川端裕人のブログ

旧・リヴァイアさん日々のわざ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

紀行文の位相

2010-03-30 22:00:42 | ひとが書いたもの
メガロマニア―あるいは「覆された宝石」への旅メガロマニア―あるいは「覆された宝石」への旅
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-05
むかし、紀行文というのは、わりと確立されたジャンルで、結構、売れ筋だった時代もあると思う。
でも、最近はどうなのかというと、ただの紀行文は、需要があまりないと感じている。
これは、書き手としても。
だいたい、行こうと思えば、大抵のところには行けてしまうわけで、本書の中で恩田陸が辿る旅先にも、日本人観光客はたくさん来ている。

開高健の「オーパ!」とかが持っていた輝きを、今の紀行文は普通には持ち得ない。
チャトウィンの「パタゴニア」もしかり。
椎名誠、沢木耕太郎など、一人ジャンルとして、深まっていくものを別にして。

たぶん、紀行文というスタイルそのものが、もう昔とは違う位相にあるのだ。
この本を読んでいて、不思議な感じがしたのは、小説書きらしい(あるいは、彼女らしい)瞬発力を持った描写がそこかしこにあって、はっとさせられる反面、本人はその自覚があんまりないらしいこと。

圧倒的な現実の前に、言葉を失うがごとき心情を終盤で吐露するのだけれど、そんなの抜きでがんがん書いてもよろしかったと思う。

ぼくは、描写の瞬発力を楽しんだ。

あと、著者による写真が、ぼくは好きだ。恩田さん、写真もいけるじゃん、と思った。プロみたいにぴたっと構図が決まるっていうのではなく、「切り取り」方の問題なのかなあ。

いずれにしても、この本を読んで、紀行文のなんたるかをふたたび考え始めてしまった。

紀行文は自分にとってもテーマだ。サッカーにせよ、ニュージーランドにせよ、「旅」でアウトプットしたいことはいくらでもある。小説になるのとはまた別の意味で、表現したことというのは常にあって、ジャーナリズムとかノンフィクションとかいうのでもなく、ただ、旅を書きたいとき、ぼくたちにはどんな表現がありうるのか。

読み終わる頃にはそんな問題提起の本になっていた。
コメント

「笑う出産」のまついなつきさんによるPTA本

2010-03-29 01:03:14 | ひとが書いたもの
まさかわたしがPTA!?まさかわたしがPTA!?
価格:¥ 998(税込)
発売日:2010-03-17
一気に読了。
PTAの現況についてのリアルなリポート?

とはいえ、ぼくが知っているPTAより、ずっと楽じゃないか(クラスからの選出人数やら、運営委員会や部会の回数などにおいて。もっとも、PTAの苦労はそれだけじゃないっすね)と思いつつ、原則として、まついさんの現実認識に合意する。

PTAって敬遠したいと同時に、「使える」部分もある、というのも、ぼくは分かる。
とはいえ、「使える」部分を前に出して、なんとか一生懸命、PTAに時間を使った自分を肯定しようとしてしまうと、ただ、現状を下支えしてしまうことになってしまうジレンマ。

目下、ぼくは、きっと、登場人物の「梅ちゃん」タイプね。一生懸命やりすぎて、むしろ、けむたがられちゃって、PTAやらないっ、と宣言する梅ちゃんは、今のぼくと似ております。

なお、本書は、目下、とっても旬な都小P会長、新谷珠恵さんもかなり協力して、成立した模様。

今のPTAが、ちょっと限界なところまで来ていて、どうにかしなきゃって、思いは、きっと多くの人が感じているんだよ。

ひとつ、知りたいのは、まついさん、PTAって、自由に入退会できるという、事実を知っていたのかどうか、ってこと。
機会があったら、お話ししてみたいです。

とにもかくにも、PTAが巨大な問題系であることを、示してくれているという点で、感謝します。

たぶん、まついさんのみならず、あとがきに出てくる編集者の宮武芳江さんの熱意もなければ、出版にこぎ着けなかったはず。

ここでも、もうひとつ感謝。

追記
おびにある「PTAは、めんどくさい、恐い、そんな不安を解消します」というのは、ぜんぜん解消されないと思う。

さらにもう一点、PTAのよいところは、無理にでも知り合いが増えるたこと、という点、たしかにそうだと思いつつ、それは、別にPTAじゃなくてもできる、ということも強調したいのが、ぼくの立場。

