こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

そなえよつねに・・・平成28年熊本地震

2016年04月15日 | 自然災害・事故・感染症

熊本地震で被災された方に、お見舞い申し上げます。



熊本は二度訪れたことがある。整備された熊本城は気高く美しかった。だが昨晩の映像で湯気のように白煙がたっているのが見えて悲しい予感がした。案の定、夜が明けての映像は昨晩以上の悲しさだった。

地球にしてみたら、日本のどこも区別などついていないのだろう。日本は北から南までグラグラと揺れる不安定な板かなにかの上に乗っていて、あっちが揺れ、しばらくたつとこっちが揺れで、いつまでたっても落ち着くことはなさそうだ。日本に住むということは、そんな危険と背中合わせということだろう。

先日、鎌倉の津波シミュレーション(鎌倉市津波シミュレーション動画)が公開されて、反響を呼んでいる。鎌倉消防署の屋上に何人上れるのかわからない。そもそも救急車、消防車がみんな流されたらどうするのか、NTTの防波堤があっさり流されたのち、鎌倉警察が使い物にならなくなった時に大船警察からすぐに応援がきてくれるのか、とか心配はいろいろあるが、とにかく海の近くにいるときに大地震が起きたらひたすら逃げるしかないことだけは確かだ。 これは鎌倉に限った話ではなくて、日本に住む人すべての問題だ。

 身の回りを改めて点検

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新人病理医の挨拶

2016年04月14日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

この春異動したコロ健、年はくっているものの、新しい職場ではもちろん新人。先週、新人の歓迎会があり、病理診断科の新人として挨拶をさせてもらった。

そこで、「病理診断科というと、先日、長瀬智也が主演したフラジャイルというドラマがありましたが、ご存じでしょうか。私もドラマでの病理医のまねをして普段は白衣を着ないで、仕事をしようと思っています。」と、挨拶したら、数人の人が頷いてくれた。すでにアルコールが入っていて、聞いているのは前の方だけ、後ろの方はガヤガヤしているという状況で、まずまずの反応だった。

新しい施設に来ると、それなりに勝手も違う。癌取り扱い規約は全国共通だが、それ以外のことはまったく違う。
認証システム、標本の作成方法、報告書の書式ほかもろもろのこと。だが、今度の施設の上司は大変論理的な人で、すべてのシステムが整然としているので無理なく受け入れることができるので安心して仕事を始めることができるだろうと思っている。

よろしくお願いいたします

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病理解剖で思うこと(5/10)報告書作成までの長い道のり(下)

2016年04月13日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

出来上がった標本は30から40枚ぐらいある。調べる部位が多いと、5,60枚ぐらいすぐになってしまう。だから、検査する部位は慎重に選んで意味の無いことにならないようにする。

とにかく、その40枚ほどのガラス標本を臨床経過と照らし合わせながら、何度も繰り返して診る。ただみるだけで診断がでてくるわけがない。初めて出会う所見の連続だ。だから、必要に応じて特殊な染色を行ったり、追加の切り出しをしたりする。そうこうするうちに、ひと月ふた月、あっという間に過ぎる。半年以内で報告書が作成できたら上出来だ。なぜそんなにかかるのかといわれても、人の一生の総括なのだから難しいのが当然だ。

典型的な症例、貴重な症例などは勉強会(CPC)や学会発表などで他の医師と情報交換して、世に問わなくてはいけない。こういう場合、通常以上に詳細な検討を加えることになる。こうなると、一年以上一人の症例に関わることとなる。病理医にとって、病理解剖を行い、最後に報告書を作成するまでとは、一人の病理医が持てる能力をすべて発揮して、やっとたどり着く過程だ。

こうして貴重な経験は蓄積される

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病理解剖で思うこと(4/10)報告書作成までの長い道のり(上)

2016年04月12日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

病理解剖は、患者さんが亡くなられた直後の解剖が終わりではない。病理医にとっては病理解剖、すなわち病気で亡くなった方の病理診断の始まりに過ぎない。


このあと、ご遺体から摘出した臓器を目で診て肉眼診断する。そして記載、写真撮影を行い、ホルマリンで固定する。ホルマリンというのは、柔らかい臓器を固くするので、固定という。臓器がしっかりと固くなったら、水洗いして、もう一度肉眼的に観察して、今度は顕微鏡で調べるために、臓器のさらに一部分を切り出して、ガラス標本にする。
これでやっと顕微鏡診断-組織学的診断に移ることができる。ここまでで、10日ほどかかる。そしてこれからが大変なことになる。

