を気になって近くの大学で読んでいた。要するに中国の学校で使われている歴史の教科書。
いろいろなブログで同様のことが言及されていたりするのだろうけれど、これはやはり日本嫌い、日本憎悪を促す教科書であるのに違いない。どのようにこの教科書を使っているのかは分からない。四冊分全1200頁ほどの分量、その50頁以上を満州事変→終戦に割いている。そこでは、いかに日本が民衆に残虐な行為をしたのかをある村の虐殺について、具体的な人数まで挙げて記述している。当たり前といえばそうなのだけれど、太平洋戦争は中国にとっては「抗日戦争」なのだ。
歴史というのは、客観的な物語などではなく、世界史という物語の主導権をどう奪い奪われしてきたのか、のドキュメント。だとすれば、さらに、このドキュメントの行為自体もまた客観的にあるのではなく、どう書くかについての戦いは過去にではなく現在進行中のことなのである。いま、起こっていることはまさにこれなのだろう。
さらに、
スタロバンスキー『絵画を見るディドロ』『病のうちなる治療薬 啓蒙の時代の人為に対する批判と正当化』(ともに法政大学出版局)を借りる。後者の「お世辞について」がかなり参考になりそう、いまの研究にとって。
いろいろなブログで同様のことが言及されていたりするのだろうけれど、これはやはり日本嫌い、日本憎悪を促す教科書であるのに違いない。どのようにこの教科書を使っているのかは分からない。四冊分全1200頁ほどの分量、その50頁以上を満州事変→終戦に割いている。そこでは、いかに日本が民衆に残虐な行為をしたのかをある村の虐殺について、具体的な人数まで挙げて記述している。当たり前といえばそうなのだけれど、太平洋戦争は中国にとっては「抗日戦争」なのだ。
歴史というのは、客観的な物語などではなく、世界史という物語の主導権をどう奪い奪われしてきたのか、のドキュメント。だとすれば、さらに、このドキュメントの行為自体もまた客観的にあるのではなく、どう書くかについての戦いは過去にではなく現在進行中のことなのである。いま、起こっていることはまさにこれなのだろう。
さらに、
スタロバンスキー『絵画を見るディドロ』『病のうちなる治療薬 啓蒙の時代の人為に対する批判と正当化』(ともに法政大学出版局)を借りる。後者の「お世辞について」がかなり参考になりそう、いまの研究にとって。