コメント

数式はロマンだけど、ロマンで数式は解けない

2010-03-28 22:07:34 | 日々のわざ
鴨川ホルモー [DVD]鴨川ホルモー [DVD]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2009-10-07
数式はロマンだけど、ロマンで数式は解けない。
作中で、栗山千明が言う。
血なまぐさくない、彼女をみてはじめてほっとしたのだった。
しばらく、ゲロンチョリーのポーズで盛り上がる。

コメント

命の認識展へ、滑り込み

2010-03-28 20:35:33 | 川のこと、水のこと、生き物のこと
Img_5153きょうが最後だというので、急いでいってきた。
いやあ、壮観。
死産の子象のことが念頭にあったのだけれど、狭いスペースにこれでもかというふうに並べられた、骨、骨、骨。
遺体科学の面目躍如。

企画立案の遠藤さんのこの本を思い出す。
遺体科学の挑戦遺体科学の挑戦
価格:¥ 3,045(税込)
発売日:2006-09


そして、自分が、「墓の中に生きている」を書いている時にイメージしていたのもこういうものだったなあと思う。
星と半月の海 (講談社文庫)星と半月の海 (講談社文庫)
価格:¥ 610(税込)
発売日:2010-03-12

それにしても……最終日。

これからこの骨たち全部片付けるんですよね。

ナンバリングに応じて、ひとつひとつ丁寧に、所定のキャビネットかなにかへ。
気が遠くなるなり。
Img_5150

コメント (1)

scaredy squirrelとこわがりやのクリス

2010-03-27 13:01:25 | ひとが書いたもの
Scaredy SquirrelScaredy Squirrel
価格:¥ 742(税込)
発売日:2008-04

こわがりやのクリス だっしゅつだいさくせんこわがりやのクリス だっしゅつだいさくせん
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2008-05-25

ニュージーランドで出会って一番気に入った"scaredy squirrel"には、邦訳があった「こわがりやのクリス」。
というわけで入手。
すでにシリーズ化されていて、とにかくキュートなクリス君です。
世にあまねく存在する危険の最たるものとしてキラービー(なぜかアフリカミツバチと訳されているのは、アメリカのミツバチと輸入されたアフリカのミツバチの主観雑種が、攻撃性の強いafricanized honey bee"となったとされているかだろう)の絵が秀逸で、娘がウインドウペイントで描いて、窓を飾っていたものだ。

で、思うのですが、
原書と邦訳をならべてみて、読んでみて、同じ絵本なのに、なんだか別物に見えるのですね。

邦訳は、きちちんと日本の絵本に落とし込んである。キャラクターとしてわざわざ「クリス」と名前を付けるのもいいかんじだと思う。

ただ、絵柄がわりと単純で記号的なところがあることや(キラービーなんてほんと記号ぽい)、独特のユーモアは、やはり、原書の方がぴたりとはまっている。
主人公のクリス君は原書では、あくまで、scaredy squirrelで通しているし(まあ、クリス、という語呂もないわけだし)。

そんな高くないし(原書のペーパーバックは742円!)、両方、見比べるというのうお勧めします。

ユーモアの感覚については、最近、キャッチャー・イン・ザ・ライでも似たことを感じた。
村上訳で再読したんだけど。
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)
価格:¥ 924(税込)
発売日:2006-04

コメント (2)

阿波ダンス

2010-03-26 22:04:41 | 日々のわざ
阿波DANCE [DVD]阿波DANCE [DVD]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2008-12-19
この手のものの縮小再生産ぶりには、目を瞠るものがあるが、それでも楽しめてしまうのが、再生産され続ける所以なのだろう。

楽しくみました。

ただ……後発になればなるほど、次第に「ど真ん中」を歩きにくくなるのも道理で、阿波踊りでアホになりきれないうらみが残る、ともいえる。

それと、こういうのが、いくつもの作る余地があるのは、やはり、今の世の閉塞感ゆえなのかなあ。そして、その象徴であるかのごとき学校、と。

コメント (1)

カカポやキウィに会ったぞ!

