うどん 熊五郎のブログ

日替わりメニューの紹介や店での出来事など徒然なるままにつづりたいと思います。

連載7

2012年07月28日 | 学習室
熊五郎と12名の仲間達


 そして、今年もサマーキャンプの季節が来た。彼等の学年はもちろん全員参加である。昨年、熱を出してテントから出ることの出来なかった横井も元気に参加した。ところが、参加者の一人、藤野が事もあろうに川遊びに必需品である靴を忘れてしまったのだ。岩場の多い谷川では靴を履かなければ川遊びは出来ない。本人もがっかりしている。こういう場合、熊五郎は救いの手を差し伸べない。忘れた責任は自分にあるからだ。下手に指導者が救いの手を差し伸べると子ども達は安易な考えに走ってしまう。縦社会、横社会が密であればあるほど仲間内で解決できる問題が多いのである。案の定、藤野は猪野沢の靴を借りて遊び始めた。猪野沢は自分が履いてきた靴で川に入っている。
「猪野沢君。大丈夫? 換えの靴無いんでしょ。」
心配そうに妻が聞くと
「大丈夫。すぐ乾くから。だって、藤野が川に入れないんじゃかわいそうじゃん。」
参加者達が川遊びに興じていると、紺の軽自動車がキャンプ場入り口で止まった。中から出てきたのは藤野の母親であった。実施要項に《川遊び用の靴》と書かれていたことに気づいて忘れ物を届けに来たのであった。
「ごめんなさい。つい、うっかりして息子の靴を入れ忘れたのを思い出して届けに来たの。」
藤野の母親は妻と日頃から親交があり、その関係で学習室に入れてくれていた。
「良かった。恭一君、川遊びできなくなるところだったのよ。とりあえず、お友達が貸してくれて仲良く遊んでるわ。」
「本当にごめんなさい。お詫びに夕食の手伝いしていくわ。」
思わぬ助っ人に妻は大喜びである。何しろ、四十人を超える大所帯である。熊五郎は、当時高校生になっていた甥達を動員して指導に当たっていた。しかし、所詮、高校生。中心になるのは事務を手伝っていた坂下と熊五郎夫婦の三人である。幸い、坂下は自衛隊時代の経験を生かし、飯炊きはプロであったが、他の炊事全般は総て妻が指揮していたのである。
「助かるわ。でも、旦那さんはいいの?」
「大丈夫よ。いつも仕事で遅いから。それに夕食の支度はしてあるから自分で食べてくれるわよ。」
「それじゃ悪いじゃない。」
「いいの。いいの。気にしないで。」
日も西に傾き、初日の夕食準備が始まった。五・六年生のモデル斑はすべて自分たちで準備をして夕食を作るのだが、三・四年生は米とぎ、火つけ、野菜の皮むきなど分担で行う。
「みんな、包丁を使うときは指を切らないように気をつけるのよ。」
「駄目、駄目、相手に包丁向けちゃ。」
妻の声が響く。一方、
「さてと。火をつけるにはどうすればいいかな。」
「新聞紙を丸めて、その上に薪を置く。」
「正解。」
「それじゃどんな薪かな。」
「細いやつ。」
「じゃ、細いのがないときは。」
「・・・・」
「こうして、周りに斧で傷を付ければいいんだ。」
「ふうん。よく知ってるね。」
坂下の周りには男子が群がって火つけの講習を受けている。熊五郎はモデル班と全体把握である。なるべく参加者達に経験を積ませるため指導者は最低限の助言と指導しかしない。炊事場は妻が働き蟻のようにあちらこちら歩き回って子ども達に助言している。藤野の母親はそんな光景を目の当たりにして引率者の大変さを身をもって体験したのであろう。夕食の片付けも終わり一段落したところで
「私、残るわ。」
思いもよらぬ発言に妻は
「だって、それじゃ、旦那さんに申し訳ないじゃない。」
済まなそうに答えた。
「いいのよ。どれだけ大変なのか解ったから、このままじゃ帰れないわ。」
「本当にいいの。」
「大丈夫。内の旦那、一人でご飯作るの慣れてるから。」
「あなた、どうする。藤野さん、こうおっしゃってるんだけど。」
「本当にいいんですか。私が怒られそうな気がする。」
「塾長、本当に大丈夫。心配しないで。」
こうして、彼女は協力して下さる保護者の第一号になったのである。その後は毎年、協力を申し出て下さる保護者が現れ、熊五郎達の負担は大いに軽減されることになった。61
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 連載6 | トップ | 連載8 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

学習室」カテゴリの最新記事