最近、<猫カフェ > が急増 しているようです。
犬 は あるのに 何故 猫 は ないの?
…と思っていたので、 「やっとか~!」 という感じです。
それでも、
犬語翻訳機 バウリンガル(2002.2)が発売され、
一時期 は かなり話題 になって、
後に 猫語翻訳機 ニャウリンガル(2003.11)も 出ましたが、
どちらも 普及するまでには 至りませんでしたし、
<犬カフェ > にしたって
今も たぶんあるんでしょうけど そんなに増えているようでも ないですから、
<猫カフェ > も、どこまで 流行るのかな!? … といったところ。
ちなみに、赤ちゃん用の <泣き声分析器> というものも あるんです。
近づけると、「空腹」「退屈」「不快」「眠気」「ストレス」 の 5パターンを
表示するという 医療目的で開発されたスペイン産の機器です。
新米ママには ありがたそうだけど、正確さは … !??
ワンニャン用と 大差なし!?
<カフェ > というのは 食べ物を扱うお店 なわけですから、
衛生面 などを 考えたら ちょっと心配な点も あるような気がします。
5年以上も前に、“ハシリ” のようなお店に行ったことがあったんです。
その時、遊びに夢中になっていた子猫が、突然 コタツの陰で
ジャーッと おしっこを して しまって 唖然 としたことがありました。
それでも …、 そんなことを 度外視 したくなるのが 猫好き!
先日初めて行った 「猫カフェ」 では、清潔感が不足気味で、
<猫好きは 猫がいれば満足する> というのを 逆手にとっているような
容器から接客態度までの雑さが あまり好きではなかったんですけどね!
住まいの関係 などで
飼いたくても 飼えない人が 増えている という 社会現象や、
世の中は、スパ だの アロマサロン だの エステ だのが 高級志向化して、
そこまで出費しても 癒されたい人達が 増えている時代 でも あります。
ストレス社会の中 に どっぷり浸かっていると
<癒しの空間> は とても ありがたく思え、
そういったものが 流行るというのも よくわかります。
でも、<猫カフェ > の場合は、
それで 人は癒される かもしれないけれど
自由気ままにいたい性質を 無視されて 年がら年中 触られている
猫ちゃん達は かなりストレスが溜まってしまう のでしょうから
とても 可哀相な気が します。
私としては、
経営者の 儲け第一的要素も見えてしまう <猫カフェ > の、
触られたくないのに 追い回されたり、
疲れて隠れているのに 追い出されたりしている
「愛情は もういいです!」 と感じているんじゃないかと思うような
一応 血統書付き と言われている猫ちゃん達 よりも
街角の <野良猫カフェ > で
缶コーヒー片手の <野良猫カフェ >!
ノラちゃん達に 触れている方が 良いな~と 思ってしまいます 。
だって
餌 よりも、愛情 に飢えていると思える子も たくさんいるんですから … 。
初めは 警戒心が強くて 爪を立てられたりすることも あるけれど、
それを乗り越えれば、目を細めて ゴロゴロと 喉を鳴らし、
身を守ってもらうように 足の下に入り込み、
お腹を上にして 手足を伸ばし、無防備の完全信頼 と 服従姿勢!
そんな子達の方が 本当に 喜んでくれているのが 伝わってきますし、
膝の上に乗せると、安心して 寝てしまう子も います。
高いお金を 払わなくても、仲良くなれる 癒し空間は 存在すると思います。
そんなノラちゃんたちを 可愛がってくれている方々も います。
でも …、 その多くは、餌を 置いて行くだけの方!
確かに そのおかげで
ノラちゃん達は 生き延びている とも 言えるかもしれません。
でも 食べかす や 空き缶 やらで 町を 汚して
ご近所の方々に かなり迷惑をかけ、厄介もの扱いされて
そのために 追い払われたり 排除されてしまうことも あるんです。
助けるつもりが 何にもならないと 思いませんか!?
可哀相 だと思う気持ちが あるのでしたら
餌をやるのは、食べ終わるまで 待っていられる時!
ノラちゃん達に 片付けは出来ない のですから
きちんと 後始末までするのが マナー だと思います。
無責任な行動は しないこと。
可愛がる上では 責任 というものも 必要だと 思います。
ノラっ子生活 は 大変そうにも思うけれど、
<猫カフェ > にいる子達よりは かえって
気楽な稼業 と きたもんだ~!
猫魂 のある子 が いてくれそうな気が するんですが …
都会じゃ 無理かな~!
あぁ~ 何だか無性に
長屋 が残っているような 下町 に行って
本来の猫達の生活を 観察 してみたくなってきました。
きっと、一日中 見ていても 飽きないことでしょうね。
一匹くらい 下町土産に … !?
なんて考えながら …
実際には、産まれたばかりの子猫でもない限り
一度 ノラちゃん稼業を しちゃったら
家猫 になるのは けっこうキツイものがあるんじゃないでしょうか!?