2010-03-26 15:02:03 | 自分の書いたもの
Mt_001_2集英社文庫のウェブサイトでの連載、「ニッポンをお休み!」の第15回がアップされています。
今回は、スチュアート島で出会ったカカポとキウィのこと。
これがとんでもなく、魅力的な鳥たちなのです。
写真もかなり入ってますのでぜひみてやってくださいませ。

コメント (3)

「私たちの学校もそうだった。日本だって変われるんじゃないか」

2010-03-26 00:15:50 | 自分の書いたもの
2126151日経BPオンラインの「ゆるゆる連載」の第6回目アップ。
経済危機のさなかにはじまった「明日の学校」が、いかに現場に受容されたか、という話。
当時を知る校長が、「私たちの学校もそうだった。日本だって変われるんじゃないか」と述べたのが印象的でした。
こちらからどうぞ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100316/213419/

コメント

菊池誠さんの「科学と神秘のあいだ」

2010-03-24 10:49:43 | ひとが書いたもの
科学と神秘のあいだ(双書Zero)科学と神秘のあいだ(双書Zero)
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2010-03-24
本日発売予定。

カワバタは、筑摩のPR誌に書評・エッセイを頼まれたので事前に読みました。
まったく内容のかぶらない2種類のバージョンができてしまい、筑摩の編集者にわたしたのはそのうちのひとつ。
印刷されない方の書評というかエッセイというかをもって、本書の紹介とさせていただきます。
********
 著者は、ニセ科学批判の急先鋒として知られる。

 水に「ありがとう」と伝えればきれいな結晶になるとか、マイナスイオンが体にいいとか、血液型で性格が分かるとか、代替医療ホメオパシーはとても効果があるとか、どこかで科学的に聞こえそうな雰囲気を醸しつつ、実際には科学的証拠がなかったり、都合のいいところだけつまみ食いしているだけの話を、実害を伴う場合には厳しく追及してきた。

 そこで、「ニセ科学の問題に興味があれば菊池さんの本を読め」と言いたいところなのだが、これまでこのテーマを主題にした単著がなかった。満を持して出された本書は、科学とニセ科学の境界を快刀乱麻を断つがごとく、ばっさばっさと切り捨てる痛快無比の入門書だ──というのは間違い。タイトルを素直に読めば分かる通り、本書は科学と神秘の「間」を語ることに主眼が置かれている。

 読み始めてすぐ思い出したのだけれど、「ニセ科学批判のいけないところは、科学と非科学を白黒でばっさり切り捨てること」という「ニセ科学批判」批判をネットで読んだことがある。実際は、著者をはじめ多くの批判者はそんなことは言わない。科学とニセ科学って、そんなに簡単に線を引けない場合も多いし、また、線を引けたとしても「実害」がなく、目くじら立てる必要もないこともある。

 たとえば、SF、とりわけハードSFと呼ばれる小説ジャンルはある意味ニセ科学の宝庫だ。光速より早く飛んだり、時間旅行したり、「科学的」にはありそうにないことを理論ごとごっそり捏造して可能だとしてしまう。でも、それを批判する人などいない。物語だとみんな了解しているからだ。

 また、科学的に根拠のない星占いだって、当たらないと知りつつ「本日のラッキーカラー」を参考にして服を決めても、誰に文句を言われる筋合いではない。科学的根拠とは別に、生活に役立ったり、知的好奇心を刺激してくれることはたくさんある。科学が万能ではないことは、科学者なら誰でも知っている。なのに、前述のような「ニセ科学批判」批判がなされるのは、「本当にダメ」なものを信じ切っている人たちに対しては、やはりダメと言わざるをえないというところから来ているのだろう。これはこれで不幸なことだ。

 本書のユニークさは、「間」の考察を通じて、その不幸な構図を少しばかり解きほぐせるかもしれない道具立てを整えようとすること。「リアリティ」と「折り合い」という言葉がキーワードとして出てくる。人が何にリアリティを感じるかについてはかなり幅がある。それを自体否定すべきことじゃない。けれど、自分がリアルに感じることを受け入れる時、どれほどの客観的な証拠と、個人的な体験、さらにその他の諸事情をブレンドして、「折り合い」を付けているのか意識できるかことは重要。本書でも引き合いに出される天気予報なんて良い例だ。

 50%の降水確率と言われた時に感じるリアリティは人によって違う。必ず傘を持っていく人もいれば、雨が降ってからでないと傘のことを考えない人もいるだろう。そういった「リアル」さの感覚だけでなく、その日、一張羅を着ているか、ほかの荷物がどれだけあるか、といった要素も関係してくるだろう。ぼくたちは、「降水確率50%」に感じるリアリティとその他の要素をいろいろ考えた上で「折り合い」をつけている。

 では、こんな思考実験。余命半年と言われた人が、ある代替医療で全快したとする。これは強烈にリアルな体験でありうる。「○○療法のおかげで助かった!」と誰もが思うだろう。けれど科学的な意味でその療法がどれだけ「効く」かは、「やったら治った人」だけでなく、「やったけど治らなかった人」「やらなかったのに治った人」「やらなくて治らなかった人」のデータが揃わないと分からない。じゃあ、自分が感じている強烈なリアリティと、証拠のなさ加減とをどう折り合いを付ける?

