初めて知ったのですが、MIG-29とSU-27って実戦で戦闘した事があったのですね。結果はSU-27はMIG-29を撃墜したと。やはり機体が大型な分、エンジンのパワーが違うと言う事でしょうか。それにしても輸出してるとは言えども、自国の新型機同士が戦いというのも凄いですね。
国会図書館から帰宅。あさくらゆうさんに教えてもらった『下野史料』第38巻をコピーしてきたのですが、これは凄い!、慶応元年の宇都宮藩兵の編成表が載っていました!。士官名を見る限り、多少の入れ替わりはあるものの、戊辰戦争時の士官名と殆ど同じなので、戊辰戦争時もこの編成だったと思います
まず不思議に思っていた「隊長と司令士では、どっちが上席なのか?」については隊長の方が上席みたいです。そして宇都宮藩兵1個小隊の編成は、隊長が2名、司令士が2名、嚮導が4名、そして兵士が40名の構成の模様です。
また部隊による身分については、一番隊が「上士」、二番隊「卒」、三番隊「中小姓」、四番隊「徒」、五番隊「卒」、六番隊「上士」、七番隊「徒」、八番隊「中小姓」、九番隊「卒」、十番隊「小役人」、十一番隊「上士」だった模様です。何かバラバラなのが特徴ですね。
尚、この編成表によれば、大砲隊も三隊存在したらしいですが、多分これは大鳥軍による宇都宮城攻略により、大砲を失った事で大砲隊は消滅したっぽいですね。
何はともあれ、この編成表のおかげで必要な史料は全て揃いました。本当に郷土史家さんと言うのは凄いと、色々な方に感謝しながらこの編成表を読んでいます。
この宇都宮藩の編成表を見て思うのは、宇都宮藩は大鳥軍に宇都宮城を奪われて、藩としての軍事組織が崩壊した事により、銃隊編成に遅ればせながら移行出来たと思っていました。しかしこの編成表を読むと、慶応元年の時点で銃隊・大砲隊の編成に移行していたのですね。大鳥軍には歯が立ちませんでしたが
冬コミ一日目の企業ブースで、最初にどこに行くか思案中。惹かれるのは『ガルパン』西住殿の寝具ですが、これって先行発売な感じなので、無理しなくても良いかしら?。今回はぱれっともAlcotも惹かれるのは無いし、ゆずは通販注文済みで、オーガストは二日目でも大丈夫...。う~んどうしよう