道半ば

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朝のおしゃべり

2016年04月11日 | 鎌倉暮らし

いい季節になった。つい先頃まで仕事に出るときはまだまだ真っ暗で小鳥たちも押し黙っていたけれど、いつの間にかウグイスやシジュウカラ、メジロがとっくにおしゃべりを始めているようになった。

鎌倉は山に囲まれているので、目の前の山、裏山、遠くの山と、いろいろなところから小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

シジュウカラは目の前の電線の上あたりでにぎやかにしゃべっている、食いしん坊だというから食事の話をしているのだろうか。

メジロは、そんなに多くはないのだけど、茂みから白く縁取られた目が見える。その日歌う歌の準備をしているのか

ウグイスは声ばっかりで、なかなか姿をみることができない。愛の囁きに姿は不要か。森の中のどこかにいるのだろうけど、なかなか姿を現してくれない。それだけに、その姿を、その動きをちらっとでもみることができるとうれしい。だけど、これから葉が生い茂ってきたらもうそれすらも難しくなってしまうのだろうか。

ソメイヨシノは散ってしまったけれど、山に目をやるとヤマザクラがあちらこちらに咲いている。

新緑と春霞とよくとけ込んでいて美しい。

 まだ、時々寒い

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ふたたび A rolling stone gathers no moss.

2016年04月10日 | 生き方について考える

鎌倉の桜も、新緑の芽吹きとともにそろそろ終わり。この春は天気の悪い日が多かったが、土日は青空が見えて、最後の最後で少しだけ楽しませてもらえることができた。

来年の春、また、桜を見ることができたら、それだけで幸せだ。

今年の春は私にとって、大きな変化のときとなった。思うところあり、これまで進んできた道を変えることにした。ずっと同じところでじっとしていることも、しようと思えばできたことだったが、私にはそれができなかった。

こうなったことに、なにかひとつのことが原因だったと考えることはできない。数年前、同じタイトルの記事を書いたが、そのときは一カ所でじっとして苔むすことを待っていようという内容だった。まさかこんな選択を私がすることになるとはまったく思っていなかった。

その後、私は、山をすてることを決心し、自分についた苔を落としてピカピカになることを選んだ。苔がたっぷりとつく前。

自分の人生は自分でしか歩んでいけない。そして何が、自分の選択なのかよくわからない。というのも、人生というものが自分一人で動かしているものではないからだ。だからこそ人生は面白い。

 そして人生に正解はない

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人生がズレてしまっても

2016年04月09日 | 生き方について考える

プロ野球から始まった、スポーツ選手の賭博問題の広がりはとどまるところを知らない。このまま、スポーツ界の何割かの選手が引退に追い込まれていったら、東京オリンピックを控えた日本のスポーツ界は大打撃を被ることとなる。だが、これは仕方のないことだろう。賭博ときっぱりと縁を切ろうとしているスポーツ界を応援したい。


コロ健が考えるレベルのことだが、この問題にはいろんな要因がある。なによりも気の毒なのは、ことの重大さに気がつかないまま違法な賭博に手を染めてしまった選手達だ。はっきり言って、公営賭博やパチンコというものがあるのにそれに飽き足らなかったのは悪い。だが、なによりも悪いのは賭博を開帳している人、そこへ引き込む人たちだ。一流選手ともなれば、海外遠征で公式のカジノに行くこともあっただろう。そして帰国後もその時の興奮が忘れられないでいたのだろう。賭博は依存病なのだから仕方ない。そして、そこにつけこまれたのが運の尽きだった。でも、日本には日本のルールがあるし、スポーツとはルールに従って行うものだ。



ルールを破った者はそれなりの罰を受けなくてはいけない。今回の問題では、出場停止、退場を食らう選手も少なくないだろう。スポーツ一筋の人生を送ってきた人にとって、退場後の人生は険しい。それだけに周囲の人間は人生が大きくズレてしまった彼らを必要以上にたたくことなく、人生の再生を応援してあげなくてはいけない。

償ったら許してあげる

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病理解剖で思うこと(3/10)死者への感謝

2016年04月08日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

病理解剖は亡くなった方にとって有益なことはほとんどない。ただ生前から死後の自分の体を医学の発展、教育に役立てて欲しいと考え、遺族に病理解剖や系統解剖(解剖学での教育)を託していくす方はいる。こういう方は、生前において人類の未来へ貢献するという気持ちを持つことができる。ただ、残念ながら、すべての方について解剖をすることはできないので、病理解剖では臨床的に治療が難しかった症例についてお願いすることとなる。そしてその詳細を知ることは、病理解剖を行っても難しい。