 答えは、本書を読んで考えて見てください。
 もちろん回答は載っていないけれど、ヒントならたくさんちりばめられている。
コメント (4)

抑止!

2010-03-23 22:24:04 | 日々のわざ
R0013267鮨屋からの帰り、山手線が止まっていた。
1時間45分!
とはいえ、ぼくはタイミングが良かったのか、20分待っただっけだっけけど。
それにしても……「抑止」か。
何を抑止してんだか。
妙に楽しい。


コメント (1)

ジョゼと虎と魚たち

2010-03-22 22:01:03 | ひとが書いたもの
ジョゼと虎と魚たち(通常版) [DVD]ジョゼと虎と魚たち(通常版) [DVD]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2004-08-06
これはとても良い作品だった。
娘が上野樹里で選んだ。
とはいえ、娘と見るには、エッチシーンは困ったもので、「あ、ここから大人のじかーん」と言って、「良い作品だから、おとなになってから、またみるのだー」と、そのあたりで日課のストレッチをさせていたのは、「正しい」対処なのか。
うーむ。

でも、良い作品だ。くるりの曲もよかった。素直にナイスと言えてうれしいのだ。

コメント

カンフーくん

2010-03-21 22:05:08 | インポート
カンフーくん スペシャル・エディション [DVD]カンフーくん スペシャル・エディション [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2008-08-06
B級どころかC級くらいのお馬鹿さ加減なのだけれど、親子で観るにはよいです。

黒文部省が、国民をお馬鹿にし一部のエリートによる支配を可能にするべく、超ゆとり教育を実施するというのは時節柄笑えるし、また、矢口真里が、「非実在小学生」として潜入調査しているというのもおもしろすぎ。

しかし、中国拳法についての、諸々の幻想というかステレオタイプというか、かくも強烈だと、設定を変えただけで、お話しは同じ、って部分がどうしてもありますよね。「少林少女」との酷似ぶりとか。それが、いかん、というわけではなく。

コメント (2)

「非実在青少年・条例改正」をめぐる、都小Pの緊急要望への違和感表明(PTAの会の性質という観点から)

2010-03-21 14:57:53 | 保育園、小学校、育児やら教育やら
「青少年健全育成条例改正案の成立に関する緊急要望」というものを都小Pが出しました。

これについて多くの方々が違和感を抱いたのは、ネットを見ていればよく分かります。
ぼくはここでは、都小Pの皆さんとは違ったルートで、PTAに深く首を突っ込んで思索を重ねてきたものとして、世でよく言われていることとは別のタイプの違和感を表明しておきます。

都小Pの方がもしもこれを読んでくださるなら、ぜひ、ご意見を伺いたいですし、また、それ以外の方にも、都小Pの緊急要望には、PTAという団体の性質に照らした意味でも、問題性があるとぼくが考えている点、伝わればうれしいです。

逐一、コメントしていきます。
**********
報道によれば、昨年の児童ポルノ事件は全国で前年比約4割増の935件と過去最多であり、小学生以下の被害者も約7割増の65人となるなどの状況にあり、保護者の不安はこれまでになく高まっています。

「保護者の不安」について、何か調査があるのかふと疑問に思います。PTAは保護者にアクセスしやすい立場にある団体(構成員のほとんどが保護者)なのですから、「不安が高まっている」ことについては、具体的な証拠がほしいところです(不勉強で知らないだけなら、ぜひご教示を)。

*********
また、漫画やアニメであっても、幼い子どもが自分から性交を求め、快楽を得ているかのようなもの、親子や姉弟・兄妹間の激しい性交が愛情表現の一環であるかのように片付けられているものなど、大人ですら良識のあるものなら目をふさぎたくなるようなものが、何ら規制されることなく書店の店頭に置かれています。このように、現状では、児童が性的対象になることが野放しの状態で蔓延しています。

