近研ブログ

國學院大學近代日本文学研究会のブログです。
会の様子や文学的な話題をお届けします。

平成二十八年夏季合宿報告

2016-09-03 00:44:37 | Weblog
 こんばんは。今年度夏季合宿委員を務めました、二年の長谷川です。遅ればせながら、8月8日から10日にかけて行われました、2016年夏季合宿についての報告をさせていただきます。
 今回の合宿地には、以前から希望の多かった金沢が選ばれました。昨年度の夏季岩手合宿の成功により、首都圏から距離のある場所への合宿が可能であることが示されたことが、大きな要因のひとつだったのではないかと思います。金沢は近代文学との縁が深い地です。泉鏡花、徳田秋声、室生犀星と、日本近代文学の潮流に多大なる影響を与えた文豪を三人も輩出し、他にも多くの文学者がこの地に関わってきました。日本近代文学の研究に少しでも携わる身として、この地に実際に趣き、学べたことはとても幸運でした。

 一日目は大宮駅に集合し、JR北陸新幹線かがやきに乗って金沢駅へ向かいました。心配されていた交通時間ですが、歓談しているうちにあっという間に過ぎてしまいました。金沢に着くとまず始めに、昼食にハントンライスをいただきました。ハントンライスとは金沢のB級グルメで、オムライスの上にマグロやエビのフライを乗せ、ホワイトソースとトマトケチャップをかけた料理です。ボリュームのある食べ物ですが、新幹線の都合で到着が遅めだったこともあり、お腹が空いていたので美味しく食べられました。昼食を済ませたあとは、犀星が愛した犀川を渡り、室生犀星記念館へ向かいました。記念館の近くには野良猫がいました。猫好きで有名な犀星の記念館前に猫がいるということで、温かな笑いが起こりました。記念館の入り口には犀星直筆「小景異情その二」の拡大複製ポスターが掲げてありました。田端文士村で犀星の文字を見て以来、あのころころとしたかわいい文字のファンである私にとっては嬉しいものでした。展示の中で印象に残ったのは、壁にずらりと並べられた、初版本の表紙の複製でした。文学表現の中でも最も芸術性の問われる表現のひとつである詩によって文壇に認められた犀星の、こだわり抜かれた装幀が並ぶ様は圧巻でした。私達が訪れた期間には朔太郎とともに作られた雑誌「感情」の特別展が開催されており、貴重な資料が並んでいました。記念館を離れた後は、すぐ近くにある雨宝院へ向かいました。雨宝院は犀星の養家であり、読書会で扱った「性に眼覚める頃」の舞台でもあります。犀星の倫理観を形成した場として、犀星の作品にも強い影響を与えたといわれています。犀川の拡大に伴い狭くなってしまいながらも庭の一部は残っており、犀星が暮らしていた当時から生えている木もいくつかありました。犀星が生きた時代から私たちの生きる時代への繋がりを感じました。お盆も近くお忙しい時期でありながら、住職さんのご好意により雨宝院の説明を聴くことができました。小説家としては自伝的作品によって文壇に認められた犀星ですが、小説に書かれていることと現実に犀星が経験したことを安易に結びつけることの危うさを説いてくださり、テクスト論が主流となる現在の文学研究にも通用する、ためになるお話を聴くことができました。「性に眼覚める頃」に登場するとされているお賽銭箱も見せていただきましたが、当時実際の雨宝院は投げ銭寺だったそうです。宿泊地には、以前から近研で度々お世話になっているという鹿島屋旅館さんにお邪魔しました。鹿島屋旅館さん自慢の新鮮なカニ料理は絶品でした。

 読書会では室生犀星の「性に眼覚める頃」を扱いました。本作の簡単な紹介についてはコラムをご覧ください。記念館で犀星について学び、「性に眼覚める頃」に登場する地を巡る行程を読書会の前に設定することにより、参加者全員が作品に対する知見を深めてからの読書会だったので、より有意義なものになりました。最初に、小説としての構成力の弱さについての議論がなされました。普段小説として書かれた作品を多く扱う会員にとって、エピソードが断片的にみえ、並べて書かれる必然性が感じられない点などに違和感が生じたようです。これには岡崎先生から、エピソードをそのまま並べることで、自然に体験するかのような読書体験を読者に味わわせる効果があり、後に小説作品を多く世に発表し流行作家となる犀星の老練さを既に感じさせるのではないかという意見をいただきました。次に過去回想体でありながら語り手が過去の「私」を批評することがないという点について論点に挙げられました。過去の「私」の心情には矛盾点が多く含まれていますが、語り手はその矛盾点を無理に解決しようとはしません。後年の安定した心情から、その時々の観察眼を整理せず大切にし、矛盾を矛盾のまま描くことは、詩人ならではの表現なのではないかという意見をいただきました。この矛盾を矛盾のまま受け容れる姿勢が、私がこの作品を好きになった所以かも知れないということにこの時初めて気が付きました。最も白熱した論点は、登場人物の負う役割についてです。魅力的な人物が多く登場するため、これには様々な意見が出ました。その中で、展開の中で変わっていくものを効果的に見せるための現実からの変更についても議論されました。他には、主人公の積み重ねられる歴史と金沢の自然の照応や、滝田樗陰によって変更されたタイトルについてなど、興味深い意見が多く出ました。短い時間ながら、活発な議論が繰り広げられました。

 二日目は金沢の有名な観光地を巡りました。まずはひがし茶屋街を訪れ、金沢独特の町並みを堪能しました。ひがし茶屋街の自由時間では、私は箔押し体験や抹茶を楽しみ、お土産をたくさん購入しました。徳田秋声記念館を訪れた会員もいました。その後、日本三名園のひとつ兼六園へ向かいました。晴れ渡った空と青々と茂る木々とのコントラストが印象的でした。昼食は、「性に眼覚める頃」でお玉の掛茶屋として登場する兼六亭で加賀殿定食をいただきました。金沢名物治部煮がとても美味しかったです。お腹を満たした後は、今回の合宿のメインとも言える、石川近代文学館へ向かいました。学芸員さんに案内していただき、金沢と日本近代文学との関係について深く学べました。鏡花の所有していた兎の置物が夜な夜な移動するお話がおもしろかったです。

 三日目は泉鏡花記念館を訪れました。近研における鏡花の人気は高く、前日入りして講演を聞いてきた会員もいました。この記念館では鏡花が実際に使用した道具などが数多く展示されているのが印象的でした。道具からは鏡花の潔癖症や小柄な体格などが窺えました。昼食は金澤寿しでまつり寿しをいただきました。店員さんが金沢料理に関する詳細な説明をしてくださりました。押し寿司に入っていたフグの卵巣が独特な風味で美味しかったです。

 今回の合宿では、読書会で扱う作品に登場する場所を実際に巡ることができた点が良かったと思います。また、多くの文豪に関わる地だということもあり、たくさんの文学館を訪れることができました。帰り道、みなさんから楽しい合宿だったとお声を掛けていただき、委員冥利に尽きました。問題点は多々見つかりましたが、今後の合宿に活かしていきたいと思います。