いったん病理解剖が始まれば、病理医がその場すべてを取り仕切る。解剖用具の選択から始まり、方法や記録について症例に応じて選択し、実行する。ところでこの病理解剖開始のときだが、私は両手を合わせて黙祷する。大抵の病理医が行っていることだと思うが、この時何を考えているのだろう。その時々、念ずる言葉は違うが、私は亡くなられた方のご遺志、ご遺族の気持ちなどに感謝すると同時に、これから始まる病理解剖診断という医学的格闘への闘志を奮い立たせている。これは病理医共通の思いだろう。


最終的には、亡くなられ、病理解剖をさせていただいた方の診断を下すこととなる。たとえそれがその方の命の長さに関わらないとわかっていても、病理医はそのために持てる能力を最大限発揮して病理診断を行う。それが、亡くなられた方への感謝の念を示すこととなる。

 いろいろな思いで

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桜のために青空を

2016年04月07日 | 日々思うこと、考えること

今朝、目が覚めた時にはかろうじて曇天だったが、顔を洗ってひげを剃る頃に窓の外をみると、ポツポツと雨粒が落ち始めていた。鎌倉駅のホームではすでに本降り、都心にある職場に着いたらどしゃ降りだった。ここのところ、天気が悪い。スッキリとまではいかないまでも、少しでも青空をみたいものだ。



花曇りという言葉があるとおり、この時期の天候はぐずついて変わりやすい。そして今日は花散らしの大雨になってしまったのだからたまったものではない。
せっかくの桜をまぶしい空の下で見たかったが、今年はどうやら難しそうだ。


こういう年があると、青空の下の桜の美しさが貴重なものとなり、余計にみたくなる。そういう日をこれから1年待ち続けることとなる。
桜の美しさはそれほどのものだ。どうか神さま、桜の花がすべて散ってしまう前に一度だけでも青空を、と祈ってしまう。

 残っているのも少なくはない

 

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病理解剖で思うこと (2/10) 死者の人生2

2016年04月06日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

(昨日の続き)亡くなった方の生活歴までわかっていなくても、病理解剖を行えば、ある程度の経験を積んだ病理医ならばそれだけでその方の病歴がわかってくる。時として、10年以上前にかかって、もうすっかり治っていたと思っていた病気が、再燃・再発しているのがわかって、それが死の原因だったりもする。でも、病歴というその方の人生の一部を垣間見ることができても、そのうちのなにがもっとも命に影響を与えたのかまで知るのは難しい。

人間の体は結局のところ1個で完結しているので、それぞれの臓器が相互に作用し合っている。心臓が止まったら全身の臓器に血が行き渡らなくなってすぐに死ぬが、心臓が止まる原因はたくさんある。心筋梗塞のように血管が詰まって心臓が止まるのであれば分かり易いが、ではなぜ癌で、老衰で心臓が止まるのか、突き詰めて考えるとよくわからない(もちろんいろんな疾患というか病態が原因となって、心臓の細胞が弱るのだが)。血管がつまって、そこへ至るプロセスは多岐にわたっていて、動脈硬化一辺倒の理解では説明がつかない。

人はそれぞれ、いろんなプロセスを辿り、結局は皆死に至る。だが、そのことについて詳しいことはわからないことだらけだ。ただ、病理解剖を行うと、一人の人間がなぜ亡くなったのかの一端を知ることはできる。

 それだけに病理解剖の診断は大変

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病理解剖で思うこと(1/10)死者の人生1

2016年04月05日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと

病理解剖を行う前に、病理医はこれから解剖を行う亡くなった患者さんの臨床経過に関する情報を担当医から得る。それは、臨床経過記載用紙であったり、ディスカッションであったりする。

担当医からは年齢、性別にはじまり、これまでの主な病歴などを聞くのだが、臨床経過において重要なのが職業歴だ。いわゆる職業病と言われる病気があり、有機溶剤を扱ったり、粉塵を吸入したりすることの多い職業の人に、特定の部位に悪性腫瘍が発生する。昔、といっても昭和時代だが、それらの疾患は乱暴にも”職業病”などとして、『その仕事をしていたら、かかっても仕方ないもの』として片付けられていたが、疫学的にその頻度が高い職業が明らかになったことで、労働環境工場の観点から問題とされるようになった。私は、典型的な職業病で亡くなられた方の病理解剖をしたことはないが、全身刺青をした人で肝炎、肝細胞癌で亡くなった方の解剖をしたことがある。かつては刺青の刃を消毒せずに使っていたので、これを介して肝炎ウイルスに感染したのだ。その方の人生をかいま見た気がした。