上記のようなものが書店に並んでいるのは事実であると認識しています。そして、ぼくもそういうものが子どもの目の届くところに簡単にあることを憂慮します。

*********
しかし、私たちは、子どもたちが児童ポルノの犠牲者となり、その姿が大人の性的視線にさらされ、インターネット上で永久に広まっていくことを許すことができません。
また、こうした漫画等の蔓延によって、青少年の判断能力や常識、価値観が幼いときから歪められてしまう危機感を強く感じています。


漫画やアニメの話なのか、「実在の」被害者のいる児童ポルノ話なのか、よく分からなくなってきましたが、それはここでぼくが深く考え解きほぐすべき問題ではないですのでスルーします。

むしろ、「私たち」という主語が誰なのか気になります。


*********
子どもを守るため、子どもが健やかに育つために、児童ポルノを根絶すること、子どもを性的対象にする図書が青少年の目に触れないようにすること。たったこれだけの願いであるにもかかわらず、一部には、えん罪や表現の自由の規制を理由に、この条例改正案に反対している人がいると
聞きます。これは、子どもを守るよりも自分を守ることが大事だ、と言っていることに他なりません。


PTAという組織の基本は、多様な価値観を持つ保護者と教師が話し合い、学びあうことです。
「民主主義の学校」として設計され、民主的な運営が期待されます。

都小Pの綱領やら定款やら会則やらは、ネットでは公開されていないようなので詳しいことは分かりませんが、個々のPTAや都小Pを構成する区市町村のP連は、社会教育関係団体であり、この場合、「教育」は、保護者どうし、保護者と教師の学びあいを意味するのです。そして、その成果を子どもたちに還元するのがPTAの本旨です。

「都小Pの会員であるP連に属するPTA会員」(ややこしい表現ですが)の中には、漫画やアニメの制作側に身を置く、直接の利害関係者もいるでしょう。
また、別の観点から(たとえば、要望書に出てくるような、えん罪の懸念、表現の自由などの観点から)、強すぎる規制に反対する人もいるはずです。
会費を支払い(都小Pに入会しているPTA連合に所属している個々のPTAの会員は、払った会費の中から200円ほど【うろおぼえ】を都小Pにおさめます。ぼくも今年度はじめに払いました。もっともそのうち60円は日Pにいわば「上納」されるのですが)活動を支えている人たちの中に確実にある違った意見を無視して、断罪するようなスタンスに強い違和感をおぼえます。

また、子どもを守るためにはえん罪を認めてもよいと、読めるところにも「PTAらしくない」と強く感じます。

子どもは守るべきだし、えん罪もあったら困る。表現の自由も民主主義の根幹とされるほどの大切なことですから、PTAがないがしろにしてよいはずがありません。

これらのことを鼎立できるような手段を求めるのが、多様な価値観を内包する巨大組織であるPTAの連合組織(この場合は都小P)が持つべきコモンセンスであると信じて疑いません。

***********
このような主張に与し、大人が子どもを性的対象として弄び、傷つけることを許すことが、「人権を守る」こと、「自由を守る」ことなのでしょうか。
私たちは、親として、このような主張を受け入れ、「児童ポルノは、見るだけならいいのよ」、「強姦や近親相姦も、漫画なら表現の自由だからいいのよ」と子どもに教えることなど決してできません。子どもの尊厳を守る社会、子どもを守る社会、そうした社会の実現を目指す私たち(社)東京都小学校PTA協議会は、この条例改正案を支持し、その成立を期されるよう強く要望します。


文中に出てくる一人称について、「私たち」=「親」=「(社)東京都小学校PTA協議会」であることが、理解できました。
PTAは、親と教師からなります。「親として」を「親と教師として」としない理由はなにでしょう。ひょっとして、都小Pに参加している先生たちは、賛同していないのでしょうか。
もちろん、PTAが実質的に保護者団体として扱われてきたことは承知の上で、違和感を表明しておきます。

また、ぼくが理解するPTAの性質に鑑みると、繰り返しになりますが、都小Pはこの条例改正案について「人権(大人も子どもも)を守ること」と「自由を守る」ことと、「児童ポルノの規制」を、うまく成り立たせるバランスをぎりぎりの努力で求めていくべきだろうと思います。

なお、ここから先、私見をさらに強く前に出しますが、「子どものため」は社会の中で最強のカードです。だからこそ、そのカードを切る時には慎重に。

子どもは次世代を担う大事な存在であり、また、自分の子どもの笑顔は他の子の笑顔と一緒にある、とぼくは確信しいてます。都小Pのみなさんもそう確信していると勝手に確信しています。