たとえノラでも、家族一緒にいられるのが きっと 一番!
君は ひとりぼっちで 家に来た時から 家族の一員。 LoveLove な私達。
捨てられていたね。 無くてはならない存在に なったね。 私は彼のママ役も 兼ねています。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
猫 にこだわって …
1993(平成5)年 10月31日発売、
アルバム『SELF PORTRAIT』 の ラスト、12曲目に収録。
槇原敬之さん の 『猫がふんじゃった』。
(作詞・作曲 = 槇原敬之さん)。
「今日はついてなかったと 首をかしげる猫に 話すと もう救われてる」
「少しのびたひげがあたって起こさないように 君の額にそっとKISSをした」
「僕もねむる 君もねむる 猫もねむる」
僕の帰宅に気づいた猫が、待ちくたびれて眠っている君の横顔を
踏んずけてやって来た。 笑いをこらえながら、首をかしげる猫に
「今日はついてなかった」と話すと それでもう 救われた気分になる。
君は眉間にシワを寄せた顔で 寝息を立てて眠っている。
ひげがあたって起こさないように そっと額にキスをした。
同じ毛布に潜り込んだら 君は一瞬目を覚まし 僕の胸に手を乗せ、
僕は疲れも忘れて とても良い気分で 今日を終ることができた。
僕も、君も、そして猫も … 穏やかな 眠りについてゆく。
(※ 解釈は 私なり です。)
ホンワカ と あったかくて ちょっと ジンワリ。
最後の 「僕も眠る 君も眠る 猫も眠る」 が 特に好きなフレーズでした。
マッキーと言えば、1991年 6月発売の 「どんなときも」 が有名ですが、
派手さはない この曲が 私はけっこう好きでした。 タイ トルはイマイチ!
DAM には ずっと 入っていなかったので 諦めていたら、
いつの間にか(2年ほど前)入っていて、
一度 歌ってみたいな~ とは 思いながら、まだ 試したことがありません。
最近は 彼の歌を聴く機会がありませんが、昔は好きで よく聞いていました。
ちょっと弱っちい感じの歌が多いので、
実際にこんな人だったら どうなんだろう … と思うことも ありましたが
なんか 癒される というか あったかさを 感じたものでした。
だから 覚せい剤で問題を起こした時は信じられない気がしました。
人は弱いものだけど、悪いことには負けない信念は持っていたいものです。
それこそ … どんなときも
イラスト素材の一部は、下記を利用させていただいています。
「イラスト工房」
犬 は あるのに 何故 猫 は ないの?
…と思っていたので、 「やっとか~!」 という感じです。
それでも、
犬語翻訳機 バウリンガル(2002.2)が発売され、
一時期 は かなり話題 になって、
後に 猫語翻訳機 ニャウリンガル(2003.11)も 出ましたが、
どちらも 普及するまでには 至りませんでしたし、
<犬カフェ > にしたって
今も たぶんあるんでしょうけど そんなに増えているようでも ないですから、
<猫カフェ > も、どこまで 流行るのかな!? … といったところ。
ちなみに、赤ちゃん用の <泣き声分析器> というものも あるんです。
近づけると、「空腹」「退屈」「不快」「眠気」「ストレス」 の 5パターンを
表示するという 医療目的で開発されたスペイン産の機器です。
新米ママには ありがたそうだけど、正確さは … !??
ワンニャン用と 大差なし!?
<カフェ > というのは 食べ物を扱うお店 なわけですから、
衛生面 などを 考えたら ちょっと心配な点も あるような気がします。
5年以上も前に、“ハシリ” のようなお店に行ったことがあったんです。
その時、遊びに夢中になっていた子猫が、突然 コタツの陰で
ジャーッと おしっこを して しまって 唖然 としたことがありました。
それでも …、 そんなことを 度外視 したくなるのが 猫好き!
先日初めて行った 「猫カフェ」 では、清潔感が不足気味で、
<猫好きは 猫がいれば満足する> というのを 逆手にとっているような
容器から接客態度までの雑さが あまり好きではなかったんですけどね!
住まいの関係 などで
飼いたくても 飼えない人が 増えている という 社会現象や、
世の中は、スパ だの アロマサロン だの エステ だのが 高級志向化して、
そこまで出費しても 癒されたい人達が 増えている時代 でも あります。
ストレス社会の中 に どっぷり浸かっていると
<癒しの空間> は とても ありがたく思え、
そういったものが 流行るというのも よくわかります。
でも、<猫カフェ > の場合は、
それで 人は癒される かもしれないけれど
自由気ままにいたい性質を 無視されて 年がら年中 触られている
猫ちゃん達は かなりストレスが溜まってしまう のでしょうから
とても 可哀相な気が します。
私としては、
経営者の 儲け第一的要素も見えてしまう <猫カフェ > の、
触られたくないのに 追い回されたり、
疲れて隠れているのに 追い出されたりしている
「愛情は もういいです!」 と感じているんじゃないかと思うような
一応 血統書付き と言われている猫ちゃん達 よりも
街角の <野良猫カフェ > で
缶コーヒー片手の <野良猫カフェ >!