先日、国立がん研究センターと大阪大学の共同研究で、「離婚したり、連れ合いと死別した人は、そうでない人に比べて脳卒中による死亡の頻度が高い」という研究結果が発表された。こうしたことによる様々なストレスが発症に関わっているということなのだろう。ただ、もし突然の脳卒中ということで、病理解剖することになったとき、病理医にその患者さんの離婚歴、連れ合いとの死別歴まで知らせてもらえるだろうか。脳卒中の原因にしても、ストレスによる心機能異常によるものから、血管がしまってしまうもの、高血圧によるものなど様々だ。どれなら、ストレス性、どれなら体質性そしてどれなら先天性、というようなことは、まだまだわかっていない。そういったことをコツコツと集積していくことが医療に貢献することで、最終的にはそれぞれの人が幸せに生きていくことにつながっていく。

病理解剖を行うときには、亡くなった方の来し方を詳細に聞いてから始める必要があるのだが、残念ながらどこまで確認したらいいのかまだよくわからない。

 連日花曇り

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離婚・配偶者と死別 脳卒中リスク26%高くなる

NHKニュース 4月4日 17時05分

離婚したり、配偶者と死別したりした人は、そうではない既婚者に比べて、脳卒中になるリスクが26%高くなるという研究成果を国立がん研究センターなどのグループが発表しました。

この研究を行ったのは、国立がん研究センターと大阪大学などのグループです。
グループでは、岩手県や長野県など8つの県に住む45歳から74歳までの男女5万人近くをおよそ15年間追跡し、離婚したり、配偶者と死別したりすることと脳卒中になるリスクとの関係を調べました。
その結果、離婚したり、配偶者と死別したりした人はそうではない既婚者に比べ、男女ともに脳卒中になるリスクが26%高くなり、脳卒中の中でも脳出血やくも膜下出血になるリスクは男性で48%、女性で35%高くなっていました。
また女性で無職の人が離婚したり、死別したりした場合職を持つ既婚の女性と比べ、脳卒中になるリスクが3倍近く高くなっていました。
さらに離婚したり、配偶者と死別したりした人が子どもと同居している場合、同居していない既婚者に比べ、脳卒中になるリスクが、男性で44%、女性で45%高くなっていました。
グループでは、離婚や死別を経験したことで飲酒の量が増えたり、ストレスが高まったりして、脳卒中のリスクを高めた可能性があるほか、親の役目を担っていることや経済的に難しい状況にあることもリスクを高めた可能性があるとしています。
研究を行った大阪大学の本庄かおり特任准教授は、「配偶者をなくした人が生活習慣の変化や精神的なストレスにさらされていないか気を付けて周囲の人たちも支援することが必要だと思う」と話しています。



時の流れに身を任せて

2016年04月04日 | 生き方について考える
鶴岡八幡宮の段葛、あっという間に葉桜となった。
もともと若い木だから、花の数も少ないので仕方がない。
5年もすればサマになってくるのではないか。
そして、50年ぐらいたったら、桜並木もさぞかし立派に育っているだろう。
でも、その頃私は生きてはいないが、900年近く昔に源頼朝が北条政子の安産祈願のために造営した段葛の大がかりな改修工事に立ち会うタイミングに生きていただけでも幸運だ。

 比較すべき生物がほかにいないので、70年とか80年という人間の寿命がこの世の歴史の中で長いのか短いのかはわからない。

ただ、時間という流れの中にいることだけはたしか。

そして人間誰ひとりとして、その流れを止めることも、変えることもできない。

そうである以上、その流れにあらがうように生きても仕方ない。

時間という流れに身を任せ、無理せず素直に、人のことを陥れるようなことはせずに生きていくことがなによりも大切なように思える。

 

なにもしないでいていいというわけではない

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久しぶりの千鳥ヶ淵お花見デート

2016年04月03日 | 家族のこと

千鳥ヶ淵で花見をしながら妻とデートしたのは、まだ結婚前のこと。かれこれ30年近く前になる。先月、荷物整理をしていたら、そのとき撮った写真が出てきて懐かしく思っていたら、妻が久しぶりに花見に行こうと言い出した。職場が変わり、千鳥ヶ淵も近くなったので歩くことにした。

