4月1日から中国を訪問していた馬英九(元台湾総統)は、広州から西安を巡り、北京に入るとまっさきに盧溝橋にある反日記念館を訪問した。北京大学も訪問し、引率した台湾の学生たちと親善の旅を続けた。
習近平との会談は当初、4月8日に予定されていた。急遽、10日に延期された理由は単純明快、日米首脳会談の直前にぶつける演出である。
馬英九は前回の会談で習を「さん」づけで呼んだが、こんどは「主席」と呼びかけた。会談では「92年合意」の尊重、「お互いが中華民族」であり、いずれ「統一」を目ざすなど。また習は国民党主席の朱立倫の訪中を呼びかけたという。
第一に92年合意なるものは存在しない。李登輝総統が現職時代であり、李総統自身が「そんな合意はない」と断言している。
所謂『92年合意』とは中国の王道函と台湾の辜振甫が合意したとされるもので、内容は「台湾と大陸はひとつ、国民は統合され、台湾独立には反対」などとされたが、台湾政府は公式とは認めていないし、多くの政治学者はフェイクとする。
第二に「同じ中華民族」というのは間違いであり、文化人類学駅に「中華民族」なるものは存在しない。孫文あたりが言い出した架空の物語である。台湾人は台湾人である。外省人の一部がまだ「中国人」と認識しているが、本省人からすれば「外来政権の残党」でしかない。
第三に馬英九の本当の目的は何なのか。台湾経済界と中国とのビジネス関係は深くその利権を連戦(元副総統、国民党名誉主席)が持っていたが、禅譲を受けた。
筆者は総統就任直前に馬英九とインタビューしているが「わたしはトラブルメーカーにはならない。ピースメーカーを目ざす」と勢いよく語っていた。このインタビュー記事は当時の『週刊朝日』に書いた。このモチーフはかわらず、馬英九は十日間に亘った中国旅行を『平和の旅』だと強調した。
第四に米国は明らかに台湾擁護、中国敵視である。台湾への武器供与も加速度的に増加し、米軍が台湾兵を訓練している現実と、その対極にある「習・馬会談」は、おそろしく現実離れしている。
第五に台湾の政治情勢がからむ。1月の選挙では国民党が第一党に返り咲き、議長は韓国瑜となった。かれは親中派のチャンピオンである。
台湾国会のねじれという情勢をみて習は台湾政治を掻きあらせると判断したのだ。
かくして中国共産党にとって馬英九は、「利用価値の高いイディオット」(役に立つ馬鹿)として手のひらで弄ばれたのである。