言論をしてきた人みたいですよ! 

そんなゆるゆるの「助言」すらこなせずに、なにか終末期に向かおうとしているようにも見えるPTA、ほうっておいていいの? ぼくは、「やりたい人がやる」分にはどっちでもいいけど、しがみつきたい人は、このままじゃダメでしょ。どうにかした方がいいと思いますよ。(あ、今、ぼくは延命を助けようとしているのか! たしかに!)

現時点で、ひとつ異論があるのは、岩竹さんが指摘する国家的な「真の意図」は、それほど明確ではなく、その時その時の誰かに都合よく使われてしまう一貫性のない力がPTAだというふうにぼくは認識していること。誰かがプロットした「真の意図」がなににせよ、別の暴走の仕方をしている、と。ま、よく読んでまた考える。(現時点でのこの異論は、本の元になっている論文「国家の装置としてのPTA」を読んだ時に感じたことを言っているすぎないです)

注)民俗学は、柳田国男の時代からは変遷しており、近代国家の成立時に、民族的なアイデンティティの根っこ、あるいは、近代に対する「前近代」としてのフォークロア的なものを採集した時代から進み、今は、現在進行系で変遷している文化習俗(?)一般に関心を持ちます。さらに、民俗学自体を民俗学することまであります。その意味で、PTA研究はかなり民俗学的なのです。これは、川端の勝手解釈ですが。

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「動物園にできること第3版」の紙バージョンを紹介します。

2017-04-04 00:19:05 | 日記

紙の本の「動物園にできること第3版」が出版のはこびとなりました! BCCKSというサービスを使ったオンデマンド出版です。

リンクはこちらから。

http://bccks.jp/bcck/149418/info

 

『動物園にできること──「種の方舟」のゆくえ第3版』

定価・2000円+税

10インチ版・2段組み224頁

送料がかかりますが5冊まとめると無料になる仕組みになっています。

 

もともと、BCCKSは、電子書籍を作り、なおかつ、紙の本も同時に作成できる両がまえの稀有なサービスなのですが、今回はBCCKSのサイトを使って電子書籍データを作らせてもらい、それをKindleで売った上で、BCCKSでは紙の本だけを販売するというトリッキーな方法をとっています。

ですので、上のリンクの販売サイトでの試し読みは、目次までです。ePUBダウンロードも、その部分のみダウンロードされます。ちょっとわかりにくいかもしれないので注釈をしておきますね。

 

さてさて、オンデマンド出版なので、自分でも注文しないと本は届きません。そこで最終校正も兼ねて、自分用に印刷しまして、やっと届きました!

まず、感想としては、オンデマンド出版でイメージするものより、ずっとハイクオリティです。

〈見開きはこんなかんじに〉


なんとか224頁におさえることができたので、厚さもほどよく、われながらいい感じに仕上がっていました。表紙は、自分でやるのはあきらめて、BCCKSでのデザインに慣れているブックアレーさんにお願いしたのも大成功でした。

〈それほど分厚くならなかった。よかった〉

オール二段組なので、読みにくくないかと心配していなましたが、大丈夫です。少なくとも文庫版よりも組み方に余裕があり、読みやすいと思いますよ。

そうそう、文庫との比較が出てきたところで……サイズの比較を掲載しておきます。

だいたいこんなかんじのサイズ感です。

普通の単行本よりはやや横に長いかんじですね。

というわけで、くりかえしますが、なかなかいい感じに仕上がっていて、自分としては、安心して「売り物」にできそうです。

ご贔屓に!

 

電子書籍版のリンクも張っておきます。

 amzn.to/2mGMOUN 

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