残念ながら、皇居乾通りの桜の花見通り抜けの時間(午後3時まで)には間に合わなかった。午前中仕事があると3時でも厳しい。

立派な石垣を眺めながら歩いて千鳥ヶ淵に。曇り空が残念だったが、30年ぶりの桜はやっぱり美しかった。

桜で私が好きなのは、その美しさと静謐さと圧倒的な量。頭上いっぱいに広がる薄いピンク色の無数の桜の花の美しさは言うまでもない。

それに加えて、その静謐さ。去年(『このところ、いろんなことがありすぎて』2015330)のだが、「静かな中にたたずむ桜というのは、間のもつ静かな生命力をみるものに感じさせてくれる。桜は、ヒステリックにもならず、ただただ、そこにあって、静かに花を咲かせ、そして老いていく。」

人間の小ささ、浅はかさというものを改めて感じさせてくれると同時に、訪れる人を分け隔てなく祝福してくれる。

ただ、ものすごい人出。もちろん、私たちもその混雑をなしているのだけど、30年前のデートのときよりもずっと多い。その時、ボートに乗ったがこれほど混んではいなかった。それでも、あっちこっち、てんでバラバラに進んでいくボートをみるのは面白い。

いったい、何時間待ちかと思えるほどの人の行列。さすがにあきらめた。それにしても、外国人観光客も多い。桜見物など、外国にはないことだろうけど、これほどの桜と人出に加わると、楽しくなるだろう。

靖国神社まで足を延ばしてから、帰った。境内の花見客の人出もすごかった。タバコをすっている人がほとんどいなかったのが印象的だった。

今から30年後は

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年度末はいろいろ忙しくて・・・2016年3月の読書記録

2016年04月02日 | 読書、映画、音楽、美術

異動があって、いつも以上に気ぜわしく、なかなか本を読むことができなかった。

今回の鶴岡八幡宮の段葛、高徳院の大仏の改修をみていると、鎌倉は未だに歴史を積みかさねていて、鎌倉トリビアはこれからもっと増えていくに違いないと感じさせられる。

 

2016年3月の読書メーター
読んだ本の数:1冊
読んだページ数:80ページ
ナイス数:14ナイス

鳩サブローの春夏秋冬 鎌倉の歩き方鳩サブローの春夏秋冬 鎌倉の歩き方感想
鎌倉人の鎌倉人のための鎌倉ガイドブック。紙カバーをかけてくるのを期待して、島森ではなくわざわざ豊島屋本店で買ったのだがそれはなし。売り子さんに聞いたら「豊島屋の商品ではありませんので」と、つれない返事。横須賀線の中で豊島屋のブックカバーをかけて読みたかった。誰か作ってくれないかなー。でも、そうすると地図が読めなくなるか。
読了日:3月31日 著者:鳩サブロー

読書メーター


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コロ健、前向きに転進

2016年04月01日 | わたしのこと

コロ健、今日から職場が変わった。

これまでの専門医療施設から某大学付属の総合病院に移ったのだ。

これまで比較的狭い領域の医療に関わり、その分野の疾患の診断、治療および研究に携わっていたが、それも昨日まで、今日からは、あれもこれもと忙しくなる。



どこかのお偉いさんになるわけではない。

今度のことは私にとっては転進となる。

転進といっても前向きなもので、尊敬する病理医の元で改めて自力を蓄えることにした。

総合病院の病理医になるということは、専門領域だけに偏っていた仕事が普遍性の高いものになるということだ。

このことで、病理医の仕事がよりよく見えるようになるはずだ。

そして、私が最近よく考えている病気による死と病理解剖について、深く考えることができるようになるだろう。



職場は東京の郊外から、都心になった。

横須賀線を使っての通勤は変わらないけれど、駅を降りてからの風景はがらっと変わった。

都心も以外と緑が多いのには驚く。

ただ、写真を撮ると、よく知られたランドマークが写り込んでしまうので、ブログにどう載せたらいいか悩ましい。
通勤時間はこれまでより少し短くなるが、電車に乗っている時間はほぼ同じ。

これまでと同じように論文、小説を読んだり、もちろんブログを書いたりすることができる。

 都心は楽しそうなお店もたくさん

 

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