強靱な善意から発した条例案支持および緊急声明であることに敬意を抱きつつ、残念なことですが、児童ポルノを根絶するために、直接関係があるか分からない「実在の被害者はいないけれど、目に余る創作物」まで根絶したいという「管理への欲望」の先には、子どもたちが担うはずの「次世代」を破壊しかねくらいの副作用があるとぼくは思うのです。そういったことを、子どもたちの未来のために考えてあげるのも、やはりPTAの守備範囲ではないでしょうか(もっともぼく自身の立場としては、PTAの役目というよりも、一義的に保護者の役目、と言いたいことろですが)。

実際、条例の改正に慎重な立場の中には、「子どもを守るよりも自分を守ることが大事だ」というのではなく、「実効あるかどうか分からない規制を推し進めるよりも、子どもたちのために民主主義の根幹を守っておきたい」と願っている人たちも確実にいる(それも、都小Pに会費を払っている人たちの中にも)のです。

最後に、都小Pがこのような条例改正案支持と緊急声明を、個々の子育てが行われている現場から遊離した形で行ったように見えることを非常に残念に思っていると表明しておきます。

条例案も継続審議になったことですし、都小Pはぜひ、加入しいてる各区市町村のP連との間で「条例案」について、話し合いを持って頂きたいと切に願います。
また、都内の保護者からの(加盟地区に限らず)パブリックコメントを求めることもぜひ行っていただければなおよいと思います。

とりあえず、気がついたのは、この程度。
また、思い当たることがありましたら、追記します。
コメント (5)

みさき・うちゅうのたまご・りょかんすずめや

2010-03-20 22:55:34 | ひとが書いたもの
みさき (どんぐりえほんシリーズ)みさき (どんぐりえほんシリーズ)
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2009-07
なんだか非常に迫力のある絵本なのだ。

言葉は最小限。
汽船がくるのを見に、海へと駆けていく男の子。雨宿りし、結局、間に合わないんだけど、目の前には海が広がっている。

ただそれだけ。

でも、迫力。

そして、不思議なのだ。どうやったら、この話が「書ける」のだろうか。「描ける」のは分かる。それは沢田としき氏の画力。

とはいえ、内田麟太郎氏の側が先に文を書いたのだとしたら、創作プロセスが分からない。画風を織り込み済みで、コンテまで思い浮かべて、「書いた」のだろうか。
いずれにしても、すごい。
うちゅうたまご (こどもプレス)うちゅうたまご (こどもプレス)
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2009-07
芸術は爆発だ系。
著者の作画プロセスまで含めて絵本になったみたいな、「宇宙が生まれる」瞬間を封じ込めたみたいなすごく大きな絵本。


旅館すずめや てくてく遠足日和旅館すずめや てくてく遠足日和
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2009-10
そして、こっちはすごく小さな絵本。
すずめの女将が切りもりする、旅館すずめやの一日。
判型も小さいので、読み聞かせはつらいけど、小さい子を膝において、一緒に読むのにはいいなあ。

旅館を舞台にいろいろな「和」の要素がちりばめられている。

それはこの絵本のアイデンティティでもあるみたいで、巻末に「和の小物型録」なる解説ページが見開きを使って入っている。

いや、それが、ぼくが読んでもすごく勉強になる。

ぼくは、ふご(畚)という和の荷物籠の呼び名を知らなかった。むかしはよく目にしたものなのに。
コメント (2)

「真夜中の学校で」のハングル版、実物が届く

2010-03-19 16:34:54 | 自分の書いたもの
R0013243これは、去年の終わりくらいに、韓国で出版されたらしいです。
ニュージーランドの韓国人ファミリーにあげようと思っていたのですが、ちょっと間に合わなかったですね。
日本とは本の作りが微妙に違います。
これは「リスクテイカー」の時も感じたけど、概して紙が重いような。あと、表紙が本のカバーみたいて形でかぶっているのではないのも、非日本的です。
世界的にはどっちかというと、そっちのがスタンダードだと思うけれど。

コリアンの読者さんたちは、楽しんでくれているかな。いずれにせよ翻訳してくれた方、関係者の方、ありがとうございます。

日本語版はこれ。
真夜中の学校で真夜中の学校で
価格:¥ 1,365(税込)
発売日:2008-05


コメント