ノラちゃん達に 触れている方が 良いな~と 思ってしまいます 。
だって
餌 よりも、愛情 に飢えていると思える子も たくさんいるんですから … 。
初めは 警戒心が強くて 爪を立てられたりすることも あるけれど、
それを乗り越えれば、目を細めて ゴロゴロと 喉を鳴らし、
身を守ってもらうように 足の下に入り込み、
お腹を上にして 手足を伸ばし、無防備の完全信頼 と 服従姿勢!
そんな子達の方が 本当に 喜んでくれているのが 伝わってきますし、
膝の上に乗せると、安心して 寝てしまう子も います。
高いお金を 払わなくても、仲良くなれる 癒し空間は 存在すると思います。
そんなノラちゃんたちを 可愛がってくれている方々も います。
でも …、 その多くは、餌を 置いて行くだけの方!
確かに そのおかげで
ノラちゃん達は 生き延びている とも 言えるかもしれません。
でも 食べかす や 空き缶 やらで 町を 汚して
ご近所の方々に かなり迷惑をかけ、厄介もの扱いされて
そのために 追い払われたり 排除されてしまうことも あるんです。
助けるつもりが 何にもならないと 思いませんか!?
可哀相 だと思う気持ちが あるのでしたら
餌をやるのは、食べ終わるまで 待っていられる時!
ノラちゃん達に 片付けは出来ない のですから
きちんと 後始末までするのが マナー だと思います。
無責任な行動は しないこと。
可愛がる上では 責任 というものも 必要だと 思います。
ノラっ子生活 は 大変そうにも思うけれど、
<猫カフェ > にいる子達よりは かえって
気楽な稼業 と きたもんだ~!
猫魂 のある子 が いてくれそうな気が するんですが …
都会じゃ 無理かな~!
あぁ~ 何だか無性に
長屋 が残っているような 下町 に行って
本来の猫達の生活を 観察 してみたくなってきました。
きっと、一日中 見ていても 飽きないことでしょうね。
一匹くらい 下町土産に … !?
なんて考えながら …
実際には、産まれたばかりの子猫でもない限り
一度 ノラちゃん稼業を しちゃったら
家猫 になるのは けっこうキツイものがあるんじゃないでしょうか!?
たとえノラでも、家族一緒にいられるのが きっと 一番!
君は ひとりぼっちで 家に来た時から 家族の一員。 LoveLove な私達。
捨てられていたね。 無くてはならない存在に なったね。 私は彼のママ役も 兼ねています。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
猫 にこだわって …
1993(平成5)年 10月31日発売、
アルバム『SELF PORTRAIT』 の ラスト、12曲目に収録。
槇原敬之さん の 『猫がふんじゃった』。
(作詞・作曲 = 槇原敬之さん)。
「今日はついてなかったと 首をかしげる猫に 話すと もう救われてる」
「少しのびたひげがあたって起こさないように 君の額にそっとKISSをした」
「僕もねむる 君もねむる 猫もねむる」
僕の帰宅に気づいた猫が、待ちくたびれて眠っている君の横顔を
踏んずけてやって来た。 笑いをこらえながら、首をかしげる猫に
「今日はついてなかった」と話すと それでもう 救われた気分になる。
君は眉間にシワを寄せた顔で 寝息を立てて眠っている。
ひげがあたって起こさないように そっと額にキスをした。
同じ毛布に潜り込んだら 君は一瞬目を覚まし 僕の胸に手を乗せ、
僕は疲れも忘れて とても良い気分で 今日を終ることができた。
僕も、君も、そして猫も … 穏やかな 眠りについてゆく。
(※ 解釈は 私なり です。)
ホンワカ と あったかくて ちょっと ジンワリ。
最後の 「僕も眠る 君も眠る 猫も眠る」 が 特に好きなフレーズでした。
マッキーと言えば、1991年 6月発売の 「どんなときも」 が有名ですが、
派手さはない この曲が 私はけっこう好きでした。 タイ トルはイマイチ!
DAM には ずっと 入っていなかったので 諦めていたら、
いつの間にか(2年ほど前)入っていて、
一度 歌ってみたいな~ とは 思いながら、まだ 試したことがありません。
最近は 彼の歌を聴く機会がありませんが、昔は好きで よく聞いていました。
ちょっと弱っちい感じの歌が多いので、
実際にこんな人だったら どうなんだろう … と思うことも ありましたが
なんか 癒される というか あったかさを 感じたものでした。
だから 覚せい剤で問題を起こした時は信じられない気がしました。
人は弱いものだけど、悪いことには負けない信念は持っていたいものです。
それこそ … どんなときも
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イラスト素材の一部は、下記を利用させていただいています。
「イラスト工房」